竜の女王

REON

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三章

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豪雪から早1ヶ月。
ドラゴニュート公爵邸に届いた封筒をペーパーナイフで切って中の手紙を確認するロラ。

「旦那さまの領地もあらかた片付いたみたい」
「そうなんだ。じゃあルカの所は派遣する必要ないね」
「ええ」

手紙を読んだロラから話を聞きながら目の前の書類にサインをして、デスクに積まれている次の書類に手を伸ばすクリス。
ここ暫くは書類に目を通してサインをしての繰り返し。

「クリスお兄さま、少し休憩しませんこと?」
「これだけ目を通したら」

顔も上げず答えたクリスにぷくっとするロラ。
その言葉を聞いたのは二回目。
つい一時間ほど前にも同じ台詞を聞いたばかり。

「休憩しましょう?」

書類に夢中のクリスの背後に回ったロラは強硬手段で抱き着き耳元で囁く。

「朝からずっと書類と睨めっこしてましてよ?」

ロラが来る前から仕事をしていて昼食すらも片手間。
豪雪の後片付けのために一族を派遣したり救援物資の手配をしたりと忙しいとはいえ、さすがに集中し過ぎて心配になる。

「ろくに休んでいないとピートから聞いてますからね?」
「分かった。少し休憩するよ」

両手を挙げて降参するクリス。
耳元でこれだけ恨み言のように言われたらさすがに。

「そうしましょう。紅茶を淹れてあげますわ」
「ありがとう」

隣に移動してくると早く早くと言いたげに手をとって笑みを浮かべるロラの姿が愛らしくてクリスは苦笑する。

「ロラ」

自分の手に添えられた手を掴み引き寄せて口付ける。
ロラの姿になっている時でも変わらず愛らしいから困る。

長い黒髪に指を通しながら口付けるクリスに応えるロラ。
漸く書類から目を離してくれたことに安心したのが半分、漸く自分に構ってくれたという気持ちが半分。

「ソファに座ってゆっくり休憩しましょう?」
「そうした方が良さそうだ」

重なる唇の柔らかさも反応も愛おしくてついついコルセットの紐に手をかけたクリスはロラから言われて手を離す。
こうして二人きりになるのは久しぶりだから無意識にも欲望に流されそうになってしまった。


移動してソファに座ったクリスの隣に座ったロラは魔法を使ってクリスと自分の分の紅茶をティーカップに注ぐ。
もちろん休憩用の飲み物やお菓子を用意してくれたのはメイドで、ロラはただ注いでいるだけだけれど。

「最近はロラのままだけど身体は大丈夫?」
「ええ。この姿で居ることが負担になる訳ではないですし」
「それなら良いけど」

事前に準備したと言っても雪の重みで何かしらが壊れたりと多少の被害は出たから、当主とロラは被害があった場所に足を運び後片付け、クリスは屋敷で一族の派遣先を決めたり救援物資を手配したりと分担を決め対応していて、それが理由でロラは最近一日おきに血を飲みヴァンピールの姿を保っている。

「今はやることが多いから私も人のことは言えないけど、毎日魔法を使っているんだから辛くなる前に休むようにね」
「ええ。ですから今日は休んでますわ 」

執務室に来て書類仕事をしているから休んでいないけれど。
内心そう思いながらロラが注いでくれた紅茶を飲むクリス。
休むと言いつつ休んでいないのはお互いさまということ。

漸く一息ついてロラも紅茶を一口飲むと同時にコンコンとノックの音が響く。

「ピートです」
「どうぞお入りになって」

ノックの主はピート。
ロラが迎え入れると扉が開いて書類を手に入室する。

「御休憩中に失礼いたします。報告書をお持ちしました」
「ありがとう。私が受け取るわ」

ソファに並んで座っているのを見たピートはタイミングが悪かったかと思いつつロラに書類を渡す。

「ピートも座って?一緒に休憩しましょう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて」

ここで?
と思うものの、主人に言われては断れない。
御礼を言って頭を下げると二人の対面のソファに座る。

器用なものだ。
報告書に目を通しつつ魔法で紅茶を注ぐロラに思うピート。
このように魔法を自分の手足の一つかのように軽々と使いこなす魔法使いなど今まで見たことがない。

