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第八話「級友のピンチとそれを救う者たちについて」
卑劣漢
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志度に持ってきていたサブマシンガンを預け「戦闘になったら援護をお願い」と正面入り口の外に忍ばせてから、比乃はメアリを連れて廃工場の中に入った。事務室や警備室が並んでいる薄暗い通路を進んで、作業場と書かれたプレートがついた扉を開く。
中はクリアリングで見た時よりも広く感じた。天井が高く、AMWくらいならば余裕で立って動けるだろう。
工場が稼働時は工作機械で埋まっていただろう空間は、今は広場になっていて、その中央付近に、ニコラハムが立っていた。その足元には、髪に隠れて表情は伺えないが、紫蘭が後ろ手に縛られた状態で倒れている。
比乃からしてみれば、その西洋人とは初対面だが、ニコラハムは比乃を見ると「こんなガキに邪魔されたのか」と忌々しげに呟く。
ニコラハムの他には、銃をこちらに構えているのが四人、二階に当たるタラップにも数人。比乃から見える範囲だけでも五人はいる。そして、比乃とメアリが入って来たと同時に、ドアの裏に居たもう二人の兵士が、比乃の背中に小銃の銃口を押し付けた。
「ようこそいらしてくださった、メアリー王女殿下、それに自衛官の日比野 比乃君。先日はよくも邪魔をしてくれた」
中に入った時に、隣に居たメアリが驚愕に目を見開いたのと、リーダーらしい西洋人が言った最後の一言で、比乃は目の前の男が、あの時赤いAMWに乗って居た機士だと気付いた。
ジャックから、ニコラハムのカーテナを確かに撃破したと聞いていたメアリは「まさか、まだ生きていたなんて」と漏らす。そして、しつこい汚れでも見るような目をニコラハムに向けた。
「どうして貴方がまだ生きているか、とは聞きません。むしろカーテナの搭乗者保護機能の性能を褒めたくなります」
「いや全く、あれは良い機体でしたがね。私は貴方と楽しく談義をするためにこんなことをしたのではないのですよ、取引です。貴方が大人しくこちらに来て下さるなら、この小娘をそちらにお返ししましょう。しかし、彼女はちょっと自分の足で歩けない様でしてね。日比野君、君も一緒にこちらに来て貰おうか……武器を捨ててからね」
後ろの兵士が「武器を捨てろ」と片言の日本語で言って、銃を押し当てる力を強くする。拒否権はない。比乃は懐からコンバットナイフと拳銃を取り出して、地面に放り捨てる。それでも背中の銃銃口は離されないので、これでいいかとばかりに両手を挙げた。
「結構、ではそのままこちらに歩いて来て貰おうか、その年齢でAMWに乗る様な聡明な子だ。変な気を起こしたらどうなるか、わかるだろうね?」
そう言って、ニコラハムは銃口を倒れたままの紫蘭に向ける。比乃はそれに対し何も言わず、代わりにメアリを連れて歩き始める。
相手はテロリストだ、このまま素直に取引が済むわけがない。なんとかしなくてはと比乃は思考を巡らせながら歩く。二人がニコラハムの前まであと五メートルと言った距離に近づいたところで、ニコラハムは突然、その銃口を比乃に向けた。
「おっと、そういえば君を無事に返すとは言ってなかった」
言って、比乃が反応するよりも早く、数発の銃弾が比乃の足元に着弾。その内の一発が、比較の脛に命中した。
銃弾を受けた比乃は「ぐっ」と呻いて倒れる。隣にいたメアリは、信じられない物を見る様な目で蹲る比乃とニコラハムを交互に見る。
「どこまで卑怯なんですか貴方は! 恥を知りなさい!」
「恥? そんな物全く感じていませんがね? 」
そう言って笑うニコラハム。彼は、目の前の自衛官を今すぐにでも殺したかったが、今は我慢することにしていた。前回、散々邪魔をしてくれた礼に、王女と令嬢を確保してからじわじわと嬲り殺しにするつもりで、態々狙い難い脚を撃ったのだ。
「ほら、お迎えが来たぞお嬢様」
