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chapter.2
26
しおりを挟む少年がギルドに報告したあと湖までは天虎の魔法で一瞬。
天虎とブランシュは大樹の食糧庫へ蜂蜜レモンを取りに行き、少年はデスティネと湖畔に残った。
「平気なのか?」
「なにが?」
「ブランシュのことだ。辛いのに平然と話していた」
湖の水を飲んでいたデスティネは少年を振り返る。
思い出さない日はないと言っても過言では無いほど毎日ブランシュのことを考えては別れを思って辛くなっているのに、いざ再会したら何も無かったかのように平然と話していた。
「平気ではないけど惜しいんだ。悩んでいる時間が。それに、会えなくなった後ふと思い出してくれた時の自分の姿がよそよそしかったり暗かったりするのは嫌だ。一緒に居ることが叶わないのならせめていい思い出として記憶に残りたい」
期限は私が成婚するまで。
残された約二年の間に一つでも多く良い思い出を作りたい。
落ち着くまでの間と与えられた時間すらも惜しいほどに。
「もう認めるよ。私は祝い子さまが好きだ。初めて会った瞬間に恋に落ちた。まるで運命の人と出会えたみたいに。まだディアと同い年の子を相手になぜとは自分でも思うけど」
初恋の相手が十歳の少女。
今まで年下は疎か同い年や年上の女性にも恋心など抱いたことがなかったのに、祝い子さまには一瞬で恋に落ちた。
転生者の記憶の影響か、時に私よりも大人な言動をする祝い子さまに強く惹かれていることは自分でも分かっていた。
「分からない。それほど好きなのに姫と成婚するのが」
ブランシュを守るためにこの国に居たいというのは分かる。
今でも少年の『祝い子を守りたい』という強い気持ちは変わっていないけれど、あの姫と成婚すればブランシュとは会えなくなるというのにどう守るつもりなのか。
「全てを手にするのは無理なんだ。心に決めた大切な一つを貫くために他を諦めなくてはならない時もある」
私が妖精姫と成婚して手元に置くことで、天虎さまや祝い子さまと関わりを持たせないよう事を運ぶことも出来る。
家族とも屋敷を分け必要以上の接触はさせないつもりだ。
「私がこの手で守りたいのは祝い子さまだけだ」
そのためなら嫌いな相手との成婚だろうと厭わない。
幾らでも愚かな道化になってやろう。
それだけ聞いたデスティネは再び水を飲む。
話を聞いてもやはり少年の決断は理解できなかった。
数分で戻って来た天虎とブランシュ。
【なんだ。疲れたのか】
「荷運びをした後ですから少し休憩を」
デスティネの隣にしゃがんで湖面を眺めていた少年は天虎に答えながら立ち上がり、それを聞いたブランシュはポシェットを開けると瓶を取り出し少年の前に小走りで駆け寄る。
『あーんって口を開けて?』
「口を?」
『はい、どうぞ』
手招きされ少し身を屈め口を開けた少年の口内にコロンとした何かを入れたブランシュ。
「これは?」
『精霊樹の実を絞って一口サイズのゼリーにしたの』
あらゆる大精霊の聖力を吸収して育った精霊樹の実。
それを絞ってゼリー状に固め、回りをアベイユの蜜でコーティングしてある栄養補助食品的なお菓子。
『あげる。一日一個、栄養補助として食べて』
「よろしいのですか?このような貴重な物を」
『うん。元々次の練習の日に渡すつもりで作ったやつだから。アベイユの蜜でコーティングしたから一年以上保存できるし、これがあれば私が居なくても回復できるでしょ?』
訓練の日は魔力や体力を回復できるようお菓子や軽食や飲み物を用意して行くけれど、あらゆる大精霊の聖力が入った精霊樹の実を使ったものなら誰が食べても回復効果がある。
自分が居なくても回復できるようにと考えて作った。
「……ありがとうございます」
中身はゼリーだから噛めばあっという間に食べ終わる菓子。
祝い子さまが私たちのために考えて作ってくれたもの。
それは嬉しいけれど、改めて別れが来る事の現実を教えられたような『私が居なくても』という言葉に胸が痛くなった。
【アイテムボックスに仕舞え。屋敷へ送る】
「あ、はい。祝い子さま、頂戴いたします」
『どうぞ』
太腿に付けた魔道具のアイテムボックスに瓶を仕舞う少年。
一瞬浮かない顔をしたもののすぐに普段通りの顔を取り繕って見せた少年に天虎は溜息をついた。
【一族はみな屋敷に居るのか?】
