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第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」
後輩と恋文
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「旗本 花美……一年生か」
便箋に書かれた名前を見た晃が、焼きそばパンを一口齧ってから言った。
あの後、すっきりした顔で合流してきた志度と心視、奇跡的に怪我一つ無かった森羅とメアリ、何故かボロボロの晃。そして、そんな騒動など露知らずに学食で怪しいパンを買ってきたアイヴィーを含めた大所帯で屋上の片隅を占領し、思い思いに昼食を取り始めていた。
「ふっ、ひびのんも色を知る歳か……私も歳をとったものだ……」
「君と一つ違いだよ僕。それにしてもどうしようかこれ」
「中身は読んだのか?」
晃に聞かれ、比乃は「そりゃあ読んだけど」と言ってから、少し悩ましげな声で繰り返した。
「読んだけど……」
「けど?」
便箋を受け取った比乃は、ピンク色の可愛らしい封筒から中身を取り出して、もう一度読んでみる。その内容を要約すると、
「一目惚れしました。付き合ってくださいって、初対面の人に言われてもなぁ……正直、困るって言うか」
比乃は困り顔で言った。いくら相手が可愛らしい後輩と言え、話したこともない相手と「それじゃあ、付き合おっか!」と軽々しく返事するほど、比乃はおちゃらけていない。むしろ、本人的には、こういった相手というのは、よく知った人物が良いというのが、本音であった。
その本音を二人に説明してから、比乃はまた「どうしたものか……」と手紙を何度もひっくり返して悩み始める。
「そりゃあまぁ、そうだな」
「なんともひびのんらしい」
それを聞いた二人はうんうんと、真面目な彼らしい言葉に同意するように頷いた。比乃は手紙をひらひら振って、
「それにしたってさ、普通こういう役回りって晃とか志度じゃない? 」
確かに、晃は明るく面倒見の良い性格に整ったシャープな容貌と、クラスの人気者として申し分ない美少年である。志度の方は、白髪に赤い瞳と悪目立ちする点はあるが、それでもティーンモデルにでもなれそうな容姿をした、可愛い系イケメンである。
比乃は、惚れるならそっちの方が自然だと考えているのだ。
「彼女と会ったこともないしなぁ……普通、一目惚れとかするならそっちだろうに、どうして一番地味な僕なんか……」
そう言うと腕を組んで、どう断るか考え込み始めた比乃。その容姿を、森羅と晃はじっと観察する。
薄っすらと健康的に日焼けした、それなりに端正な、どちらかと言えば中性的とも言える、あどけなさが似合う顔立ち。服に隠れているが、首筋から覗く無駄なく鍛え上げられた身体。その小さい体躯とは裏腹に、猛獣二匹(志度と心視)を冷静に従えてみせる、真面目で大人っぽい性格。
「ん、どうしたの二人とも」
「いやぁ……」
「見る人は見てるよなぁって」
「うん? それより、晃だってもらったことあるでしょ恋文くらい、上手い断り方とかないの?」
「いや、俺は貰ったことないぞ。だから力にはなってやれそうにないな、悪い」
「意外だなぁ、晃みたいなタイプはモテてモテて仕方ないと思ってたけど」
「お前は人をなんだと思ってるんだ……」
「イケメンリア充」
本心から意外そうに話す比乃と、隣にいる晃に聞こえないようにボソッと森羅が呟く。
「……私が秘密裏に処理しているからな」
「なんか言ったか紫蘭?」
「いいや、何も」
そんなやり取りをしている三人の後ろで、動揺を隠せないでいるグループが二つあった。自衛官組とイギリス組である。
今回、生まれて初めてラブレターと言うものを受け取った比乃と五年以上共に暮らしている志度と心視は、先程から箸をかたかた鳴らし、食事が全く進んでいなかった。手元の弁当に視線を落とした状態で震えている。
「どどどどどどうしよう比乃にかかかかか彼女」
「おおお落ち着け心視、こういう時に慌てたら負けって剛さんがががが」
