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第九話「里帰りと米国からの来訪者について」

帰郷

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 色々あった春先から一月が経った。あれからも何だかんだと騒ぎがあったが、王女と財閥令嬢の拉致騒動に比べれば、どれもこれも小事。比較的平和な毎日だったと言える。

 そんな一ヶ月間を学生として謳歌していた陸上自衛隊第三師団機士科所属の三等陸曹。日比野 比乃は、自分の直属の上司にして師団の主である部隊長こと日野部一佐と、定時連絡という名の雑談に耽っていた。

 雑談と言っても、具体的にはここ一ヶ月ほどの近状報告である。これは月に一度必ず行うようにと部隊長から厳命されていた。三人の内の誰がやるとまでは決まっていなかったが、なんとなく、比乃がその役目を担うことになっていた。

「しかしですね部隊長、あまり不確かな情報で指示を出されても困るんですよ実際。なんですか知り合いが経営してる遊園地で爆弾騒ぎって、爆弾のばの字もなかったんですけど」

『あー、あいつは昔から心配性でなぁ、あんまり煩いわ可哀想になったりでしょうがなくな……でも楽しめただろ、生まれて初めての遊園地』

「そりゃあ……まぁ楽しかったですけど」

 ちらりと見た机の上には、その遊園地で買ったお土産の置物が鎮座していた。その隣には、ジェットコースターに乗ってはしゃぐ三人の写真が飾られていた。比乃は「ごほん」と誤魔化すように咳をして、

「でも最近は静かな物ですよ。王女と令嬢の周りも……学生としてのこと騒ぎというのは、度々ありますけど」

 その騒ぎとは、大体がクラスメイトにして、護衛対象である森羅財閥令嬢の森羅 紫蘭と、同じく護衛対象の、実は英国の王女であるメアリー三世による物だった。

 事が起こる度に、比乃はそれに巻き込まれて酷い目にあったり、尻拭いに走らされたり、と碌な目に遭っていない。
 それぞれ、ストッパーと呼べる存在はいるのだが、片方は大体騒ぎの中心その物だし、もう片方が面白そうに見ているだけで、てんで役に立たない。

 特に片方、メアリの連れのアイヴィー・ヴィッカースは騒ぎの際にメアリ側に加担する事があっても、抑止力になっていない節がある。それに加え、最近は渡した通信機を携帯がわりにして、比乃に長電話を掛けてくる。それに付き合わされる側としては、報告書(たまに始末書)を書く時間が削られるので、勘弁して欲しいと思っていた。

 なお、何故アイヴィーが自分に対してそんなアプローチをして来ているかは、比乃はまだよくわかっていない。

 そう言った愚痴に近い近状報告であったが、部隊長は楽しげに聞いていた。多少の波風があっても、比乃や志度、心視が普通の学生としてやっていけていることが嬉しいのである。学校での騒動の一部始終を聞いた時は、思わず笑ってしまった。

『まぁなんだ、楽しくやれてるみたいならよかった』

「楽しいと言えなくもないんですけどね?  僕達が巻き込まれなければ……最近は疲れが溜まってる感じがして……家事も大変なんですよ。志度と心視がようやくご飯の炊き方と洗濯機の回し方を覚えてくれたから、随分マシになりましたけど」

 少し前までは炊事洗濯掃除まで全て比乃が行い、その上で、護衛任務に就いて、更には第八師団に赴いてTkー7改のテストをして、加えて部隊長への報告書の作成までやっているのだ。そろそろ倒れるかもしれないなぁ、と、ここ最近の作業量の多さを思い返して、比乃は溜息を吐いた。

 それを聞いた部隊長は『家事疲れか……ふむ、ちょうど良いかもしれんな』と言って、続けた。

『比乃、これはちょっとした提案なんだが――』

 ***

 翌日の月曜日、学校の前ではざわざわと生徒達が騒いでいた。
 この学校は、構内に入るために学生証型のIDカードを改札口に通さないといけない。なので、朝の一定時間はかなり混み合うのだが、今朝はその混雑具合が普段より激しいのだ。

 並んでいる生徒の誰かが「おい何詰まってんだよ!」と文句を言うが、彼から十人ほど先。改札口の様子が見える位置の生徒は、ただ無言で待っていた。否、待たざるを得なかった。

 何故ならば、五つ並んでいる改札口には、黒と白の背広を着て、サングラスをかけた集団が、ぎゅうぎゅうに詰まって、入校許可を一人一人書いていたのだ。
 よく観察すれば、黒い服は東洋人で、白い服は西洋人だった。しかし、どちらも共通して言えることがあった。この怪しい奴らは、間違いなく二年A組の生徒の関係者である。

(ああ……また紫蘭とメアリかぁ……)

 二年A組のトラブルメイカーっぷりをすでに知っている生徒達は、全てを悟った。そして、大人しく白黒の団体がゲートを越えるのを待つことにしたのだった。
 この日以降、この集団が校内に入る時は、代表者のサインだけで済ますようにと特例が出されたのは、翌日のことである。


 朝のホームルーム前、今日は今日とて、紫蘭とメアリが言い争っていた。その内容は、今朝の騒動はどちらが悪いかということだ。勿論、どっちも悪いので議論は平行線を辿っている。

「だから、貴様が護衛なんぞ増やすからあんな騒ぎになったんだ!」

「あら、紫蘭さんこそ、あからさまに護衛のSPさん達の数が増えているではないですか」

 ちなみに件のスーツ集団の内、黒い服が森羅財閥所属のSP、白い服が義衛兵と近衛兵が扮した護衛である。
 彼らは今、校内の人目がつかない至る所――休憩所のベンチの裏、茂みの中、使われていない清掃ロッカーの中、屋根裏、屋上、その他の様々な所に潜んで、それぞれ自身の主を護衛していた。

 一般生徒からしてみると大概迷惑であったが、しばらく顔に包帯を巻いて登校してきた紫蘭の様子と、その紫蘭が掻い摘んで語った拉致事件の話を聞いて、一先ず「まぁ……しょうがいないか」と寛容に受け入れてしまっていた。

 そして、議論が終わらぬままホームルームを迎える。教室にやってきた教師が、簡単に連絡事項などを伝えて「お前ら一限目は数学だぞ、準備しとけ」と言い残して教室を出ようとした。その背中に、生徒の一人が質問した。

「せんせー、日比野君達はどうしたんですか?」

 そう、今日は比乃、心視、志度の三人は揃って欠席していた。紫蘭とメアリの騒ぎの抑止力として期待されている彼らがいないというのは、クラスメイトにとっては不安でしかないのだ。

 聞かれた教師は「あー」と都合が悪そうに頰を掻いて、

「あの三人は、なんでも身内の都合で沖縄に一度戻るそうだ。詳しくは聞いてない」

「え、先生も聞いてないんですか?」

 今度は学級委員の女子が声を上げる。教師は困った顔をして、

「だって、校長から直接そう言われて、それ以外は何も教えてくれんかったんだ……まぁ、森羅、アレクサンダ、余り騒ぐなよ」

 安全装置が不在となった教室から響く阿鼻叫喚を背に、教師は無情にも扉を閉めてしまうのだった。
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