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chapter.2
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しおりを挟む屋敷で療養をして三日目。
魔力が回復してきて起き上がれるようになったブランシュは、移動は車椅子でする約束で部屋を出ることを許された。
「風が気持ちいいですわ」
『うん。太陽の光も久しぶりに感じる』
「三日間もベッドの上での生活でしたからね。久しぶりの外出が晴れで良かった」
晴れた日の心地好い風が吹く庭園を散歩する少年(ヴァルフレード)と少女(クラウディア)とブランシュの三人。
ブランシュが乗った車椅子はヴァルフレードが押していて、クラウディアはその隣を歩いている。
「ところで良かったのですか?会議を抜けてきて」
車椅子を押すヴァルフレードを見て聞くクラウディア。
正装姿のままということは自室に戻らずそのまま庭園に来たのだろうと察して。
「問題ないよ。顔を出して挨拶はしてきたし。天虎さまが森に戻られてる時に一緒に居ない方が心配だ」
今日は屋敷に三大公爵が集まっていて、普段なら嫡男のヴァルフレードも学びの一環として会議に参加しているけれど、今日は天虎がアベイユの蜜を貰いに森へ帰っているためブランシュが心配で抜けて来た。
『会議?』
「大人たちが集まって大事な話をするのですわ。嫡男のお兄さまも本来は参加しなければならないのですが、ブランシュさまがよほど心配なようです」
首を傾げたブランシュに答えるクラウディア。
『ディアちゃんは?』
「私は嫡子ではありませんから。それぞれの御家を継ぐ子たちだけが参加しますの」
参加するのは爵位を持つ貴族と家督を継ぐ嫡男。
今回の会合はソレイユ公爵家で行われているから、現役の祖父と青年とヴァルフレードの三人が参加するのが一般的。
「今日の会議は普段の会合とは違って三大公爵家だけだから。熱病の件で話し合ってる」
他の貴族家も集まる本来の会合の場合には参加しなければならないけれど、今回は他の二大公爵家から打診があって急遽開かれることになった。
「熱病の件?」
「うちの領地は天虎さまや祝い子さまのお蔭で既に収束しつつあるけど、他の領地ではまだ騒動の最中だから」
「ああ。収束手段や薬を譲って欲しいという話ですか?」
「そう。理由は話せないし、薬もないんだけど」
皇帝が居る国の中枢の帝都には優先的に薬が集まるけれど、帝都から離れたソレイユ公爵家の領地が既に収束しつつあると知ればその手段を知りたいのは当然のこと。
「おじいさまやお父さまはどう説明を?」
「自然に収束したから分からないとだけ。後は炊き出しをして体力をつけさせたことや、医師を手配したと話してた」
天虎が疫病を消滅させてくれたから。
祝い子が薬になる料理や飲み物を作ってくれたから。
どちらも話せる訳がない。
「祝い子さま、少し休憩しましょう」
『うん』
「コニーがお茶とお菓子を用意して待ってますわ」
私はずっと車椅子に乗ってるから疲れてないけど。
散歩に付き合ってくれているヴァルフレードとクラウディアの休憩ということでブランシュは頷いた。
「ブランシュさま、久しぶりのお外は如何ですか?」
『風と太陽が気持ちいい。お花の香りもしてた』
「よい気晴らしになっているようで、ようございました」
ガゼボで待っていたのはコニー。
愛らしい笑顔を浮かべるブランシュにフフと笑う。
「ところで、会合はもう終わったのですか?」
「いや。祖父や父上に許可を貰って離席した」
「それならいいですが。飽きて抜け出してきたのかと」
「それは昔の話だろう。今はしない」
紅茶を淹れながら言ったコニーに慌てるヴァルフレード。
コニーはヴァルフレードの乳母でもあったから、幼い頃のヴァルフレードがよく会合を抜け出し庭園に隠れていたことを知っている。
「ふふ。お兄さまもコニーには勝てませんね」
「色々と知られているから何を言われるか怖いよ」
苦笑するヴァルフレードにクラウディアはくすくす笑う。
悪さをしないよう時にチクチクやられるから、ヴァルフレードとしてはブランシュが居る今は特に気が気じゃない。
「お待たせしました。どうぞ召しあがれ」
「「ありがとう」」
『ありがとうございます』
全員の飲み物が揃ってティータイム。
『神の恵みに感謝します』
お菓子を前に両手を組んで祈るブランシュ。
目を閉じて祈る姿が美しくて、ヴァルフレードはティーカップを口に運んで飲む様子を見せながらもジッと眺める。