やはり奥さまにお仕えできて良かった。
改めて、自分が選んだ道は間違っていなかった。

そんなピートの様子をティーカップ片手に見るクリス。
ルカの別邸の執事を辞めロラの侍従になることを選んだだけあって、すっかりロラに心酔しているなと。

ただ、主人に心酔するのは悪いことじゃない。
自分の命を引き換えにでも主人に忠誠を誓える者が必要だ。
その点でピートはどの使用人よりも信用できる。

「ミルクやお砂糖はお好みでどうぞ」
「頂戴いたします」

報告書から目を離さず魔法で飲み物の用意をしたロラに頭を下げてティーカップを手にするピート。
階級は庶民ではあるものの、元はアレニエ公爵家の執事として雇われていた者だけあって所作は完璧にマスターしている。

「お兄さま、この街には私が足を運びますわ」
「ん?」

隣からロラに話しかけられたクリスはピートの様子を眺めていた目線を報告書に向ける。

「ルカの領地?」

ロラが見せたのはルカの領地にあるマレの救援報告書。
アレニエ公爵家から正式に依頼を受けた領地の一つで、ドラゴニュート一族の数名を救援に向かわせた。

「なぜシャルロットが?」
「ここはお兄さまが行って契約を交わした漁師町でしょう?ドラゴニュート領にも恵みを分けてくださっている方々が困っているのなら公爵の私が行って救援するのが当然では?」

途中報告書だからまだ片付いていないとは言え、当主やロラが出向くほどの大きな被害内容ではないのに何故と思えば。

「魔獣の氾濫以外で一族と接触させるのは避けたいけど」

ロラは一族の長のドラゴニュート公爵。
当主と公爵は一族の中でも尊ばれる特別な存在で、魔獣の氾濫以外では表に立たせず一族とも接触させないのが基本。
だから今まで当主やロラが救援に行く場所は被害が大きい場所に限定していたし、他の一族の救援も送っていなかった。

「駄目かしら。お世話になっているご恩返しをしたいの」

悩むクリスの顔を覗き込むように見て訴えるロラ。
ドラゴニュート公爵の右腕として働いているクリスの立場ならば断るのが正しい対応だけれど。

「……一族を撤退させて私と同行するのなら」
「ありがとう!お兄さま!」

クリスさまも奥さまには甘い。
抱き着くロラと負けたクリスを見てくすりと笑うピート。
ピートもドラゴニュート公爵に仕える者として一族の掟は学んだから、今回の対応が例外中の例外であることは承知。





一族を撤退させた翌日、ロラとクリスが向かったのはアレニエ公爵領にあるマレという漁師町。
人口は数百人規模の小さな島で、町民の中で働ける年代の男性はみんな漁師をしている。

「クリス卿!?」

撤退したドラゴニュート一族から別部隊が救援に来ることや到着時間を聞かされた翌日、町の広場で待っていた町長や町民は魔法を使い姿を現したのが本家のクリスだったことに驚く。

