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二章
【功(つとむ)】・繋1
しおりを挟む──────── 一瞬耳を疑った。
体育館に響いたその名前に。
『通学途中でトラックに撥ねられ……』
通り魔事件で4名の生徒が犠牲になった。
さっきまでそんなことを話していた校長が「もう一つ悲しいお知らせが」と続けて告げられた名前。
『このような結果になったことを残念に……』
聞き間違いだと思いたかったけど、友人たちが俺を見る目が聞き間違いではないことを物語っていた。
「……そだ……嘘だっっ!」
叫び蹲る俺の身体に添えられる手と声。
嘘に決まってる。
昨日話したばかりなのに。
俺を「ツトム先輩」と呼んでくれた。
虐められて乱れた姿になっていたのに「ありがとうございました」と笑ってくれた。
それなのに死んだ?
そんな冗談は聞きたくない。
「嘘だ嘘だ嘘だっ!」
あの後どうなったのか今日訊くつもりだった。
身体は大丈夫なのか、辛くないか、もう虐められてないか、教室まで会いに行って訊くつもりだったのに。
「ツトム」
「違うよな!あの子じゃないよな!?違う人だろ!?」
肩を掴む親友の省吾へ祈るように問う。
でも省吾は口を結んだまま首を横に振った。
「……嘘って言えよ!言ってくれよっ!」
親友と教師から肩を借りて体育館の外へ連れ出され、受け入れられない現実に声を張り上げて泣いた。
「座って?」
保健室に連れて行かれて養護教諭の日下先生から椅子に座るよう促される。
「落ち着いた?」
落ち着けるはずがない。
どうやって落ち着けと言うのか。
情けなくも手は震えて涙は止まらずに落ちる。
日下先生はティッシュをボックスごと俺の前に置いて、泣いている間は何も言わなかった。
「……すみません」
「ううん」
みんなに迷惑をかけた。
全校集会の最中だったのに。
そう思う気持ちはあるけど涙はどれだけ拭いても乾かない。
「濱名さんのこと……本当ですか?」
「本当。私も集会の直前に聞いたばかりだから実はまだ受け止められてないの」
よせばいいのに現実を聞いてまた胸が締めつけられる。
身体の奥底から湧きあがるように涙だけは止まらず落ちた。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックをして入って来たのは春山先生。
俺のクラスの担任教師。
「先生ごめん。肩を借りた時に手が当たった気がする」
「そうだったか?忘れた」
下手な嘘。
悪気があった訳じゃないけど、現実を受け入れたくなくて掴む手を払った時に当たったのは春山先生の顔だったと思う。
「今日濱名さんに聞くつもりだったんだ。昨日のこと」
「うん。お前が止めたんだもんな」
「痛いところはないか、辛くないか、あのあと虐められなかったか、どう訊けば傷つけずに済むか昨日の夜ずっと考えてた」
受験生なのに。
傷ついた身体はもちろん精神的にも大丈夫かとそればかりが気がかりで、机に向かっていても勉強が手につかなかった。
「こんなことなら昨日の内に訊けば良かった。勇気を出して訊きに行けば良かった」
俺は濱名さんが好きだった。
でもそれを言う勇気がなくて、省吾たちから背中を押されてようやく話しかけた時にも付き合ってる人が居るのかを訊くのが精一杯で、『今は受験の大事な時期だから、受験が終わったら今度こそ』と自分に言い訳をして逃げていた。
「訊けば良かった。……言えば良かった」
断られることは目に見えていたけど伝えるべきだった。
そう今更後悔しても遅い。
これから先も伝えることは出来ないし、濱名さんの返事を訊くことも出来ない。
「ここで少し休め。家に帰っても独りだろ?」
「………」
「今は勉強も手につかないだろ。素直に休め」
受験真っ只中の3年生の担任が言う言葉じゃない。
だからこそ、その気遣いが一層涙を誘う。
「日下先生、良いですか?」
「はい。ベッド空いてるから使って?」
「……ありがとうございます」
今は教室に行っても勉強どころではない。
話していても止まらない涙をまたティッシュで拭きながら春山先生と日下先生にお礼を伝えた。
ベッドを借りて横になっても涙は止まらない。
枕を濡らしてしまわないよう自分のハンカチを目元に敷いて短い息をつく。
自分はこれほど濱名さんが好きだったんだと実感する。
こんなことで実感したくなかったし、実感したところでもう伝えられる人がいないんだけど。
ハンカチを掴みベッドに潜って泣く。
声を殺してどんなに泣いても身を裂かれるような胸の痛みは消せなかった。
「ツトム」
泣きに泣き続けてどのくらい経ったのか、休み時間になって省吾がカーテンを開けたそこから顔を見せる。
「さっきはごめん。取り乱して」
「それは良いけど」
隣のベッドに座った省吾はそれだけ言うと窓の外に顔を向けて黙っていた。
「省吾。チャイム」
「うん。聞こえてる」