「父と母とディアは街で炊き出しと診察をしています」
【炊き出しと診察?】
「罹患して寝込んでいる者や体力が落ちている者も少なくないので、せめて食事をさせて体力をつけさせないと。あとは医師に診察をして貰って痛み止めなどの薬を処方してます」
少年が生まれて十四年が経つけれど、領地でここまで熱病が流行したのは初めて。
帝都でも流行していて熱病の治療薬は仕入れることが出来ないから、最低限の喉や頭の痛みを抑える薬を飲ませたり食事をさせて少しでも体力をつけさせることしか出来ない。
「薬が足りないことは聞いたが、そこまでか」
ふた月前のあの日、天虎が一人で街へ買い物に行った時には領民たちに変わった様子はなかった。
おかしな咳をしている者も居なければ体調が悪そうな者も見かけず、むしろ活気のある領民たちだったけれど。
「応急処置にしかなりませんが、両親共に寝込んでいて食事が出来ない子供もおりますし、薬がなく体力が落ちていて悪化している者もおりますので。領民が困っているのに領主の私たちに出来ることがそれだけとは情けない話ですが」
話を聞いて天虎とブランシュは顔を見合わせる。
人口の多い帝都でも出歩いている人の数が減ったことに気付くほどだから流行っていることは分かっていたけれど、自分たちが思っている以上に熱病の感染は広がっているようだ。
【その様子なら人手も足りていないだろう。早く屋敷に戻って使用人たちを先に回復させた方が良さそうだ】
「はい。お願いいたします」
予想以上に深刻なことは分かったから急いだ方がいい。
ブランシュが作ったアベイユの蜜漬けは体力も回復できる。
早く使用人を回復して人手を増やさなければ一族まで過労で倒れてしまいそうだ。
そう思いながら人型になった天虎はブランシュを抱き上げワープの魔法を使った。
・
・
・
一旦少年の屋敷へ行き対応に追われていた初老の男性へ飲み物に混ぜて使用人に飲ませるよう蜂蜜レモン一瓶を渡し、青年や青年の妻や少女が炊き出しをしている街へ来た。
【……酷いな、これは】
「昨日よりも感染者が増えているようです」
診察や炊き出しに並ぶ長蛇の列。
体調が悪いのか泣いている子供を抱いて並んでいる親も。
その親も体調が悪そうだったりと痛々しい状況。
「ブランシュさま!」
護衛と一緒に列に並んでいる人にスープを渡していた少女が真っ先に気付いて声をあげる。
「ご挨拶」
「いい。それどころではないだろうに」
青年と青年の妻も三人に気付いて挨拶をしようとしたところを天虎が止める。
【私のことはブランと呼べ。少年もそう呼んでいる】
『承知しました』
人前で呼び方を迷わないよう先に念話でも伝える。
「ディア、父上、母上、口を開けてください」
「口を?」
「行儀が悪いですが、罹患者と接触した手で触らせる訳にもいきませんので今回だけはお許しください」
瓶の蓋を開けた少年はブランシュが作ったお菓子を三人の口に放り込む。
「ブランシュさまが私どもの為に作ってくださったものです。体力が回復しますのでしっかり噛んで食べてください」
それを聞いて三人はモグモグ口を動かす。
「あら。美味しい」
「こんな時ですが美味しいです」
回りのコーティングは甘くて中は甘さ控えめのプルプル。
大変な時に大きな声では言えないけど、スープを装っている使用人たちの後ろに隠れてこっそり食べた。
【後で炊き出しをしてる使用人たちにも一つずつ食べさせろ。体力が落ちたままではお前たちまで体調を崩す】
『ありがとう存じます』
使っている物を知れば食べさせて良いのかとなるから何かは知らせず、『ブランシュが作った』とだけの情報だけで使用人たちにも食べさせるよう話した天虎。
この状況で一族まで体調を崩してはますます悲惨なことになってしまう。
『天虎さん。お米をあるだけ出して。お粥を作るから』
『祝い子さま、お料理は私どもが』
『私が作れば治癒効果が付くから。こんなに沢山の人たちが苦しんでるのに見て見ぬふりは出来ない』
止めようとした青年にキッパリと言ったブランシュ。
呪い子と疎まれヒトの子から捨てられた祝い子がヒトの子を救おうとしていることに天虎はくすりと笑う。
「私の娘は容姿も心も美しい子だ」
そう言ってブランシュを下ろすとインベントリを開く。
「少年、ブランシュも料理をする。場所を空けろ」
「はい!」
追加のスープを温めている使用人たちの所に行く少年。
『すぐに作るから。みんなで頑張ろうね』