魔力が尽きて倒れた時は心配で仕方なかったけれど、体調が落ち着くまで屋敷に滞在してくれることは嬉しい。
少しでも多く時間を一緒に過ごしたい。
姿を目に焼き付けておきたい。
初恋の人の姿を。
そう思っていたヴァルフレードにとってはこの滞在期間は神からの贈り物のようなもの。
「お口に合いますか?」
『うん。美味しい』
「良かった。お菓子職人が喜びます」
果物のタルトを口に運んだブランシュに聞いたヴァルフレードは、笑顔で答えたその愛らしい姿に笑みを浮かべる。
神よ、祝い子さまと過ごす時間を少しでも長く私に。
・
・
・
和やかなティータイムは四十分ほどで終わり。
ブランシュはまだ病み上がりだから風のある今日は外に長居をするのは良くないという理由で。
「本当に屋敷まで押して行けるかい?」
「もう。大丈夫ですわ。最初は二人でお散歩をするつもりだったのですから。お兄さまは早く会議に戻ってください」
心配するヴァルフレードにぷくっと怒るクラウディア。
庭園の舗装された道で車椅子を押して屋敷に戻るだけなのに、本当に押して行けるのかと心配されているのだから。
「無理ならすぐに使用人を呼びに行くように」
病弱だった妹が人の乗った車椅子を押して行けるのかという心配と、転倒してブランシュが怪我しないかという心配。
「分かりました」
何回同じことを言うのか。
途中で抜けて来たのだから早く戻らないといけないのに。
「祝い子さま、部屋に戻ったらベッドで休んでください」
『うん。ありがとう』
兄妹のやり取りを黙って眺めていたブランシュは、心配そうな表情で先に行くヴァルフレードに軽く手を振った。
「お待たせしてごめんなさい」
『大丈夫。押すのが大変だったら無理しないでね』
「ええ。その時は屋敷へ使用人を連れに行きますわ」
『うん』
十歳の子が十歳の子の乗った車椅子を押すのだから、幾ら車輪が付いた車椅子とはいえ楽ではない。
ずっと平坦ならまだしも庭園の中には傾斜もあるから。
ブランシュはそれが分かっていたし、ヴァルフレードも分かっていたから心配していた。
「……こ、ここは無理ですわ」
三大公爵の一つだけあってソレイユ公爵家の庭園は広い。
最初はご機嫌にブランシュと会話を楽しみながら車椅子を押していたクラウディアは、二度目の傾斜に差し掛かって遂に足を止める。
『誰か呼んだ方がいいかも』
「素直にそうします。意地を張ってブランシュさまに怪我をさせる訳にはいかないですから」
屋敷に戻れば使用人が居る。
大人を連れて来て押して貰った方が安全だとクラウディアも判断した。
「すぐに戻りますので少しだけお待ちを」
『景色を見てるから慌てなくていいよ。転んだら大変』
「気をつけますわ」
車椅子のブレーキをしっかりかけたことを確認したクラウディアはブランシュを待たせて屋敷に走って行った。
『大きな噴水』
待たせるお詫びなのか、景色のいい場所に車椅子を止めて貰ったブランシュは噴水を見上げる。
『あ、光さん』
噴水からふわりと現れた光の玉が二つ。
木の影や空からもふわふわ現れたかと思えば、あっという間にブランシュの周りに妖精が集まって来た。
『みんなお庭で遊んでたの?』
天虎の森で暮らすブランシュは妖精を見慣れている。
自分の周りに沢山の妖精たちが集まって来てもいつものことだから驚きもしない。
『天虎さんは森に帰ってアベイユの蜜を貰いに行ってるの。熱病の予防のために毎日使用人さんたちの飲み物に入れて飲んで貰ってるから足りなくなったんだって』
ブランシュや一族はもちろん使用人にも。
そのお蔭で屋敷には熱病の罹患者は居なくなって平常通りに仕事をしている。
自分の膝や肩に乗っている妖精たちに話すブランシュ。
森に居る時も天虎が居ない時はこうして妖精や精霊と話しているから寂しくならず過ごせている。
『光さん?』
「おい!」
妖精たちが一斉に膝や肩から飛んだことに首を傾げた瞬間に大きな声が聞こえてきてビクッとする。
「大丈夫か!?」
誰?
走って来たのは見知らぬ少年。
見たことがないその少年にブランシュは青ざめる。
「怪我は?痛いところはないか?」
……あれ?心配してくれてる?
怖くてギュッと目を瞑り俯いていたブランシュは、自分を心配する少年の言葉を聞いてそろりと瞼をあげた。
赤い目と赤い髪のお兄さん。
新年のお兄さんたちのように王子さまみたいな服を着てる。
ヴァルお兄さんと同い歳くらいかな?
「……もしかして精霊?」
目が合った少年はブランシュを見てそんなことを呟く。
「いや、精霊が車椅子に乗ってる訳ないか。それより身体は大丈夫なのか?」
なにが大丈夫?
