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第三話「基地を襲撃された際の迎撃方法について」
部隊長の実力
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「なっ……」
山口が確かに横腹に突き刺したと思ったサバイバルナイフの切っ先は、部隊長の人差し指と中指に挟まれて静止していた。そこからピクリとも動かない。山口が力を込めて押しても、逆に引いても抜けない。
「俺の友達に白刃取りが得意な奴がいてな、日本刀とかならともかく、こんなちゃっちいのじゃなあ」
「くそっ、いつから!」
ナイフを諦めて手放し、後ろに飛んで距離を取る。素早く懐からサプレッサー付きの拳銃を取り出すと、部隊長の頭部に照準。発砲――する直前、その外見年齢からは予想も付かない速さで距離を詰めた部隊長が、バレルを掴んで捻り上げた。
引き金に入れていた指と、掴んでいた腕が巻き込まれて苦悶の声を上げる山口の腕を捻り上げた部隊長は、淡々とした口調のまま、答え合わせをするように話す。
「だから電話した時に変だと思ったんだって……俺の友達にガン=カタを極めたロマンチストがいてな」
「ぐっ、知るか!」
真後ろにいる部隊長に至近距離から後ろ蹴りを放つ。思わず身を剥がした相手へと向き直り、その顔面に拳銃を突きつけ、今度こそ発砲しようとした瞬間。山口の視界が文字通り飛んだ。
思わず「は?」と漏らして、山口は部隊長の斜め後方の地面に強く叩き付けられる。
肺の中の空気が無理やり押し出されるほどの衝撃に、手から拳銃が離れた。凶器がカラカラと虚しい硬い音を立てて廊下を滑って行く。
腹から落ちたからか、げほげほと咳き込む山口を見下ろしながら、部隊長はやはり淡々とした口調で
「俺の友達に空気投げの達人がいてな……ん? どうした、ギブアップか名無しの権兵さんや」
「っほざけ!」
舐めるなと激高した山口は、背筋の瞬発力のみで跳ね起きるという人間離れした動きで起き上がる。懐から新しいナイフを取り出して斬りかかった。だが部隊長はそれを顔色一つ変えずにいなし、強烈な反撃を返した。
ナイフが宙を舞い、山口が仰け反る。部隊長は手を休めない。
その動きに規則性はない、まるでありとあらゆる武術の情報が仕込まれているかのように、あらゆる分野の自身の“友達”の話をしながら、暗殺者を追い詰めて行く。
「俺の友達に素手で刃物を折るコツを知ってる奴がいてな」
「俺の友達に八極拳の達人がいてな」
「俺の友達に金的を堪えるのが得意な変人がいてな」
「俺の友達にプロボクサーがいてな」
「俺の友達に暗器の構造に詳しい奴がいてな」
「俺の友達に関節技のトップがいてな」
「俺の友達に合気の達人がいてな」
「俺の友達に空手の初段がいてな」
「俺の友達に――」
「どうした名無しの権兵衛……そういえば、俺の友達にも命乞いが得意なやつがいたな、そいつはもういないが」
数分の攻防の後、息も乱さず懐かしそうに目を細めて、余裕を表すように髭を撫でる部隊長の目の前にして、山口は膝をついていた。
ジャケットに隠していたあらゆる武器を、自分が持つ技術を最大限駆使しても、目の前の中年男性に一度も攻撃が届かない。こんなことは異常だ。ありえない。
(な、なんなんだ……こいつは)
この基地にいる自衛官でも、白兵戦で相手をしたくない自衛官。宇佐美に安久、筋肉コンビにレンジャー持ちの機士達がいないことは事前に確認した。
その上で、自衛官が通りかかる可能性が極めて低く、近くに逃げ場もないここでなら、楽にこの基地のトップを始末できると、山口は考えていた。
しかし、その標的はと言えば、自分が繰り出し、破壊された暗器が散らばった中に無傷で佇んでいる。暗殺と工作を生業にしてきた自分を、赤子の手を捻るように一方的に叩きのめしたのだ。
(この基地でやばいのは刀を持ったキチガイ? 現代版のランボー? 化物みたいなガキども? とんでもない、今目の前にいるこいつが)
呑気に指を振って「あいちち」とか言ってるこの男が、一番の危険人物じゃないか――