俯いて冷や汗をダラダラ流す様相は、側から見ても異常な程に動揺していることが丸わかりであった。比乃が交際を断ろうとしていることには、まったく気付いていないようである。落ち着けと言われて深呼吸をした心視が、震える手で鞄に手を伸ばした。
「と、と、とりあえず………………射殺」
「ま、待て、流石に学校で殺るのは不味い、だからそれ鞄に戻せ」
慌てた様子の志度に腕を抑えられたりしている。周りが一切見えていない様子であった。
一方、イギリス組、というよりも主にアイヴィーだが、自衛官兼幼馴染二人ほどではないものの、少なからず動揺しているようだった。食事をする手を止めて俯いている。
「どうしようメアリ……私、もっとアピールした方がよかったのかな……」
普段から明るい彼女に似合わず、しょぼくれて、赤毛の先をくるくると指に絡ませながら、落ち込んだ様子を見せる。そんな親友に、王女は静かに、言い聞かせるような口調で言う。
「いいえ、ここで引いてはいけませんよアイヴィー。勝負は自分が不利な逆境の時ほど頑張らないといけないのです」
王女であり親友であるメアリの言葉に、アイヴィーはハッとした表情で顔を上げる。そこには聖母のような慈悲深い笑みを浮かべて、親友の恋路を応援する親友の姿があった。二人はひしっと抱き合う。
「……メアリ、私、もっと頑張ってみる!」
「頑張って、アイヴィー!」
「具体的には電話でもっと長く話してみる!」
「もうちょっと頑張りましょうアイヴィー!」
なんてことを各グループで言ってたりするのを、先程から悩みが頂点に達したのか、遂に頭を抱え出した比乃は聞いていなかった。森羅と晃は、顔を見合わせる。
「ひびのんって」
「案外モテるんだなぁ」
「うーんいっそ率直に付き合えないって言えばあーでもそうすると相手が傷付きかねないしでもずるずる引き延ばすなんて以ての外だしだけどだけどうーんうーん……」
生を受けてこの方、自衛官として培って来た技術が一切通用しない、初めて直面する事態と求められる対処に、比乃の頭はパンク寸前になっていた。
ちなみに、手紙に記された返事をしなければならない時刻は明日の昼休み。校舎裏で待ち合わせである。
便箋に書かれた名前を見た晃が、焼きそばパンを一口齧ってから言った。
あの後、すっきりした顔で合流してきた志度と心視、奇跡的に怪我一つ無かった森羅とメアリ、何故かボロボロの晃。そして、そんな騒動など露知らずに学食で怪しいパンを買ってきたアイヴィーを含めた大所帯で屋上の片隅を占領し、思い思いに昼食を取り始めていた。
「ふっ、ひびのんも色を知る歳か……私も歳をとったものだ……」
「君と一つ違いだよ僕。それにしてもどうしようかこれ」
「中身は読んだのか?」
晃に聞かれ、比乃は「そりゃあ読んだけど」と言ってから、少し悩ましげな声で繰り返した。
「読んだけど……」
「けど?」
便箋を受け取った比乃は、ピンク色の可愛らしい封筒から中身を取り出して、もう一度読んでみる。その内容を要約すると、
「一目惚れしました。付き合ってくださいって、初対面の人に言われてもなぁ……正直、困るって言うか」
比乃は困り顔で言った。いくら相手が可愛らしい後輩と言え、話したこともない相手と「それじゃあ、付き合おっか!」と軽々しく返事するほど、比乃はおちゃらけていない。むしろ、本人的には、こういった相手というのは、よく知った人物が良いというのが、本音であった。
その本音を二人に説明してから、比乃はまた「どうしたものか……」と手紙を何度もひっくり返して悩み始める。
「そりゃあまぁ、そうだな」
「なんともひびのんらしい」
それを聞いた二人はうんうんと、真面目な彼らしい言葉に同意するように頷いた。比乃は手紙をひらひら振って、
「それにしたってさ、普通こういう役回りって晃とか志度じゃない? 」
確かに、晃は明るく面倒見の良い性格に整ったシャープな容貌と、クラスの人気者として申し分ない美少年である。志度の方は、白髪に赤い瞳と悪目立ちする点はあるが、それでもティーンモデルにでもなれそうな容姿をした、可愛い系イケメンである。
