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三章
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しおりを挟む日が暮れる前に桟橋を建て終えたクリスとロラ。
一族が復旧させた桟橋がある島の反対側へ確認に向かった。
「あら。思った以上に小さい桟橋ですわ」
「こちら側は小船が停泊する桟橋だからこのくらいの大きさで充分なんだろう」
二人が復旧させた桟橋は本島から来る貨物船が主に停泊するから頑丈でサイズも大きくする必要があったけれど、漁師たちが海に出る時に使う桟橋にそこまでのものは必要ない。
実際に桟橋を歩いてみて強度や不備がないかを確認している二人の様子を遠巻きに見る島の人々。
普段はドラゴニュートを見る機会などないから、漁に使った網などを片付けながらもついつい目がいってしまう。
本家のドラゴニュート公爵や令息とあらば尚更。
「神の寵愛を受けたドラゴニュートは容姿端麗とは聞いたことがあったけど、本家のお二人は特に美男美女だね」
「本当に」
艶やかな黒髪に燃えるような赤い目。
昨日まで救援活動を行っていた一族の人々も容姿端麗だったけれど、本家の二人はそれ以上に。
「豪雪の翌日にはご当主が来て雪を溶かしてくださったし、ドラゴニュート一族がこの国に居てくださって良かった」
「この国に居てくださってというか、居させて貰ってるのは私たちヒューマン族の方だけどね。元はドラゴニュート一族が暮らしていた土地に後から来て国を作ったんだから」
「あ、そっか。本来ならこの島もドラゴニュート一族のものなんだよね」
ヒューマン族が暮らしている領土にドラゴニュート族が暮らし始めたのではなく、数千年前からドラゴニュート族が暮らしていた領土に後から来たヒューマン族が国を作った。
そこを間違えてはいけない。
ヒューマン族が建国してヒューマン族の国王も居るけれど、国があるこの領土は本来ドラゴニュート一族のもの。
間借りしているのはヒューマン族の方だから、例え国王でもドラゴニュートの当主には頭が上がらない。
「もしご当主から出て行けって言われたら、住処を追われるのは私たちヒューマン族の方だもんね」
「そういうこと」
当主が建国していなかったから王家が建国できただけ。
怒らせれば追い出されるのはヒューマン族の方。
そこは王家でも例外なく国を追われることになる。
聞こえないようひそひそ声ながら、ドラゴニュートの二人を見て改めてそんなこと話す人々。
庶民は特にドラゴニュート一族と関わる機会がないから忘れがちだけれど、ヒューマン族の国王が治めるこの国の真の王はドラゴニュート一族の当主。
「特に問題はなさそうですわね」
「ああ。しっかり作り直したみたいだ」
見られていることには気付いていながらも、見られ慣れている二人は気にすることもなくチェックを済ませる。
「あちらの橋の復旧も明日で終わるかしら」
「島の人の作業がどのくらいかかるかによる」
今日はクリスとロラの二人で支柱となる杭を建てて、杭の頭を桁材で連結するまでの作業を島の大工とやった。
明日は床板を張る予定になっているけれど、一日で終わるかはヒューマン族の作業の進み具合による。
「後は一族に任せる?」
「私は最後まで手伝いますわ。クリスお兄さまはお忙しければ交代で一族の誰かを派遣してくだされば」
「私が同行するならという約束だっただろう?幾ら一族の者でも駄目だ。ロラが最後まで手伝うなら私も手伝うよ」
一族の掟で、当主やドラゴニュート公爵が表に出るのは二人の力が必要な時だけと決まっている。
魔獣の氾濫や今回のような被害の範囲が広い天災がそれにあたるけれど、まだ襲爵したばかりでロラに会ったことのない一族の者に護衛も兼ねた代理を任せる訳にはいかない。
一族の者で充分だったマレの復旧にドラゴニュート公爵のロラを派遣した今回は、あくまでも特例。
「めんどくさいのね。ドラゴニュートは」
「ん?」
「いえ、なんでも」
フフっと笑ってごまかすロラ。
ヴァンピールはみんなが表に出て役目を果たしていたから、当主や公爵は緊急時にしか表に出ないとか、一族とも接触を避けさせるというドラゴニュートの謎の掟を面倒に思う。
当主だからとか公爵だからとか関係なく手が空いている者を呼んでくれた方がこちらとしても気を遣わず済みますし、クリスお兄さまも誰と誰をどこに行かせると頭を悩ませる必要もなくなりますのに、ドラゴニュートは変わっていますわ。