「急遽の変更で困惑させただろう。すまなかった」
「め、滅相もないことで!」

ルカの仲介で直接会い卸契約も結んでいる町長は当然クリスがドラゴニュート公爵家の本家令息だと知っていて、高貴な人から頭を下げられたことにも二重に慌てる。

「我が領に恵みを分けてくれているマレの救援は領主の自分がという話になってな。ドラゴニュート公爵をお連れした」
「……え?」

クリスの隣に居る長杖を持った人物。
被っていたフードを下ろすと漆黒の髪がサラリと揺れた。

「新公爵のシャルロット・ロラ・ドラゴニュートですわ。ワタクシの都合で人員を入れ替えてごめんなさいね」

真紅の虹彩を持つ絶世の美女。
腰まである長い黒髪をクロークから出しながら言った絶世の美女に町長はもちろん町民も言葉を失う。

なんと美しい女性なのか。
まるでこの世の者ではないかのように。

「町長?」
「ご、御無礼を!まさか公爵さま自ら足を運んでくださるとは思わず失礼をいたしました!」

あまりの美しさに言葉を失っていた町長はハッとして土下座をしながら非礼を詫びる。

「ふふ。マレはワタクシの領地に暮らす領民に海の恵み分けてくださっている街ですもの。ご恩返しをしなければ」

確かにドラゴニュート公爵領とは契約を結んだ。
けれどこの国で最も高貴な一族の公爵本人がわざわざ小さな漁師町へ救援に駆け付けるなど本来なら有り得ないこと。

「それにここは旦那さまのおさめるアレニエ領。アレニエ公爵の妻としても領民の救援に足を運ぶのは当然ですわ」

ああ、そうだった。
美しいドラゴニュート公爵はマレの領主のアレニエ公爵の奥さまでもあるのだった。

「温かいお心遣いに深く感謝いたします」

例え領主の妻でも普通は町まで足を運ぶなどしない。
それが分かっているからこそ、ロラが直接足を運んでくれたことに町長は深い感謝の念を抱いている。

「さあ、お立ちになって。ワタクシとクリスお兄さまは救援に来たのですから。被害箇所に案内してくださると助かりますわ」

町長の前に行ってしゃがんだロラ。
庶民の自分たちの前で膝を着いた姿を見せたロラを見た町民たちは驚き、両手を組んで感謝を伝えた。

町長や若い漁師に案内されたのは桟橋。

「これは酷い有様ですわね」
「ああ。報告書だと二ヶ所の桟橋は復旧させたようだが」
「マレには三ヶ所の桟橋があって、こちらが一番船の出入りが多く被害も大きいです。一族の方々が他の二ヶ所を早急に復旧してくださったお蔭で今は何とか漁に出られていますが」

町民の殆どが漁師のこの町では船を出せないことが何よりも生活に大打撃を与える。
だから早急に復旧できる他の二ヶ所の桟橋を優先したのだろうと、若い漁師から話を聞いたロラは納得した。

「まずは片付けからだね」
「ええ。海に散らばった残骸はワタクシに任せて」
「回収した残骸は砂浜に集めてくれ。私が燃やすから」
「そちらはお願いしますわ」

クリスと一緒に状況を確認したロラは桟橋の手前まで行くと海に向かって長杖を振りかぶり思い切り投げる。

「町長と漁師はここに居てくれ。巻き込まれては大変だ」
「承知しました」

クリスが砂浜に移動したことを確認したロラが言語の分からない言葉を口にすると水面には大きな光の魔法陣が描かれる。

「「…………」」

空に浮かんだ桟橋の残骸を見上げ唖然とする町長と漁師。
様子が気になって見に来ていた町民も離れた場所で驚きの声を上げる。

「……とんでもないな、本家のお二人のお力は」

ロラが魔法で砂浜に運んだ大きな残骸をブレスで燃やし尽くしていくクリスも含め、とてつもない二人が救援に駆け付けてくれたのだと改めて実感する町長。
救援に来てくれた一族も魔法を使ったり怪力を活かして人力で運んでいたりと驚かされたけれど、この二人の能力の高さは一族じゃない者から見ても桁違いだと分かる。

「ドラゴニュート一族は黒髪と赤目が濃いほど能力が高いと噂で聞いてましたけど、本当のことだったみたいですね」

ドラゴニュート一族はそもそも謎が多い一族だけれど、黒髪赤目の話は庶民の子供でも知っていること。
あくまでも『噂』として知っているだけで実際には関わる機会がない人たちだったけれど、桁違いの能力を持つロラとクリスが漆黒の髪と真紅の虹彩をしていることで、あの噂が真実だったことがハッキリした。

