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第十五話「第八師団と相棒達の活躍について」
第二の襲撃
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「さーてと」
小型の通信端末を懐にしまった男、アレースは、堂々と第八師団駐屯地の敷地内に踏み込んだ。普通なら、この時点で門に立っている守衛に止められる所だろうが、二人の守衛は何も言わない。というよりも、すでに何も言えなくされていた。
胸元に深々とナイフを刺された亡骸が地面に横たわり、非常回線に直結している受話器を取り上げようとした手だけが、虚しく壁に寄りかかっている。
だが、異常を察知した警備隊が駆けつけるのも時間の問題だろう。自衛隊とてそこまで間抜けではないし、人通りも車の往来も少ないとは言えど、死体を放置しておくにも限度がある。
それではいったいどうするのか……アレースは、入り口に止められていた一台の大型トレーラーに気付いて、小さく笑った。
「現地調達はテロリストの常套手段だよなぁ?」
アレースはトレーラーに音を立てずに駆け寄って、その運転席が無人であることを確認すると、荷台のシートの中へと潜り込んだ。起動キーの複製は、すでに用意してあった。
数分後、駆けつけた警備隊の目の前で、巨人が立ち上がった。
***
訓練を終えた第八教育隊の面々は、格納庫でせっせと清掃道具を動かしていた。座学を終えた彼女らは、午前中の模擬戦で撃破判定を受けたら、自分の機体についた泥と塗料を自分で落とすこと、と比乃に言い渡されてしまったのだ。
「何もこんなところまでスパルタにならなくてもいいのに……」
訓練生たちが愚痴りながらも、機体の足元についた泥をモップで拭い落とす。
鈴木は「くそっ落ちねぇぞこれ」とボディに傷が着きそうな勢いでブラシを擦り付け、斎藤はどこか上の空で――大方、先程の模擬戦のことを考えているのだろう――余り汚れていない自機の爪先にモップを乗っけている。菊池は今、水が入ったバケツをひっくり返して「ああっ?!」と悲鳴を上げた。
誰かが「そろそろいいんじゃない?」と言って、鈴木が結局落ちなかった頑固な汚れを前に「そうだな」とその言葉に同意したとき。すぐ近くから、鉄と鉄がぶつかり合ったような破壊音が鳴り響いた。
何の音だ? 全員が音のした方向。隣の第一格納庫……訓練機ではないTkー7が収まっているハンガーを思わず見た。直後、そちらにあった壁が、轟音を立てて崩れ落ちた。崩れ落ちた上には、頭部を失った白い塗装の通常仕様型のTkー7が倒れている。
「な、何々?!」
「模擬戦の続き?」
「そんなわけあるか!」
慌てて後ろに下がった彼女達の前に、立ち昇る土煙を遮るようにして、それは現れた。
既存のTkー7に鉄製のジャケットを着込ませた様な胴体。既存機よりも太く逞しい脚部。そして腕には、見慣れたスラッシャーの代わりに、ナイフシーンスが左右に三本ずつ生えていた。
ナイフはその両腕だけではない、よく見れば、ジャケットに見えたのは全て鞘だ。追加装甲のように、大量の高振動ナイフが取り付けられている。
新型の近接格闘用オプションを纏った機体。Tkー7改が、訓練生達を見下ろし、何を思ったか、そちらに歩き始めた。
そして、何事かと逃げ惑う訓練生達の群れに、無造作に振り抜いた投擲用のナイフを投げつけようとして――後ろから来たもう一機のTkー7、こちらは一般仕様の機体が、狂気に走ろうとしたTkー7改を羽交い締めにした。
よく見れば片腕しかないその機体が、訓練生に気付いて拡声器越しに声を上げた。
『お前たち早く逃げろ! こいつは――』
男性機士の声が、衝突音と共に途切れる。捕まっていた方のTkー7が、一瞬で肘鉄を背後の相手にぶちかまして拘束を剥がし、相手を回し蹴りで吹っ飛ばしたのだ。
『うおお?!』
強烈な反撃を受けて格納庫の外に飛び出したTk-7は、グラウンドの上に倒れた。狂気の塊と化した機体が歩みよって行く。とどめを刺す気だ。なんとか起き上がったTk-7が、片腕で構えを取るが、分が悪いのは明らかだ。
「と、止めなきゃあの人やられちゃうよ」
「止めなきゃってどうやって?!」
「そりゃあ……でもでも、三曹殿が言ってたよ。逃げ時と逃げちゃいけない時を見極めろって!」
「逃げる時だろ今は……」
「でもでも!」
「待って、もしかしたら……いけるかもしれないわ」
呟くように言った斎藤に、菊池の肩を掴んでぐわんぐわん揺らしていた鈴木が「正気か?」とそちらを見て聞く。斎藤はその目を見つめ返して言った。
「相手は見た限りあの一人だけ……私達、何人居る?」
