竜の女王

REON

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一章

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アレニエ領の中で最大の街クロヌ。
本邸に一番近い街でもあるそこに到着した馬車は止まる。

「お足元にお気をつけください」
「ありがとう」

ドミニクが差し出した手を借りて馬車を降りたロラ。 
ここは貿易も盛んで発展しているために寄付を後回しにしている街で、ロラも来るのは初めて。

「潮の香りが」
「海に面した貿易港ですので」

ほのかに香る潮の香りにロラが反応するとサシャが答える。

「海が見たいですわ」
「それは旦那さまへ」

サシャは従者で付き添うだけ。
行き先を決めるのは甲斐性なし。

「奥さまクロークを。お風邪を召されませんよう」
「ありがとう」

ロラの手にグローブをするサシャ。
話しながら肩にクロークをかけるのはドミニク。
本来ならそれは侍女や夫の役目だけれど、ロラは今回侍女を連れて来ておらず、夫の乗った馬車もまだ到着していない。
愛妾が着いて来て馬車が別々になった為にこうなっている。

人々の注目を集めるロラ。
いや、シャルロット。
人形のように愛らしい美少女を見る人々はすぐ目を逸らす。

美少女を守るように居る二人の存在に。
貴族令嬢の護衛なのだろうと察して。

「美味しいお魚は食べられるのかしら」

注目を浴びる本人は意に介さず魚の話。
恐ろしい人物なのか無邪気な人物なのかはっきりしてほしいとサシャは苦笑した。

「旦那さまがお乗りの馬車が到着しました」

数分遅れて到着した馬車はロラたちが乗ってきた馬車の後ろに止まる。

「…………」

コーチマンが開いた扉から最初に降りたのは侍女たち。
次に降りた甲斐性なしの顔を見てロラたちは無言。
最後に降りた愛妾に手も貸さなかったのを見て察した。

「シャルロット」

屋敷を出る前に一悶着あっただけに甲斐性なしは不安そうな表情を滲ませてシャルロットに声をかける。
ロラはドミニクと楽しく会話に花を咲かせてたと言うのに。

「旦那さま。この街には港があるとお聞きしました。ワタクシ海が見たいですわ」

そう言ってロラは甲斐性なしの両手をそっと握る。
ここで愛妾と揉められるのは御免だから。

「大きな街へ来たのに買い物ではなくて良いのかい?」
「もちろん領地でお買い物をすることも貴族の大切なお務めの一つだと理解しておりますが、ワタクシが一番気になるのは海や港で働く方々ですの。旦那さまや船乗りのお仕事の邪魔はしないよう気を付けますので視察に同行させていただけませんか?」

経済を回すために買い物をすることも貴族の務め。
ただロラはそれを後回しにしても海が見たい。

「そうか。それならまずは港に行こう」
「ありがとうございます」

嬉しそうなシャルロットに甲斐性なしも表情が緩む。
馬車の中で愛妾とあんなにも険悪になっていたこともシャルロットの笑顔で癒されてどうでも良くなった。

「アンは買い物に行くといい。私たちは港へ行く」
「私も港に」
「君は興味ないだろう?いつも買い物しかしないのだから」

愛妾はどこへ行っても買い物。
衣装や宝石を買って散財することが街での楽しみ方。
視察に回るのはいつも甲斐性なしとサシャとドミニク。

「でしたらこれを。女性三人では心配ですわ」

ロラがポーチから出したのは発信機。

「なにかあった時には連絡をしてくださいませ」

まだ痩せ型のシャルロットの腕には緩くて抜けてしまうからポーチにしまって来たけれど、離れていても場所が分かって通信もできる便利なそれを愛妾に差し出す。

「それを渡しては奥さまに何かあった際に困るのですが」
「あら。ワタクシがお供する方には旦那さまとドミニクとサシャが居るのですもの。安心でしょう?」

止めようとしたドミニクに言ってシャルロットは微笑む。
人目を惹くご自身の愛らしさを自覚していただきたいとドミニクは思いながらも、これも奥さまの優しさなのだろうと受け止めそれ以上は止めなかった。

