異世界で猫に拾われたので

REON

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chapter.1

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【大精霊たちよ。呼びかけに応えてくれたことに感謝する】

少年が衣装を着るあいだに天虎は再び子供を背に乗せると湖の上に居る大精霊たちにお礼を伝える。

『これは?』

水の大精霊が子供に差し出したのは花束。
大きな手で潰してしまわないようにそっと持っている。

【それは食べられる花だな。お前にくれるようだ】
『わあ、食用花なの?ありがとう。嬉しい』

子供が喜んで受け取ると他の大精霊も野菜や木の実や果物などを手のひらの上に出して子供に差し出す。

【待て。気持ちは分かるが多過ぎる。食料庫に入らない】

それを聞いて不服そうな表情の大精霊たちを見て笑う子供。
笑う子供を見た大精霊たちは子供が座っている天虎の背中や地面に食材を降ろし、これはもう受け取らなければ臍を曲げると察した天虎は渋々という様子でインベントリにしまう。

『大精霊さんたち、ありがとう。お蔭で美味しいものが作れそう。大精霊さんたちにも食べて貰えれば良かったんだけど』

子供の話を聞いて大精霊たちはソワソワ。
チラチラと天虎を見る。

【お前たちも食事は必要ないだろうに】
『え?そうなの?』

また不服そうな表情で天虎に何かを訴える大精霊たち。
天虎は黙ってしばらく表情を見ていたものの、表情だけでも喧しい大精霊たちに折れて溜息をつく。

【分かった。近い内に祝い子に作って貰った料理を一人ずつ届けに行くと約束する。大人しく住処で待っていろ】

その返事を聞いて大精霊たちは満足げな表情を浮かべると霧散するように消えた。

『ご、ごめんね、天虎さん。大精霊さんたちにも色んな食材を貰ったお礼がしたかっただけなんだけど』
【いや。以前から私がお前に会わせないことに文句を言われていた。お前がもっと自分を守れる力を身につけてから一人ずつ住処に訪ねるつもりだったが、これで大人しく待つだろう】

祝い子は大精霊にとっても愛し子。
しかもこの子供はただの祝い子ではないから、大精霊たちが執着することは最初から予想できていた。
そして大精霊から愛されることは悪いことではない。

【着替え終えたか】

天虎が振り返ると既に衣装を着ていた少年を含め、一族が大精霊と天虎と祝い子のやり取りを興味津々に眺めていた。

『あれ?なんだかみんなお腹が空いてるみたい』
【なぜ見ただけで分かる】
『なんとなく。そう感じたから』

天虎には分からない。
そして子供も『なんとなく』とだけで、こうだからという理由はないようだ。

【お前たち、腹が空いているのか?】
「え?なぜそれを」
「申し訳ございません。話が聞こえておりましたか?」
【いや。なにも聞こえていない】

答えた初老の男性と少年は首を傾げる。
最初に初老の男性が「先ほどお茶や菓子を口にしたばかりなのになぜか空腹になった」と話したのをかわきりに、みんなも同じく「なぜか急にお腹が空いた」と話していた声が聞こえていたのかと思えば。

【ああ、ヒトは動けば腹が減るんだったな】
「先ほどお茶やお菓子をいただいたばかりなのですが」
【聖印が刻まれ魔力を安定するために消費したのだろう。つまり滞っていたものが正常に流れ健康な体になった証拠。幼子や少年は特に今までとは全く変わったと感じるのではないか?】

聖印がなかったために滞っていた魔力が流れた証拠。
他に病があるなら別として、魔力が正常に流れていなかったことが不調の原因だった少女や少年は劇的に変化したはず。

「天虎さまが仰る通り今までは何だったのだろうと思うほどに体が軽いですし、冷たかった手足の先が温かくなりました。これならば走ってすぐ息切れをすることもなさそうです」
「私は既に妖精さまのお蔭で楽になっておりましたが、お兄さまと同じく手足の温もりを一番に感じます」
【聖印が馴染めばより変化を感じるようになるだろう。これからは今まで出来なかったことも出来るようになる】

氷のように冷たかった手足が温かくなった。
それは魔力が体中を循環するようになったからで、体調だけでなく魔法を使うにも重要なこと。

「改めて天虎さまにお礼申しあげます。私ども一族にお力添えをいただきましたこと、心より感謝申しあげます」

男性たちは地面に片膝をついて胸に右手をあて、女性たちは衣装のスカートを摘み低く姿勢を落とすと、代表して初老の男性が述べる感謝の言葉に合わせ一族揃って深く頭を下げる。
それはヒトの子が敬意を表す相手に対して最大の感謝を伝える時の礼儀作法。

【私はお前たち一族のこれまでの行いに対して見合うものを返したに過ぎない。ただ健やかに生きよ。光の一族よ】

天虎が一族に望むことはそれだけ。
これで彼奴も安心して眠れるだろう。

『ねぇ、天虎さん。みんなもご飯食べるか聞いてくれる?』
【一族の分も作ってやるつもりなのか?】
『お腹が空いたままだと具合が悪くなりそうだから。せっかく元気になったのに可哀想』