「あら?なにか居ますわ」
「なにか?」
「ほら、あそこ」
海面からヒョコっと出ている白い二つのなにか。
桟橋に居るクリスとロラの方に向かってくる。
「ドラゴニュート公!クリス卿!」
「そこから離れてください!」
「「え?」」
女性や男性の声で振り返ったクリスとロラ。
それと同時にバシャンと水面を叩くような大きな音がして海水をかぶる。
「ピィピィピィ!」
「ピィー!」
桟橋の左右で尻尾をバタバタしているのはイルカ。
島の人は声をかけるのが間に合わず冷たい海水をかぶったクリスとロラを見て「ああ……」と声を洩らす。
「ふふ。敵意のないオイタでは気付きませんわ」
「やられたね」
ぐっしょりになり虚無顔のロラと苦笑するクリス。
敵意を持って襲ってくる魔獣の攻撃ならすぐに気付いて倒していたけれど、イルカたちには敵意がなかったから何をするでもなく眺めてしまっていた。
「コラー!」
「向こうに行きなさい!」
「お二人とも大丈夫ですか!?」
「ええ。ただの海水ですもの」
遠巻きに見ていた島の人たちが走って来てクリスやロラを心配して声をかけたり、棒や手で桟橋や水面を叩き大きな音をたてて追い払う。
「ピィピィ!」
「ピィ!」
それでもイルカは一切怯まず。
むしろ尻尾やヒレで海水をバシャバシャと飛ばしてくる。
「煽り散らかしてますわね」
「でも白イルカは幸運を齎してくれるらしいよ」
「そうなのですか?」
「以前マレに来た時に教えて貰った」
これ以上かからないようロラを自分の腕におさめて壁になりながら説明するクリス。
「遊んでいるつもりなのかしら」
「そうかもしれないね」
ピィピィ泣きながらバチャバチャと海水をかけられているこちらとしてはたまったものではないけれど。
「よろしくてよ。それなら遊んであげますわ」
「遊ぶ?」
自分を庇ってくれていたクリスの身体をぽんぽんと叩いて離れたロラはヒールを脱ぐと、クリスが止める暇もなくびしょ濡れのワンピースも脱いで海へと飛び込む。
「シャルロット。人前で脱いでは駄目だろう?」
「これ水着でしてよ?」
「あ、そうだったのか。……いや、駄目だろう」
海の中から顔を出したロラの前にしゃがんだクリスは水着だと聞いて一瞬納得しかけたものの、幾ら水着を着ていたとは言え公爵夫人が人目もはばからず服を脱いで素肌を晒すなど駄目だろうと思い直す。
「ピィピィ!」
しゃがんで話していたクリスの背後からまた白イルカが尻尾で海水を飛ばしてきて、頭からザバッと濡れたその姿を見てロラはくすくす笑う。
「クリスお兄さま、完全に遊ばれてますわ」
「海に入ったシャルロットの方が被害がないとか」
「どうせ着替えるのですから一緒に遊びましょう?」
「じゃあ少しだけ」
ふふっと笑って誘うロラに苦笑しながらシャツを脱いだクリスも海に飛び込む。
「お二人とも冷たくないんですか!?」
「ドラゴニュートですもの」
「私たちドラゴニュートは暑さや寒さに強いんだ」
「ええ……氷水のようなのに」
ヒューマン族の島の人からすれば凍死しそうな冷たさ。
それなのに真夏の海に居るかのように平然とイルカと戯れているロラとクリスに驚かされる。
「船が行き交うだけあって意外と深さがあるね」
「ええ。だからイルカも泳いで来れるのかと」
クリスの背丈でも足がつかない深さ。
これだけの深さがあればイルカも身体を海底にこする心配をせず自由に泳げるだろう。
「そうだ。私、海の中を確認して来ますわ」
「海の中を?」
「こちらの桟橋は建て直して数日経ってますでしょう?自然に任せてどのくらいのお魚が戻ってきているか確認したいのと、残骸の残りがあれば回収しようかと。ヒューマン族の方はこの温度の海に潜って確認するのは難しいでしょうから」
島の反対側のこちらの桟橋二つは一族が建て直して数日が経っているけれど、自然に任せた状態でどのくらいの魚が戻って来ているか気になるのと、海底に桟橋の残骸や海流で流されてきたゴミが溜まっていないかを確認するために。
「確かにそうだね。私も行くよ」
「では一緒に」
桟橋の上から見ている島の人たちに海の中の様子を確認してくることを話して海中に潜る二人。
あら?意外にもしっかり綺麗にしてくださったのね。
目で見える範囲の海底を確認して感心するロラ。
