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第三十七話「策謀と共闘について」
黒と灰の戦い
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自分達とは別の場所に降りた小隊が、自衛隊の攻撃を受けて半分がやられてしまった。しかも、反撃もままならないという報告を受けて、川口は目眩すら覚えた。
降下してから更に、あっと言う間に二機食われた――その事実を受けて、川口の脳裏に撤退の二文字が浮かぶ。
相手は、何故かはわからないが、自分たちに対する対抗手段を持って待ち構えていた。これでは、こちらは罠にはまったような物だ。今逃げれば、これ以上の損害を、死者を出さなくて済む。
しかし、そこで自分たちの指揮官の言葉を思い出す。彼女はこれを重要な任務だと言った。たかが一人の自衛官を捕らえることが重要だという。その真意はわからない、わからないが、もしもそれを失敗した責を取れと言われたら。
もし、自分が隊長を解任される程に重要な事だとしたら。そして、自分が任を解かれた時に後釜に入るであろうジェロームの元に、アリサや真木が送られたら。あの自身を過大評価している指揮官の元で、使い捨ての戦力のように扱われたら、どうなるか――
そこまで考えた所に、副官の『隊長、ここは引くべきでは、損害が大き過ぎます』という言葉が入り、川口は我に返った。これまでなら、副官の具申を聞き入れて撤退するのが最適解である。あるが、
「……いいえ、最低限目標の確保を行わない限り、撤退は認められないわ。私が前に出て敵戦力を引き受ける」
『そんな、無茶です!』
「無茶でも……やるしかないのよ」
副官とこうして議論している間にも、通信機からは味方が撃破された報告が飛んでくる。もはや迷っている暇はなかった。別の場所に降りた少女らも心配なので「貴方はアリサと真木の援護をお願い」と副官に命じてから、彼女は自機、ユーディアライトを浮かび上がらせた。滑るように前進する。
OFMには意思があるという。川口はそのことを気にしたことはなかったが、今回ばかりは自機に願わずにはいられない。
「お願いユーディアライト、あの子達を守るために、力を貸して頂戴」
それに答えるように、グレーカラーの西洋鎧は低く唸り声をあげた。戦場、今なお、自衛隊とスペツナズが暴れまわっている地点へと向かう。
黒いペーチルが弾を惜しまない射撃で敵機、玉虫色の西洋鎧を引き付ける。それをTkー7が死角から襲い掛かって撃破するという戦法は、あまりにもはまりすぎていた。すでに確認できているだけで、相手の総数の半分を片付けている。
そして“予備弾薬”を使い切ったアバルキンのペーチルが、搭乗者に敵機の接近を知らせた。そちらを見やれば、灰色の西洋鎧が、滑るようにこちらへ向けて突っ込んで来ていた。
「やっと相手の指揮官機が出てきたか」
アバルキンは冷静に、弾薬を使い切ったライフルを左手で棍棒のように構えつつ、右手を背面の武装ラックに伸ばす。そして突っ込んで来た灰色の機影が銃剣を振り上げ、真っ直ぐに叩きつけてきた。
黒いペーチルはライフルでそれを受け止める。相手の刃がライフルを半分程溶断した所で、アバルキンはそれを手放して、後ろに素早くバックステップした。
