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第六話「イベント会場における警備と護衛について」
イベント
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諸元
・カーテナ(FW331 Curtana)
形式番号:FW331
分類:第四世代
所属:英国陸軍近衛部隊
製造:ブリティッシュ・マッドグラウンド・システムズ
生産形態:先行量産機
全高:七.八メートル
全備重量:約十トン
動力源:フォトンバッテリー
装甲:電磁迷彩搭載ナノカーボン装甲
武装:高振動ブレード「カーテナ」
M1603単砲身三十ミリチェーンガン
乗員:1名
英国のBMGシステムズが試作開発した英国陸軍次期主力AMW。
光化学迷彩によって視覚的に機体を隠蔽することが可能で、それを利用した接近戦闘を主視におかれた設計がなされている。
未だに試作段階であったが、クーデターに際し、国王側であるBMGシステムズが近衛軍に先行量産タイプとして生産を行って提供している。
名前の由来は英国に代々伝わる聖剣「カーテナ」から。
『pekepediaより』
***
国際イベント。それは広大な公共施設を丸々貸し切って行われる、一つのお祭りである。
各区画毎に、各国の環境問題についてだとか、工業製品だとか、食べ物や伝統文化を紹介だとか、かなりバリエーション豊富なブースがあり、その周辺を人の波が流れていた。
その人並みの顔ぶれはかなり多様で、白人に黒人、家族連れの観光客や、スーツを来た商談目当てのビジネスマンまでいた。祭りに参加した日本人は、ここだけ日本ではないかのように思えたことだろう。ここでは、多種多様、様々な人種が入り混じって、この祭典を楽しんでいる。
施設内が賑わっている中、会場の外に設置されたブースに、人だかりができていた。
周辺にいた観光客が、興味本位で近づいてみれば、そこで行われていたのは陸上自衛隊の炊き出しであった。
もう二十年以上現役の野外炊具一号がフル稼働して、白米が炊ける、なんとも空腹に刺激を与える、甘く柔らかい匂いを周辺に漂わせていた。
しかし、その横では野外炊具よりも目立つ、異常な光景が広がっていた。集まっている人々も、どちらかというと、そちらを目当てに来ている人が多いように見えた。
そこにあったのは巨大な、およそ高さ六メートルほどある寸胴鍋だった。その後ろには、これまた巨大なお玉を突っ込んで、ぐるぐるとかき混ぜている巨人がいた。
ここまで言えば説明不要だろう。そこには、陸上自衛隊現主力AMWであるTkー7がいた。
割烹着に軍手をつけ、頭部センサーに三角巾を取り付けた状態のTk-7が複数台、二つの鍋の周辺で料理をしていた。香ばしいスパイス、香辛料、ほんのりとフルーツか何かの隠し味の混ざった臭いがする茶色いスープ……つまるところカレーを煮込んでいる。
巨大な寸胴鍋の中で、巨人に調理されているそれがグツグツと煮えている。見物客の何人かは、空腹が堪えて腹を抑えた。
その鍋の前では、木材を特注らしいチェーンソーで解体する機体と、それを鍋の下の火元に突っ込んで、これまた特注らしい巨大な団扇で扇いでいる機体がいた。スリーマンセルで調理を行っているその機体が纏っている割烹着には、それぞれ『第三師団』と『第八師団』と書かれていた。
そんな彼らの頭上には巨大な段幕が貼られている。
『第一回 機士科対抗カレー炊き出し作り対決 東京vs沖縄』という文字が、風に吹かれて靡いていた。
集まっている人々を見下ろしているTk-7改の中、それを操っている比乃は、自分はいったい何をやらされているのだろうと、自問せずにはいられなかった。
***
事の始まりはつい先日。食材などを買い込んだ荷物を片付ける比乃達の元へと掛かってきた一本の通信だった。
作戦が始まる前に済ませておきたいという比乃の思惑もあって、重機扱いされていた二人(なお、心視も比乃よりも力がある、大の大人と腕相撲してよい勝負が出来るくらいには)を置いて、比乃が「はいはーい」と古臭い返事をしながら受話器を取る。通信を入れてきたのは、三人の上司である部隊長であった。
