自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

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第四十三話「迫る終末について」

少年なりの決意

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 はんなり荘の階段を上がり、自室の前まで来る。心視と志度は、メアリとアイヴィーに連れ添っているので、まだ帰ってきていない。鍵を取り出して、施錠を解除する。

「ただいまー……」

 誰も居ないことはわかっていたが、いつもの口癖でそう言って、玄関に入る。靴を脱いで揃えて、廊下を進む。次の瞬間――比乃は弾かれたように動いた。

 鞄から唯一手元にあった武器、高電圧のスタンガンを取り出し、ゆっくりと、リビングへ通じる扉の前に立つ。その頬に、緊張から冷や汗が垂れる。そのまま、扉の前で数秒硬直していると、中から声がかかった。

「どうした、日比野軍曹。ここはお前の家だろう。何を遠慮しているんだ、入ってこい」

 その声には聞き覚えがあった。比乃は「まさか」という言葉を飲み込んで、意を決して扉を開けた。リビングの中央、薄暗い部屋に立っている人物が一人。敵意を剥き出しにしている比乃など目もくれず、窓から外を眺めていたのは、

「この部屋でお前と会うのは二度目だな。前回と違うのは、ここに来ているのは俺一人ということだが」

 ようやくこちらを向いたその男。青く鋭い目に、白い頭髪、しかし年齢相応の老いは全く感じられない。これまで何度か相対することになった敵、オーケアノスだった。一人で来たと宣言したにも関わらず、警戒を解かない少年を鼻で笑い、窓に視線を戻す。

「相変わらず、平和な街だな。ここは」

「……そうですね、貴方には不似合いな場所です。今度は何の用事ですか? まさか、自首しに来たというのではないでしょうね」

 予期もしていなかった敵との遭遇だったが、比乃は精一杯強がった。こちらが今一人で、まともな装備も持っていないことを悟らせるわけにはいかないからだ。だが、目の前の男は、そんなことは気にしていない様子だった。再び、比乃の方を向く。

「中々、面白い冗談を言うな軍曹。さて、俺がここに来た要件は、前と同じだ」

 そう言って、コートのポケットに入れていた右手を出すと、比乃の方に差し出した。まるで、握手でも求めるかのように。そして、淡々とした、しかし僅かに感情の篭もった口調で目的を告げる。

「俺と一緒に来い、日比野 比乃。これは最後通告だ。お前の才能は、ここで潰えるには惜しい」

 オーケアノスの青い目が比乃を見つめていた。その視線から、自分が抱えている悩みや葛藤を見透かされるようで、思わず目を逸らした。

「お前は疑問に思っているはずだ。自分のいる場所が、本当に適正なのかどうか。獰猛な肉食獣が、草食動物の群れとは相容れないことを、本当は理解しているのではないか? そうならば、俺と来い。俺が、お前の正しい居場所と、存在価値を与えてやる」

 その言葉が、比乃の胸に突き刺さる。それはある意味、比乃が求めていた答えの一つであったからだ。
 自分は、己の願いを叶えるために敵を殺す、殺戮マシンかも知れない。その願いが、人々のためであったとしても、人殺しには変わらない。であれば、テロリストであっても、大して変わらないのではないか?

 数秒の間にそこまで考えて、比乃は自嘲するように笑った。そして答える。

「僕の居場所は、願いを叶えられる場所は、国と市民を守る自衛隊だけです。自分の願いを踏みにじってまで得た存在価値なんて、いりません」

 それが比乃の答えだった。返答に、オーケアノスは「そうか」と、まるでわかっていたかのように、短く反応した。そして、差し出していた手を再びポケットに入れる。

 そして、目の前の少年から一切の興味を失ったかのように、比乃の横を通り過ぎて部屋から出て行こうとする。比乃も、それを邪魔しようとはしなかった。スタンガン一つでこの男を制圧するなど、現実的ではない。

 見送られるまま玄関まで行って、扉を開けたオーケアノスは、振り向きもせずに、独り言のように呟いた。

「……この醜く、腐った世界が終わる時が来た。俺たちの願いが叶うまで、もう間もなくだ」

 比乃がその言葉の意味を理解するよりも早く、テロリストは視界から消えていた。


 オーケアノスが立ち去った後、比乃は直ちに通信機を起動させた。連絡先は当然のこと、自分の上官である。
 スリーコールで出た部隊長に、今し方起こったことを説明する。話を聞いた部隊長は、少しの間、黙って考えてから、話し出した。