ドラゴニュート族は基本的に細かい作業が苦手で大雑把な人が多いから、大きな残骸だけを回収して細かい残骸は放置してあるのではと思っていたのに。
やはり豪雪の影響は海の中にも出ているな。
ロラの隣を泳ぎながら海藻や珊瑚を確認するクリス。
木材で作られているとはいえ桟橋が壊れるほどの雪や風で海も荒れに荒れたのだから、やはり海藻や珊瑚もノーダメージとはいかなかったか。
それぞれが違う視点で桟橋の付近を確認する。
マレの島民が一日も早く元の生活に戻れるよう救援に来たのだから、海の中の様子を確認するこれも二人のお勤め。
ある程度確認したあと、クリスはロラに海の上を指さす。
海面に上がろうと言っているのだと分かったロラは頷き、二人は海面に向かって泳いだ。
「あ!上がって来た!」
「おお!ご無事だったか!」
「大丈夫ですか!?」
「「え?」」
桟橋に集まっていた島民たちの焦った様子を見てクリスとロラはきょとん。
「お二人とも潜ってからもう何分も経っているのに上がって来ないので、何かあったのではと」
それを聞いて顔を見合わせる二人。
どうやら心配をかけてしまったようだ。
「すまない。先に話しておくべきだったな。私のようにブレスを吐くドラゴニュート族は肺の作りもヒューマン族とは違っていて、海の中でも数十分程度なら潜っていられるんだ」
「そ、そうなのですか」
肺の作りも違えば肺活量も違う。
肺に吸い込んだ空気を使って炎や氷の息を吐くのだから、そもそもの作りからヒューマン族とは違って当然。
「ん?言われてみて気付いたけど、シャルロットはよく息が続いたね」
シャルロットの姿の時も今のロラの姿の時も魔法を使っていてブレスを吐くところは見たことないけれど、実はブレスも使えるのだろうかとロラの顔を見たクリス。
「私は魔法を使えますもの。魔法を使える状況であれば何時間でも潜って居られてよ?」
それは凄い。
さすがロラと言うべきか。
「お二人ともご無事で安心しました」
「ご心配をおかけしましたわ。ごめんなさいね」
「いえ。私たちがドラゴニュート族のことに詳しくない無知なために焦ってしまっただけですので」
「ふふ。ドラゴニュートに詳しい方のほうが少ないですわ。みなさまが無知な訳ではなくてよ?」
むしろ知らない人が殆ど。
ドラゴニュート一族がそうしているのだから、決して島民が無知な訳ではない。
「「ピィ!」」
『あ』
どこに行っていたのか、桟橋の傍から居なくなっていた白イルカがまた姿を現してクリスとロラが海水の餌食に。
「ええ、そうね。遊んであげる約束でしたものね」
虚無顔で言ったロラは自分とクリスをシャボン玉のような透明な球体で包むと海面から少し空中へと浮かぶ。
「ま、魔法?」
「泡の中に居るみたいだ」
「空に浮いてる。凄いな」
魔法を使えない島民はロラの魔法を見て驚く。
「反撃開始ですわ!」
「ピィピィ!」
「ピィー!」
球体の中から魔法を使って白イルカに放水するロラ。
海の中と球体の中での追いかけっこが始まり、楽しそうなロラや白イルカの姿に島民はほっこり。
ドラゴニュート一族の公爵で物凄い魔法も使える尊い御方なのに、幼い子供のような無邪気な部分もあって可愛らしい。
一緒に球体の中に閉じ込められたクリスは楽しそうに白イルカに放水しているロラの姿を見て苦笑する。
申し訳程度に隠れているだけの下着姿だというのに、それを気にする様子もなく平然と人目に晒すのだから困ったものだ。
ロラは知らない。
ルミエールには『ビキニ水着』がないことを。
ロラが躊躇なくワンピースを脱いだ時に下着だと思った男性の島民が見てはいけないと一斉に顔を逸らしたことも、オシャレな人が多い本島ではあのような大胆な水着が売られているのねと女性の島民が誤解したことも。
「お兄さまも一緒に遊びましょう?」
「本当に、私の姫さまには困ったものだ」
「え?」
自分の肉体の破壊力を知ってほしい。
自制心を試されてるのかと疑うような姿で美しく笑って私を誘うのだから。
「なんでもない」
本人には悪気はなく、なんの裏もなく言葉通りただ純粋に白イルカと遊ぶのが楽しくて一緒に遊ぼうと誘っただけ。
苦笑したクリスにロラは首を傾げた。
夕焼けが海を染め始めた頃に桟橋へ戻ったクリスとロラ。
床板の上に降りると球体がパチンと弾けて消えた。
「お二人ともよろしければ露天風呂は如何ですか?」
「まあ。マレには露天風呂がありますの?」
「はい。天然の露天風呂ですが」