大規模な魔法を軽々と使うドラゴニュート公爵。
とてつもない火力のブレスを使う令息。
王家すらドラゴニュート一族に頭が上がらないのも当然。
一族に反旗を翻されたらこの国は終わる。


使いものにならなくなった桟橋と海の中に沈んでいた残骸も含め、回収と撤去にかかったのは僅か二時間ほど。
ここより小さい桟橋ながら一族が僅か数日で片付けてくれただけでも考えられない速さだったのに、二時間という速さで二人が片付けてしまったのだからもう言葉にならない。

「町長、桟橋用の木材は用意してありますの?」
「は、はい。三日ほど前にアレニエ公爵閣下が船で運んできてくださいまして、今は倉庫に保管してあります」
「そう。では桟橋も建ててしまいましょう」
「え?」

たった二人で綺麗に片付け終えて桟橋の絵図を見ていたロラとクリスが様子を見ていた町長や漁師のところに来て、サラリとそう言う。

「御二方にそこまでしていただく訳には。建て直しは自分たちでも出来ますので」

ドラゴニュート一族への救援内容は残骸の回収や撤去。
使えなくなった桟橋の残骸や海底に沈んでいる残骸を引き上げる作業はヒューマン族には数ヶ月かかる作業になるから、怪力のドラゴニュート一族にお願いした。

「桟橋を建てるのは町民でなくてはいけない決まりなの?」
「い、いえ。そういう決まりはありません」
「それならワタクシたちに任せて頂戴。一旦海を騒がせてしまいますけれど、お魚さんが戻るよう最後までお手伝いしますから」
「「?」」

魚が戻るよう?
意味が分からず疑問符を浮かべる町民と漁師。

「シャルロット。桟橋の建設は島の町民とやろう」
「町民と?」
「マレに暮らす人にとって恵みをくれる海はもちろん船を停泊させる桟橋も大切なものだろうからね」

漁師や漁師町の人には海に対する独自の信仰がある。
だから信仰を知らない部外者の自分たち二人で片付けようとせず、彼らも一緒にというのがクリスの考え。

「回収の時点で既に近辺の魚は逃げてしまっただろう。桟橋を建て直す作業をすれば尚更。ただそこはドラゴニュート公爵も承知で手段もあるから安心してほしい。私たちはマレの人々が一日も早く普段の生活に戻れるよう救援に来たのだから、遠慮せず最後まで協力を申し出てくれればいい」

改めて町長と漁師に説明するクリス。
余所者に建設して欲しくないという理由ではなく、ドラゴニュート一族への救援内容が残骸の撤去だから『それ以上を頼む訳には』というをしていることが分かったから。

「まあ。遠慮なさってましたの?てっきり部外者のワタクシたちに生活圏を荒らされる心配をなさっているのかと」
「荒らされるなど滅相もありません!私たちヒューマン族では数ヶ月かかる状況を悲観していたところにアレニエ公爵閣下が一族へ救援を出してくださったのですから!」

荒らされるなど微塵にも思っていない。
片付けをしてくれただけで十二分にありがたかったから、これ以上は申し訳ないと思っていただけで。

「ふふ。旦那さまもワタクシたちも町民のみなさまのお手伝いをしたいだけですわ。救援とはそういうことでしょう?」

上品にくすくす笑ったロラ。
最も高貴な方でありながら小さな漁師町の復旧を心から望んでくれてることに町長や漁師は感動する。

「一族のみなさまやアレニエ公爵閣下には感謝しております。一日も早く復旧できるようお言葉に甘えさせてください」
「もちろんですわ。困った時こそ助け合い。大事なことよ」

深々と頭を下げる町長や漁師にロラは笑顔で答える。
守護者のロラにとっては生命が困っていれば助けて当然。
テネブルでもヴァンピール一族の一人としてそうして生きてきたのだから。