一瞬の後、完全に断ち切られたライフルを振り捨てた西洋鎧が、攻撃手段を失ったと見たのか、滑らかな動きで距離を詰め、更なる斬撃を放ってくる。
「ふんっ」
確かに、他の玉虫色に比べれば動きが良い。油断もしていない。それでも、その攻撃は愚直過ぎて、避けるのは容易であった。屈むようにして横薙ぎを避けると、今度はこちらから踏み込んで、右手に抜き放った得物を相手の胴体に叩きつけた。
相手が雑魚ならばこれで決まっただろうが、相手はつくづく油断しないらしい。こちらの攻撃に反応して身を引いていた。過熱された刃が、灰色の装甲表面を僅かに削いで火花を散らした。
過剰に後退した西洋鎧の頭部が、驚愕したように自身の胴体を見下ろす。そこには、浅くだが、確かに斬撃の爪痕が残っていた。
「やはり、相転移装甲と同程度の強度か」
今の攻防での戦果を分析したアバルキンは呟いた。その乗機である黒いペーチルの右腕には、赤々と光る刀身を持った、大振りのナイフが握られていた。
高分子ナイフ――ロシアのAMW火器メーカーが、国防相から直接指示を受けて開発した新兵器。対相転移装甲用とも言える、フォトン粒子を頼る光分子カッターとは対極の、既存の技術で発明された、必殺の近接格闘武器であった。
「各機、弾幕を張り終えたら高分子ナイフを使え、眉唾かと思ったが、こいつは使える」
『了解』
言いながら、黒いペーチルが己の装甲を赤く照らすナイフを順手に構える。相手は得体の知れない銃剣、こちらはナイフ一本のみ。しかし、アバルキンは負ける気はしなかった。むしろ、ここでこの指揮官機を仕留められる気さえしていた。
「さぁ来い素人。玄人の戦い方という物を教えてやる」
呟いて、黒い機体が銃剣を構え直して向かってくる西洋鎧に向けて突進した。相手の方が早いが、やはり素直過ぎる。その斬撃を右に転がるように避けて、脚をバネのようにして反対側、左へ飛ぶ。そして致命的な角度での刺突を繰り出す。
相手はそれを身を捻って回避しようとして、胴体に突きをかすめた。行き過ぎた黒い機体が転がるように着地して、そのまま一度距離を取った。
西洋鎧はそこを逃さず、銃剣を構えるとその穂先から光線を発射。事前にその追撃を予期していたアバルキンは、機体を強引に跳ね上げさせてそれを回避する。
飛び上がった機体は空中で身を躍らせて横になると、真横にあった太い樹木を足場にして、横向きに跳躍した。
砕ける樹木、しかし、確かに推進力を得た見た目は鈍重な黒い機体が、再び西洋鎧に躍り掛かる。常軌を逸した動きに、西洋鎧は回避のタイミングを逃す。故に反撃に出た。突っ込んでくる敵機に向けて銃剣を向ける。
反撃するにも少し遅かったが、ペーチルは得物を守るため、打ち合うことを避けて、西洋鎧のすぐ隣に片手で着地すると、そのままバク転して着地した。近距離で一瞬、睨み合う両者。
先にアバルキンが踏み込んだ。下から切り上げるように振るったかと思うと、次の瞬間には横向きの薙ぎに変化している。西洋鎧はそれを健気に回避し続けた。
「避けるのは上手いな、だが……!」
黒いペーチルは容赦なく攻める。相手が一歩ずつ後退し始め、その灰色の装甲表面に幾多もの傷が生ま始め、火花が散る。
それでも負ける物かと反撃に出てくる相手が突き出した右腕を、ペーチルは無慈悲にさっと避けて蹴り飛ばす。衝撃で銃剣がその手を離れて宙を舞った。
武器を失った灰色の西洋鎧が狼狽えたように身を引いた所を、アバルキンは見逃さなかった。
(これで!)