『その言葉の意味はつまり、敵組織からの挑戦状、あるいは挑発だろうな。俺たちはもうすぐ目的を果たすぞ、邪魔できるならしてみろ……というな。でなければ態々、情報を落とす理由が考えられん』

「はい、僕もそう思います」

 部隊長の推測に同意する。オーケアノスの真意は不明だが、奴の所属する組織が何らかの大きな目的を完遂しようとしているということを、比乃を通じて自衛隊に伝えてきた。合理的に考えれば、そうする意味などないはずだ。

「……こちらを誘き出すつもりなのでしょうか」

『誘き出す? どこにだ? こちらは、あいつらの本拠地どころか、ミッドウェイ島以外の拠点すらわかっていないんだぞ』

 比乃の意見に、部隊長は否定で返した。言ってみてから、本人も「ですよね」と苦笑いする。

『……が、それ以外に敵が近状報告してくる理由が見当たらんのも確かだ。これ以上のことは、俺も伝手を使って色々探ってみる。もしかしたら、お前たちにも動いてもらうかもしれんから、備えだけはしておいてくれ』

「了解しました」

 部隊長がそれで会話は終わりということで『ではな』と通信を切ろうとした。その前に「すいません、ご相談が」と比乃が割り込んだ。

『何か、気になることでもあるのか?』

「いえ、完全に個人的なことなのですが……」

 今回の件や任務とは関係のない話だったが、比乃は自分の父親に、悩みを打ち明けずにはいられなかった。先程、オーケアノスにああ言って見せたものの、根本的な答えは得られていないのだ。なので、比乃は話す。

『ふむ……』

 比乃の話を聞いて、部隊長はまた少し黙った。言葉を選んでいるような沈黙が続いて、口を開いた。

『お前の話をまとめると、平和を守るためとは言え、戦いを生業にしている者が、平和に暮らしていてもよいのかと言うことで悩んでいるんだな?』

 あっさりと自分の悩みをまとめた部隊長に「はい、そうです」と比乃は答えた。それで確認が取れたのか、部隊長は続ける。

『それはな、間違いなく良いことだ。平和を守るために戦うことが悪いことか? 悪いことをしたわけでもない奴が、その平和を得ることが間違いか? そんなわけないだろう。それに、平和を守った本人が救われないなんて言うのはな、俺からすればフィクションの中の悲劇のヒーロー気取りの台詞だ。少なくとも、俺はそんな意見は認めん。お前にも、心視や志度にも、それに俺の部下たちにも、守った平和を甘受する権利はある』

 悩める少年の親にして上官は、そう断言して見せた。しばし呆然としている比乃に『わかったか? くだらんことで悩むな』と告げてから、部隊長は一方的に通信を切った。

 通話を終えた通信機を置く。自分の親から与えられた答えの意味を、よく噛み砕いて、解釈しようとする。

「…………」

 無言のまま、考えて、考えて、十数分ほど考えて、比乃は、心の内に一つの決意を抱いた。
 それはつまり、志度や心視、みんなが帰れる平和な日常を、なんとしても守ろうという決意だ。
 次の作戦は、もし参加させられるなら、大規模なものになると予想できる。そして、それがテロ組織との一つの決着になることもだ。そこで文字通り死力を尽くして戦って、平和を脅かす根源を絶つ。

 そうすれば、同期二人も、学校の皆も、穏やかな日常を得られるはずだ。しかし、その日常の中にいる人物に、自分自身は含まれていない。

 何故ならば、これまで、テロリストの強敵に負け続けてきた比乃にとって、平和を守ることと自分が生き残ることを両立させることは、過ぎた願いだったからだ。

 過ぎた願いを追った者は、何も得られなくなる。これが、比乃の持論であった。

 その決意は、クラスメイトの少女からの長電話、心配を多分に含んだ会話中でも、話されることはなかった。人に話すことではなかったし、何より、言ってしまったら彼女は確実に悲しむだろうと思ったからだった。
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