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第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」
平時の訓練模様
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放課後。今比乃がいるのは、学校ではなく第八師団駐屯地である。
この駐屯地の頭である高橋一佐に頼まれ、元々の予定であった二週間を過ぎてからも、訓練生を相手に教鞭を振るっていた。学業を終えてから時間が取れる時に、ローテーションで訓練の続きを行なっているのだ。今日は比乃と心視が教官を担当、志度はメアリの護衛任務に付いている。
そんなこんなで、今日の訓練の途中、休憩時間の時であった。
「えーっ、三曹殿、ラブレターもらったんですかぁ?!」
そう叫んだのは、比乃の教え子の一人である菊池二士だった。その後ろにいる鈴木二士と斎藤二士も、驚いて目をまん丸くしている。
「そんなに意外ですかね、僕がそういうの貰うの」
「え、いや、そういう意味ではなくてですね!」
「今時紙のラブレターって言うのも珍しいなって」
「思っただけなんですよ!」
彼女らが慌てて取り繕うように言うと、比乃は確かに、と納得した様子で頷く。本当は前者の意味で驚いていた三人はほっと密かに胸を撫で下ろした。
学校での比乃を知らない彼女たちからすれば、彼は地獄からの使者、鬼教官である。「確かに見た目は悪くないけど、どこに惚れたんだろう」と本気で不思議がっている。
恩師ではあるが、そういう目で見るには怖すぎるし、同時に実年齢的に幼過ぎる。教官でなければ、ただのコスプレした中学生にしか見えない。しかし、その中身はきっちりと鬼教官である。比乃は「ま、僕の青春話は置いといて」と言って、クリップボードに貼られた用紙に目を落とす。
「なんですかさっきの訓練の動きは、受信値指数も低くなってますし、集中できていないのでは、三人共」
「うっ!」
訓練中、ボケっとしていて一本背負いを食らった菊井が気まずそうに声を漏らす。
胴体正面の装甲にウレタンナイフでばってんを書かれた鈴木はそっぽを向き。
攻撃の受け流された挙句バックドロップを食らった斎藤はしょんぼりと肩を落とした。
「全く……指導できる時間が減ったからと言って、その分腑抜けられては困るんですけどね。そもそもーー」
以後延々と十分ほど、Tk-7の柔軟性だとか、AMWの操縦の基本だとか、真空飛び膝蹴りをTk-7でやるコツだとか、しかも脳波コントロールできるだとか、最近の高校生は落ち着きがないだとか、そう言った説教を続けてから、比乃は締めくくった。
「わかりましたね?」
「「「はい……」」」
「それでは事後の行動を示します。各自、乗機にてグラウンドに集合してください。五分後、もう一セット組手をやって、今日は終わりにしましょう」
そう言って、比乃はさっさと自分の借り物Tk-7の方へと駆け足で向かって行ってしまった。その後ろ姿を見送ってから、三人は口々に文句を言い始めた。
「ほんともう、三曹殿って容赦ないんだから」
「訓練つけてくれるのは有難いが、ちょっと厳しいよなぁ……よく、あれに惚れた女が居たもんだ」
「……惚れたと言えば、浅野三曹、今日ずっと機嫌悪そうだったわよね」
「そういえば、やっぱ好きなのかな? 職場恋愛なのかな?!」
恋愛方向の話で菊池がヒートアップしそうになるが、鈴木と斎藤は「いや、それよりも」と言って、開けっ放しの格納庫から見えるグラウンドの片隅、射撃場の方を見遣って、
「あんな容姿で地味に厳しい浅野三曹が機嫌悪いとなると……」
「狙撃チーム、生きてるかしら……」
心配そうに告げる後ろで、比乃の乗ったTk-7が動き出したのに気付いて、三人は慌てて自分達の乗機に向かって駆け出した。今は他人の心配よりも自分の心配である。あちらの無事はもはや祈る他なかった。
なお、訓練の結果は言うまでもなく、比乃の一人勝ちであった。罰は恒例の機体磨き。
AMWチームからそんな心配をされているとは知らない、狙撃チームと呼称される心視担当の四人は、一列に並んだ状態で気を付けの姿勢のまま、口を一文字にして動けないでいた。
「……一発外したら……グラウンド十周」
そんな学校の部活動みたいな罰を言いながら、心視はお手本とばかりに狙撃銃を構える。そして、その銃口の遥か六百メートル先にあるターゲットの頭部分を吹き飛ばした。