訓練生の面々が見上げた先には、自分達が今し方磨き上げた橙色のTkー7が、ここにいる人数分並んでいた。整備状況は万全である。「だけどよ」となおも渋る鈴木の腕を取って、その場で最年少の少女が叫んだ。
「みんなで戦えば、怖くない!」
菊池の掛け声に、その場に居た全員が応えるように頷く。搭乗――
***
片腕を失ってもなお抵抗する自衛隊機のもう片腕を斬り飛ばして、地べたに倒れ込んだ胴体を踏みつけた。その機体の中、アレースは嘲るように笑っていた。この駐屯地の正規部隊が出て行くのが想定より早かった以外は、自分でも驚くほど順調である。
オーケアノスの言ったおまけとは即ち、駐屯地への攻撃であった。その理由は至極単純に、これ以上現場に援軍を出させないためである。が、半分くらいはアレース個人の欲求不満解消である。不意打ちで一機を、そして今こうしてもう一機を撃破せんとするこの男は、心底楽しんで居た。
「おいおい、こっちは無調整の新品だぜ? なのに案外いけるじゃねぇか……いやぁ、こいつらが弱過ぎるのか」
自問自答して更に愉快げに笑う。テストの為に搬入されて来たTkー7改――近接格闘戦仕様のオプションが施されたそれは、完全にまっさらな状態でトレーラーに横たわって居た。そう“機士認識すら”、行われていなかったのだ。何の処置も施されていなかった無菌培養の機体だった。
このようなことになっていなければ、それこそ今頃、それらを含めた各種作業が行われていたはずだったのだが、タイミングが悪すぎた。いや、タイミング以前に、アレースにその情報を掴まれていた時点で、この強奪は防ぎようがなかったのかもしれない。
何はともあれ、アレースは自衛隊側の致命的な失態に便乗して、暴れる手段を得た。初めて乗る上に未調整の機体を見事に操って、こうして破壊の限りを尽くしている。すでに第一格納庫に収容されていた機体は、今、足元で足蹴にされている機体を残して全滅している。
そして今、その最後の一機のコクピットブロックに高振動ナイフを叩きつけようと腕を振り上げた、そのとき。
『ちょっと待ったー!!』
間の抜けた、場違いな叫び声と共に、橙色の機体が突進してきた。肩から体当たりを食らわせるという不意打ちを受けて、アレースの機体が数メートルほど転がった。それでもすぐに受け身を取って立ち上がったTk-7改の前に、橙色の練習機がずらりと並んだ。
『ここからは私達、第八教育隊が相手よ!』
小型の通信端末を懐にしまった男、アレースは、堂々と第八師団駐屯地の敷地内に踏み込んだ。普通なら、この時点で門に立っている守衛に止められる所だろうが、二人の守衛は何も言わない。というよりも、すでに何も言えなくされていた。
胸元に深々とナイフを刺された亡骸が地面に横たわり、非常回線に直結している受話器を取り上げようとした手だけが、虚しく壁に寄りかかっている。
だが、異常を察知した警備隊が駆けつけるのも時間の問題だろう。自衛隊とてそこまで間抜けではないし、人通りも車の往来も少ないとは言えど、死体を放置しておくにも限度がある。
それではいったいどうするのか……アレースは、入り口に止められていた一台の大型トレーラーに気付いて、小さく笑った。
「現地調達はテロリストの常套手段だよなぁ?」
アレースはトレーラーに音を立てずに駆け寄って、その運転席が無人であることを確認すると、荷台のシートの中へと潜り込んだ。起動キーの複製は、すでに用意してあった。
数分後、駆けつけた警備隊の目の前で、巨人が立ち上がった。
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訓練を終えた第八教育隊の面々は、格納庫でせっせと清掃道具を動かしていた。座学を終えた彼女らは、午前中の模擬戦で撃破判定を受けたら、自分の機体についた泥と塗料を自分で落とすこと、と比乃に言い渡されてしまったのだ。
「何もこんなところまでスパルタにならなくてもいいのに……」
訓練生たちが愚痴りながらも、機体の足元についた泥をモップで拭い落とす。
鈴木は「くそっ落ちねぇぞこれ」とボディに傷が着きそうな勢いでブラシを擦り付け、斎藤はどこか上の空で――大方、先程の模擬戦のことを考えているのだろう――余り汚れていない自機の爪先にモップを乗っけている。菊池は今、水が入ったバケツをひっくり返して「ああっ?!」と悲鳴を上げた。
誰かが「そろそろいいんじゃない?」と言って、鈴木が結局落ちなかった頑固な汚れを前に「そうだな」とその言葉に同意したとき。すぐ近くから、鉄と鉄がぶつかり合ったような破壊音が鳴り響いた。
何の音だ? 全員が音のした方向。隣の第一格納庫……訓練機ではないTkー7が収まっているハンガーを思わず見た。直後、そちらにあった壁が、轟音を立てて崩れ落ちた。崩れ落ちた上には、頭部を失った白い塗装の通常仕様型のTkー7が倒れている。
