竜の女王

REON

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三章

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空高くで羽ばたく黒竜。
それを見あげていると屋敷の庭園にゆっくりと降り立った。

「旦那さま」

先に降りた男性のエスコートで黒竜の背から降りた美少女。
美しいプラチナの長い髪が風で揺れる。

「お帰り、シャルロット」
「ただいま戻りました」

輝く金色の髪と翡翠色の透き通った瞳の美丈夫は愛らしく微笑む美しい妻にふわりと笑うと手の甲に口付ける。

二人とは反対に整列している使用人は緊張の面持ち。
シャルロットの後ろに控えている二人から感じる抉られるような威圧感と恐怖心で。

黒橡色の髪と赤紅色の虹彩をした見目麗しい青年。
背丈は2メートル以上ある。
その隣には漆黒の髪と真紅の虹彩の美丈夫。
3メートルを超える背丈。

二人の容姿はまさしくドラゴニュート一族。
一人でも見かける機会はほぼないというのに二人も。
しかも一人は一族の当主。
破壊竜と呼ばれる竜の姿はまさに死の象徴のようだった。

「シャルロット。お二人にご挨拶をしたいのだけれど、ご当主の隣の御仁のことを教えてくれるかな」
「あ、そうでした。ワタクシの兄のクリスですわ」
「ありがとう」

ひっそりと聞いた甲斐性なしに教えたロラ。
他の貴族家なら先に調べておいて挨拶が出来るけれど、ドラゴニュート一族は謎に包まれているから調べる手段がない。

「ご当主と義兄さまへご挨拶申し上げます。アレニエ公爵家の現公爵、ルカ・ユメル・アレニエと申します。本日は遠いところを屋敷まで足をお運びくださいまして光栄にございます」

綺麗なボウアンドスクレープで挨拶した甲斐性なしにクリスは敬礼で応えたものの、当主は相変わらずの無反応。

「私は先に戻る」
「ええ。カイとレアをお願いします」
「ああ」

大きく身を屈めロラ(シャルロット)の額に口付けた当主と、当主の頬にチークキスで返したロラ(シャルロット)。
使用人は初めて見たその仲睦まじい祖父と孫の姿に驚く。

「お帰りになるのですか?食事を用意してごさいますが」
「屋敷に幼い孫を待たせている。別に機会を設けよう」
「承知いたしました。ではまた次の機会に」

返事をした当主に甲斐性なしは内心驚く。
そもそも答えないか興味ないと言われると思っていたのに。

「シャルを頼む。用が済んだら呼べ」
「はい。お気を付けて」

クリスとも軽く話した当主はみんなから離れるために歩きながら黒竜に変身してあっという間に飛び去って行った。

「幼い孫って、手紙に書いてあった弟妹のことかな?」
「ええ。カイもレアも天使のように可愛らしいのですよ?クリスお兄さまも二人と同じ元第二夫人のご子息ですわ」
「ああ、そうだったんだね」

クリスの腕を組んで微笑むロラ(シャルロット)。
ドラゴニュートではない元第二夫人は生まれ故郷に帰り、本家の血を持つ兄と弟妹はシャルロットが継いだ本家に移り住んで一緒に暮らしていると手紙のやり取りの中で聞いたけれど、随分と親しくなったのだなと思う甲斐性なし。

「あ。バート、ドミニク、サシャ」

使用人たちの前に立っていた三人を見つけて駆け出すロラ。
そんなロラ(シャルロット)の姿を見た甲斐性なしは『相変わらず無邪気で可愛らしいな』と思いながら苦笑した。

「義兄さまもどうぞ中へ。ご案内いたします」
「ありがとうございます」

あ、義兄さまも返事をしてくれるのか。
当たり前のことにそう思ってしまうほど、甲斐性なしが今まで会ったことのあるドラゴニュート一族は人と話さなかった。

「クリスお兄さま。こちらの方はランド・スチュワードのドミニク、ハウス・スチュワードのバート、バトラー兼ヴァレットのサシャですわ。至らないワタクシによくしてくださいましたの」
「そうだったのか」