メアリの言葉になんの感慨もないと言わんばかりの表情で、紫蘭の髪を掴んで持ち上げる。そして見えた彼女の有様に、メアリは息を飲んだ。顔は何度も殴打されたように青痣を作り、腫れ、口と鼻から血を流している。意識があるかどうかも定かではない。
そんな彼女の髪を左右に振って、ニコラハムはニヤニヤしながら口真似をする。
「何? 別に帰りたくない? あんな弱っちいやつのところには? だそうだ日比野君。彼女は君たちの所へは戻りたくないらしい。本人の意見を尊重して、二人とも連れていかせて貰う」
嗤う目の前の悪漢に、メアリは激昂して「卑怯者!」と叫ぶが、ニコラハムはそれを無視し、勝ち誇った顔で、拳銃を紫蘭の顔に向ける。
「賢いと言って貰いましょうかメアリー王女殿下? さ、大人しく友達と一緒に我々と来て貰うか……ここで二人とも揃って首だけになって英国に行くか、選んで頂きましょう」
メアリは視線を巡らせる。今自分がいるのは広間の中央、周りには銃を持った敵兵、この距離では絶対に逃げられないし、そもそも倒れたままの比乃を置いて行くことなどできない。
メアリは覚悟を決めて、ポケットに入っている小さな筒に手を伸ばそうとした――その時、ニコラハムが想定していなかった声が割って入った。
『ニコラハム! 亡霊となっても、貴様は相変わらず卑怯で愚劣な男のままか!』
スピーカー越しの男の声が響いた。その声の元を探るように兵士たちは周囲を見渡す中、ニコラハムはハッとして、
「ジャック? そうか、カーテナの修復を終えていたか!」
その声の正体と音源を察したニコラハムが、メアリに拳銃を向けて発砲するよりも早く。
『その貴様の腐った性根、ここで叩き潰してくれる!』
工場の壁を突き破って、金色のAMWが飛び込んできた。それは光化学迷彩を解いたジャックの操るカーテナだった。比乃が懐に忍ばせていた通信機から中のやり取りを聞いていたジャックが、我慢ならんと突入をかけたのだ。作戦ではもう少し後で突入する手筈だったのだが、それが今は功を期した。
破片と土煙が舞い中にいた全員が思わず身を竦め、今度は入り口の方からサブマシンガンの発砲音と人が倒れる音。そして「二人とも大丈夫か!」という志度の声。ニコラハムの意識がそちらに行ったのを見計らって、メアリはポケットに隠していた物――比乃にもしもの時はと渡されていた、威力調整済みの閃光手榴弾を素早く取り出し、ニコラハム目掛けて投げつけた。
中はクリアリングで見た時よりも広く感じた。天井が高く、AMWくらいならば余裕で立って動けるだろう。
工場が稼働時は工作機械で埋まっていただろう空間は、今は広場になっていて、その中央付近に、ニコラハムが立っていた。その足元には、髪に隠れて表情は伺えないが、紫蘭が後ろ手に縛られた状態で倒れている。
比乃からしてみれば、その西洋人とは初対面だが、ニコラハムは比乃を見ると「こんなガキに邪魔されたのか」と忌々しげに呟く。
ニコラハムの他には、銃をこちらに構えているのが四人、二階に当たるタラップにも数人。比乃から見える範囲だけでも五人はいる。そして、比乃とメアリが入って来たと同時に、ドアの裏に居たもう二人の兵士が、比乃の背中に小銃の銃口を押し付けた。
「ようこそいらしてくださった、メアリー王女殿下、それに自衛官の日比野 比乃君。先日はよくも邪魔をしてくれた」
中に入った時に、隣に居たメアリが驚愕に目を見開いたのと、リーダーらしい西洋人が言った最後の一言で、比乃は目の前の男が、あの時赤いAMWに乗って居た機士だと気付いた。
ジャックから、ニコラハムのカーテナを確かに撃破したと聞いていたメアリは「まさか、まだ生きていたなんて」と漏らす。そして、しつこい汚れでも見るような目をニコラハムに向けた。
「どうして貴方がまだ生きているか、とは聞きません。むしろカーテナの搭乗者保護機能の性能を褒めたくなります」
「いや全く、あれは良い機体でしたがね。私は貴方と楽しく談義をするためにこんなことをしたのではないのですよ、取引です。貴方が大人しくこちらに来て下さるなら、この小娘をそちらにお返ししましょう。しかし、彼女はちょっと自分の足で歩けない様でしてね。日比野君、君も一緒にこちらに来て貰おうか……武器を捨ててからね」