「さて、随分頭に血が登ってるみたいだがな権兵。俺も自分の部下であり、同時に義理とは言え息子を死なせかけた相手の仲間を目の前にして、今更ながら冷静でいられる自信はない。ぶっちゃけ大人気も無くぶちギレている」
言って部隊長は一歩、また一歩と山口に近づいて行く。
山口の中で、標的の排除を優先するか一度撤退するかを吊るした天秤が、足音に合わせて揺れる。
「鉄砲玉のお前から大した情報を得られるとも思えんし、すまんが俺の八つ当たりに付き合ってくれ。運が良ければ、まぁ苦しんでから楽になれる」
その時になって、山口は始めてゾッとする程の殺気に当てられた。
――これまで本気ですらなかったというのか、この男は。
「それに……俺の友達に、拷問が大好きな狂人がいてな?」
それまで表情を変えなかった部隊長が、ニタリと口角を上げて言ったその言葉で、山口の天秤は振り切った。
副次目標などと言っていられない、このままでは、自分が何も出来ずに殺されてしまう。
逃げることを決めた山口の行動は迅速であった。懐から手の平大の黒い礫を取り出し、床に叩き付けた。直後、猛烈な勢いで煙が吹き出し、視界が零になった。部隊長は思わず立ち止まった。その隙を逃さず、山口は通路の手近な窓を蹴破って建物の外へと転がり出て、そのまま敷地外へと駆けて行った。
その様子は、まるで化物が巣食う城から命からがら逃げる冒険者のようであった。
晴れる煙の中、遠ざかる背中を追いかけるわけでもなく、ただじっと眺めていた部隊長の元に、慌てた様子の副官が通路の曲がり角から飛び出した。
そこには無数に散らばる折れた刃や何かの破片に残骸。
「ど、どうしたんですか部隊長?!」
通路の惨状に仰天して駆け寄って来て……落ちていた武器の残骸をピンヒールで踏みつけて盛大に転んだ。
「ふぎっ」
「どうした美谷本、そんなに慌てて」
「いやいやいや、どうしたってこっちの台詞です。何があったんですか」
「山口に化けてた暗殺者が襲って来たから返り討ちにした」
「なるほどって、ええ?!」
更に驚愕する副官に「ほれ」と窓の外を指差すと、その先では事前に用意してあったのか、ライトバンに乗り込んだ迷彩服の男が見えた。
遠目に見えた横顔は、確かに少し前から所属になった山口である。副官は慌てて腰元の通信機を取り出すが、それを部隊長が手で制した。
「あー追っ手は出さなくていい。むしろ危ないぞ、怪我人が出る」
「それほど危険な相手を放っておくわけには」
「いや、そうじゃない…………そろそろいいかな」
副官が何が、と言ってる間に、部隊長が徐ろに懐から小さいリモコンを取り出す。何気ない動作で、スイッチを入れた。
建物から離れ、敷地外に出てみるみる内に小さくなるライトバンが次の瞬間、運転席を起点に大爆発を起こした。
副官がぎょっとしている横で、部隊長は満足げに髭を撫でていた。
あの近接戦の最中、“懐にいつも仕込んでいる”小型爆弾を、山口に気付かれることなく、背中に貼り付けていたのだ。運転手と制御を失った車体は爆発の衝撃で横転し、燃料に誘爆して二次爆発を起こし、部品を撒き散らしながら火の手を上げる。
あれで生きていたら、それはもはや人ではない。
そして、炎上するライトバンを見て「おー、いい感じの炸薬量だったな」などと言ってちょび髭を満足気に撫でる男も、人ではないかもしれない。副官は改めてそう思った。
「ぶ、部隊長……一応聞きますけど、何をしたんです?」
「いやなに、俺の古い恩師に面白い漫画を書く人が居てな、その中に出てくる技を真似てみた。爆弾貼り付ける奴」
「え、えぐい……」と絶句する副官に「あれの始末はあとでな」とどうでも良さそうに言って、思い出したかのように火傷した指を痛そうにぷらぷらさせる。
ここでの騒動が聞こえて駆けつけた訳ではないことは解りきっているので、何か状況に変化があったのだろう。
「でなんかあったのか、こらいつまでも呆けてる。報告しろ報告」
「……あ、はい、失礼しました。先程救出班が出撃する直前なのですが……」
副官は言い淀んでから、しかしはっきりと、その事実を伝えた。