一足遅れて甲斐性なしと来たクリスに三人を紹介するロラ。

「シャルロットの母違いの兄クリスです。みなさまには妹がお世話になったようで、ありがとうございます」

胸に手をあて軽く頭を下げて感謝を伝えるクリス。
そんなクリスにドミニクとバートとサシャは驚く。
ドラゴニュート公爵家の子息で身分が高いクリスは本来なら頭を下げる必要はないのに下げたということもあるけれど、奥さま以外にも頭を下げるドラゴニュートが居たのかと。
それほどドラゴニュート一族は頭を下げない印象。

まず最上位の使用人にあたるドミニクが最初に挨拶をして、屋敷の家令のバート、執事兼近侍のサシャの順で挨拶をする。
背の高さや特徴を含め容姿を見る限りまさしくドラゴニュート一族で間違いないけれど、クリスは他のドラゴニュート一族とは反対に人当たりのいい印象の青年だった。

「お食事までお休みください。お部屋へ案内させますので」
「ではご好意に甘えて」

昼食の時間までは一時間ほど。
それまで休んで貰うために甲斐性なしが早々に申し出て、ドミニクの案内でクリスは来賓室へ向かった。

「義兄さまも従者をお連れにならなかったんだね」
「お連れにならなかったのではなく元から居ないのですわ。屋敷内で世話をする侍従は何名もおりますが、ドラゴニュート一族は外出の際に人を連れ歩くことを好みませんの」

ロラ(シャルロット)は元々この屋敷の女主人で世話をする侍女も居るから連れてこなかったと分かるけれど、貴族であれば必ずと言っていいほど連れている従者をクリスが連れていないことを不思議に思って聞いた甲斐性なしにロラが説明する。

「え?じゃあ外出先でのことは全て自分で?」
「はい。当主を例にして言えば、自分一人なら空を飛んですぐに目的地まで辿り着けるのに従者が居ては従者の移動手段に合わせなくければならなくなるでしょう?仮に襲われた場合にも従者を守る立場になってしまいますし。マイナス面の多い従者を連れ歩くより自分のことは自分でやる方が楽なのですわ」

それを聞いて納得した甲斐性なし。
竜の姿で二人を送ってきた当主などまさにそれで、一人なら空を飛んで移動できるのに従者が居ては馬車での移動になる。
仮に襲われたとしても自分一人なら倒せるのに従者を人質にとられて逆に手を出せなくなるという弱点にもなり兼ねない。

「特殊な力を持つ強いドラゴニュート一族ならではだね」
「一般的な貴族の常識に当てはまらないことは事実ですわ」

苦笑する甲斐性なしにロラはクスクス笑った。

ワタクシも先に着替えてまいりますね」
「ああ。サシャ」
「はい」

シャルロットの自室までロラに付き添うのはサシャ。
家令ハウス・スチュワードのバートはこれから昼食の準備で慌ただしくなるから。

「では旦那さま後程」

愛らしくカーテシーをしたロラ(シャルロット)に笑みで手を振り見送る甲斐性なし。
手紙のやり取りはしていたものの数ヶ月ぶりに見たシャルロットの姿はやはり愛らしく、今でも変わらず存在している恋心を実感して胸がぎゅっと痛んだ。


「お久しぶりね、サシャ。元気そうで嬉しいわ」
「奥さまもお変わりないようで安心いたしました」

ロラの斜め後ろを歩くサシャ。
互いに人目がないことを確認して会話を交わす。

「襲爵後のここ数ヶ月は慌ただしかったのでは?」
「とっても。当主やクリスお兄さまが手伝ってくださったお蔭で今は少し落ち着きましたけれど、使用人を解雇して再雇用し直すところからスタートしなければならなかったから」

公爵家に戻った当日から大変だったことを話すロラ。
クリスの屋敷から丸々使用人を雇用したから何とかなったものの最初は上級使用人アッパー・サーヴァントすら居なかったことも。

「大量解雇した使用人は本当に解雇で済んだのですか?」

そう聞いたサシャにロラはくすりと笑う。

「当主とワタクシに解雇を希望したあと引き継ぎをしたり荷物を纏めて自分たちの足で屋敷を出て行ったわよ?ワタクシの魔法で作られた魂のない空の肉体ですからその後は知りませんけれど」