まあ奥さまには必要ないだろう。
拐われようと海に投げ込まれようと無傷で戻るだろうから。
サシャはドミニクとは別のそんな理由で止めなかった。

「ではお買い物を満喫してくださいませ。また後ほど」

昼にレストランで待ち合わせて解散。
二人も買い物が出来るよう手当てをくれたシャルロットを侍女たちは頭を下げて見送った。

シャルロットたちとは反対方向に歩き出した愛妾。
その腸は煮えくり返っている。
なぜ自分の方が邪魔者のような扱いを受けるのかと。

侍女たちは顔を見合わせて溜息。
また荒れそうだと。





「大きな船」

港について貿易船を見上げるシャルロット。
興味津々のその表情に甲斐性なしはくすりと笑う。

「アヴァールには港がないんだったね」
「ええ。海に面した場所ではありませんもの」

シャルロットの生家があるのは主に山に面した地域。
王国の守護を担うドラゴニュート公爵家は特に、いつ魔獣の襲撃を受けてもおかしくない危険地帯にある。

「アレニエ公爵閣下」

貿易船から顔を出した男性。
甲斐性なしの姿を見ると船から駆け下りて来た。

「怪我をしている様子や顔色が悪いということもないな。無事に航海できたようで何よりだ」
「ありがとうございます」

健康的な褐色肌の男性を確認した甲斐性なしは安心したように労いの声をかける。

「紹介しておこう。私の妻のシャルロットだ」
「閣下の奥方さまなんですか!?」

あまりの驚きで大きな声になってしまった男性はぺこぺこ謝りながら帽子を外す。

「初めまして、奥さま。グラーノと申します。学のない庶民でして礼儀作法に疎く、失礼をしていたら申し訳ありません」

心配そうに言うグラーノにシャルロットは微笑む。

「お初にお目にかかります。アレニエ公爵が妻、シャルロットと申します。ご丁寧な挨拶をありがとうございます」

シャルロットの美しいカーテシーに見惚れるグラーノ。
いや、可愛らしい美少女のシャルロット自体に。

「彼は貿易船の船員だ。父の代から続けてくれている」
「まあ、そうなのですか。それで逞しいのですね」
「ああ。私の三倍くらいは力が強いのではないかな」
「とても頼もしい方ですのね」

口許を隠してクスクス笑うシャルロットと、普段見せるものとは違う笑顔を見せる甲斐性なしの夫婦は仲睦まじく映る。
一年二ヶ月も互いの顔を見たことのない夫婦だったことを知らない者からすれば。

「パオロ船長はどこに?」
「荷を降ろして今は上屋うわやか本部に居るかと」
「そうか。ではそちらに顔を出そう」

上屋は降ろした貨物や積み込む貨物の保管場所。
本部とは船乗りのあれこれを管理する港湾施設。
航海に出る時や戻った時に手続きを行うのはもちろん、船員たちが休憩をする場所でもある。

「シャルロット。私は報告を聞きに行くがどうする?」
ワタクシは邪魔にならないよう端で船を見ておきますわ」

そう言うと思った。
随分と貿易船に興味があるようだから。

「サシャ」
「お任せを」

領地の管理も仕事に含まれるドミニクは残れない。
そうなると必然的に残るのはサシャ。

「よければ仕事の邪魔にならない範囲で妻に船内を案内してくれないだろうか。気になって仕方がないようだ」
「分かりました」

船内を見せて貰えることになり分かり易く喜ぶシャルロットに甲斐性なしは笑った。

「停泊中なので危険はないと思いますが、足元には気をつけてください。あと船から身を乗り出さないようお願いします」
「はい。お約束します」

甲板に登るための斜路を上がる時はサシャに手を借りて。

「お足元にお気をつけください」
「これは魔法で登った方が楽そうですわ」

そんな呟きは聞こえないふり。
楽だと思っているだけで実際に魔法を使おうとしていないことは分かっているから。

「グラーノさま早いですわぁ……さすが海の男」

既に甲板に着いて待っているグラーノを見あげて呟いたシャルロットに吹き出す。

「そのような気の抜けた話し方もするのですね」
「サシャに隠す必要はありませんもの」
「私は何も知るつもりはなかったのですが」
「兄さまを引き寄せるだけの血の匂いが染み込んだ自分を恨んでくださいませ。暗殺者さん」

そう言われてぐっと喉の詰まるサシャ。
サシャの生家の侯爵家は暗殺を請け負っている。
そこで育ったサシャも幼い頃から返り血を浴びてきた。

「奥さまは旦那さまに好意はあるのですか?」
「恋愛の好意を聞いているのでしたら全く」

ああ、やっぱり。
嫉妬する様子もないから分かっていたけれど。
本人の口から確証を得るため一応聞いてはみたものの、サシャもそうだろうとは思っていた。

「でもシャルロット嬢は違うの。旦那さまがお好きみたい」
「存命中に一度も戻らなかった夫をですか?」
「あら。兄さまったらそれを誰から聞いたのかしら」
「そこまでは分かりません」