「桟橋の全体図はこうして見せて貰ったから私たちでも協力できる。木材を運んで来る作業を町の人にお願いしよう」
「承知しました。ありがとうございます」

みんなで協力して復旧させる。
クリスの心遣いにも二人は深く頭を下げた。


町民の男性たちが木材を運ぶ間にロラとクリスは休憩。
町民の女性たちが砂浜に大きなシートを敷いて食事の支度までしてくれた。

「魚ばかりで申し訳ございません」
「あら。ワタクシ魚介類は大好きでしてよ?」
「美味しそうだね」
「ええ」

地面に敷いたシートに魚ばかりの質素な食事。
豪雪の影響で桟橋の残骸が海に散らばってしまった今は採れる魚の種類や量も少なく、先に復旧して貰った小さな桟橋を使って本島から運べる野菜や穀物も限られている。
その状況でも高貴なドラゴニュート公爵家の二人のために町長や町民が精一杯用意してくれたもの。

「うーん。美味しいっ!」

茹でて島の調味料をかけてあるロブスターを口に運んだロラは口元を押さえて嬉しそうに感想を述べる。

それを見てハラハラしていた女性たちもホッとする。
公爵さまのお口にも合って良かったと。
限られた食材から作れたのは庶民料理で、本来なら高貴な人に出していい料理ではないことは町民も分かっているから。

「やはり漁師町で食べる魚は新鮮で美味しいね」
「ええ。ドラゴニュート領のように海のない場所へ運ぶにはどうしても日数がかかってしまいますから。採れたそのままに食べられる漁師町の魚介類は最高のご馳走ですわ」

嬉しいことを。
質素な料理ばかりなのに嫌な顔一つせず美味しそうに食べてくれる二人を見る町長や女性たちも嬉しくなる。

「これはなんですの?」
「それはお刺身と言って生の魚の切り身です」
「生でお魚を?」
「あ!生が苦手でしたら申し訳ございません!」

漁師町では刺身が最大のもてなし。
だから数種類の魚を刺身にして舟盛りにしたけれど、生の魚を忌避する人は少なくない。

「生で食べるのは初めてですわ」
「私もだ。生でも食べられるんだね」
「新鮮なお魚でしたら。召し上がる際はそちらの小皿の調味料をつけてお召し上がりください」

新鮮だからこそ生でも食べられる。
ロラやクリスが生魚を食べたことがないのは海から離れた場所に暮らしているから。

「「…………」」

島の調味料につけて口に運んだ二人に沈黙する人々。

「……吃驚。美味しいですわ」
「本当に。焼き魚や煮魚とまた違う美味しさだ」

心の底から驚いたロラとクリス。
祈るような気持ちで見守っていた人々はホッとした。

「町長さま、これはドラゴニュート領では出せませんの?」
「ドラゴニュート公爵領は運搬に日がかかりますので。新鮮でない魚を生で食べてはお腹を壊してしまいます」

こんなに喜んでくださるならそうしたいところだけれど、残念ながらドラゴニュート公爵領は海から遠すぎる。

ワタクシ心から悔しいですわ。このように美味しいものが領地では食べられないなんて。海と繋げてしまおうかしら」
「駄目だよ、地形を変えては」
「だってお刺身」
「駄目」

またまたご冗談を。
本気で悔しがっているロラの姿に町長や女性たちは笑う。
ロラや当主なら本当に出来てしまうことは知らず二人が冗談を言っていると思って。

「漁師町に暮らすみなさまが羨ましいですわ」
「ありがとうございます。私たちは当たり前に食べている物ですが本島の方には生魚の味や香りが苦手という方も多いので、公爵さまやクリス卿に気に入っていただけて嬉しいです」
「まあ、そうなの?こんなに美味しいのに」
「好みがあるから仕方ないけど、勿体ないね」