「な、何々?!」
「模擬戦の続き?」
「そんなわけあるか!」
慌てて後ろに下がった彼女達の前に、立ち昇る土煙を遮るようにして、それは現れた。
既存のTkー7に鉄製のジャケットを着込ませた様な胴体。既存機よりも太く逞しい脚部。そして腕には、見慣れたスラッシャーの代わりに、ナイフシーンスが左右に三本ずつ生えていた。
ナイフはその両腕だけではない、よく見れば、ジャケットに見えたのは全て鞘だ。追加装甲のように、大量の高振動ナイフが取り付けられている。
新型の近接格闘用オプションを纏った機体。Tkー7改が、訓練生達を見下ろし、何を思ったか、そちらに歩き始めた。
そして、何事かと逃げ惑う訓練生達の群れに、無造作に振り抜いた投擲用のナイフを投げつけようとして――後ろから来たもう一機のTkー7、こちらは一般仕様の機体が、狂気に走ろうとしたTkー7改を羽交い締めにした。
よく見れば片腕しかないその機体が、訓練生に気付いて拡声器越しに声を上げた。
『お前たち早く逃げろ! こいつは――』
男性機士の声が、衝突音と共に途切れる。捕まっていた方のTkー7が、一瞬で肘鉄を背後の相手にぶちかまして拘束を剥がし、相手を回し蹴りで吹っ飛ばしたのだ。
『うおお?!』
強烈な反撃を受けて格納庫の外に飛び出したTk-7は、グラウンドの上に倒れた。狂気の塊と化した機体が歩みよって行く。とどめを刺す気だ。なんとか起き上がったTk-7が、片腕で構えを取るが、分が悪いのは明らかだ。
「と、止めなきゃあの人やられちゃうよ」
「止めなきゃってどうやって?!」
「そりゃあ……でもでも、三曹殿が言ってたよ。逃げ時と逃げちゃいけない時を見極めろって!」
「逃げる時だろ今は……」
「でもでも!」
「待って、もしかしたら……いけるかもしれないわ」
呟くように言った斎藤に、菊池の肩を掴んでぐわんぐわん揺らしていた鈴木が「正気か?」とそちらを見て聞く。斎藤はその目を見つめ返して言った。
「相手は見た限りあの一人だけ……私達、何人居る?」
訓練生の面々が見上げた先には、自分達が今し方磨き上げた橙色のTkー7が、ここにいる人数分並んでいた。整備状況は万全である。「だけどよ」となおも渋る鈴木の腕を取って、その場で最年少の少女が叫んだ。
「みんなで戦えば、怖くない!」
菊池の掛け声に、その場に居た全員が応えるように頷く。搭乗――
***
片腕を失ってもなお抵抗する自衛隊機のもう片腕を斬り飛ばして、地べたに倒れ込んだ胴体を踏みつけた。その機体の中、アレースは嘲るように笑っていた。この駐屯地の正規部隊が出て行くのが想定より早かった以外は、自分でも驚くほど順調である。
オーケアノスの言ったおまけとは即ち、駐屯地への攻撃であった。その理由は至極単純に、これ以上現場に援軍を出させないためである。が、半分くらいはアレース個人の欲求不満解消である。不意打ちで一機を、そして今こうしてもう一機を撃破せんとするこの男は、心底楽しんで居た。
「おいおい、こっちは無調整の新品だぜ? なのに案外いけるじゃねぇか……いやぁ、こいつらが弱過ぎるのか」
自問自答して更に愉快げに笑う。テストの為に搬入されて来たTkー7改――近接格闘戦仕様のオプションが施されたそれは、完全にまっさらな状態でトレーラーに横たわって居た。そう“機士認識すら”、行われていなかったのだ。何の処置も施されていなかった無菌培養の機体だった。
このようなことになっていなければ、それこそ今頃、それらを含めた各種作業が行われていたはずだったのだが、タイミングが悪すぎた。いや、タイミング以前に、アレースにその情報を掴まれていた時点で、この強奪は防ぎようがなかったのかもしれない。
何はともあれ、アレースは自衛隊側の致命的な失態に便乗して、暴れる手段を得た。初めて乗る上に未調整の機体を見事に操って、こうして破壊の限りを尽くしている。すでに第一格納庫に収容されていた機体は、今、足元で足蹴にされている機体を残して全滅している。
そして今、その最後の一機のコクピットブロックに高振動ナイフを叩きつけようと腕を振り上げた、そのとき。
『ちょっと待ったー!!』
間の抜けた、場違いな叫び声と共に、橙色の機体が突進してきた。肩から体当たりを食らわせるという不意打ちを受けて、アレースの機体が数メートルほど転がった。それでもすぐに受け身を取って立ち上がったTk-7改の前に、橙色の練習機がずらりと並んだ。
『ここからは私達、第八教育隊が相手よ!』
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