『おう、元気にやっとるか?』
「はい元気ですよ、特に二人は汗水たらして健康そうです……おーい、二人とも休憩してよーし、水分補給しときなよ」
背後からの「覚えとけよ……」という二人分の視線を完全に無視する。比乃は暫定的な二人の指揮官であるため、こき使っても罪悪感はない。部隊長に「それで、要件はなんですか?」と話を促した。
『実はな、明日の国際イベントでやってもらいたいことができてな。自衛隊が毎回やってる出し物の件なんだが……比乃、お前、料理できたよな?』
部隊長からの何気ない世間話的な質問だと比乃は思ったが、これに対する答えが、今回の話における大体の元凶である。
「それは勿論、自衛隊に入りたての時、誰が部隊長のご飯作ってたと思ってるんですか」
『そうだな、一緒に食う時間はなかったが、お前は中々美味い飯を作る……まぁ思い出話しは今回置いといてだ、お前達に新たなる作戦を通達する』
「えっ」
この話の流れから、比乃の脳裏に一つ、嫌な考えが浮かんでいた。
「それってまさか」
『いやー、実はハンガー貸すからついでにイベントを盛り上げるの手伝ってくれって頼まれちゃってな、これはもうお前たちが適任だろうということでだな』
そして、その考えは的を得ていたのだった。護衛に専念させてほしいという比乃の具申は、当然ながら却下された。
***
その後、嫌がる比乃はあれやこれやと部隊長に言いくるめられて、まんまとカレー作りの出し物への出場を承諾することになった。その結果、現在、こうして愛機を使って鍋の中身をかき混ぜている。
けれども、比乃にとって意外だったのは、他二人が案外乗り気であったことだった。
今も、志度機は薪割りを、心視機が火力調整を担当している、鍋のかき回し、具材の用意、総監督が比乃の役目である。
この二人は放っておくとすぐに物を焦がすということは、昨日新居で行われた志度&心視、初めてのご飯作りで判明しているので、比乃も無線で細やかに指示を出し続けている。
一応は、第三師団の代表として来ているので、無様な所を周囲に見せるわけにはいかないと本気で調理している。それこそ、へまをしてテレビにでも中継されてはたまらないと言った心境で、比乃も必死である。
今も、Tkー7の足元にテレビ中継のカメラとアナウンサーがうろうろしているのだ。だが、彼らがネタとして世間に流したいのは、自衛隊のイベント中の活躍ではなく、不祥事やスキャンダルなのだが……幸か不幸か、比乃達はそれを知らない。
「心視、火力が少し落ちてる。五パーセントくらい上げて」
『了解……志度、薪』
『任せろ!』
とこのように、高い操縦技術と連携が相まって、見事な手際でカレーを作り上げているのが第三師団である。
一方で、第八師団は養成学校の生徒らが出て来ているらしく、動きがぎこちないなかった。
比乃は通信でアドバイス(主にカレーの)をしようとしたが、現地に来ていた教官に「勝負を厳密にするために通信は厳禁でお願いしたい。一からやらせないと奴らのためにならないしな」と言われたことを思い出して、通信を送るのをやめた。
そのため、今は彼らの動きを横目で見るだけに留めているが、いつすっ転んでしまわないかと内心で少し冷や汗をかいていた。
フィードバックの調整が甘いのか、お玉の握り方が不自然だし、均一に混ぜられていない。
かと言って手動操縦が上手いと言われるとそういうわけでもなく、木材を運ぶ手がかなりぶきっちょだ。
そして、団扇の動きに至っては風を送るというよりもただ上下させているだけだった。
経験から何から色々足りていないのだろうと、比乃は評価した。
今回のイベントも、師団同士の対抗戦と謳ってはいるが、実際のところは、他師団の機士と合同で作業させることで、自分たちが如何に未熟かを思い知らせる、という狙いがあるのだろう。
比乃の推論は当たっていた。立案者は勿論、第八師団司令官の懐刀、清水一尉である。
現状は、ある目的の第一段階のために必要だと、上官であり腐れ縁である高橋一佐に豪語した彼の思惑通り通りとなっていた。
少し訓練の成績が良いだけで天狗になっていた第八師団の面々は、隣でスムーズに調理する第三師団を見て「同じ機種なのにどうして」やら「改良型だから」という言い訳など、コクピットの中で阿鼻叫喚の模様で調理作業を進めている。