調味料を出すためにポシェットを空けながら言ったブランシュに三人は深く深く頭を下げた。
「少年。ブランシュを頼む」
「え?」
「私も少し手を貸してやろう」
お米を研ぐブランシュの後ろで魔法を使い火力の調整をしていた少年に耳打ちした天虎はどこかへ歩いて行った。
『お兄さん、火の準備が出来たら卵を割ってくれる?』
『あ、はい』
大切なブランシュを置いてどこに行ったのかと思いながらも返事をした少年は、すぐにブランシュの手伝いに回った。
人混みを離れ元の姿に戻り姿を消した天虎は街の遥か高くまで飛ぶ。
【私の娘が慈悲深い祝い子だったことに感謝しろ】
空に描かれた大きな大きな魔法陣。
誰一人として気付いていないそれは天虎の神聖魔法。
【大自然よ。この地に巣食う熱病の元を滅し淀みを祓え。愚かなヒトの子らに天虎神の聖寵を与える】
天虎の宣言のあと魔法陣から巨大な光の剣が現れ大地に突き刺さった。
『天虎さん?』
「ブランさま?」
同時に空を見上げた少年とブランシュ。
天虎の強い魔力を感じとって同時に声を洩らした。
『やはり天虎さまの魔力ですよね?』
『うん。綺麗』
『綺麗?』
空を見上げているブランシュに見えている光の魔法陣。
少年に魔法陣は見えていないけれど、天虎が何かしらの大きな力を使っていることは分かる。
『そっか。私も私に出来ることをするね』
『?』
見上げていた顔を下ろしてお粥を混ぜるブランシュに少年は首を傾げる。
『私には天虎さんみたいな凄い力はないけど、料理を作って回復のお手伝いをすることくらいは出来るから』
『天虎さまがなさっていることは分かりませんが、祝い子さまもくらいではなく、祝い子さまにしか出来ないことです』
自分を過小評価しているけれど、料理に治癒効果を付けるなど祝い子のブランシュにしか出来ないこと。
怖いはずのヒトを救おうという慈悲の心も含めて誰にでも出来ることではない。
『祝い子さまは素晴らしい方です。自信を持ってください』
そう言われて少年から顔を逸らしたブランシュは恥ずかしそうな顔で鍋を混ぜる。
『……ありがとう。お兄さんも優しくて良い人だよ』
ほんのり赤い頬と言葉に少年は胸が締め付けられる。
黙って二人の様子を見ていたデスティネは改めて、こんなに好きなのだから正直に生きればいいのにと思って呆れた。
『出来た』
『天虎神も終わったようだ』
『そうみたいだね。お空の魔法陣が消えた』
魔法陣?
お粥が出来て会話を交わすブランシュとデスティネ。
『私には見えませんでしたが、先ほど綺麗と言ったのは魔法陣のことだったのですか』
天虎が魔法陣を使ったことをその会話で初めて知った少年は、自分だけ見えなかったことに少し複雑な心境。
『見えなくて当然だ。神の力なのだから。むしろ祝い子でもないのに魔力だけでも感じ取れたお前の方が稀だ』
【少年は私の神杖を持っているからな】
『天虎さん!お帰りなさい!』
離れた時と同じようにヒトの姿になって歩いて戻ってきた天虎はブランシュの頭をくしゃくしゃと撫でる。
【神杖は神とヒトの子を繋ぐものでもある。だから祝い子はみな自分に加護を授けた神の神杖を授かる。神の加護を最大に発揮できるようにな。他の神の神杖を持ったところでヒトの子が作る魔杖と大差はない】
そう説明する天虎に少年は納得する。
見えなくとも感じ取れたのは私が天虎神の神杖を持っているからだったのかと。
『ん?つまり私が天虎さまの神杖を持っていても魔杖を使った時と大差はないということですか?』
【いや。私は唯一誰にも加護を授けない神だ。破滅と再生の力などヒトの子に容易く与えていい力ではないからな。だから自分で選んだ相手に神杖を授けることが出来る】
天虎は例外。
誰にも加護を授けないけれど神杖は誰にでも授けられる。
誰にでもと言っても能力が低い者は強い力に振り回されるだけで使いこなすことが出来ないけれど。
【お前は太陽神と光のリュミエールの加護を持つ彼奴の血を色濃く継いでいて潜在能力が高い。私の神杖を使わせても力に振り回されることはないと分かっているから契約をした】
話しながら天虎はブランシュが作った粥を魔法で浮かばせる。
【話は後だ。これを配給しよう】
『はい!』
話は後で。
今は治癒効果のある粥を食べさせることが優先。
・
・
・
料理を作るのはブランシュと青年の妻と女性使用人。
少年と天虎と男性使用人はスープや粥を器に装い、少女は青年や騎士と一緒に長蛇の列になっている領民にそれを配る。