それを聞いて天虎はふっと笑う。

【この者たちが怖かったのではないのか?】
『ヒトはまだ怖いけど、この人たちは悪い人じゃなさそう』
【そうか】
『でも一緒に居てね。少しだけ怖いから』
【ああ】

まだ天虎が居なければ無理でも大きな一歩。
全てのヒトに怯えて避けるのではなく、この世界には悪いヒトも居れば善いヒトも居るのだと知ってほしい。
それが天虎の願い。

【お前たち。祝い子が食事をするかと聞いている】
「祝い子さまが?」

一族が天虎の背中に居る子供に目を向けると、一斉にこちらを見られて驚いた子供はたてがみにサッと隠れる。

【見ていただろうが、つい先ほど大精霊たちからそれぞれの山の恵みを食べきれないほどに貰ったんでな。とはいえ今から食事を作って食べるとなるとお前たちが森を出るのが深夜になってしまう。その時は私の能力で森の出口まで送ってやろう】

本当は天虎のインベントリに入れておけば腐らない。
けれど子供が天虎や妖精以外に食事を作る気になったのならばそれを尊重してやりたい。

「大変光栄なお話ではあるのですが……よろしいのでしょうか。大精霊さま方の恵みを我々もご相伴にあずかって」
【私たちもこれから食事にするからお前たちも食べて行くかと聞いているだけのこと。難しく考える必要はない】

天虎にはそうでもヒトの子にとってはとんでもない食事に。
自分たちで集めて食べる機会は生涯ないだろう食材が使われることは目に見えていて、そのような貴重なものを自分たちにもいいのだろうかと躊躇するのは当然のこと。

「……今のはディアか?」
「も、申し訳ございません」

可愛らしくお腹が鳴り恥ずかしがる少女に初老の男性は笑う。

「お言葉に甘えてご相伴にあずかります」
【ああ。早速支度をしよう】
「私どもにもお手伝い出来ることがございましたら」
【では三箇所に火の支度を】
「承知いたしました」
【妖精たちよ。一族を薪の場所へ案内してくれ】

子供の周りにいた妖精たちが数人離れて一族の所に。
こんなにもたくさんの妖精を見る機会がない一族は近寄って来た妖精を眺める。

【私と祝い子は食料庫へ食材を取りに行く】
「承知しました」

青年が答えると天虎は子供を背に乗せたまま大樹を軽々と駆け上って行った。

「お父さま、お母さま。私もお手伝いがしたいです」
「ディアは子供だ。危険だからお母さまと座っていなさい」
「祝い子さまも私と同じ十歳ですわ」

それを言われて青年はウッと言葉に詰まる。
たしかに子供と少女は同い歳。

「祝い子さまはこの森で天虎さまとお暮らしになって慣れているだろうが、ディアはまだ野営もしたことがないだろう?」
「誰でも最初は初めてですわ。こうして元気になれたのですから私も今まで出来なかったことをしたいのです」

初老の男性の言葉にも頑なな少女。
そんなやり取りを見て青年の妻はくすくす笑う。

「では私と一緒にお手伝いしましょうか」
「奥さま!?」
「私も結婚前は幾度も野営をしたことがありましてよ?」
「それは存じておりますが」
「今までたくさんのことを我慢していたディアが初めて自分のやりたいことを口にしたのですから親として応えなくては」

今までは少し動くだけで辛そうだった娘が元気になって初めてお手伝いがしたいと言ったのだから、それが身の危険に繋がることではない限り叶えてあげたいという親心。

「分かった。でもそのスカートを穿いて火を扱うのは危険だ。火をつける時は男性だけでやるけど、それでもいいかな?」
「はい!ありがとうございますお父さま!」

最初から湖に来る予定だった初老の男性と青年と少年は森に入る用の装備を身につけているけれど、本来ならば森の入口で分かれて街に行く予定だった青年の妻や少女はワンピース姿。
その衣装で焚き火をするのは危険だから火を扱う時は男性だけでやることを言うと、少女は嬉しそうに青年に抱きついた。


一方の天虎と子供は。

『今日は人数が多いしみんなお腹が空いてたし、焼きながらでも食べられるバーベキューと簡単なスープにするね』
【バーベキュー?】
『えーっと、串にお野菜やお肉をさして焼くだけのお料理』

そんな話をしながら子供は食料庫にある肉の中からどれにしようかと悩む。

『幾つかお肉がなくなっても大丈夫?』
【また狩ってくればいいだけだ】
『じゃあお腹いっぱい食べて貰えるね』

寒い冬が来る前にと備蓄してある食材。
冬のあいだ狩りに出ずとも食べられるだけの量を備蓄してあるため食材の時間を停止する魔法がかけてある。

『あ。大精霊さんたちがくれた食材も使っていい?』
【ああ。湖に戻ったら出してやろう。今使えそうなもの以外はまた私のインベントリにしまっておいて後日分けるとしよう】
『うん』

