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第三十七話「策謀と共闘について」

始動する陰謀

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 3Dによる模擬演習は、何ら問題なく進んだ。

 仕組みは単純な物で、AMWのモニターに仮想の敵機を映し出し、それに対し武装の照準システムを連動させる。被弾したか否かはペイント弾を用いた訓練と同様に、コンピュータが仮の損傷を計算してシステムを制御するようになっている。

 この仕組みは、AMWを持つ軍隊では世界共通で持っている物で、殆どが共通規格であった。そのため、日本の技研が、OFMとの戦闘データを元に開発したシミュレータシステムは、ロシア製のペーチルにも問題なく適応できた。

 本来であれば、このシステムデータだけでも、政治における交渉カードに成り得る程の代物だ。しかし、日本政府はこれを、ほぼ無償でロシアに提供した。ただより高いものはないとは言う、そういう政治的な手口でもあったのだが、現場の自衛官にはあまり関係のない話である。

 そして、そのシミュレータの感想はと言うと、

「……話で聞くよりも御しがたい相手だな。あの機動力は厄介極まりない」

「無理ゲーとまでは言わないけどクソゲーだろこれ、なんなんだあの防御力は、マジでライフルが豆鉄砲だぞ」

「中尉達はまだいいじゃないですか、自分なんて背面から接近戦挑んだら普通に返り討ちにあいましたよ……」

 と、仮想の相手にけちょんけちょんにされてしまっていた。

 それもそのはずで、その仮想の相手は性能はOFMそのままに、それを操るパイロットのデータは件の未熟な乗り手ではない。素人などではなく“訓練を受けた自衛官が乗ったら”というデータになっているのだ。具体的には、富士の教導隊のデータが入っている。第三師団の機士と同格かそれ以上の操縦者の技術が用いられていると言えば、わかりやすいだろうか。

 OFMとの実戦経験がある比乃でも、できれば戦いたくない悪魔の組み合わせである。圧倒的性能と、世界でも有数の練度を持つ技量の相乗効果は、それはもう、凶悪であった。

 そんな一体の仮想敵機を相手に、約十分粘って、結局全員撃破判定を受けてしまったスペツナズの三人は、整列した自機の足元で作戦会議という名の反省会をしている。その様子を遠巻きに眺めていた自衛官の三人は、ロシアの特殊部隊の動きを評価していた。

「俺達が初めてあのシミュレータやった時も、あんな感じだったよなぁ」

「僕らは五分で全滅だったけどね」

「……やっぱり、特殊部隊って、凄い」

 自分たちが初見でこれをやったときの二倍近く粘って見せた彼らの技量に、驚き半分、感嘆半分の感想を抱き、そんな会話をしていた。それから、次はどう立ち回るかと作戦を立て始めた三人に、比乃が声をかけた。

「それでは、次に僕らと連携して、二個小隊で相手取った場合でやってみましょう。六人掛かりでやれば勝てるかもしれません」

 そう伝えると、エリツィナ達も了解したと返事をして、反省会を中断して自機の装甲を駆け上がってコクピットに潜り込んだ。それに遅れて、比乃達もTkー7に乗り込み、手早く起動準備を整え、シミュレータを起動。ペーチルとのデータリンクを行う。

 ちなみに、日本に居た時にも、これまで数十回はこのシミュレータをやった比乃達であったが、三人での標的の撃破は未だに達成できていなかった。
 他の機士も同様で、あの安久、宇佐美コンビを含めても、撃破できた者は未だにいない。三個小隊で挑んで負けた部隊すらいる。

 自衛隊内での評判としては、OFMの厄介さを教え込むには十分だと言う声もあれば、過剰だという声もあった。色々と賛否評論のシミュレータであった。

 そのため、六対一という状況でも、撃破できれば自慢できる大金星である。比乃は自然と気合が入った。

「それでは模擬演習を再開しましょう」

 比乃の合図に合わせて、モニターに仮想の敵機、青白い、仮想の西洋鎧の姿が具現化し始めた。
 そして、手に銃剣を持ったその姿が完全に現れ、カウントダウンがゼロになった次の瞬間。その白い機影が猛然と六人に襲い掛かってきた。

 ***

 結果から述べると、全滅までの時間が十五分に伸びただけであった。無駄に格好良く勝利ポーズを決めながら、薄っすらとモニターから消えていく西洋鎧を忌々し気に睨んで、比乃は深く息をついた。

「連携は上手く行ってたと思うんですけどねぇ、いかんせん、相手が悪いというか」

 実際、日露合同による連携攻撃は、形だけ見れば充分にこなせていたように思えた。前衛四人、後衛二人による波状攻撃は、これまで相手にしたことがある、並みのOFM程度ならば、容易く撃破出来てしまえそうだった。しかし、比乃の言う通り、今回は相手が悪かった。

『というかよ、背中に目でも付いてるんじゃねぇかって動きしてたぞ。本当に人間の操縦データが元になってんのかあれ、AIの補正込みとかじゃないだろうな』

「残念なことに、実在するパイロットの動きを模倣した物なんですよあれ……いくらかAIの補完は入ってるでしょうけど」

 詳しいことは、整備班か技本の開発者にでも聞かないと解らないが、比乃が知る限り、このシミュレータは確かに実在する機士がモデルになっていた。
 比乃は直接会ったことはないが、その“背中にも目が付いているような動きをする”という機士の行動パターンを、完全にまでとはいかないが、できるだけ正確に再現しただけの代物だという。