本当にただ無言のまま。
チャイムが鳴って声をかけると省吾は漸くこちらを向く。
「ごめん。俺今どう声をかけたら良いのか分からない」
告げられたのはそんな言葉。
今の沈黙の時間は慰めの言葉を考えてたんだろう。
「ありがとう」
それで良い。
どちらにしても今はどんな慰めも癒しになってくれない。
「また次の休み時間も来る」
「寝てるかも」
「寝てたら起こさない。でも来る」
有無を言わさず省吾はそう言って教室に戻っていった。
「ありがとう」
もう一度それだけ呟く。
迷惑をかけるから来なくて良いと遠回しに伝えたことを分かっていて、省吾はあの返事を返してきたんだろう。
身体を起こして眺める窓の外は天気が良い。
誰かが亡くなったとしてもそれが影響を及ぼすことはない。
例え俺がこんなに泣いていても。
例え俺が胸をかきむしる程の痛みを感じていようとも。
神さまと言うものが存在するのなら教えて欲しい。
どうして濱名さんだったのかと。
世の中には悪い人が居るのに何故彼女だったのかと。
考える程に胸の痛みは増す。
何故どうしてと意味のない問いを誰かに繰り返す。
誰にぶつけることも出来ない悲しみ。
どんなに泣いても彼女は帰って来ないと分かっている。
でもこんな痛みに立ち向かうことは今の俺には堪えられない。
悲しみと後悔。
どうして彼女が死ななくてはならなかったのか。
どうして俺は彼女に好きだと伝えなかったのか。
そんな〝どうして〟を反芻しては涙が落ちる。
暗く澱むその胸の内を嘲笑うかのように太陽の光は煌々と静かな校舎を照らしていた。
・
・
・
「起きてるか?バッグ持ってきた」
「ありがとう」
衝撃的な事件の内容と報道陣が集まっていることもあって生徒の動揺を考え午後から休校になり、保健室に居た俺を省吾が迎えに来てくれた。
「1日ベッドを占領してすみませんでした」
「ううん。少しは休めた?」
「はい」
本当はずっとベッドに座って泣いていた。
ただ、日下先生もそんなことは分かっていて知らぬフリをしてくれたんだと思う。
「春山です」
「どうぞ」
「失礼します」
脱いでいたブレザーを着ていると春山先生がノックして保健室に入って来る。
「起きてたか。歩いて帰れるか?」
「はい。先生方も大変な時にご迷惑をおかけしました」
それでなくとも事件のことで対応に追われているだろうに、俺のことまで気にかけさせてしまった。
「親御さんまだ居ないよな。平気か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「帰るまで俺と川嶋と菅原で一緒に居るつもりです」
「そっか。お前ら仲良いもんな」
「2人は昇降口で待ってます」
「それなら少し安心した」
保健室に複数で来るのは遠慮したらしく、他の2人は昇降口で待っていることを省吾が説明する。
「残ってる報道陣も居るけど取材には答えないようにな」
「「はい」」
訊かれても話すことなどない。
あの4人の何を答えると言うのか。
濱名さんを虐めていた人たちです。とでも?
そんなことを話したらマスコミお得意の〝お涙頂戴〟で濱名さんが晒されてしまう。
「牧。上手い言葉がかけられない教師でごめん」
真剣な表情で言った春山先生に首を横に振って答える。
それは俺のことを真剣に考えてくれてるから取り繕うだけの慰めをしないんだと思うから。
「今日はゆっくり休め」
「はい。ありがとうございました」
春山先生と日下先生にお礼を言って省吾と俺は保健室を出て昇降口へ向かった。
「ツトム」
「大丈夫か?」
「心配かけてごめん」
人気のない昇降口で待っていてくれた2人。
省吾と俺の姿を見て優弥と正樹が駆け寄る。
「まだ残ってるマスコミが居るらしい」
「春山先生から聞いた」
「そうか。とりあえずソコはさっさと抜けよう」
「うん」
靴を履き替え昇降口を出ると、俺たちと同じく校舎を出て正門に向かっている生徒の姿が見られる。
「鎌田先生と瀬戸先生が居る」
「マスコミが居るからじゃん?」
「ああ。そうかも」
正門の内側に教師が2人立っていて、優弥と正樹の会話を聞きながら俺も納得した。
「気をつけて帰れよ」
『はい』
鎌田先生に返事をして正門から出るとあちらこちらにカメラやマイクを持ったマスコミが居て、事件に巻き込まれた4人を知っているかとか、学校はどんな様子だったかとか、先生たちはどんな話をしたかなど、我先にマイクやカメラを向けて訊いてくる。
この人たちが知りたいのはスクープ。
他のテレビ局や雑誌が掴んでいないネタが欲しいだけ。
この人たちの中の何人が人が亡くなったことに胸を痛めているのだろう。
そんな人は居ないことなど分かっている。
何も悪さはしていない立場に関わらず、俺たちも他の生徒と同じくマスコミから逃げるようにその場を去った。
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