やはり。
奥さまを虐待していた家族は制裁されたのに、同じく虐げていた使用人だけが許されるはずもない。
有罪の魂を制裁したのだろうとサシャも予想は出来ていた。

「では奥さまの魂の欠片は天に召されたのですね」
「ええ。殆どの欠片はあの生家にありましたわ」

制裁された家族と制裁された使用人。
シャルロットの魂の欠片の殆どは、長年シャルロットを虐げて魂を傷つけ続けてきた者たちが居る公爵家生家にあった。

「ふふ。シャルロット嬢のことを気にしてくれていたのね」

サシャは甲斐性なしの近侍なのだから主人の甲斐性なしが別邸に行くと言うならそれに従って一緒に行くのが当然。
嫁いできたのに顔も合わせず避けられているシャルロットへの同情心はあっても、まさか女主人のシャルロットが屋敷の使用人から虐げられているなど思いもしなかった。

自分の主人はルカなのだから知らなくとも仕方なかった。
いや、仕方なかったでは済まされない。
そんな『仕方なかった』という思いと『逃げず屋敷に帰るよう強く言うべきだった』という罪悪感の間で揺れる心。

その思いがずっとサシャの中にあって、ロラが襲爵のため生家に戻ったあと『もうロラが制裁しただろうか。奥さまの魂の欠片は天に召されただろうか』と気がかりだった。

「ありがとう、サシャ」

この星でシャルロットの魂が既にこの世には居ないことを知っているのは当主とサシャの二人だけ。
シャルロットの肉体に宿った自分でもなく、シャルロットと番になるはずだった当主でもなく、シャルロットが嫁いだ甲斐性なしの近侍というだけの関係性でしかないサシャがシャルロットを忘れず気にしてくれていたことがロラには嬉しかった。

「本当に決闘制度がないことが残念ですわ。サシャなら安心してドラゴニュート公爵家の家令や執事に任命できますのに」
「買いかぶりすぎです。私などドラゴニュート一族の本家で家令や執事を務められるほどの方の足元にも及びません」

ロラが自分を必要としてくれることは素直に嬉しいけれど、この星の守護者であり王家よりも重要視されるドラゴニュート一族の本家なら優秀な家令や執事を雇っているだろうに。

「おりませんわ」
「え?」
「今の本家には家令も執事も居ないの」
「は!?」

話を聞いてつい大きな声が出たサシャはパッと口を押さえて辺りに人の気配がないことを改めて確認する。

「義兄さまの屋敷の使用人をそのまま雇ったんですよね?」
「ええ。第二夫人派の使用人以外は全員」

たしかにクリスの屋敷の使用人を雇用した。
ただ使用人と主人という雇用関係以上に第二夫人とズブズブの関係だった使用人はさすがに本家で雇う訳にはいかない。
いつ本家を裏切るか分からないから。

「家令と執事は第二夫人が国から連れてきた二人でしたの。他にも数名居て、その人たちは雇用せず第二夫人と一緒に国へ帰らせましたわ。ドラゴニュート一族の本家はそれでなくても秘密が多いのに裏切る可能性が高い人を雇えませんもの」

ドラゴニュート一族の屋敷で家令や執事を務める人は特に生涯他言することの出来ない情報を知ることもあるから、主人に忠誠を誓えるほどの者でなければ勤まらない。
クリスに絶縁されで生家に帰ることになった第二夫人と最も近い関係で忠誠を誓っている可能性も高い二人を雇用することは出来なかった。

「ドラゴニュート一族の本家となると下級使用人ロー・サーヴァントですら人にペラペラ話してしまう人は雇えませんし、それが家令や執事となれば尚更任せられる人のハードルが異常に高くなりますわ」

他の上級使用人アッパー・サーヴァントはクリスの屋敷の使用人をそのまま任命できたけれど、最も重要な家令と執事は決められないまま。

「今はどうしているのですか?」
「当主とクリスお兄さまとワタクシで何とかやってますわ」

話を聞いてサシャはこめかみを押さえる。
家令や執事の仕事は使用人の雇用や解雇や管理から領地の管理と幅広いのに、それでなくても襲爵後でやることが山積みだろう三人がやっているなど考えられないこと。

