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第六話「イベント会場における警備と護衛について」
裏切り
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小型タービンエンジンの唸りが、昼過ぎの船着場に響き渡る。
その場違いの音を上げているのは、フェリーを包囲するように並んだ、七機のAMW。包囲されているのは、十数名の義勇兵と近衛兵、王女だけだった。
もう一人のターゲットである令嬢と、二人の護衛であるジャックの姿はないが、まだ船の中なのだろうと、包囲しているクーデター軍の一団は判断した。
絶体絶命の危機だったが、しかし、王女は全く取り乱さなかった。
平然と目の前の包囲の中心にいる、近衛軍しか所有していないはずの機体――細長くシャープで、鋭利な剣を思わせる出で立ちを持つそれを、パーソナルカラーの赤で彩った機体。ニコラハムが繰るカーテナを睨みつけていた。
『全く、王族という物は頑固でしかたない、諦めて我々と共に英国へ戻っていただけませんか、王女殿下。決して悪いようにはしませんので』
「あら、私の旅行にそのような無粋な物を持ち出しておいて、どの口が言うのでしょう。貴方こそ、早くお友達と一緒に国に帰った方がよいですよ。さもないと、今この間にでもあなた方の味方が父上の手で滅ぼされているかもしれません」
『……ご自身の今の立場をよく解っておられないようですね』
いらついた口調になったニコラハムのカーテナが片手をあげると、周囲に展開しているコンカラーが、ランスの先端を王女らに向けて一斉に向けた。その穂先に内蔵された機関砲の砲身が鈍く光る。
『確かに我々の任務は貴方を連れ帰ることですが、別に、生きていなければならないという命令は受けていないのですよ。最悪、塩漬けの首でも良い』
くくく、と嘲るように笑うニコラハムの言葉にも、王女は一切怯むことはなかった。
「本当に、昔読んだ小説の中に出て来るほどに見事な小物ですね」
今度は、王女がすっと片手をあげて、それを振り下ろした。すると突如、包囲に加わっていたコンカラーⅡの内二機が、隣にいた機体が構えているランスを殴り飛ばしたのだ。
『なにっ?!』
仲間の反乱に驚愕するカーテナにも、両脇にいた更にもう二機がランスを振り被り、叩き潰さんと振り下ろした。
赤い機体は素早く反応して『ええぃ、裏切り者かっ!』と、どの口が言うのか、咄嗟に抜刀した双剣でどちらも受け止めてみせた。技量だけはあるのですね、小物の癖に、とメアリは口に出さずに思った。
流石に一世代違うだけあって二対一にも関わらず、力比べは拮抗していた。
しかし、コンカラーⅡ二機も相当の手練れが乗っているのか、機体重量の差を生かして、カーテナの身動きを完全に封じていた。
『な、何故だ!』
何故、と問う赤い機体に、返答はなかった。彼は知る由もなかったが、このようなことになったのは、事前に、王女の手によって、裏切りの裏切りが仕込まれていたからだ。
正規軍を、そして王女を裏切るようにクーデター軍から誘いを受けた者達は、即座に王女へこの件を密告した。メアリは、これをすぐに処理するのではなく、ここぞの時、自分の合図で裏切れと指示をして、クーデター側に紛れ込ませていたのだ。
その策略が今、ニコラハム一味らクーデター軍に牙を剥いた。
「あらあら無様無様、貴方のような小物が本気で、私の……このメアリー三世の首を取れるとお思いでいらしたのですか?」
嗚呼おかしい、と腹を抱えて笑う王女に、押さえ込まれたニコラハムが「貴様ぁ!」と激昂する。その怒りを表すように赤い機体が前に進もうとするが、両側からかけられる重量に負けて、片膝を付いた。
それはまるで、目の前の王女殿下にひれ伏すように見えた。