たかがグラウンド十周と言うかもしれないが、この駐屯地に併設されているグラウンドは中央でAMWが取っ組み合いをしても問題ない広さを誇っているのである。その全周距離や、並みの長さではない。地味に嫌な罰だった。
「時間切れになったら……明日に持越し……」
淡々と言いながら、また隣の標的の頭の印に弾丸を叩き込む。側から聞いていると、いつもと同じ口調に感じるが、解る人、例えばここに志度が居たならば「うっわ、機嫌悪っ」と慄いていただろう。そんな話し方であった。
訓練生の四人も、細かいニュアンスは解らなくとも、目の前の小さい教官が、どこか殺気立っているのには気付いていた。なので、誰も発言出来ずにいた。何か、不機嫌が具現化したようなオーラを纏っているのだ。端的に言って怖い。
そんな嫌な上司状態になっている心視は、物静かで落ち着いて見える佇まいとは裏腹に、心中穏やかではなかった。
思い人が、赤の他人から恋文を貰うというのは、恋する乙女にとって、それだけ衝撃的なことなのだ。見知りもしない、姿形も確かではない泥棒猫の姿を、人型のターゲットに重ね合わせて、トリガーを引く。三つ目のターゲットが、首の部分に弾丸を受けて、頭部を高く飛ばした。
「それじゃあ……やって」
最後に四個目のターゲットの頭も綺麗に吹っ飛ばした心視が「ん」とM24狙撃銃を訓練生の一人に渡して、双眼鏡を構える。練生は有無を言わさぬ心視を前に、がちがちになりながらも狙撃銃を構えて、スコープを覗く。
覗いてから数秒、間を開けて、訓練生は気不味そうな声で「あの、教官」と銃を構えたまま挙手をした。
「……なに」
「その、ターゲットの頭が、全部無くなってしまっているのですが……」
「………………」
長い沈黙の後、心視は双眼鏡で確認する。訓練生が言う通り、設置されているマンターゲット四つ、全ての頭部が綺麗に無くなって居た。自分が撃ち抜いたのである。
「……今日の訓練は、ここまで」
「え、あの我々まだ一発も撃ってないんですけど」
訓練生の遠回しな抗議をスルーして、心視はさっさと歩き出してしまった。
「終わりったら、終わり……」
「きょ、教官? きょうかーん!」
なおこの後、訓練を勝手に切り上げるとは何事かなどと、比乃にみっちり怒られたのは言うまでもなかった。が、その顔は少し嬉し気であった。思い人に構ってもらえるのは嬉しいのである。
この駐屯地の頭である高橋一佐に頼まれ、元々の予定であった二週間を過ぎてからも、訓練生を相手に教鞭を振るっていた。学業を終えてから時間が取れる時に、ローテーションで訓練の続きを行なっているのだ。今日は比乃と心視が教官を担当、志度はメアリの護衛任務に付いている。
そんなこんなで、今日の訓練の途中、休憩時間の時であった。
「えーっ、三曹殿、ラブレターもらったんですかぁ?!」
そう叫んだのは、比乃の教え子の一人である菊池二士だった。その後ろにいる鈴木二士と斎藤二士も、驚いて目をまん丸くしている。
「そんなに意外ですかね、僕がそういうの貰うの」
「え、いや、そういう意味ではなくてですね!」
「今時紙のラブレターって言うのも珍しいなって」
「思っただけなんですよ!」
彼女らが慌てて取り繕うように言うと、比乃は確かに、と納得した様子で頷く。本当は前者の意味で驚いていた三人はほっと密かに胸を撫で下ろした。
学校での比乃を知らない彼女たちからすれば、彼は地獄からの使者、鬼教官である。「確かに見た目は悪くないけど、どこに惚れたんだろう」と本気で不思議がっている。
恩師ではあるが、そういう目で見るには怖すぎるし、同時に実年齢的に幼過ぎる。教官でなければ、ただのコスプレした中学生にしか見えない。しかし、その中身はきっちりと鬼教官である。比乃は「ま、僕の青春話は置いといて」と言って、クリップボードに貼られた用紙に目を落とす。
「なんですかさっきの訓練の動きは、受信値指数も低くなってますし、集中できていないのでは、三人共」
「うっ!」
訓練中、ボケっとしていて一本背負いを食らった菊井が気まずそうに声を漏らす。
胴体正面の装甲にウレタンナイフでばってんを書かれた鈴木はそっぽを向き。
攻撃の受け流された挙句バックドロップを食らった斎藤はしょんぼりと肩を落とした。
「全く……指導できる時間が減ったからと言って、その分腑抜けられては困るんですけどね。そもそもーー」