どうして自分が心配されているのか分からないブランシュは大きく首を傾げる。
「あれ?魔法を暴走させたんじゃないのか?凄い光だったからてっきりやらかしたのかと思ったのに」
光?
あ、光さんのこと?
周りに光さんが沢山居たから誤解させちゃったのかな?
『魔法じゃなくて光さんたちだよ』
パクパク口を動かして説明するブランシュ。
自分を心配してくれた人だから誤解を解きたくて。
「まさか暴走して声が出なくなった?」
『違うの。声は元から』
口をパクパクさせながら身振り手振りで必死に何かを伝えようとするブランシュに少年はみるみる青ざめる。
「すぐ診てもらわないと!」
『え、ええ!?』
思った以上に力持ちな少年は車椅子からブランシュを抱き上げるとそのまま屋敷に向かって走る。
『待って待って!違うの!』
抱えられているブランシュは落とされやしないかと怖くて少年にしがみつく。
「大丈夫。きっと治るから」
『違うの!光さんたちとお話ししてただけなの!』
誤解に誤解を重ねている少年にしがみついたままブランシュは訴えるけれど、念話が繋がっていない少年には届かず。
どうしよう!違うのに!
物凄く心配させちゃってる!
慌てるブランシュには気付かない少年は屋敷に向かって一目散に走った。
「誰か!すぐに医者を呼んでくれ!」
ちょうど開いていた扉から屋敷の中に駆け込んだ少年は大きな声でそう助けを求める。
「ブランシュさま!?」
「クラウディアの知り合いなのか!?魔法を暴走させたみたいで声が出ないんだ!医者に診て貰わないと!」
エントランスで使用人と話していたクラウディアは少年がブランシュを抱えて来たのを見て驚く。
『違うの。光さんとお話ししてただけなの』
『え?』
『私の周りに光さんたちが集まって光ってたから魔法が暴走したと誤解されたみたいで』
念話で事情を聞いたクラウディアは納得する。
天虎の湖でもブランシュの姿が見えなくなるくらい妖精や精霊が周りに集まっていたから、きっと今回もそうなっていて誤解されたのだろうとすぐに察せた。
「ブランシュさまは元から声が出ないのです」
「え?暴走のせいじゃなくて?」
「ええ」
顔を確認するように見た少年にブランシュはこくこく頷いて見せる。
「でも本当に光ってて」
「光の反射でそう見えただけでは?」
「そんな訳が……いやでも怪我してる様子はないな」
「もう。人を心配する心があったのはいいことですけど、少し落ち着いて冷静になってくださいませ」
クラウディアから説教をされる少年。
心配してくれたのに怒られることになってごめんなさい。
「ブランシュさま!」
申し訳なくてブランシュもショボンとしていると二階から声が聞こえて来て上を見上げる。
会合が終わり部屋を出た二階廊下には三大公爵家の面々が揃っている中、エントランスに人が居るのを見て手摺りから身を乗り出して声を上げたのはヴァルフレード。
「ヴァル!」
「危な」
「お兄さま!?」
手摺りに足を掛けたヴァルフレードを止めようとした祖父と父親の手は一歩届かず、二階から飛び降りたヴァルフレードはみんなの心配を他所に風を纏ったかのようにふわりとブランシュたちの前に着地した。
「ルイ・フォン・ベランジェ。なぜお前がその御方を腕に抱いている。その御方をどこへ連れて行くつもりだ」
冷たい目で少年に言うヴァルフレード。
怒りが顕なそんな姿を初めて見たクラウディアや使用人は唖然として声が出ず、そんな中を三大公爵の面々がそれぞれ慌てた様子で階段を駆け下りて来る。
「ヴァル!落ち着け!」
少年がブランシュを抱いているのを見て息子が怒っていることを察した青年は駆け寄りながら声をかけ止めたものの、怒りで周りが見えていないヴァルフレードにその声は届かず。
「返答次第では御父君の前でも容赦はしない。その御方に触れることはただの戯れで見逃してやれる度を超えている」
ヴァルフレードの脚元にスっと現れたデスティネ。
今にも怒りを爆発させそうなヴァルフレードの大きな魔力を見てボヌールも姿を現しアワアワしている。
『怒ったらメッ!』
何事かとポカンとしていたブランシュはヴァルフレードから垂れ流される魔力を見てハッとすると念話で声をあげる。
その瞬間にどこからともなくパキンと何かが折れるような音がして、淀むように重かった空気が軽くなった。
『違うの!心配して連れて来てくれたの!』
「え?」
『光さんに囲まれて光ってたのを見て魔法を暴走させたと誤解されたの!暴走して声が出なくなったと思って医者に見て貰おうってここまで走って連れて来てくれたの!』
ブランシュと念話が繋がっている一族はヴァルフレードを含めその話を聞いて事情を理解する。