「その状況で氾濫が起きたら別の意味でも一大事ですね」
「ええ。当主もクリスお兄さまもワタクシも守護者のお役目が優先になってしまうから、その間は何も出来なくなるわ」

守護者には防衛という重要な役割がある。
むしろ最前線に立って魔獣や他国と戦うドラゴニュート一族はそれ以外の全てを信頼できる者に任せるくらいでいい。
守護者の役目は彼らドラゴニュートしか出来ないのだから。

「当主が食事もせず帰った理由はそれですわ。弟妹にはクリスお兄さまの屋敷の頃から雇われている信頼できる侍女や侍従や護衛が着いておりますけど、使用人を管理してくれる家令や執事が居ないから三人で長時間屋敷を留守にはできませんの」

幼い孫を気にかけていることも事実だけれど、使用人たちのが一人も居ない状況で何か起きたら困る。
クリスは今回こちらに来る理由があったから残れず、当主が屋敷に居ることになった。

「まさかそんな状況になってたとは」

慌ただしいだろうとは予想できたけれど、家令や執事の仕事も三人がやらないといけない酷い状況だとは思わなかった。
でも話を聞けば納得の理由で、人々から恐れられているドラゴニュート一族の公爵家の使用人になることを自分から希望する人の数は多くないだろうし、秘密が多いからこそ安易に人を選べず雇用一つにも苦戦してしまうのも当然だった。

ドラゴニュート一族は他の貴族家とは違う。
アレニエ公爵家の襲爵後と同じ感覚で考えていたことがそもそも間違いだった。

「ふふ。困らせるようなことを言ってごめんなさいね。サシャにはつい本音で話してしまうのは変わっていないみたい」

義兄さまジルの力と記憶を持つサシャにはつい甘えがち。
甲斐性なしが大切にしている近侍と分かっていてもいまだに諦めきれず欲しいと思ってしまうのは、今の私の肉体シャルロットが強欲の特性を持つドラゴニュートだからかしら。
それとも一部であろうと義兄さまジルに傍に居て欲しいのかしら。

「お部屋までありがとう。食事に間に合うよう着替えるわ」
「はい。お時間になりましたらお迎えにまいります」
「ありがとう」

シャルロットの自室に入るロラの後ろ姿を見送るサシャ。
複雑な心境で小さな溜息をついた。





着替えを兼ねた休憩をして食事の時間。
使用人は目立たないよう控えていながらもクリスが食事をする姿をひっそりと見ている。

貴族然とした美しい食事作法。
シャルロットと同じく一朝一夕で出来ることではないそれは高い教育を受けて育ったのだと分かる。
クリスも公爵家の人間なのだから当然のことであるそれが注目を浴びてしまうのは彼がドラゴニュートだから。

王家にも膝をつかないことで有名なドラゴニュート一族は戦う以外に重きを置かない人々だと思われていたけれど、シャルロット然り貴族の礼儀作法を叩き込まれている。
ドラゴニュートらしくない奥さまが特別な訳ではなかったのだとクリスを見て分かった。

「義兄さまは午後からマレに行かれるのでしたね」
「はい。ドラゴニュート公爵領には海がないので魚介類の仕入れ先を探すついでに島の様子を見て回ろうかと」

甲斐性なしから聞かれてクリスは口を拭きながら答える。
マレはアレニエ公爵領にある小さな離島。
離島と言っても港から一時間もあれば行ける場合で、島に暮らす人々は主に漁業で生計を立てている。

「どうぞ気軽にルカとお呼びください。ドラゴニュート公爵家の二男で妻の兄でもある義兄さまが私に対して言葉遣いを気遣う必要はございません」

シャルロットの兄なら甲斐性なしの義兄でもある。
何より王家よりも権力のあるドラゴニュート公爵家の一人なのだから、同じ公爵家でもクリスの方が身分は上。
身分だけで言うなら今ここで最も身分が高いのはドラゴニュート公爵のシャルロットだけれど。