子供が肉の塊を三種類とこの森の野菜を幾つか選ぶと天虎がいつものように魔法で浮かせ、また大樹を通って湖に戻った。


「天虎さま、祝い子さま、お戻りなさいませ」

焚き火が地面に燃え広がらないため土台となる石を組んでいた少年が、食料庫から戻ってきた天虎と子供に声をかける。

【幼子も一緒に薪を運んでいるのか】
「申し訳ございません。慣れた者だけでやった方が早いのですが、同じ十歳の祝い子さまも料理をするのだからと聞かず」
『私?』

天虎の声の他に聞こえたその声に少年はパッと顔をあげる。

「私にも祝い子さまのお声をお聞かせくださるのですか?」
『……聞こえてるの!?』

今までは天虎とだけ会話をしていたから少年にも聞こえているとは思わず、子供は天虎のたてがみで顔を隠す。

【みなで食事の支度をすることにしたのだから私とだけ念話で話す訳にもいかないだろう】

モゾモゾとたてがみに隠れている子供。
たしかにそうだとは分かっていても、ヒトと話すのが怖い。

【この娘は声を出すことができない。そのためいつもは念話という私の能力を使って会話をしている。先ほどまでも二人では会話をしていたが、今はみなとも会話が出来るようにした】

……声が。
声帯の病なのか、心に負った傷の深さか。
ヒトに傷つけられたのだからヒトを怖がるのも当然だ。
少年は子供が捨てられ火を放たれたことを思い出し、どれほど怖かっただろうかと胸を痛める。

「祝い子さま。私の名はヴァルフレード・フォン・ソレイユと申します。私ども一族は初代さまの代より長らく天虎さまを神として崇めてまいりました。その天虎さまが我が子のように大切にしておられる祝い子さまを傷つけたりはいたしません」

そう自分に対して話す少年を子供はチラリと確認する。

『……綺麗。天虎さんと同じ金色の目』

目が合った金色の瞳。
今までは目が合うことが怖くてあまり見ないようにしていたけれど、よく見ると少年も天虎と同じ金色の虹彩。

「金色の瞳でしたら祝い子さまも同じでは?」
『ううん。私は薄い金色』

同じ金色でも子供の虹彩は少し薄い白みがかった色。
天虎と少年は深く濃い金色。

『天虎さんと同じ色で羨ましい』

子供にとっての美の基準は天虎。
何よりも美しいと思っている天虎と同じ色の少年が羨ましい。

「光栄です。ただ、私は祝い子さまのように白い肌と白い髪を持ち合わせてはおりません。先ほども申しましたが、祝い子さまと天虎さまはよく似ておられます」

そう言われた子供は天虎のたてがみと自分の髪を見比べる。

『天虎さん。私と天虎さんは似てる?』
【ああ。他の誰よりもお前が一番私と似ている】

その返事を聞いて子供は嬉しそうに天虎にギュっと抱きつく。

『お兄さん、ありがとう』

笑みで少年に感謝を伝えた子供。
それがどこか大人びて見えて少年の心拍があがる。

【この娘はまだ十の歳だが?】
「私は十四です」
【……ん?幾つと言った?】

少し赤らんだ顔をサッと背けて呟いた少年の年齢を聞いて天虎は聞き間違えかと聞き返す。

「先週で十四になりました」

やはり聞き間違えではなかったらしく天虎は驚く。

【十四で落ち着きすぎではないか?】
「幼い頃から体を気にして活動的な方ではなかったからかと」
【てっきり成人しているものと思っていたが……】

たしかに顔は十四と言われても納得ができる。
ただ、貴族らしい立ち振る舞いを見ているとまだ成人前とは思えない落ち着きよう。

『お兄さんの歳がどうかしたの?』
【まだ十四でこの能力の高さは末恐ろしいと思ってな】
『そっか。まだまだ伸びしろがあるってことだね』

天虎さまでもごまかしたりするのだなと少年はクスッと笑う。

「祝い子さまは難しい言葉をご存知なのですね」
『転生者だからだと思う。言葉も習ってないのに分かる』
「ああ、大人びて見えるのもそれが理由かも知れませんね」
『全部覚えてる訳じゃないけど、どうして知ってるんだろうって思ってたら天虎さんが転生者だろうって教えてくれたの』
「そうでしたか」

すっかり気を抜いている子供。
悪い人じゃないとは思いつつ恐怖心は拭えなかったのに、天虎にぴったり寄り添ってではあるものの今は少年と話せている。

その理由は少年が金色の虹彩だったから。
子供の命の恩人で大好きな天虎と同じ瞳をしているから。
それが全て。

「祝い子さまとお話が出来たことの嬉しさについ忘れておりましたが、私はこの土台を組まねばなりませんでした」
『あ。私たちも大精霊さんから貰った食材を確認しよ?』

ヒトの子に怯えていた子供が少年と話せていることに天虎は独り嬉しいような悔しいような複雑な心境。
それは娘がボーイフレンドと話しているのを見た時の父親の心境に近いのかも知れない。

【まだ早い】
『火の用意が出来てからにする?』
【いや、それは今やるが】
『え?』

そのちぐはぐな天虎と子供の会話に少年は吹き出しそうな笑いを必死に堪えて肩を震わせた。
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