「Tk-9一番機のHMDから、異常値のDLS受信値を検出した直後に機体の動作シグナルが復帰。戦闘機動を再開……恐らく、再度戦闘に突入した物と思われます」
山口が確かに横腹に突き刺したと思ったサバイバルナイフの切っ先は、部隊長の人差し指と中指に挟まれて静止していた。そこからピクリとも動かない。山口が力を込めて押しても、逆に引いても抜けない。
「俺の友達に白刃取りが得意な奴がいてな、日本刀とかならともかく、こんなちゃっちいのじゃなあ」
「くそっ、いつから!」
ナイフを諦めて手放し、後ろに飛んで距離を取る。素早く懐からサプレッサー付きの拳銃を取り出すと、部隊長の頭部に照準。発砲――する直前、その外見年齢からは予想も付かない速さで距離を詰めた部隊長が、バレルを掴んで捻り上げた。
引き金に入れていた指と、掴んでいた腕が巻き込まれて苦悶の声を上げる山口の腕を捻り上げた部隊長は、淡々とした口調のまま、答え合わせをするように話す。
「だから電話した時に変だと思ったんだって……俺の友達にガン=カタを極めたロマンチストがいてな」
「ぐっ、知るか!」
真後ろにいる部隊長に至近距離から後ろ蹴りを放つ。思わず身を剥がした相手へと向き直り、その顔面に拳銃を突きつけ、今度こそ発砲しようとした瞬間。山口の視界が文字通り飛んだ。
思わず「は?」と漏らして、山口は部隊長の斜め後方の地面に強く叩き付けられる。
肺の中の空気が無理やり押し出されるほどの衝撃に、手から拳銃が離れた。凶器がカラカラと虚しい硬い音を立てて廊下を滑って行く。
腹から落ちたからか、げほげほと咳き込む山口を見下ろしながら、部隊長はやはり淡々とした口調で
「俺の友達に空気投げの達人がいてな……ん? どうした、ギブアップか名無しの権兵さんや」
「っほざけ!」
舐めるなと激高した山口は、背筋の瞬発力のみで跳ね起きるという人間離れした動きで起き上がる。懐から新しいナイフを取り出して斬りかかった。だが部隊長はそれを顔色一つ変えずにいなし、強烈な反撃を返した。
ナイフが宙を舞い、山口が仰け反る。部隊長は手を休めない。
その動きに規則性はない、まるでありとあらゆる武術の情報が仕込まれているかのように、あらゆる分野の自身の“友達”の話をしながら、暗殺者を追い詰めて行く。
「俺の友達に素手で刃物を折るコツを知ってる奴がいてな」
「俺の友達に八極拳の達人がいてな」
「俺の友達に金的を堪えるのが得意な変人がいてな」
「俺の友達にプロボクサーがいてな」
「俺の友達に暗器の構造に詳しい奴がいてな」
「俺の友達に関節技のトップがいてな」
「俺の友達に合気の達人がいてな」
「俺の友達に空手の初段がいてな」
「俺の友達に――」
「どうした名無しの権兵衛……そういえば、俺の友達にも命乞いが得意なやつがいたな、そいつはもういないが」
数分の攻防の後、息も乱さず懐かしそうに目を細めて、余裕を表すように髭を撫でる部隊長の目の前にして、山口は膝をついていた。
ジャケットに隠していたあらゆる武器を、自分が持つ技術を最大限駆使しても、目の前の中年男性に一度も攻撃が届かない。こんなことは異常だ。ありえない。
(な、なんなんだ……こいつは)
この基地にいる自衛官でも、白兵戦で相手をしたくない自衛官。宇佐美に安久、筋肉コンビにレンジャー持ちの機士達がいないことは事前に確認した。
その上で、自衛官が通りかかる可能性が極めて低く、近くに逃げ場もないここでなら、楽にこの基地のトップを始末できると、山口は考えていた。
しかし、その標的はと言えば、自分が繰り出し、破壊された暗器が散らばった中に無傷で佇んでいる。暗殺と工作を生業にしてきた自分を、赤子の手を捻るように一方的に叩きのめしたのだ。
(この基地でやばいのは刀を持ったキチガイ? 現代版のランボー? 化物みたいなガキども? とんでもない、今目の前にいるこいつが)
呑気に指を振って「あいちち」とか言ってるこの男が、一番の危険人物じゃないか――
「さて、随分頭に血が登ってるみたいだがな権兵。俺も自分の部下であり、同時に義理とは言え息子を死なせかけた相手の仲間を目の前にして、今更ながら冷静でいられる自信はない。ぶっちゃけ大人気も無くぶちギレている」