それぞれが手分けして炊き出しをして数時間。
食事の配給に並んでいた人の列は漸く落ちついた。
「疲れただろう。お前たちも回復するよう粥を食べておけ」
「私どもも頂戴してよろしいのですか?」
『うん。座って休憩しながらみんなで食べて』
「ありがとう存じます」
朝から炊き出しをして疲れている一族や使用人にも治癒効果のある粥を食べるよう進めた天虎。
青年が確認するとブランシュも頷いて念話で答える。
『辛そう』
天虎に抱き上げられたブランシュは診察をして貰うために並んでいる人の列を見て呟く。
【私の神聖魔法で熱病の元は絶ったが、既に罹っている者は症状が治まるまで辛いだろうな】
蔓延していた空気中の病原菌は滅菌したものの、それ以前に罹患していた者たちは治るまで休んでおくしかない。
天虎が神聖魔法で滅したのは病原菌で、罹患者の症状がなくなる治療をした訳ではないから。
「聖者や聖女は呼べないのか?」
「教会へ打診しましたが手が足らないと断られました」
医師二人であの患者数を診るのは一日がかりになるだろうと思って聞いた天虎へ少年は粥を装いながら答える。
「数少ない聖者や聖女が属する教会にとって今は稼ぎ時ですから。高い治療費を払う貴族の治療にあたっているかと」
「聖職者とは名ばかりだな。金で患者を選ぶとは」
回復魔法を使える数少ない聖者や聖女は貴重な存在ということは変わっていないけれど、彼奴の居た時代の聖者や聖女は貴賎問わず苦しむ者に治療を行う名の通りの聖職者だった。
それが今では金で患者を選ぶ守銭奴になり果てたとは。
「私やお兄さまが回復魔法を使えたら良かったのですが」
「まだ教えられる実力に至っていなかったからな」
「はい」
しゅんとする少女。
苦しむ領民たちを見て、治癒系魔法を使える自分や精霊魔法を使える兄が回復魔法さえ覚えていたらと何度思ったか。
使えたら聖者や聖女を頼らずとも救えたのにと。
『お砂糖を使って作るよ、私がお薬になるお茶を』
少女を見たブランシュは意を決したように言う。
『天虎さん。水の大精霊さんから貰ったお花を出して』
【駄目だ。粥を作る時にも調味料を使ったのだから】
『私は人を救済するために神さまから特別な力を貰った祝い子だもの。目の前に苦しんでる人が居るのに見て見ぬふりをしたら生まれてきた意味がなくなっちゃう』
ブランシュの瞳孔に描かれた聖印。
祝い子としてのその決断に天虎は眉を顰める。
【……止めても無駄か】
そう呟いた天虎は魔法を使って四方を囲む壁を作る。
【この中で作れ。せめて見られないように】
『うん。天虎さんは追加でお花を貰ってきて』
【分かった】
アクア山の薬花もブランシュの祝い子の能力もヒトの子に易々と見せていいものではない。
だからせめて見えないようその中で。
【私はアクア山へ行く。その間ブランシュを頼む】
『この身に代えても』
念話で答えた青年に続いて一族も胸に手をあて誓った。
「ブランシュさま、私も手伝いますわ」
『先にお粥を食べてから。それと食後にこれも食べて』
「これは?」
『リュミエール山の木の実で作ったチョコ。少ししか作れなかったから一個ずつしか渡せないけど魔力が回復する。水の大精霊の加護のお母さんはアクア山の花を使った飴をどうぞ』
天虎が四方を囲んだ壁の中に薬花を出して姿を消したあと手伝おうとした少女を止めたブランシュは、ポシェットから個別包装してあるキューブチョコと飴を出して少女に渡す。
『他のみんなには天虎さんの精霊樹の実で作ったクッキー。お粥とお菓子を食べてしっかり体力と魔力を回復して。街の人たちを助けられるのは光の一族のみんななんだから』
「分かりました。頂戴します」
力強い目で言われて少女は大きく頷く。
普段は照れ屋で可愛らしいブランシュが今は誰よりも頼もしく見えた。
一人で中に入ったブランシュは魔法を使って二つの鍋にたっぷり水を出すと火魔法も使って火をおこす。
『待っててね。急いで作るから』
診察を待つ人たちの姿を思い浮かべながらありったけの薬花を鍋に入れて煮出し始めた。
「……いい匂い」
「目が覚めたの?大丈夫?」
「いい匂いがする」
列に並んでいた母子。
腕の中でぐったりしていた娘が目を覚まし、心配そうに聞いた母親へ娘はそう答える。
「あら、ほんとね。何の香りかしら」
母子と同じく診察の順番を待つ人たちに届いた香り。