「そうしてくださいませ。クリスお兄さまはワタクシと違って一目見てドラゴニュートと分かりますのに、敬語で話しているのを他の人が聞けば旦那さまが批判されてしまいますわ」

甲斐性なしに同意するロラ。

「ドラゴニュート公爵の伴侶だからと思ったんだけど」
「不要ですわ。たしかに旦那さまはドラゴニュート公爵の伴侶ということになりますけれど、クリスお兄さまはワタクシのお兄さまなのですから旦那さまの義兄でもありますもの」
「分かった。じゃあそうするよ」

苦笑して折れたクリス。
ドラゴニュート公爵家の一人として甲斐性なしを見ればアレニエ公爵家は下の身分になるけれど、自分より上の身分のドラゴニュート公爵の伴侶として見れば最低限の言葉遣いは必要だろうと思ってのことだった。

夫妻が別々の公爵を名乗ったことで妻の方が身分が高くなったというのが今の甲斐性なしとシャルロットの現状。
ただ夫妻に関しては身分が上のシャルロットがそれでいいなら甲斐性なしが敬語を使わずとも失礼にはならないし、使用人は元からどちらにも敬語だから問題はない。

難しい立場なのはクリス。
シャルロットは同じ前公爵の父を持つ妹だけれど、当主を抜いた一族の中で最も身分が高いドラゴニュート公爵でもある。
甲斐性なしを妹の夫として扱うか、ドラゴニュート公爵の伴侶として扱うか、判断に迷うのも分かる。

「じゃあ義弟として接させて貰うよ。私だけが一方的なのは何だし、私のこともシャルロットの兄として接してくれたら」
「分かりました。改めてよろしくお願いします」

義兄と嫁婿の関係性を築けるならそれに越したことはない。
そもそも甲斐性なしとシャルロットの成婚は当事者ではない祖父や親が両家の利を考えて決めた政略結婚だったのだから。
貴族の成婚などそんなもの。

海に面した領地がないドラゴニュート公爵家にとってはアレニエ公爵家のに強い貴族家という部分は十分な魅力だし、アレニエ公爵家にとっても星の守護者という強い武力や王家と二分する権力を持つドラゴニュート一族と親族という立場を得ることで大抵の者はおかしな画策を出来なくなる。

だからこの成婚自体は間違いではない。
シャルロット嬢以外の者にとっては。

「シャルロット?もう要らないのかい?」
「ええ。あまり食欲がなくて。準備をしてくださったのに食べられなくてごめんなさい」

フォークとナイフを置いてナプキンで口を拭くロラに声をかけた甲斐性なしは返事を聞くと、クリスに小さく頭を下げてから椅子を引いて立ち上がる。

「忙しくしていて体調を崩してしまったのかな?」

椅子に座っているロラの足元にしゃがんで話しながらロラの額と自分の額に手のひらを重ねて確認する甲斐性なし。

「熱はないようだけど」

ああ、やっぱり悪い人ではない。
魂の半分は黒に染まった人だけれど決して悪い人ではない。

「ふふ。お腹が空いていなかっただけですわ」

心配そうな表情で自分を見る甲斐性なしにロラは微笑む。

「本当に?無理をしなくていいんだよ?」
「本当に。無理などしておりませんわ」

この人の魂の半分が黒く染まったのは性根の悪さではない。
原因は恐らくという裏の顔にある。

「心配してくださってありがとうございます。旦那さま」

甲斐性なしが本気で自分を心配してくれていることがよほど嬉しいのか、ロラの感情とは別に胸を温かくするシャルロットの感情を感じながら甲斐性なしの手をきゅっと握った。

ええ、そうね。
シャルロット嬢にとっても間違いではなかったわね。
虐げられる人生の中で彼という心の支えが現れたことは。
例えそれが自分から逃げていた夫であっても。

ロラにとっては理解できない感情でも否定はしない。
見たこともない夫が心の支えになるほどにシャルロットの環境が悪かったという証明でもあるのだから。

夫の前では随分と違うんだな。
一緒に過ごす内にすっかりお転婆な印象になっているロラ(シャルロット)のいつもとは違う様子を見ながらほんの少し苦笑したクリスはグラスの中のワインを飲み干した。

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