本物のシャルロットは湖に身を投げ亡くなった。
それはジルの記憶にあって分かったけれど、誰から聞いたのかはサシャにも分からない。

「今はロラさまになっていても分かるものなんですか」
ワタクシへの敬称は不要ですわ。貴方が仕えるのはシャルロット嬢でワタクシではないもの」

シャルロットとロラは別人でも肉体は一つ。
サシャにとってはに違いない。

「この肉体にはまだ魂がシャルロット嬢だった頃の名残りの感情が残っておりますの。だから好きも嫌いも伝わりますわ。ただの一度も顔を見せなかったろくでなしの夫を自分の救い主のように信じ待ち続けた純粋で清らかな気持ちが」

サシャは本物のシャルロットを知らない。
けれど従者の役目に逆らうことなく主人の考えを優先した自分も同罪だと思うと胸が痛む。
 
「よろしくてよ。サシャに罪を問うつもりはないわ。だって貴方は旦那さまの従者だもの。貴方はただ自分の役目を果たしているだけ。善悪の区別が全ての人にとって同じでないことはサシャもよく分かっているでしょう?」

そっと繋いでいるサシャの手に力が入る。
罪悪感を見透かされて。
何も言う前に赦されてしまって。

「二つも感情があったら大変そうですね」

心の篭っていない『大変そう』にロラはふふっと笑った。

「大丈夫ですか?」

甲板に辿り着いたロラを心配そうに見るグラーノ。
小さくて折れてしまいそうに細いシャルロットが長い斜路の途中で疲れ果ててしまうのではないかとハラハラした。

「ええ。お待たせして申し訳ございません」
「奥さま、私に敬語は」
「あら、ごめんなさい。もう変えますわ」

アレニエ公爵家の貿易船の船員に敬語ではおかしな話。
彼もアレニエ公爵家に雇われている一人なのだから。

「お気遣いありがとう。お優しいのね」

ふふっと笑ったシャルロットにグラーノの顔が赤くなる。
その容姿で無闇に笑顔を振り撒くのは辞めていただきたい。
先ほどのドミニクと同じく『自覚を』と思うサシャだった。

「船内も綺麗ですのね」
「掃除をしたばかりですから」
「航海中は違うの?」
「少なくとも女性を乗せられる状態ではありません」

船内を案内して貰いながら話を聞いて笑うシャルロット。
船乗りの自分を見下しもせず笑顔で会話をしてくれるシャルロットにグラーノはすっかり気を許している。

「これはなんですの?」
「話すと甲板に居る船員に聞こえるようになっています」
「ああ、これを使って離れた場所の船員にお伝えするのね」
「登って降りてでは大変ですから」