『怒らないで!この人は悪いことしてない!』
自分のせいで怒られている少年を庇うようにギュッと抱き締め泣きながらヴァルフレードに訴えるブランシュ。
その姿を見てヴァルフレードの胸がズキッと痛む。
「お、お兄さま!誤解ですわ!ルイさまは光の反射かなにかでブランシュさまが光って見えたのを魔法を暴走させたと誤解して、医師に診せようと走って連れて来たのです!ブランシュさまのお身体を心配しての行動ですわ!」
ブランシュの声は一族や一部の使用人にしか聞こえないから、改めてクラウディアが他の人にも分かるよう説明する。
あんなに怒っていたのに急に怒りが収まったら怪しまれるかもしれないと思って。
「そ、そうだったのか。すまないルイ。私の早とちりだったようだ。声を荒らげたことを謝罪する。申し訳なかった」
胸に手をあて頭を下げるヴァルフレード。
「いいよ。私が誤解をして抱えて来たのは事実だし。声が出ないからてっきり暴走したせいだと思ったんだ。キミも私の誤解のせいで怖がらせてごめん。泣かないでくれ」
ヴァルフレードにそう答えた少年ルイは、自分にまだしがみついているブランシュの背中を赤子をあやすように叩く。
ブランシュは自分のせいでルイが怒られたことを泣いてるだけで怖くて泣いた訳ではないけれど。
「ルイの父親の私からも謝罪しよう。愚息の軽率な行動でお嬢さんを怖がらせてしまったことをお詫びする」
歩いて来てブランシュに謝ったのはルイの父親で、三大公爵の一人のエリク・フォン・ベランジェ。
見知らぬ背の高い男性が近付いて来て謝るその姿を見てビクッとしたブランシュは一層ルイにしがみつく。
「ベランジェ公。この子は訳あって人があまり得意ではない。すまないがもう少し距離を置いてあげてほしい」
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしました」
距離置くようブランシュとベランジェ公爵の間にスっと手を入れた青年。
「それにしてもルイが人を助けようとするとは」
息子とブランシュの姿を見て呟くベランジェ公爵。
我が子ながらヴァルフレードが何か企んでいると誤解するのも理解できるほど普段は親交のない者に興味を示さない。
そんな息子に見知らぬ子供を心配する心があったことは喜ばしいけれど。
ルイとブランシュを囲むように集まった三大公爵の面々。
大人に囲まれたブランシュはルイにしがみつく腕を震わせながら恐怖で目を閉じている。
「大丈夫。みんなキミに悪いことはしないから」
人が得意ではないと青年が言っていたから、ルイはブランシュに言い聞かせながら背中を叩く。
「ところでこの子は?初めて見る子だが」
「私の命の恩人の娘だ。外出の間だけ預かっている」
祖父と話すのはアルト・フォン・ユハナ。
三大公爵の一人。
「命の恩人?」
「毒で死にかけていた私を救ってくれた御方だ。だから私たち一族にとって彼と彼の娘には返しきれない大恩がある」
「ああ、だから普段冷静なヴァルフレードがあのように」
命の恩人と聞いて納得したユハナ公爵。
祖父の命を救ってくれた人の娘だからあのように怒りを露わにしていたのかと。
「なんにしても聞かねばならないことが増えたな」
主人を守るようにヴァルフレードの脚元に居る大きな体躯の黒い魔物と、クラウディアの肩に乗っている小さな人。
どう見ても普通の生き物ではない。
クラウディアの肩に居るのは妖精だろう。
「私たちは国の防衛を担う三大公爵家だ。あまり干渉したくはないが、ある程度のことは話して貰わなければならない」
こめかみを押さえてユハナ公爵は溜息をつく。
仮に戦が起きれば三大公爵家の自分たちは協力して戦わなければならないのに、仲間の戦闘力や防衛力を把握していなければ協力関係など結べない。
「ルイ。私たちは今から大事な話をするから、お嬢さんを部屋まで連れて行ってあげなさい。失礼のないようにな」
「分かった」
「ソフィア、案内をお願い」
「承知いたしました」
父親のベランジェ公爵から言われたルイは頷き、クラウディアはメイドに部屋まで案内するよう伝える。
「ブランシュさま、話が終わったらお部屋に行きます」
『怖がってごめんね。すぐ泣き止むから』
『大丈夫ですわ。後でお話ししましょうね』
『うん』
本当は一緒に行きたいけれど今回は自分の話だけに行くことが出来ず、メイドの案内で歩いて行くルイとブランシュの後ろ姿をクラウディアは心配そうに見送った。
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