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第二十七話「唐突な再会と長距離出張について」

実効支配者

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 ハワイ、ホノルル国際空港。現在はダニエル・K・イノウエ国際空港と呼ばれるようになって数十年経った。アメリカにとってアキレス腱とも言える航空施設。

 アメリカとアジアを結ぶ太平洋航空路の結節点に位置している重要拠点だ。その太平洋側の航空ハブ的なその施設を、米軍が躍起になってテロリストの手から取り戻そうとするのも無理はない。
 しかし、その奪還は未だに叶っておらず、数ヶ月のテロリストによる占拠を受けて、手入れもされていないその施設のベンチや机には、所々に埃が積もっていた。

 その内の一つ、ラウンジだった場所に、三人の男女が、椅子に腰掛けていた。一人は、口に火のついた煙草を咥えた、長駆で壮年の男性。その傍にいる二人は、それぞれ違った印象を受ける少女であった。

 片方は、寒色系の白い髪色をした白人で、男性が座っている隣の椅子に座り、楽しそうな笑みを浮かべている。もう一人は、髪をバンダナで纏めて、褐色の肌をしている。そちらの少女は、その反対側に腰掛け、生真面目そうな硬い表情をしていた。

 国際指名手配されているテロリスト、オーケアノスと、その部下であるステュクスとドーリスだった。他の大隊のメンバーは、同じく占領下にあるヒッカム空軍基地に在留し、次の作戦の準備を進めていた。

 その作戦とはつまり、奪還作戦を仕掛けてくるであろう米軍の迎撃である。独自の情報ルートから、米軍が次の奪還作戦を計画していることはすでに察知してた。近日中に仕掛けてくることまで把握済みである。

 攻撃してくるであろう米軍に対し、テロリスト側の戦力は少なくない。組織が独自開発、生産している、最新型の戦闘機が数十機。戦闘ヘリが十二機。対空戦車が十両。ペーチルSが四個小隊十二機。そして虎の子の青いAMW、正式名称“スティンレイ”が一個大隊規模三十機。おまけに、戦闘に回すことはできないが、大型の原子力潜水艦が二隻。

 これが、オーケアニデス大隊とそれに付随する、この空港と空軍基地を占領している部隊の全てであった。並みの小国なら攻め滅ぼすことができるだけの戦力だった。
 これでも、占領時に比べれば戦力は目減りしている。それでも、生半可な戦力なら正面からねじ伏せることが出来る、迎撃には十分すぎる戦力だ。
 数ヶ月前に、自衛隊第三師団と宝石箱ジュエリーボックスの邪魔によって頓挫した、ミッドウェイからの戦力補充が成されていたとしたら、その規模は、更に膨れ上がっていたことだろう。

「それで先生、奴らに日比野軍曹が混ざってるって本当なの?」

「軍曹だけでなく、彼の所属する小隊が攻略作戦に参加してくる。アルゴスからの話だ。確実だろう」

「確かに、あの方が言うからには、本当の話と見て良いと思われますね」

「ああ、サンディエゴで空母に上陸部隊を積み込んだらしい。これまで度々あった威力偵察や監視などではなく、奴ら、本気でケリをつけに来るだろうな」

 しつこい奴らだ。と吸っていた煙草を灰皿に押し付けて、オーケアノスはほうっと煙を吐いた。

「今度も返り討ちにしてやればいいじゃない!  私用の機体も準備できたんだし!」

 そう言って胸を張るステュクスに、オーケアノスはふっと微笑んだ。

「頼もしいな。しかし、上からの指示が出ていてな。そこまで徹底抗戦してやる必要は無くなりそうだ」

 それを聞いて、ステュクスは「えー」と不満気に口を歪める。せっかくの楽しみを奪われたような、ショックを受けた表情になる。

「それじゃあつまんないじゃないですか先生、大暴れできる機会だっていうのに!」

「まぁ落ち着け、別に、奴らを無傷で帰してやる気は俺にはない。可能であれば、ここで完膚無きまでに叩き潰す。それだけの戦力が、こちらにはある」

「しかし、懸案事項はあります。これもアルゴス氏からの報告ですが、今回の作戦に使用されるAMW、M6には、こちらの相転移装甲を貫徹するレールガンが搭載されています。それに、相転移装甲に関しては、米軍よりも高い技術力を持つ自衛隊が、何の対策もせずに来るとは……」

 ドーリスが机に置いていた資料を、不安気に見つめる。アルゴスという人物。テロ組織における情報収集担当から送られて来た資料には、自分たちの敵、米軍の戦力に関しては詳細が記されていた。だが、自衛隊については完全にノーマークだったらしく、それらの情報は、ほとんど記されていなかった。

 組織の目である彼ですら、今回の自衛隊の作戦参加は想定外だったのであろう。その証拠に、報告書の最後には態々「イレギュラーに留意すべし」と、追伸が成されていた。

「懸案はある。こちらにも、少なくない被害は出るだろうな……あるいは、それを見越しての上からの指示だったのかもしれん。余計な被害を出す前に撤退しろという意味のな」

「じゃあ先生、今回の作戦は撤退戦なの?」

 未だに不満そうな表情のステュクスにそう問われて、彼、オーケアノスは珍しく、にやっと不敵な笑みを見せた。それを見たステュクスは、その真意を察して、ぱぁっとと表情を明るくした。ドーリスは反対に、溜息を吐いた。

「撤退戦?  いいや、正面から堂々と迎撃戦を展開する」

「先生、上層部からの指示は……」

「無論、上からの指示も守るさ。非戦闘要員はしっかり撤退させる。別に、全部隊を即座に撤収させろとは言って来ていないからな」

「しかし……」

 尚も食い下がるドーリスに、反対側に座っていたステュクスが身を乗り出して、楽しみで仕方がないと言わんばかりの笑顔を向けて、

「いいじゃないドーリス!  日比野軍曹とその仲間にリベンジできるチャンスが来たんだから!」

「……わかりました。先生とステュクスがそこまで仰るなら、しかし、無駄な損害は避けるべきです」

「わかっている。もし、万が一支えきれないと判断したら離脱できるよう、脱出用の潜水艦は一隻残しておく……お前は心配性だな、ドーリス」

「それが、私の役目ですから」

 澄ました表情で言ってのける彼女の肩を、オーケアノスが叩いた。

「そういう所を気に入って、お前を副官にした。俺の判断は間違っていなかった」

 同僚にそんなことを言う彼を、ステュクスがじとっととした目で見つめる。それに気付いくと、苦笑して「ステュクス、どうした」と態とらしく聞く。

「先生、私は?」

「勿論、お前にも期待しているぞステュクス。お前用の機体のこともな、頼りにしている」

「へへー」

 言われて、満更でもなさそうに笑みを浮かべて照れるステュクス。これだけ見たら、彼と彼女たちが、破壊の限りを尽くすテロリストであるなどと言われても、とても信じられないだろう。
 しかし、彼と彼女らは、紛れも無い国際社会の敵にして、世界の紛争の火種であることは、偽りもない事実なのである。

 米軍とテロリストの激突まで、あと数十時間。
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