言って部隊長は一歩、また一歩と山口に近づいて行く。
山口の中で、標的の排除を優先するか一度撤退するかを吊るした天秤が、足音に合わせて揺れる。
「鉄砲玉のお前から大した情報を得られるとも思えんし、すまんが俺の八つ当たりに付き合ってくれ。運が良ければ、まぁ苦しんでから楽になれる」
その時になって、山口は始めてゾッとする程の殺気に当てられた。
――これまで本気ですらなかったというのか、この男は。
「それに……俺の友達に、拷問が大好きな狂人がいてな?」
それまで表情を変えなかった部隊長が、ニタリと口角を上げて言ったその言葉で、山口の天秤は振り切った。
副次目標などと言っていられない、このままでは、自分が何も出来ずに殺されてしまう。
逃げることを決めた山口の行動は迅速であった。懐から手の平大の黒い礫を取り出し、床に叩き付けた。直後、猛烈な勢いで煙が吹き出し、視界が零になった。部隊長は思わず立ち止まった。その隙を逃さず、山口は通路の手近な窓を蹴破って建物の外へと転がり出て、そのまま敷地外へと駆けて行った。
その様子は、まるで化物が巣食う城から命からがら逃げる冒険者のようであった。
晴れる煙の中、遠ざかる背中を追いかけるわけでもなく、ただじっと眺めていた部隊長の元に、慌てた様子の副官が通路の曲がり角から飛び出した。
そこには無数に散らばる折れた刃や何かの破片に残骸。
「ど、どうしたんですか部隊長?!」
通路の惨状に仰天して駆け寄って来て……落ちていた武器の残骸をピンヒールで踏みつけて盛大に転んだ。
「ふぎっ」
「どうした美谷本、そんなに慌てて」
「いやいやいや、どうしたってこっちの台詞です。何があったんですか」
「山口に化けてた暗殺者が襲って来たから返り討ちにした」
「なるほどって、ええ?!」
更に驚愕する副官に「ほれ」と窓の外を指差すと、その先では事前に用意してあったのか、ライトバンに乗り込んだ迷彩服の男が見えた。
遠目に見えた横顔は、確かに少し前から所属になった山口である。副官は慌てて腰元の通信機を取り出すが、それを部隊長が手で制した。
「あー追っ手は出さなくていい。むしろ危ないぞ、怪我人が出る」
「それほど危険な相手を放っておくわけには」
「いや、そうじゃない…………そろそろいいかな」
副官が何が、と言ってる間に、部隊長が徐ろに懐から小さいリモコンを取り出す。何気ない動作で、スイッチを入れた。
建物から離れ、敷地外に出てみるみる内に小さくなるライトバンが次の瞬間、運転席を起点に大爆発を起こした。
副官がぎょっとしている横で、部隊長は満足げに髭を撫でていた。
あの近接戦の最中、“懐にいつも仕込んでいる”小型爆弾を、山口に気付かれることなく、背中に貼り付けていたのだ。運転手と制御を失った車体は爆発の衝撃で横転し、燃料に誘爆して二次爆発を起こし、部品を撒き散らしながら火の手を上げる。
あれで生きていたら、それはもはや人ではない。
そして、炎上するライトバンを見て「おー、いい感じの炸薬量だったな」などと言ってちょび髭を満足気に撫でる男も、人ではないかもしれない。副官は改めてそう思った。
「ぶ、部隊長……一応聞きますけど、何をしたんです?」
「いやなに、俺の古い恩師に面白い漫画を書く人が居てな、その中に出てくる技を真似てみた。爆弾貼り付ける奴」
「え、えぐい……」と絶句する副官に「あれの始末はあとでな」とどうでも良さそうに言って、思い出したかのように火傷した指を痛そうにぷらぷらさせる。
ここでの騒動が聞こえて駆けつけた訳ではないことは解りきっているので、何か状況に変化があったのだろう。
「でなんかあったのか、こらいつまでも呆けてる。報告しろ報告」
「……あ、はい、失礼しました。先程救出班が出撃する直前なのですが……」
副官は言い淀んでから、しかしはっきりと、その事実を伝えた。
「Tk-9一番機のHMDから、異常値のDLS受信値を検出した直後に機体の動作シグナルが復帰。戦闘機動を再開……恐らく、再度戦闘に突入した物と思われます」
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