終わらせる。地面を蹴立ててダッシュしたペーチルの右腕の刃が、相手の胴体目掛けて走った。
そして決着かと思われた、その直前、ペーチルの右腕が突然爆発した。
「なっ」
いったい何が、今度はアバルキンが驚愕して右を見やると、ペーチルと同じ黒い西洋鎧が、こちらに銃剣を構えて、今まさに第二射を放とうとしていた。
「ちっ」
状況判断するよりも早く、思考が反射的に機体を後ろ跳びに後退させる。そこを光線が飛びすがった。
一体の敵に時間を割き過ぎた。アバルキンは自身の失態に気付き、すぐに挽回の為の手段を導き出そうと思考を加速させる。だが、相手は二体、こちらは一機。今の一撃で唯一の武器も失ってしまった。単独でこの窮地を脱するのは困難だ。
「……口惜しいが、しかたないか」
それでも、なお冷静さを失わないアバルキンは、味方の位置を把握し、そちらへ機体を後退させた。幸いにも、敵はすぐに追っては来なかった。
降下してから更に、あっと言う間に二機食われた――その事実を受けて、川口の脳裏に撤退の二文字が浮かぶ。
相手は、何故かはわからないが、自分たちに対する対抗手段を持って待ち構えていた。これでは、こちらは罠にはまったような物だ。今逃げれば、これ以上の損害を、死者を出さなくて済む。
しかし、そこで自分たちの指揮官の言葉を思い出す。彼女はこれを重要な任務だと言った。たかが一人の自衛官を捕らえることが重要だという。その真意はわからない、わからないが、もしもそれを失敗した責を取れと言われたら。
もし、自分が隊長を解任される程に重要な事だとしたら。そして、自分が任を解かれた時に後釜に入るであろうジェロームの元に、アリサや真木が送られたら。あの自身を過大評価している指揮官の元で、使い捨ての戦力のように扱われたら、どうなるか――
そこまで考えた所に、副官の『隊長、ここは引くべきでは、損害が大き過ぎます』という言葉が入り、川口は我に返った。これまでなら、副官の具申を聞き入れて撤退するのが最適解である。あるが、
「……いいえ、最低限目標の確保を行わない限り、撤退は認められないわ。私が前に出て敵戦力を引き受ける」
『そんな、無茶です!』
「無茶でも……やるしかないのよ」
副官とこうして議論している間にも、通信機からは味方が撃破された報告が飛んでくる。もはや迷っている暇はなかった。別の場所に降りた少女らも心配なので「貴方はアリサと真木の援護をお願い」と副官に命じてから、彼女は自機、ユーディアライトを浮かび上がらせた。滑るように前進する。
OFMには意思があるという。川口はそのことを気にしたことはなかったが、今回ばかりは自機に願わずにはいられない。
「お願いユーディアライト、あの子達を守るために、力を貸して頂戴」
それに答えるように、グレーカラーの西洋鎧は低く唸り声をあげた。戦場、今なお、自衛隊とスペツナズが暴れまわっている地点へと向かう。
黒いペーチルが弾を惜しまない射撃で敵機、玉虫色の西洋鎧を引き付ける。それをTkー7が死角から襲い掛かって撃破するという戦法は、あまりにもはまりすぎていた。すでに確認できているだけで、相手の総数の半分を片付けている。
そして“予備弾薬”を使い切ったアバルキンのペーチルが、搭乗者に敵機の接近を知らせた。そちらを見やれば、灰色の西洋鎧が、滑るようにこちらへ向けて突っ込んで来ていた。
「やっと相手の指揮官機が出てきたか」
アバルキンは冷静に、弾薬を使い切ったライフルを左手で棍棒のように構えつつ、右手を背面の武装ラックに伸ばす。そして突っ込んで来た灰色の機影が銃剣を振り上げ、真っ直ぐに叩きつけてきた。
黒いペーチルはライフルでそれを受け止める。相手の刃がライフルを半分程溶断した所で、アバルキンはそれを手放して、後ろに素早くバックステップした。
一瞬の後、完全に断ち切られたライフルを振り捨てた西洋鎧が、攻撃手段を失ったと見たのか、滑らかな動きで距離を詰め、更なる斬撃を放ってくる。
「ふんっ」
確かに、他の玉虫色に比べれば動きが良い。油断もしていない。それでも、その攻撃は愚直過ぎて、避けるのは容易であった。屈むようにして横薙ぎを避けると、今度はこちらから踏み込んで、右手に抜き放った得物を相手の胴体に叩きつけた。