「ところで貴方、私が気に入っていた義勇兵を殺したそうですね?」
唐突なメアリの問いに、ニコラハムは一瞬、何のことかわからなかったが、数舜して、記憶の片隅で一人の義勇兵を撃ち殺したことを思い出した。
『ふん、それがどうした。義などという古臭い物で動く有象無象が死んだからなんだというのだ』
「……結構、ここで死んでください。貴方の声、聞き飽きました」
二機掛かりに抑えつけられても尚、それを押し返そうとするニコラハムのカーテナに、そう王女が言ったのとほぼ同時、今度はフェリーの貨物室から金色の機影が飛び出した。
ジャック専用のカーテナである。派手な意匠の機体が、フェリーの前に着地し、双剣を抜いた。
『ば、馬鹿な、貴様の機体には見張りをつけていたはず……!』
『あの程度、私に掛かれば赤子の手を捻るような物だ』
勝敗は決した――王女は興味を失ったようにその場に背を向けて、護衛を引き連れて歩き出す。
その背に裏切り者の罵倒が届いても、全く耳に入らないかのように、喧騒の中を悠然と立ち去った。
「しかし王女殿下、アイヴィー嬢を行かせてよかったのですか?」
王女の側を歩いて周辺を警戒するようにしていた義勇兵が言う。
自分の機体を取りに行っていたジャックはともかくとして、何故アイヴィーが居ないかと言うと、なんと裏切者が用意していたコンカラーⅡを奪って戦闘に参加していたのだ。
出番をなくした強奪役の搭乗者は、後ろで「大丈夫かな、あのお嬢さん」と心配そうな顔をしているが、王女は涼しい顔で言う。
「本人が乗り気だったのですから、いいでしょう。死ななければ」
そう言ってちらりと背後を見やると、一機のコンカラーⅡが、見事な槍さばきで敵の腕から武器を弾き飛ばし、その相手を蹴り飛ばしていた。
相手も元は正規兵であるはずだが、彼女も大した技量である。
「ちょっと楽しそうですね、乗れなくて残念」
「お戯れを……冗談ですよね、殿下?」
義勇兵がおどおどと尋ねてきたのに、意地悪そうな笑みで返し、王女はこの場を離れたのだった。
その場違いの音を上げているのは、フェリーを包囲するように並んだ、七機のAMW。包囲されているのは、十数名の義勇兵と近衛兵、王女だけだった。
もう一人のターゲットである令嬢と、二人の護衛であるジャックの姿はないが、まだ船の中なのだろうと、包囲しているクーデター軍の一団は判断した。
絶体絶命の危機だったが、しかし、王女は全く取り乱さなかった。
平然と目の前の包囲の中心にいる、近衛軍しか所有していないはずの機体――細長くシャープで、鋭利な剣を思わせる出で立ちを持つそれを、パーソナルカラーの赤で彩った機体。ニコラハムが繰るカーテナを睨みつけていた。
『全く、王族という物は頑固でしかたない、諦めて我々と共に英国へ戻っていただけませんか、王女殿下。決して悪いようにはしませんので』
「あら、私の旅行にそのような無粋な物を持ち出しておいて、どの口が言うのでしょう。貴方こそ、早くお友達と一緒に国に帰った方がよいですよ。さもないと、今この間にでもあなた方の味方が父上の手で滅ぼされているかもしれません」
『……ご自身の今の立場をよく解っておられないようですね』
いらついた口調になったニコラハムのカーテナが片手をあげると、周囲に展開しているコンカラーが、ランスの先端を王女らに向けて一斉に向けた。その穂先に内蔵された機関砲の砲身が鈍く光る。
『確かに我々の任務は貴方を連れ帰ることですが、別に、生きていなければならないという命令は受けていないのですよ。最悪、塩漬けの首でも良い』
くくく、と嘲るように笑うニコラハムの言葉にも、王女は一切怯むことはなかった。
「本当に、昔読んだ小説の中に出て来るほどに見事な小物ですね」