守護者のドラゴニュート一族は能力の高さ故に恐れられているけれど、公爵さまたちは自分たち庶民にも気軽に声をかけてくださったり笑わせてくださったりとお優しくて楽しい方。


食事をしている間に桟橋があった場所に集められた木材。
片付けが終わったらすぐに建設に入れるよう、太い支柱の他にも既に板にしてあるそれらが積み重ねられた。

「さあ。美味しい食事の御礼分は働かないとね」
「そうね。支柱を建てるのはお兄さまにお任せしますわ」
「私ども町民も運搬のお手伝いを」
「いや。私一人で大丈夫だ」

木材とは言え海底に突き刺す支柱の数本は太い丸太。
町民の男性たちも車輪が付いた数台のトロッコで運んで来たそれを一人で運ぶと?

「一時的に海中や波を荒れさせてしまうが、建設後に魚を戻すことはシャルロットがしてくれるから安心してくれ」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」

町長に説明したクリスは桟橋の全体図をもう一度確認したあとロラに渡して積んである太い丸太をひょいと持ち上げる。

『おお……』

見物していた町民たちが感嘆の声をあげる。
一本の木を支柱用に加工しただけのそれをたった一人であのように軽々と持ち上げるなど驚くなと言うのが無理な話。
怪力のドラゴニュートだからこそ出来る所業。

「等間隔でお願いしますね」
「ああ」

右肩に担いだ丸太を持ち上げ海に向かって投げたクリス。
大きな波が立ったそこに一本目の支柱が建った。

「……す、凄すぎる」
「運搬から建てるまでものの数分で」

本来なら桟橋の建設は町の男性が総出でやること。
砂浜で支柱を運ぶ者と海に入って作業をする者と船の上で作業をする者に分かれてまずは砂浜に小さな丸太を敷き海の傍まで運び、後は大型船で引っ張り支柱を建てたい場所まで運ぶ。
人力では一本の支柱を建てるだけでも半日や一日がかりになるのに、クリス一人で一瞬にして終わらせてしまった。

「このように八本の支柱をまずは建てる」
「は、はい。ありがとうございます」
「後は時間を短縮するために次々とやって行く。町長と漁師は跳ね返える波で濡れないよう下がっていてくれ」
「承知しました」

今のは町長や町民に自分たちのやり方とどのくらい海(波)が荒れるかを教えるために見本でやって見せただけ。
理解して貰えたなら後は二人のペースで。

「倒れないよう地盤を固めるのは頼んだよ」
「ええ」

既に一本目の支柱を刺した海底を魔法で固めているロラに言ったクリスは頭に口付けた。

右肩と左肩に一本ずつ支柱を抱えたクリスは一本目の支柱から距離をとった海底に向け片手で投げてまた突き刺す。
魔法を使えない人々にはただ投げているだけの単純作業に見えるけれど実際には投げただけで海底に突き刺さるはずもなく、投げた後にここと思う場所で魔法を使い支柱の角度を直角にして突き刺すという作業も二重に行っている。

ヒューマン族なら数ヶ月かかる作業も二人には簡単な仕事。
桟橋の土台となる支柱を建て倒れないよう海底を固めるまでの作業をものの数十分で終わらせてしまった。

「町長。支柱はこのくらいの距離の間隔で良かったかしら」
「は、はい!ありがとうございます!」

全体図を確認してから疲れた様子もなく近付いて来た二人。
文句のつけようがないほど綺麗に等間隔に建てられていて、町長は深々と頭を下げた。

「そう。じゃあ次の作業に入ってしまいますね。もし間違っているところがあれば教えてちょうだい。直しますから」
「承知しました。よろしくお願いします」

自分たちが作業を手伝えば二人の邪魔になるだけ。
それがもう嫌というほどに伝わったから、自分たちも何か協力をとは言わなかった。

ドラゴニュート一族の怒りは神の怒り。
その言葉の正しさを町長や町民は改めて噛み締めていた。
    
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