「素晴らしいですわ。お借りしてもよろしいの?」
「是非是非。お食事の前にお身体を温めてください」
「ありがとう。ではお言葉に甘えて」
明日は朝から床板を張る作業をするから今晩は島の空き家を借りて宿泊することになっている。
本当はロラの魔法を使えば一瞬でドラゴニュート屋敷に帰れるけれど、救援に来てくれたことの感謝が伝わる島民たちの歓迎ムードに応えて、一泊させて貰うことにした。
島民の女性から案内されたのは森の中の天然露天風呂。
ホカホカと白い湯気が上がっている。
「お着替えはございますか?」
「ええ。持ち歩いてますわ」
「ではこちらのタオルだけでもお使いください。本島で買ったばかりの新品ですので綺麗です。よろしければ」
「何から何までありがとう」
「ドラゴニュート一族の方々から助けられているのは私たち島民の方ですので。ありがとうございます」
深々と頭を下げた女性は数枚のバスタオルを二人に渡すと入浴の邪魔にならないよう早々に歩いて行った。
「お兄さまもお着替えはお持ちかしら」
「あるよ。普段からアイテムボックスにしまってある」
「もしなければササッと屋敷まで取りに行って来ようと思いましたけれど、必要なさそうですわね」
そう話しながら預かったタオルを木にかけるロラ。
「私は周囲の見張りをしておくよ」
「警戒して見張りなどしなくても、この付近に居る人はクリスお兄さまと私と先ほどの女性だけでしてよ?」
そう言ってロラはふふっと笑うとクリスに近づき下から覗き込むように見る。
「せっかくの機会ですもの。一緒に入りましょう?」
家族(兄妹)で入浴するのは妖精の湯を掘り当てた以来。
一緒に入ろうと誘ったロラはクリスに背を向ける。
「紐、解いてくださる?」
濡れた長い髪を前に持っていき美しい白い首筋を見せて言ったロラにクリスは苦笑する。
「私の自制心を弄ぶとは悪い姫さまだ」
「それをいうなら、害のない顔の下に欲求を隠して私の身体を見ていたクリスお兄さまは悪い王子さまかしら」
この地の真の王はドラゴニュート一族当主ファウスト。
その魔力を継承する本家のドラゴニュート公爵のロラ(シャルロット)が姫でクリスが王子というのも間違いではない。
「つい目がいってしまったのは許してほしい。美しいロラの身体を見るなというなら下着姿になどなってほしくなかった。私以外の男の目に映ったかと思うと少し腹立たしいよ」
紐を解いた白い首筋に軽く口付けて甘噛みするクリス。
情欲を擽る愛しい人が下着姿で目の前に居るのに気にせずにいられるほど私は人格ができあがっていない。
「下着姿?水着でしてよ?」
「え?本当に水着?」
「ええ。そう言わなかったかしら」
「人前だから水着ということにしたのかと」
「れっきとした水着ですわ。ほら。水に濡れても透けない生地を使っているでしょう?」
胸を腕で隠して外したビキニ水着をクリスに見せるロラ。
むしろ下着よりも布面積が小さいそれはやはりビキニ水着のないルミエールの人には刺激が強いけれど。
「ふふ。クリスお兄さまは水着よりもこちらの方が興味があるのかしら」
腕で隠されている豊かな胸元に目がいったクリスのその視線を見逃さずロラはくすりと笑って腕を下ろす。
「それはそうだ。私もまだ十七歳だからね。ただの布より愛しい人の身体に興味を持ってしまうのも当然だろう?」
苦笑しながらロラを軽く引き寄せ口付けるクリス。
普段は冷静で落ち着いているクリスも、年齢で言えばまだ十七歳の多感なお年頃。
「これ以上は止まらなくなってしまう」
口付けたあとロラを抱きしめたクリスは溜息をつく。
このまま抱いてしまいたい欲望もあるけれど、欲望に流されて始めればすぐには終われないことも分かっているだけに、食事を用意してくれている島民を待たせてることになっては申し訳ないという至極真っ当な考えの間で揺れてもどかしい。
「ふふ。悩むクリスお兄さまも可愛らしいですわ」
したい、でもできない。
したい、でも時間が足りない。
欲情しているのは間違いないのに自制心で堪えて葛藤しているクリスが愛おしくてロラはくすりと笑うと口付ける。
「入りましょう?露天風呂」
「ああ。早く入浴を済ませるのが正解なようだ」
早く入って早く服を着て貰うことが欲求から逃れる最善策。
苦笑したクリスにロラはまたくすくすと笑った。
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