今度は、王女がすっと片手をあげて、それを振り下ろした。すると突如、包囲に加わっていたコンカラーⅡの内二機が、隣にいた機体が構えているランスを殴り飛ばしたのだ。
『なにっ?!』
仲間の反乱に驚愕するカーテナにも、両脇にいた更にもう二機がランスを振り被り、叩き潰さんと振り下ろした。
赤い機体は素早く反応して『ええぃ、裏切り者かっ!』と、どの口が言うのか、咄嗟に抜刀した双剣でどちらも受け止めてみせた。技量だけはあるのですね、小物の癖に、とメアリは口に出さずに思った。
流石に一世代違うだけあって二対一にも関わらず、力比べは拮抗していた。
しかし、コンカラーⅡ二機も相当の手練れが乗っているのか、機体重量の差を生かして、カーテナの身動きを完全に封じていた。
『な、何故だ!』
何故、と問う赤い機体に、返答はなかった。彼は知る由もなかったが、このようなことになったのは、事前に、王女の手によって、裏切りの裏切りが仕込まれていたからだ。
正規軍を、そして王女を裏切るようにクーデター軍から誘いを受けた者達は、即座に王女へこの件を密告した。メアリは、これをすぐに処理するのではなく、ここぞの時、自分の合図で裏切れと指示をして、クーデター側に紛れ込ませていたのだ。
その策略が今、ニコラハム一味らクーデター軍に牙を剥いた。
「あらあら無様無様、貴方のような小物が本気で、私の……このメアリー三世の首を取れるとお思いでいらしたのですか?」
嗚呼おかしい、と腹を抱えて笑う王女に、押さえ込まれたニコラハムが「貴様ぁ!」と激昂する。その怒りを表すように赤い機体が前に進もうとするが、両側からかけられる重量に負けて、片膝を付いた。
それはまるで、目の前の王女殿下にひれ伏すように見えた。
「ところで貴方、私が気に入っていた義勇兵を殺したそうですね?」
唐突なメアリの問いに、ニコラハムは一瞬、何のことかわからなかったが、数舜して、記憶の片隅で一人の義勇兵を撃ち殺したことを思い出した。
『ふん、それがどうした。義などという古臭い物で動く有象無象が死んだからなんだというのだ』
「……結構、ここで死んでください。貴方の声、聞き飽きました」
二機掛かりに抑えつけられても尚、それを押し返そうとするニコラハムのカーテナに、そう王女が言ったのとほぼ同時、今度はフェリーの貨物室から金色の機影が飛び出した。
ジャック専用のカーテナである。派手な意匠の機体が、フェリーの前に着地し、双剣を抜いた。
『ば、馬鹿な、貴様の機体には見張りをつけていたはず……!』
『あの程度、私に掛かれば赤子の手を捻るような物だ』
勝敗は決した――王女は興味を失ったようにその場に背を向けて、護衛を引き連れて歩き出す。
その背に裏切り者の罵倒が届いても、全く耳に入らないかのように、喧騒の中を悠然と立ち去った。
「しかし王女殿下、アイヴィー嬢を行かせてよかったのですか?」
王女の側を歩いて周辺を警戒するようにしていた義勇兵が言う。
自分の機体を取りに行っていたジャックはともかくとして、何故アイヴィーが居ないかと言うと、なんと裏切者が用意していたコンカラーⅡを奪って戦闘に参加していたのだ。
出番をなくした強奪役の搭乗者は、後ろで「大丈夫かな、あのお嬢さん」と心配そうな顔をしているが、王女は涼しい顔で言う。
「本人が乗り気だったのですから、いいでしょう。死ななければ」
そう言ってちらりと背後を見やると、一機のコンカラーⅡが、見事な槍さばきで敵の腕から武器を弾き飛ばし、その相手を蹴り飛ばしていた。
相手も元は正規兵であるはずだが、彼女も大した技量である。
「ちょっと楽しそうですね、乗れなくて残念」
「お戯れを……冗談ですよね、殿下?」
義勇兵がおどおどと尋ねてきたのに、意地悪そうな笑みで返し、王女はこの場を離れたのだった。
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