しかし、彼らの真の苦難はこれからであった。
・カーテナ(FW331 Curtana)
形式番号:FW331
分類:第四世代
所属:英国陸軍近衛部隊
製造:ブリティッシュ・マッドグラウンド・システムズ
生産形態:先行量産機
全高:七.八メートル
全備重量:約十トン
動力源:フォトンバッテリー
装甲:電磁迷彩搭載ナノカーボン装甲
武装:高振動ブレード「カーテナ」
M1603単砲身三十ミリチェーンガン
乗員:1名
英国のBMGシステムズが試作開発した英国陸軍次期主力AMW。
光化学迷彩によって視覚的に機体を隠蔽することが可能で、それを利用した接近戦闘を主視におかれた設計がなされている。
未だに試作段階であったが、クーデターに際し、国王側であるBMGシステムズが近衛軍に先行量産タイプとして生産を行って提供している。
名前の由来は英国に代々伝わる聖剣「カーテナ」から。
『pekepediaより』
***
国際イベント。それは広大な公共施設を丸々貸し切って行われる、一つのお祭りである。
各区画毎に、各国の環境問題についてだとか、工業製品だとか、食べ物や伝統文化を紹介だとか、かなりバリエーション豊富なブースがあり、その周辺を人の波が流れていた。
その人並みの顔ぶれはかなり多様で、白人に黒人、家族連れの観光客や、スーツを来た商談目当てのビジネスマンまでいた。祭りに参加した日本人は、ここだけ日本ではないかのように思えたことだろう。ここでは、多種多様、様々な人種が入り混じって、この祭典を楽しんでいる。
施設内が賑わっている中、会場の外に設置されたブースに、人だかりができていた。
周辺にいた観光客が、興味本位で近づいてみれば、そこで行われていたのは陸上自衛隊の炊き出しであった。
もう二十年以上現役の野外炊具一号がフル稼働して、白米が炊ける、なんとも空腹に刺激を与える、甘く柔らかい匂いを周辺に漂わせていた。
しかし、その横では野外炊具よりも目立つ、異常な光景が広がっていた。集まっている人々も、どちらかというと、そちらを目当てに来ている人が多いように見えた。
そこにあったのは巨大な、およそ高さ六メートルほどある寸胴鍋だった。その後ろには、これまた巨大なお玉を突っ込んで、ぐるぐるとかき混ぜている巨人がいた。
ここまで言えば説明不要だろう。そこには、陸上自衛隊現主力AMWであるTkー7がいた。
割烹着に軍手をつけ、頭部センサーに三角巾を取り付けた状態のTk-7が複数台、二つの鍋の周辺で料理をしていた。香ばしいスパイス、香辛料、ほんのりとフルーツか何かの隠し味の混ざった臭いがする茶色いスープ……つまるところカレーを煮込んでいる。
巨大な寸胴鍋の中で、巨人に調理されているそれがグツグツと煮えている。見物客の何人かは、空腹が堪えて腹を抑えた。
その鍋の前では、木材を特注らしいチェーンソーで解体する機体と、それを鍋の下の火元に突っ込んで、これまた特注らしい巨大な団扇で扇いでいる機体がいた。スリーマンセルで調理を行っているその機体が纏っている割烹着には、それぞれ『第三師団』と『第八師団』と書かれていた。
そんな彼らの頭上には巨大な段幕が貼られている。
『第一回 機士科対抗カレー炊き出し作り対決 東京vs沖縄』という文字が、風に吹かれて靡いていた。
集まっている人々を見下ろしているTk-7改の中、それを操っている比乃は、自分はいったい何をやらされているのだろうと、自問せずにはいられなかった。
***
事の始まりはつい先日。食材などを買い込んだ荷物を片付ける比乃達の元へと掛かってきた一本の通信だった。
作戦が始まる前に済ませておきたいという比乃の思惑もあって、重機扱いされていた二人(なお、心視も比乃よりも力がある、大の大人と腕相撲してよい勝負が出来るくらいには)を置いて、比乃が「はいはーい」と古臭い返事をしながら受話器を取る。通信を入れてきたのは、三人の上司である部隊長であった。
『おう、元気にやっとるか?』
「はい元気ですよ、特に二人は汗水たらして健康そうです……おーい、二人とも休憩してよーし、水分補給しときなよ」