あれこれ興味を示すシャルロットに丁寧に答えるグラーノ。
女性が貿易船に興味を示すことは珍しいから興味を持ってくれて嬉しいという理由も大きかった。

「このベッドで眠れますの?」

寝室にも案内してくれて二段になっているベッドを見たロラは端に座りベッドの固さに驚く。

「眠れますよ?慣れてますから」
「本当に船乗りのみなさまは心も身体も逞しいですわ」

甲斐性なしの屋敷でさえ小さいと感じたロラに貿易船の中のベッドの狭さや固さは驚きでしかない。

「奥さまのように可愛らしい方がそこに座ったことを知れば、船員たちでそのベッドの取り合いになりそうです」

そう言ってグラーノはハッとする。
公爵夫人に何て下品な話をと。

「まあ。そのようなことで活力になるのでしたら幾らでも」

座っているベッドにペタペタと触るシャルロット。

「船乗りのみなさまが無事にお戻りになりますように」

これは他の船員には秘密にしてグラーノが独占するな。
そうサシャは察した。

そのあとも機関室や操舵室にまで案内してくれて、シャルロットはそのどれもを興味津々に見て回る。

その理由は単純で、テネブルには貿易船などなかったから。
魔法があるテネブルでは荷物を運ぶのも転移魔法で済む。
初めて見る大きな貿易船に興味があるのも当然だった。

「動いている時は風も気持ちがいいのでしょうね」

甲板で海を見ながら潮風を感じるシャルロット。
寒いよりも今は海や貿易船を見れたことが嬉しいのか、息を白く染めながらプラチナ色の長い髪を風で揺らす。

陽の光の下で見るシャルロットの髪は美しい。
グラーノは少し後ろでサシャと共にそれを眺める。
まだ16のうら若きその令嬢が人妻であることも忘れて。

サシャは自分が着ているロングクロークを外すと歩いて行ってシャルロットの肩にかける。

「サシャは紳士ね。風邪ひきますわよ?」
「奥さまがお風邪を召される方が問題ですので」

本当は魔法で外気を防げるから寒くないのだけれど。
そしてロラも本当はそのようなこと容易くできると分かっているけれど、頑なに魔法を使わないから痺れを切らした。

「あら?あれはアンさまではなくて?」
「……はぁ」

船着き場に愛妾の姿があることに気付いて言ったロラと大きな溜息をつくサシャ。

「お知り合いですか?」
「ええ。旦那さまの愛妾ですの」
「……愛妾」

二人の会話を聞いて下を覗き見たグラーノはあっさりと言ったシャルロットに固まる。
貴族に愛妾が居ることは珍しくないけれど、正妻と愛妾が遭遇するとは大変だと。

「旦那さまをお捜しなのかしら」
「でしょうね」
「教えて差し上げた方がいいかしら」
「放っておきましょう。面倒くさい」

心底面倒だと伝わる表情を浮かべるサシャ。
従者は奥さまの味方なのかとグラーノは一人頷く。
すっかりロラに気を許したグラーノも奥さま派。

「通信機をお渡ししましたのに」
「失くしたなんて言われたら大損害ですね」
「そうねぇ。セットでないと意味がありませんもの」

通信できる先は購入した時に登録した先だけ。
甲斐性なしの公爵家では甲斐性なしが持つ親機の他にドミニクやサシャやバートが持たされているから、仮にシャルロットの分を失くしたとなれば五つセットで買わなければいけない。
この星では貴重な魔法を利用した代物だけにお高いから大損害になる。

「あの、この港は関係者以外立ち入り禁止なんですが」

グラーノが言ったそれでサシャはハッとする。
この街の領主で貿易船も持っている主人や夫人と一緒に来た自分たちは関係者だけれど、あの愛妾は無断で入った侵入者。
港の警備兵に見つかればお縄になる。

「奥さまはここに居てください」

お縄になればますます面倒なことに巻き込まれる。
それに時間をとられるとか冗談じゃない。
そう思ったサシャは斜路を駆け下りて行った。

「ごめんなさいね。ワタクシの案内をしていただくだけでもお仕事を増やしてしまったのに、愛妾まで港にご迷惑を」
「そんな!奥さまに興味を持って貰えて嬉しいです!」
「ふふ。初めて見ることが出来て楽しかったですわ」

ああ、可愛い。
可愛い奥さまが居るのに愛妾を作る理由が分からない。
グラーノはすっかりシャルロットに釘付け。
抱きしめたら折れてしまいそうな可愛くて優しい奥さま。

「あ」

不埒なことを思って顔を背けたグラーノは短い声を洩らす。

「残念ね。サシャが嫌がっていた結末になりそうですわ」

駆け下りて行ったサシャより早く愛妾たちを発見して止めたのは制服姿の警備兵。

「貿易船は高価な貨物も扱いますから警備が厳しいんです」
「分かるわ。警備兵は港の安全を守ってくださってるだけ」

航海の期間が長い貿易船の船乗りは男しか居ない。
それなのに女性三人が何かを探している様子であちらこちらとウロウロしていたら怪しい不審者と思われるのも当然。
可哀想に、侍女の二人は完全に迸り。

少し遅れて追いついたサシャの姿も視界に入る。
グラーノと眺めるロラは『大変そうですこと』と他人事。
疑いが晴れる手っ取り早い方法は甲斐性なしに来て貰う事。
領主のアレニエ公爵の関係者だと分かれば警備兵もすぐに三人を解放してくれる。

「あ、閣下も」
「サシャが通信機で呼んだのでしょうね」
「ああ。さきほど話してましたね」
ワタクシのを預けたのだからお使いになれば良かったのに」

建物の中から出てきたのは甲斐性なしとドミニク。
走って出てきたと言うことは通信機の一つを所持するサシャが状況を話して呼んだのだろう。

「奥さまのを預けたんですか!?」

少し遅れて驚いたグラーノ。
愛妾より公爵夫人こそ持つべき物だと言うのに。

ワタクシは旦那さまとドミニクとサシャが一緒ですもの。愛妾はお買い物が目的で着いて来たから別行動。女性だけで行動する愛妾や愛妾の付き添いの侍女の方が危険でしょう?」