比乃は、惚れるならそっちの方が自然だと考えているのだ。
「彼女と会ったこともないしなぁ……普通、一目惚れとかするならそっちだろうに、どうして一番地味な僕なんか……」
そう言うと腕を組んで、どう断るか考え込み始めた比乃。その容姿を、森羅と晃はじっと観察する。
薄っすらと健康的に日焼けした、それなりに端正な、どちらかと言えば中性的とも言える、あどけなさが似合う顔立ち。服に隠れているが、首筋から覗く無駄なく鍛え上げられた身体。その小さい体躯とは裏腹に、猛獣二匹(志度と心視)を冷静に従えてみせる、真面目で大人っぽい性格。
「ん、どうしたの二人とも」
「いやぁ……」
「見る人は見てるよなぁって」
「うん? それより、晃だってもらったことあるでしょ恋文くらい、上手い断り方とかないの?」
「いや、俺は貰ったことないぞ。だから力にはなってやれそうにないな、悪い」
「意外だなぁ、晃みたいなタイプはモテてモテて仕方ないと思ってたけど」
「お前は人をなんだと思ってるんだ……」
「イケメンリア充」
本心から意外そうに話す比乃と、隣にいる晃に聞こえないようにボソッと森羅が呟く。
「……私が秘密裏に処理しているからな」
「なんか言ったか紫蘭?」
「いいや、何も」
そんなやり取りをしている三人の後ろで、動揺を隠せないでいるグループが二つあった。自衛官組とイギリス組である。
今回、生まれて初めてラブレターと言うものを受け取った比乃と五年以上共に暮らしている志度と心視は、先程から箸をかたかた鳴らし、食事が全く進んでいなかった。手元の弁当に視線を落とした状態で震えている。
「どどどどどどうしよう比乃にかかかかか彼女」
「おおお落ち着け心視、こういう時に慌てたら負けって剛さんがががが」
俯いて冷や汗をダラダラ流す様相は、側から見ても異常な程に動揺していることが丸わかりであった。比乃が交際を断ろうとしていることには、まったく気付いていないようである。落ち着けと言われて深呼吸をした心視が、震える手で鞄に手を伸ばした。
「と、と、とりあえず………………射殺」
「ま、待て、流石に学校で殺るのは不味い、だからそれ鞄に戻せ」
慌てた様子の志度に腕を抑えられたりしている。周りが一切見えていない様子であった。
一方、イギリス組、というよりも主にアイヴィーだが、自衛官兼幼馴染二人ほどではないものの、少なからず動揺しているようだった。食事をする手を止めて俯いている。
「どうしようメアリ……私、もっとアピールした方がよかったのかな……」
普段から明るい彼女に似合わず、しょぼくれて、赤毛の先をくるくると指に絡ませながら、落ち込んだ様子を見せる。そんな親友に、王女は静かに、言い聞かせるような口調で言う。
「いいえ、ここで引いてはいけませんよアイヴィー。勝負は自分が不利な逆境の時ほど頑張らないといけないのです」
王女であり親友であるメアリの言葉に、アイヴィーはハッとした表情で顔を上げる。そこには聖母のような慈悲深い笑みを浮かべて、親友の恋路を応援する親友の姿があった。二人はひしっと抱き合う。
「……メアリ、私、もっと頑張ってみる!」
「頑張って、アイヴィー!」
「具体的には電話でもっと長く話してみる!」
「もうちょっと頑張りましょうアイヴィー!」
なんてことを各グループで言ってたりするのを、先程から悩みが頂点に達したのか、遂に頭を抱え出した比乃は聞いていなかった。森羅と晃は、顔を見合わせる。
「ひびのんって」
「案外モテるんだなぁ」
「うーんいっそ率直に付き合えないって言えばあーでもそうすると相手が傷付きかねないしでもずるずる引き延ばすなんて以ての外だしだけどだけどうーんうーん……」
生を受けてこの方、自衛官として培って来た技術が一切通用しない、初めて直面する事態と求められる対処に、比乃の頭はパンク寸前になっていた。
ちなみに、手紙に記された返事をしなければならない時刻は明日の昼休み。校舎裏で待ち合わせである。
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