背後からの「覚えとけよ……」という二人分の視線を完全に無視する。比乃は暫定的な二人の指揮官であるため、こき使っても罪悪感はない。部隊長に「それで、要件はなんですか?」と話を促した。
『実はな、明日の国際イベントでやってもらいたいことができてな。自衛隊が毎回やってる出し物の件なんだが……比乃、お前、料理できたよな?』
部隊長からの何気ない世間話的な質問だと比乃は思ったが、これに対する答えが、今回の話における大体の元凶である。
「それは勿論、自衛隊に入りたての時、誰が部隊長のご飯作ってたと思ってるんですか」
『そうだな、一緒に食う時間はなかったが、お前は中々美味い飯を作る……まぁ思い出話しは今回置いといてだ、お前達に新たなる作戦を通達する』
「えっ」
この話の流れから、比乃の脳裏に一つ、嫌な考えが浮かんでいた。
「それってまさか」
『いやー、実はハンガー貸すからついでにイベントを盛り上げるの手伝ってくれって頼まれちゃってな、これはもうお前たちが適任だろうということでだな』
そして、その考えは的を得ていたのだった。護衛に専念させてほしいという比乃の具申は、当然ながら却下された。
***
その後、嫌がる比乃はあれやこれやと部隊長に言いくるめられて、まんまとカレー作りの出し物への出場を承諾することになった。その結果、現在、こうして愛機を使って鍋の中身をかき混ぜている。
けれども、比乃にとって意外だったのは、他二人が案外乗り気であったことだった。
今も、志度機は薪割りを、心視機が火力調整を担当している、鍋のかき回し、具材の用意、総監督が比乃の役目である。
この二人は放っておくとすぐに物を焦がすということは、昨日新居で行われた志度&心視、初めてのご飯作りで判明しているので、比乃も無線で細やかに指示を出し続けている。
一応は、第三師団の代表として来ているので、無様な所を周囲に見せるわけにはいかないと本気で調理している。それこそ、へまをしてテレビにでも中継されてはたまらないと言った心境で、比乃も必死である。
今も、Tkー7の足元にテレビ中継のカメラとアナウンサーがうろうろしているのだ。だが、彼らがネタとして世間に流したいのは、自衛隊のイベント中の活躍ではなく、不祥事やスキャンダルなのだが……幸か不幸か、比乃達はそれを知らない。
「心視、火力が少し落ちてる。五パーセントくらい上げて」
『了解……志度、薪』
『任せろ!』
とこのように、高い操縦技術と連携が相まって、見事な手際でカレーを作り上げているのが第三師団である。
一方で、第八師団は養成学校の生徒らが出て来ているらしく、動きがぎこちないなかった。
比乃は通信でアドバイス(主にカレーの)をしようとしたが、現地に来ていた教官に「勝負を厳密にするために通信は厳禁でお願いしたい。一からやらせないと奴らのためにならないしな」と言われたことを思い出して、通信を送るのをやめた。
そのため、今は彼らの動きを横目で見るだけに留めているが、いつすっ転んでしまわないかと内心で少し冷や汗をかいていた。
フィードバックの調整が甘いのか、お玉の握り方が不自然だし、均一に混ぜられていない。
かと言って手動操縦が上手いと言われるとそういうわけでもなく、木材を運ぶ手がかなりぶきっちょだ。
そして、団扇の動きに至っては風を送るというよりもただ上下させているだけだった。
経験から何から色々足りていないのだろうと、比乃は評価した。
今回のイベントも、師団同士の対抗戦と謳ってはいるが、実際のところは、他師団の機士と合同で作業させることで、自分たちが如何に未熟かを思い知らせる、という狙いがあるのだろう。
比乃の推論は当たっていた。立案者は勿論、第八師団司令官の懐刀、清水一尉である。
現状は、ある目的の第一段階のために必要だと、上官であり腐れ縁である高橋一佐に豪語した彼の思惑通り通りとなっていた。
少し訓練の成績が良いだけで天狗になっていた第八師団の面々は、隣でスムーズに調理する第三師団を見て「同じ機種なのにどうして」やら「改良型だから」という言い訳など、コクピットの中で阿鼻叫喚の模様で調理作業を進めている。
しかし、彼らの真の苦難はこれからであった。
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