後ろの兵士が「武器を捨てろ」と片言の日本語で言って、銃を押し当てる力を強くする。拒否権はない。比乃は懐からコンバットナイフと拳銃を取り出して、地面に放り捨てる。それでも背中の銃銃口は離されないので、これでいいかとばかりに両手を挙げた。
「結構、ではそのままこちらに歩いて来て貰おうか、その年齢でAMWに乗る様な聡明な子だ。変な気を起こしたらどうなるか、わかるだろうね?」
そう言って、ニコラハムは銃口を倒れたままの紫蘭に向ける。比乃はそれに対し何も言わず、代わりにメアリを連れて歩き始める。
相手はテロリストだ、このまま素直に取引が済むわけがない。なんとかしなくてはと比乃は思考を巡らせながら歩く。二人がニコラハムの前まであと五メートルと言った距離に近づいたところで、ニコラハムは突然、その銃口を比乃に向けた。
「おっと、そういえば君を無事に返すとは言ってなかった」
言って、比乃が反応するよりも早く、数発の銃弾が比乃の足元に着弾。その内の一発が、比較の脛に命中した。
銃弾を受けた比乃は「ぐっ」と呻いて倒れる。隣にいたメアリは、信じられない物を見る様な目で蹲る比乃とニコラハムを交互に見る。
「どこまで卑怯なんですか貴方は! 恥を知りなさい!」
「恥? そんな物全く感じていませんがね? 」
そう言って笑うニコラハム。彼は、目の前の自衛官を今すぐにでも殺したかったが、今は我慢することにしていた。前回、散々邪魔をしてくれた礼に、王女と令嬢を確保してからじわじわと嬲り殺しにするつもりで、態々狙い難い脚を撃ったのだ。
「ほら、お迎えが来たぞお嬢様」
メアリの言葉になんの感慨もないと言わんばかりの表情で、紫蘭の髪を掴んで持ち上げる。そして見えた彼女の有様に、メアリは息を飲んだ。顔は何度も殴打されたように青痣を作り、腫れ、口と鼻から血を流している。意識があるかどうかも定かではない。
そんな彼女の髪を左右に振って、ニコラハムはニヤニヤしながら口真似をする。
「何? 別に帰りたくない? あんな弱っちいやつのところには? だそうだ日比野君。彼女は君たちの所へは戻りたくないらしい。本人の意見を尊重して、二人とも連れていかせて貰う」
嗤う目の前の悪漢に、メアリは激昂して「卑怯者!」と叫ぶが、ニコラハムはそれを無視し、勝ち誇った顔で、拳銃を紫蘭の顔に向ける。
「賢いと言って貰いましょうかメアリー王女殿下? さ、大人しく友達と一緒に我々と来て貰うか……ここで二人とも揃って首だけになって英国に行くか、選んで頂きましょう」
メアリは視線を巡らせる。今自分がいるのは広間の中央、周りには銃を持った敵兵、この距離では絶対に逃げられないし、そもそも倒れたままの比乃を置いて行くことなどできない。
メアリは覚悟を決めて、ポケットに入っている小さな筒に手を伸ばそうとした――その時、ニコラハムが想定していなかった声が割って入った。
『ニコラハム! 亡霊となっても、貴様は相変わらず卑怯で愚劣な男のままか!』
スピーカー越しの男の声が響いた。その声の元を探るように兵士たちは周囲を見渡す中、ニコラハムはハッとして、
「ジャック? そうか、カーテナの修復を終えていたか!」
その声の正体と音源を察したニコラハムが、メアリに拳銃を向けて発砲するよりも早く。
『その貴様の腐った性根、ここで叩き潰してくれる!』
工場の壁を突き破って、金色のAMWが飛び込んできた。それは光化学迷彩を解いたジャックの操るカーテナだった。比乃が懐に忍ばせていた通信機から中のやり取りを聞いていたジャックが、我慢ならんと突入をかけたのだ。作戦ではもう少し後で突入する手筈だったのだが、それが今は功を期した。
破片と土煙が舞い中にいた全員が思わず身を竦め、今度は入り口の方からサブマシンガンの発砲音と人が倒れる音。そして「二人とも大丈夫か!」という志度の声。ニコラハムの意識がそちらに行ったのを見計らって、メアリはポケットに隠していた物――比乃にもしもの時はと渡されていた、威力調整済みの閃光手榴弾を素早く取り出し、ニコラハム目掛けて投げつけた。
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