以後延々と十分ほど、Tk-7の柔軟性だとか、AMWの操縦の基本だとか、真空飛び膝蹴りをTk-7でやるコツだとか、しかも脳波コントロールできるだとか、最近の高校生は落ち着きがないだとか、そう言った説教を続けてから、比乃は締めくくった。
「わかりましたね?」
「「「はい……」」」
「それでは事後の行動を示します。各自、乗機にてグラウンドに集合してください。五分後、もう一セット組手をやって、今日は終わりにしましょう」
そう言って、比乃はさっさと自分の借り物Tk-7の方へと駆け足で向かって行ってしまった。その後ろ姿を見送ってから、三人は口々に文句を言い始めた。
「ほんともう、三曹殿って容赦ないんだから」
「訓練つけてくれるのは有難いが、ちょっと厳しいよなぁ……よく、あれに惚れた女が居たもんだ」
「……惚れたと言えば、浅野三曹、今日ずっと機嫌悪そうだったわよね」
「そういえば、やっぱ好きなのかな? 職場恋愛なのかな?!」
恋愛方向の話で菊池がヒートアップしそうになるが、鈴木と斎藤は「いや、それよりも」と言って、開けっ放しの格納庫から見えるグラウンドの片隅、射撃場の方を見遣って、
「あんな容姿で地味に厳しい浅野三曹が機嫌悪いとなると……」
「狙撃チーム、生きてるかしら……」
心配そうに告げる後ろで、比乃の乗ったTk-7が動き出したのに気付いて、三人は慌てて自分達の乗機に向かって駆け出した。今は他人の心配よりも自分の心配である。あちらの無事はもはや祈る他なかった。
なお、訓練の結果は言うまでもなく、比乃の一人勝ちであった。罰は恒例の機体磨き。
AMWチームからそんな心配をされているとは知らない、狙撃チームと呼称される心視担当の四人は、一列に並んだ状態で気を付けの姿勢のまま、口を一文字にして動けないでいた。
「……一発外したら……グラウンド十周」
そんな学校の部活動みたいな罰を言いながら、心視はお手本とばかりに狙撃銃を構える。そして、その銃口の遥か六百メートル先にあるターゲットの頭部分を吹き飛ばした。
たかがグラウンド十周と言うかもしれないが、この駐屯地に併設されているグラウンドは中央でAMWが取っ組み合いをしても問題ない広さを誇っているのである。その全周距離や、並みの長さではない。地味に嫌な罰だった。
「時間切れになったら……明日に持越し……」
淡々と言いながら、また隣の標的の頭の印に弾丸を叩き込む。側から聞いていると、いつもと同じ口調に感じるが、解る人、例えばここに志度が居たならば「うっわ、機嫌悪っ」と慄いていただろう。そんな話し方であった。
訓練生の四人も、細かいニュアンスは解らなくとも、目の前の小さい教官が、どこか殺気立っているのには気付いていた。なので、誰も発言出来ずにいた。何か、不機嫌が具現化したようなオーラを纏っているのだ。端的に言って怖い。
そんな嫌な上司状態になっている心視は、物静かで落ち着いて見える佇まいとは裏腹に、心中穏やかではなかった。
思い人が、赤の他人から恋文を貰うというのは、恋する乙女にとって、それだけ衝撃的なことなのだ。見知りもしない、姿形も確かではない泥棒猫の姿を、人型のターゲットに重ね合わせて、トリガーを引く。三つ目のターゲットが、首の部分に弾丸を受けて、頭部を高く飛ばした。
「それじゃあ……やって」
最後に四個目のターゲットの頭も綺麗に吹っ飛ばした心視が「ん」とM24狙撃銃を訓練生の一人に渡して、双眼鏡を構える。練生は有無を言わさぬ心視を前に、がちがちになりながらも狙撃銃を構えて、スコープを覗く。
覗いてから数秒、間を開けて、訓練生は気不味そうな声で「あの、教官」と銃を構えたまま挙手をした。
「……なに」
「その、ターゲットの頭が、全部無くなってしまっているのですが……」
「………………」
長い沈黙の後、心視は双眼鏡で確認する。訓練生が言う通り、設置されているマンターゲット四つ、全ての頭部が綺麗に無くなって居た。自分が撃ち抜いたのである。
「……今日の訓練は、ここまで」
「え、あの我々まだ一発も撃ってないんですけど」
訓練生の遠回しな抗議をスルーして、心視はさっさと歩き出してしまった。
「終わりったら、終わり……」
「きょ、教官? きょうかーん!」
なおこの後、訓練を勝手に切り上げるとは何事かなどと、比乃にみっちり怒られたのは言うまでもなかった。が、その顔は少し嬉し気であった。思い人に構ってもらえるのは嬉しいのである。
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