 それを説明すると、カラシンとエリツィナは揃って『そんな怪人が実在してたまるか』とのたまい、グレコフに至っては絶句していた。

 というか、件の機士の強さを完全再現などされたら、誰も勝てなくなってしまうのではないだろうか、果たしてそれに意味はあるのか。
 未だに技本によってバージョンアップが図られているという話を思い出して、比乃は疑問を抱いた。

「とりあえず、連携自体は上手く出来てる感じですから、十分ほど休憩をしてから作戦タイムを取って、リベンジしてみましょう。アバルキン少佐、よろしいでしょうか?」

『ああ、私は構わんよ、私もモニターで見ていたが、諸君らの動き自体に問題はないように思える。問題があるとすれば……相手が強すぎる点だな』

「同感です。あとで整備班に難易度を調整できないか交渉してみます」

『任せよう。しかしすまないな、下士官の君に仕切らせてしまっていて、少々やり難いだろう』

 アバルキンの気遣いに、比乃は慌てて「大丈夫です」と返した。別国の軍人とは言え階級が上の人間に頭を下げられては居た堪れない。

「日本では教官役も務めてますから、こういうことは慣れてます。逆に中尉や少尉達に失礼じゃないかと心配するばかりで」

『なに、多少の事は聞き流すだけの度量はある面子だ。安心して教鞭を振るってくれたまえ』

「了解しました」

 通信を終えると、比乃はヘッドギアを外して、手狭なコクピットでうんと伸びをする。教官役と言えば、第八師団の彼女達もそろそろシミュレータシステムによる実機訓練が行われる時期である。

 さて、どうやって扱いてやろうか。後頭部に手をやって、そんなことを考えながら、比乃は束の間の休憩時間を過ごしたのだった。



 その頃、エリツィナのペーチルに、秘匿回線での通信が入っていた。モニター脇に映し出された人物は、彼女は直接会ったことはない人物だつたが、膨よかな身体を包んだ制服の胸に着けられた勲章から、その階級はわかった。

 自分にとっては雲の上のような人物、少将である。

 その名も知らぬ、管轄も違うはずの少将は、開口一言、不躾に『ミラナ・アントノーヴナ・エリツィナ中尉だな』と確認するように彼女の名を呼んだ。
 エリツィナは突然の通信と、その相手にどう対応するか一瞬迷ったが「は、そうであります」と答える。すると少将は、世間話でもするかのような気軽さで、和かな笑みまで浮かべて話を始めた。

『君の対テロ戦闘での活躍は耳にしているよ、優秀なパイロットであるとね』

「光栄であります。それで、何のご用件でしょうか、少将閣下」

 名乗りもしない少将に、エリツィナは不信感を抱く。一体、何が目的で自分のような一介の兵士に少将が通信を入れてきたのか――予備弾倉の話の時と同じ嫌な予感を感じていた。しかし、相手はそんな彼女の様子など気にした風もなく。

『ああ、本題を後回しにしてしまうのは私の悪い癖だ。では率直に言おう』

 少将は膨よかな身体を揺らして笑ってからそう言って、本題を口にした。

『君達と演習を行なっている自衛官三人の確保、並びに目撃者を始末しろ。これは命令だ』

 命令――その言葉に即座に了解の意を示しそうになった自分を制止して、エリツィナは口籠ってから、

「……私はアバルキン少佐より自衛官へ危害を加えることを禁じられております。それに、私の所属は第十四独立特殊任務旅団であります。そのような命令は、閣下の配下の者に命じてください」

 言外に、いくら少将と言えど、管轄外の相手の命令を聞き入れることはできないという意を示したエリツィナは、自分の発言に内心で驚いていた。
 管轄が違えど相手は少将である。その命令に背くなど、普段の自分ならば有り得ないことだ。

 心のどこかで、あの自衛官達を害することを忌避している自分がいる。その事を自覚する前に、少将が笑みを消して告げた言葉が耳に入った。

『そうか、しかしそれでは……そうだなぁ、君達の上官には少し残念なことになってもらうしかなくなるが、それでも良いかね』

 脅迫だ。この少将は自分が命令を遂行しなければ、上官に責が行くと遠回しに言っている。

「ですが……そもそも、管轄外の自分には少将の指示に従う道理がありません」

『そんなことはどうでも良いのだよ。君はただ、上の者の言うことに従っていれば良い。それが、良き兵士という物だ、違うかね?』

 その言葉に、肯定しかけている自分がいて、エリツィナは拒むように首を振った。

 命令とは正しい道筋、正しい道理を得て始めて正当な意味を持つのである。決して、ただ上からの指示を愚鈍に従うことが正しいのではない。
 しかし、相手は自分の敬愛する上官に、何らかの手を掛けようとしている。それを止めるためには命令に従うしかない。

 葛藤し、押し黙った彼女に、少将は急かすように『了承したまえ、エリツィナ中尉。それが君たちのためだ』と告げてくる。それに対して、エリツィナが返答をしようとした。そのとき、二人の会話に被さるようにして、敬愛する上官の一人から通信が入った。

『エリツィナ中尉、カラシン中尉、グレコフ少尉。緊急の要件だ。所属不明の飛行物体が本島近海に突如出現。真っ直ぐこちらに向かって来ている。接触まであと五分もない。戦闘準備だ!』

 アバルキンの緊迫した声が、エリツィナを引き戻した。緊急事態――これを使わない手はない。

「……申し訳ありません少将閣下、敵襲です。その命令に関しては敵を殲滅してから、改めてお伺いします」

『待て中尉、貴様――』

 相手が何か言い切る前に、エリツィナは通信を切った。出来すぎたタイミングだが、今は敵襲に感謝しよう。そして、自分達を狙った事を後悔させてやろう。エリツィナの瞳に、強い力が宿った。
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