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二章
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しおりを挟む「他の道から帰ろう」
マスコミから逃れてすぐ唐突に省吾が俺の腕を掴む。
「バスに乗るのに他のって、あ」
優弥が言葉途中で洩らした声で視線の先を見るとバス停の傍に人がしゃがんでいた。
「……花」
道に置かれた花束。
その前にしゃがんで手を合わせている男性を見て悟る。
「……濱名さん」
バス停で事故にあったと校長が言っていたことを思い出し名前を呟くと、しゃがんでいた男性が顔を上げてこちらを向いた。
「っ!濱名さん!」
「はい。どちら様ですか?」
ああ、違う。
立ち上がったのは男性。
最初から男性と認識していたのに何故間違えたのかと。
「濱名さんのご家族ですか?」
「優香の友人ですか?兄の優一です」
省吾が訊くと男性は真っ直ぐこちらを向く。
兄と名乗った男性は濱名さんとよく似ていた。
「俺たちは〇〇高の3年で…」
「濱名さんとはあまり話したことは…」
似ている。本当に。
男性であることは分かっていても、そこに濱名さんが居るようで堪えていた涙がまた落ちた。
「好きです」
涙と一緒に零れた声。
「受験だとか、受験が終わったらとか、自分に言い訳して逃げてたけど……ずっと濱名さんが好きでした」
「おい、急に何言って」
「すみません。まだ混乱してるみたいで」
「ツトム」
「ありがとう」
胸を突き刺す痛み。
微笑むその顔があまりにも似ていて落ちる涙が止まらない。
「好きになってくれて、ありがとう」
濱名さん。
濱名さん、濱名さん、濱名さん。
やっぱり俺は……濱名さんが好きだ。
「ツトム。しっかりしろ」
省吾から肩を捕まれハッとする。
「すみません。俺」
濱名さんのお兄さんを相手になにを。
慌てて涙を拭っているとスッと目の前に差出されたハンカチ。
「使って」
この人は濱名さんのお兄さんだ。
お兄さんで、俺が好きになった濱名さんではない。
それなのに。
「……2度目」
俺が濱名さんを知ったあの時と同じ。
濱名さんと初めて出会った時にもこうしてハンカチを差し出された。
──────── あれは入学式の日。
「ご入学おめでとうございます」
生徒会役員の俺は新入生の胸に花をつける役目だった。
同じ生徒会役員の女子と並んで俺は男子の担当。
「ご入学おめでとうございます」
そう言い続けて何人目だったか。
「痛っ!」
「大丈夫?刺した?」
「うん」
ずっと繰り返していて疲れていたこともあって安全ピンを指に深く刺してしまった。
「制服を汚す訳にいかないから交換して貰う」
「あの、良かったら使ってください」
隣の生徒会役員から花をつけて貰っていた新入生から白いハンカチを差し出される。
「あ。これも」
制服のポケットから薄いケースを出したその子は中から絆創膏を出し、ハンカチと一緒に「どうぞ」と言って顔をあげた。
「……ありがとう」
突然のことにお礼が遅れた俺にその子は微笑む。
「どういたしまして」
微笑みながらそう答えたのが濱名さんだった。
「……濱名さん」
最初のきっかけはそんな些細なこと。
でも向けられたその優しさと微笑みで呆気なく恋に落ちた。
「なんで濱名さんが、」
どうして濱名さんが死ななくてはならなかったのか。
どうして濱名さんでなくてはならなかったのか。
まだ訊けていないのに。
まだ言えていないのに。
「……濱名さんに会いたい」
会いたい、会いたい、会いたい。
訊きたかったこと、言いたかったこと、会って伝えたい。
「明日」
ハンカチでグイっと涙を拭われる。
「会いたいのなら明日家においで」
涙を拭うために俺の顔を掴んだ手は微かに震えていて、濱名さんによく似た大きな目からは涙が落ちていた。
「……すみません」
泣かせてしまった。濱名さんを。
いや、濱名さんのお兄さんを。
「明日、優香が家に帰って来る。会いたいならおいで」
押し付けるように俺にハンカチを渡したお兄さんは、自分の涙をグイと手の甲で拭うとポケットから手帳を取り出し何かを書いて破ったそれを俺に渡して帰って行った。
「ツトム。大丈夫か?」
「うん。ごめん」
声をかけてきた正樹に答えながら渡されたメモを見る。
そこに書かれていたのは住所と電話番号だった。
「少し時間があるから次のバス停まで歩こう」
「うん」
肩を叩いた省吾はチラと花束に視界を移す。
優弥と正樹も同じように視線を向けたけど何も言わずそのまま歩きだした。
「あの公園で昼飯食べるか。みんな弁当だろ?」
「俺は購買で買う予定だったから持ってきてない」
「正樹は?」
「寝坊したすまんって母親から金握らされた」
普段通りの友人たち。
でもそれは俺のために普段通りを装ってくれているのだと分かっている。
「ツトムは?」
「弁当」
「じゃあ先にコンビニに寄って公園で食べよう」
「うん」
次のバス停で乗って以前はよく行っていた公園に行く。
制服でおかしな所には行けないから、3年生になる前はよく公園に行って4人でテスト勉強をしたり問題を出し合ったりして時間を過ごした。
前には正樹と優弥。
省吾と俺は2人の後ろの席に座ってバスに揺られながら、手に握ったままだったハンカチとメモを眺める。
几帳面に書かれた文字。
走り書きだったはずのその文字や数字で元々字が綺麗なんだと分かる。
濱名さんも字が綺麗だった。
一度だけ濱名さんのノートを見たことがある。
正確にはノートの上に置かれていた本田先生への言伝のようなメモだったけど、それとなく見たそれが丁寧で綺麗に書かれていたことを覚えている。
お兄さんと濱名さんは本当に似ている。
兄妹だから似ているところがあるのも当然かも知れないけど、丁寧で几帳面なその字も、あの微笑んだ顔も、本当によく似ていた。
お兄さんに濱名さんの面影を見るなんてどうにかしてる。
恋焦がれた濱名さんではないことは分かっているけど、あまりにも似ているお兄さんに濱名さんの面影を探してしまう。
現実逃避と言われればそれまで。
俺はまだ濱名さんが亡くなったと受け入れられない。
認められない。認めたくない。
濱名さんは生きている。
さっきハンカチを差し出してくれた。
さっき微笑んでくれた。
違う。あれはお兄さんだ。
俺が好きになった濱名さんではない。
現実と逃避を反芻しながらハンカチを強く強く握りしめた。
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