相手が雑魚ならばこれで決まっただろうが、相手はつくづく油断しないらしい。こちらの攻撃に反応して身を引いていた。過熱された刃が、灰色の装甲表面を僅かに削いで火花を散らした。
過剰に後退した西洋鎧の頭部が、驚愕したように自身の胴体を見下ろす。そこには、浅くだが、確かに斬撃の爪痕が残っていた。
「やはり、相転移装甲と同程度の強度か」
今の攻防での戦果を分析したアバルキンは呟いた。その乗機である黒いペーチルの右腕には、赤々と光る刀身を持った、大振りのナイフが握られていた。
高分子ナイフ――ロシアのAMW火器メーカーが、国防相から直接指示を受けて開発した新兵器。対相転移装甲用とも言える、フォトン粒子を頼る光分子カッターとは対極の、既存の技術で発明された、必殺の近接格闘武器であった。
「各機、弾幕を張り終えたら高分子ナイフを使え、眉唾かと思ったが、こいつは使える」
『了解』
言いながら、黒いペーチルが己の装甲を赤く照らすナイフを順手に構える。相手は得体の知れない銃剣、こちらはナイフ一本のみ。しかし、アバルキンは負ける気はしなかった。むしろ、ここでこの指揮官機を仕留められる気さえしていた。
「さぁ来い素人。玄人の戦い方という物を教えてやる」
呟いて、黒い機体が銃剣を構え直して向かってくる西洋鎧に向けて突進した。相手の方が早いが、やはり素直過ぎる。その斬撃を右に転がるように避けて、脚をバネのようにして反対側、左へ飛ぶ。そして致命的な角度での刺突を繰り出す。
相手はそれを身を捻って回避しようとして、胴体に突きをかすめた。行き過ぎた黒い機体が転がるように着地して、そのまま一度距離を取った。
西洋鎧はそこを逃さず、銃剣を構えるとその穂先から光線を発射。事前にその追撃を予期していたアバルキンは、機体を強引に跳ね上げさせてそれを回避する。
飛び上がった機体は空中で身を躍らせて横になると、真横にあった太い樹木を足場にして、横向きに跳躍した。
砕ける樹木、しかし、確かに推進力を得た見た目は鈍重な黒い機体が、再び西洋鎧に躍り掛かる。常軌を逸した動きに、西洋鎧は回避のタイミングを逃す。故に反撃に出た。突っ込んでくる敵機に向けて銃剣を向ける。
反撃するにも少し遅かったが、ペーチルは得物を守るため、打ち合うことを避けて、西洋鎧のすぐ隣に片手で着地すると、そのままバク転して着地した。近距離で一瞬、睨み合う両者。
先にアバルキンが踏み込んだ。下から切り上げるように振るったかと思うと、次の瞬間には横向きの薙ぎに変化している。西洋鎧はそれを健気に回避し続けた。
「避けるのは上手いな、だが……!」
黒いペーチルは容赦なく攻める。相手が一歩ずつ後退し始め、その灰色の装甲表面に幾多もの傷が生ま始め、火花が散る。
それでも負ける物かと反撃に出てくる相手が突き出した右腕を、ペーチルは無慈悲にさっと避けて蹴り飛ばす。衝撃で銃剣がその手を離れて宙を舞った。
武器を失った灰色の西洋鎧が狼狽えたように身を引いた所を、アバルキンは見逃さなかった。
(これで!)
終わらせる。地面を蹴立ててダッシュしたペーチルの右腕の刃が、相手の胴体目掛けて走った。
そして決着かと思われた、その直前、ペーチルの右腕が突然爆発した。
「なっ」
いったい何が、今度はアバルキンが驚愕して右を見やると、ペーチルと同じ黒い西洋鎧が、こちらに銃剣を構えて、今まさに第二射を放とうとしていた。
「ちっ」
状況判断するよりも早く、思考が反射的に機体を後ろ跳びに後退させる。そこを光線が飛びすがった。
一体の敵に時間を割き過ぎた。アバルキンは自身の失態に気付き、すぐに挽回の為の手段を導き出そうと思考を加速させる。だが、相手は二体、こちらは一機。今の一撃で唯一の武器も失ってしまった。単独でこの窮地を脱するのは困難だ。
「……口惜しいが、しかたないか」
それでも、なお冷静さを失わないアバルキンは、味方の位置を把握し、そちらへ機体を後退させた。幸いにも、敵はすぐに追っては来なかった。
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