そうだったとしても持つべきなのは公爵夫人。
例え公爵夫人と分からなくとも、悪さを企む者が狙うとすれば美少女のシャルロットの方。

「……待ってください。着いて来た?」

サラリと言われて聞き流しそうになったものの、頭が痛む様子で聞いたグラーノ。

「旦那さまが別邸からお連れになったの。今日も本当は夫婦で来る予定でしたけれど、エントランスで連れて行ってと旦那さまに駄々を捏ねてらしたから一緒に。旦那さまと愛妾と侍女を同じ馬車に乗せてワタクシは従者の馬車で来ましたわ」

ドヤっとするシャルロットが可愛い。
可愛いけれど聞き捨てならないことばかり。
なぜ愛妾を正妻の居る屋敷に連れて行くのか、なぜ夫婦の逢瀬に着いて来ようとする愛妾を断らないのか、なぜ妻の前で夫と愛妾が親密にしてるところを見せられるのか、なぜ公爵夫人が従者の馬車で愛妾が夫の馬車に乗るのか。

「博識のドミニクとお話し出来て楽しかったですわ。ワタクシの知らないことをたくさん知っていて教えてくださいますの。帰りもドミニクやサシャの馬車に乗りたいのだけれど無理かしら」

ん?むしろ喜んでる?
可哀想な正妻を想像していたグラーノは全く悲壮感のないシャルロットに首を傾げる。

「本当は愛妾とも仲良く出来たら良かったのだけれど、ワタクシのことはお嫌いみたい」

それはそうだろう。
一人の男を巡って敵対している相手なんだから。
しかもいつ関係が終わってもおかしくない愛妾からすれば全てを持っている安泰の正妻は最大の敵。
奥さまの方は敵どころか全く気にしていないようだけど。

「あ、それはどうでもよくて、船乗りのみなさまがおすすめするお魚があれば教えてくださらない?」

奥さまは変わり者。
でもとびきり可愛い。

感情がジェットコースターのグラーノ。
本人が気にしていないなら良いかと魚の話題に変えた。





「どうして私は駄目なの!?あの女は入ってるじゃない!」
「シャルロットは私の妻だ。関係者が入っても問題ない」
「私もルカの関係者でしょ!愛妾なんだから!」
「大きな声でそういうことを言うな」
「本当のことじゃない!」

シャルロットが呑気におすすめの魚の話題でグラーノと盛り上がっている頃、甲斐性なしの方は完全な修羅場に。
ドミニクやサシャだけでなく愛妾を捕まえた警備兵もどうしたものかと困り顔。

政略結婚の貴族に愛妾が居ること自体は珍しくない。
でも堂々とそういう関係だと話していれば別。
偶然居合わせた船乗りや港関係者もつい聞いてしまう。
しかもこの貿易港がある街をおさめている公爵だから尚更。

「旦那さま。ここで揉めては不名誉な噂が広がるだけかと」

甲斐性なしの隣に行って耳打ちするドミニク。
頭に血の昇った愛妾をこのまま喚かせておく訳に行かない。
どんなにこちらが冷静に話しても相手がヒステリックになっている今は逆効果だ。

「先に屋敷へ帰れ。戻ったら手切れ金を渡す」

それは関係を終わらせる発言。
切られると思っていなかった愛妾は一気に血の気が引く。

「そんなのイヤよ!別れない!」
「別れるも何も、最初から付き合っていないだろうに」

愛妾は妻でもなければ恋人でもない。
まして二人は仕事として愛妾の契約を結んだ関係。
お互い利があって契約したというのに、贅沢を覚えた愛妾の方が欲を出したために契約を切る判断をしたと言うだけ。

「酷い!私を弄んだの!?」
「お互いにそういうものとして始めた関係なのに立場が悪くなった途端に被害者ぶるのは辞めて貰おう。君が被害者になるのだとすれば私が甘い言葉で釣って弄び捨てた場合だろう?」

酷いと泣く愛妾にもそうバッサリ。
甲斐性なしの隣でサシャも悲劇のヒロインを演じる愛妾を呆れ顔で見る。

弄ぶも何も契約を結んだ雇用関係なのに。
例え仮の愛妾でも人一倍贅沢をさせてくれて一人の人間として敬いを見せてくれていた間に性格を改めれば良かったのに。

奥さまに敵対心を燃やして騒動ばかり起こしたツケ。
愛妾は妻でも家族でもないのだから何かあれば終わり。
自分がそんな立場だと忘れて調子に乗りすぎた。

サシャは表情を変えないまま心の中で思った。

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