爽やかないい香りが漂っている。
「ん?お鼻が詰まってたのに香りが分かったの?」
「うん。もうお鼻苦しくない」
「まあ」
ここ数日鼻が詰まって苦しそうだったのにと驚く母親。
「あれ?何か少し楽になったような」
「え?」
診察していた医師は今の今まで苦しそうに項垂れていた患者が急に身体を起こしたことに首を傾げる。
「……何が起きてるんだ」
診察中の患者だけでなく辛そうな様子で列に並んでいた患者たちも顔色や体調が少し良くなっていて医師たちは驚く。
一人二人ならまだしも多くの患者が自分たちでも不思議そうにザワザワとし始めた。
「先生。これを患者に渡したいのですが」
何事かと思っていると自分たちを呼んだ領主が紙のコップを持って来て、それを受け取る。
「これは?」
「水薬と砂糖を入れた薬花茶です」
「薬を仕入れられたんですか?」
「熱病の治療薬は手に入りませんでしたが」
話を聞きながら口布を外した医師たちはそこで初めて辺りに爽やかな香りがしていることに気付く。
「いい香りですね。何の薬花ですか?」
「譲り受けたものですので名前は分かりませんが、薬花自体は風邪をひいた時などに飲む一般的な物だと聞いています。事前に私どもも試飲して安全性は確認してあります」
一般的な薬花というとスエか。
平民の家庭では風邪の引きはじめなどに飲む薬花のお茶で、子供には甘味を足して飲ませている。
「……美味しい」
「本当に」
「先生方も診察続きでお疲れでしょうから身体が糖分を欲していたのかもしれません。どうぞそのままお飲みください」
患者に渡すものだから念のため試飲した医師たちは思いのほか味がいいことに少し驚きつつ感想を言って、たしかに疲れは溜まっているなと苦笑する。
「これなら子供も喜んで飲むでしょう。薬が入手困難な時に用意してくれたのですから、この街の領民は幸せですね」
「私たちにも出来ることをしているだけですので」
許可が出て青年はホッとする。
本当は死山の薬花に祝い子の治癒効果が加わったとてつもない代物だということは秘密だ。
「熱いから火傷しないようにね」
「うん」
並んでいる人に配られた薬花茶。
領主や使用人から受け取って患者たちはそれを飲む。
「お父さん。喉痛くなくなった」
「もう?水薬が入ってるとは言ってたけど」
「甘くて美味しい」
「良かったな。ゆっくり飲みなさい」
喉が痛くて水を飲むのも辛そうだった子供が薬花茶を美味しそうに飲んでいるのを見て安心した父親。
「ありがたいねえ。身体が楽になったよ」
「そんな早く効かないと思うけど、楽になって良かった」
「領主さまのお蔭だよ」
薬花の体力回復効果と祝い子の治療効果があるお茶。
先ほどまで子供の泣き声以外は静かだった老若男女がそれを飲み身体が楽になったことを感じながら会話を交わす。
気の持ちようでも何でもなく実際に治療の効果が出ているのだけれど、それを人々は知らない。
天虎がアクアから貰ってきた薬花も煮詰めること数回。
「ブランシュさま!?」
みんなが楽になるよう願いながらなくならない調味料を使い続けていたブランシュが砂糖を入れると同時にふらりとして、隣で手伝いをしていた少年と天虎が身体を支える。
「よく頑張った。後はやっておくから少し眠れ」
『うん。お願い』
一瞬でスヤリと眠りについたブランシュ。
なくならない調味料は魔力を消費して補填される祝い子の能力だから、遂に魔力の限界が来てしまった。
「あの、ブランシュさまは」
「魔力切れだ。ブランシュの祝い子の能力の塩と砂糖を粥や薬花茶に使っていたのだから魔力が尽きて当然だ」
聞いた少年に説明しながらインベントリから出したクッションにブランシュを寝かせた天虎。
「魔力が尽きるまで頑張ってくださったのですね」
「私としては無理をさせたくなかったが、心優しいブランシュには苦しむ者たちを見過ごせなかったのだろう」
ブランケットを身体に掛けた天虎は苦笑する。
あの御方の加護を授かった祝い子の本能か、生まれてきた意味がなくなるとまで言われては止めることが出来なかった。
「これも配ってしまおう。心優しい祝い子の慈悲だ」
「はい」
苦しむ人々を救うために魔力が尽きるまで頑張ったブランシュに強い尊敬の念を抱きつつ、少年も天虎の隣で再び薬花茶を紙のコップに注いでいった。
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