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第六話「イベント会場における警備と護衛について」

任務開始

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 船着き場で事が起きていることをまだ知らない比乃は、呑気に鍋の出来具合を見て満足していた。

「さて……」

 やっとカレーの煮込みが完了、あとは粗熱を取ってから、足元に集まっているギャラリーが持つ皿に担当の自衛官が配膳するだけだ。
 AMWでカレーを作るなど生まれて初めてだったが、コクピット内にも空調越しに漂う臭い的に、味はそれなりになっただろう。比乃が一仕事終えたと一息ついた、その直後だった。

『報告! 不審車両数台が今、ゲート付近の道路を暴走中――いえ、こちらに向かって来ています!』

 イベント会場の正門にいた警備員から、この場にいる全自衛官へ成された報告に、それを予期していた者、または来るのではないかと思っていた者、そして内側に入り込んでいた敵は、偶然にも全員同時に「来たか」と呟いた。

 それから数瞬、比乃らのいる場所から少し離れた所から鉄と鉄がぶつかる破壊音。客の悲鳴。そして大型モータの動き出す音が鳴り響いた。

 AMWを満載したキャリア数台が、正門を突き破って来たのだ。そして、その中身が解き放たれたのだと、比乃はすぐさま理解した。
 そして、このタイミングでの襲来と事前の情報からして、事は護衛対象がいるフェリーの船着場でも起こっていることも、同時に察した。

 比乃は直ちに通信機を操作する。目の前のテロリストを処理するのは、残念ながら自分の役目ではない。そのことを伝えるために今、現場にいる中で最上階級である第八師団の清水一尉へと繋げる。

「こちら第三師団の日比野三曹です。清水一尉へ、私は当初の任務を果たしに独自行動を取らせていただきます」

『話は聞いています。がしかし、相手の数が数です。今連絡を受けましたが、AMWは確認できただけで十機、稼働状態にあるとのことです……援護はお願いできませんか』

 一尉の縋るような言葉に、比乃は少し考えてから、

「浅野と白間は置いて行きますので、そちらから指示をしてやってください。こちらの案件は自分一人でなんとかします」

『ありがとうございます。正直、二人に残ってもらえるだけでも助かります。こちらはぺーぺーしかいないので……また、今こちらに入った情報ですが、有明二丁目から三丁目に向けて不審大型車両が数台向かって行ったようです、目的は……』

「言わずもがな……こちら方の案件でしょう」

 王女たちがいる埠頭は、陸地への道が一本しかない。そこを封鎖するのが相手の目的だろう。

『申し訳ないのですが、我々にそちらまで対応する戦力はありません。どうも観客の中にも小武装のテロリストが混ざっていたようで、混乱を大きくするのが目的でしょうが、少々手こずっています』

「問題ありません。それに、二人がいれば、駐屯地からの増援がなんて必要ありませんよ」

『それはなんとも頼もしい……協力に感謝します、では』

「それでは……さて、心視、志度、聞いてたね?」

『聞いてたけど……』

『ほんとに比乃一人で大丈夫か?』

「なんとかするよ。二人はここに出てきたAMWの撃破を最優先、特に心視は町中で銃火器使えないんだからちゃんと接近戦で仕留めること。それと清水一尉の指示にはちゃんと従うんだよ、わかったね?」

 それだけ二人に指示すると、自分が作ったカレーが入った寸胴鍋に蓋をした。そして比乃は二人の返事を待たずに、早々に観客とマスコミが避難誘導されて無人となったその場から、Tk-7を駆け出させる。
 有明西埠頭フトウ公園の脇を通り……ここから船着場がある小島まで五、六百メートル。

 ――届くか?  否、届かせる。

「両スラスタ出力最大!」

 《了解 一番二番スラスタパワー最大》

「跳べぇ!」

 シミュレーターではないぶっつけ本番、半ば祈りの様に比乃は叫んだ。Tkー7の腰脇に搭載されている二メートルほどの長方形の装置。一年前に受けた比乃の苦情を真摯に取り入れた結果、小型化と大幅な改良が施された跳躍補助スラスターは、その叫びに応えるように、噴射口から猛然と光を吐き出した。そして、地を蹴った機体に莫大な推力を与える。

「う、うおお?!」

 危うく錐揉み回転しそうになった機体を四肢を振り回して強引に安定させる。強烈なGに小柄な身体がシートに沈む。猛烈な勢いで流れていく風景に、比乃は呻いた。最大出力でも届かないかもしれないと思っていたが、それはとんだ思い違いだった。

(こ、小型化したのに出力が跳ね上がってる?!)

 揺れる機体の中で「これ作ったやつバカなんじゃないの!」と思わず叫びながら、根性と気合で機体姿勢を制御し続ける。

 一年前にテストで使った時とは比べ物にならないそのパワーに目を白黒させながら、もうすぐ目の前になっていた着地地点に激突する前に、スラスタをくるりと反転させて逆噴射をかける。

 逆方向の慣性に身体がへし折れるかという衝撃を受けるが、どうにか気絶せず、受け身を取るように地面を転がってTkー7は着陸した。

 そのまま、すぐ傍のコンテナの陰に転がり込んで、周辺を警戒する。そこには転がっていたのはAMWの残骸が複数、それが全部で六機。

 大型の高振動ブレードでやられたのか、胴体が真二つになった物や、巨大なランスが突き刺さった物もあったりと、残骸の状態はさまざまだが、それらは戦闘がついさっき発生していたことを示すようにまだ黒煙や炎を上げている機体が多い。

 周囲に動いている機体がいないことを確認してから、自分の機体の状態を確認。

 各関節に異常なし、スラスタの状態を見ると、技研が想定する出力での連続噴射で三十秒しかないと言われていた特殊燃料――フォトンバッテリーの残量が五割を切っていた。

 どうも、出力を最大で使うことは想定されていなかったらしい。もしくは、最大出力で数秒吹かしても燃料を半分しか使わないフォトンバッテリー(フォトン粒子を専用コンデンサに詰めた蓄電池)の燃費が凄いのだろうか、比乃には判断がつかなかった。

 この運用データを受け取ったら、研究員は貴重なデータだと小躍りして喜ぶだろう。

「うちの技本関係者にはマッドしかいないのか、Tk-9と言い……ん?」

 周囲を見渡していてたtkー7のカメラが動態を拾い上げた。それは、胴体を横薙ぎに切り裂かれた残骸の近くを、這うように動いている人だっだ。

 おそらく、戦闘の生き残りだろう。そう判断した比乃は、その生存者の近くに機体を寄せた。一応、用心のために拳銃を取り出してから、コクピットハッチを解放する。

 空気の漏れる音と共に頭部が後方にスライドすると、まずそこから比乃が頭を半分だけだし、目視で、その人物の様子を確認する。

 身体のシルエットと、ワインを零したような赤褐色の長い髪からして女性。西洋人。足を負傷しているようだが、出血はしていない、そして非武装。味方でも敵でも、目的は違うが保護の必要性有りと判断。

 コクピットから身を乗り出して、駐機姿勢の機体からタタッと素早く降りると、その女性に走り寄って一応、英語で話しかけた。拳銃を向けたままだが、できるだけ優しい口調を意識する。

「自衛隊の……あー、国王陛下の関係者から王女殿下の保護を指示された物です。貴方の所属を教えてください」
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