媛神様の結ぶ町

ながい としゆき

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 その夜は、夢の中でもいろいろと考え事をしていたような気がする。昨日の精神的疲労からか、浅い眠りがダラダラと続き、三十分毎に目が覚めてしまうので、枕元に置かれていたこの町の特産品である日本酒を「一口含んで横になる」を数回繰り返し、深い眠りにようやく辿りつけた時は空が何となく白んできた頃だった。そして翌日の朝、目覚めた時は午前八時三十分を少し回っていた。
 慌てて飛び起きようとしたが身体が思うように動かない。サイドテーブルにある日本酒の四合瓶はほとんど空になっていた。宴会でのビールと口当たりの良いお酒だったため、不覚にもついつい飲みすぎてしまったようだ。
 あまりお酒に強くない私に二日酔いの身体が重くのしかかり、再び布団へと誘(いざな)う。その甘美な誘惑と必死に戦いながら、身に付けている浴衣や下着を脱皮の如く床に残し、洗面台まで重たい身体を引きずって行き、ズキズキと悲鳴を上げている頭部にめがけて冷たい水をかけたところで、ようやくホッと一息つく。そして、身体が目覚めてくると、熱いシャワーを浴びて誘惑を一気に排水溝へと流し込んだ。
 深酒をした翌日の恒例行事。っていうか、ここ最近のルーティーンになってしまっている。こういう日を迎えるたびに、記者という仕事に就いたことを後悔する。
『まるでオヤジだ』
と、鏡に映る自分に嘲笑を向ける。
 軽い頭痛と格闘しながら私なりに急いで身支度を整えたけれど、結局、朝食のバイキングには間に合わなかった。
 食堂に行ってみると、おにぎりが二個と味噌汁にバイキングの残りを詰め合わせたパックが置いてあった。
 席に着いた私は、申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでおにぎりを噛みしめた。
「・・・おいしい・・・」
おにぎりの優しい塩気が二日酔いの身体に染み渡り、細胞の一つ一つを揺り起こしてくれる。それに、口に含んだご飯を噛みしめるたびに作った人の思いやりが伝わってくるような優しい味がした。
「ありがとうございます」
一人かと思っていたので、びっくりして声のした方を振り向くと、そこには四十歳くらいの体格の良い女の人が笑顔で立っていた。
「奈々也の母でございます。昨日は息子を助けていただき、本当にありがとうございました」
そう言うと、深々とお辞儀をした。
「い、いえ。たいした事はしていませんから、どうかお気になさらずに。・・・っていうことは、あなたもタヌキなんですか?」
女の人は照れたようすで、
「はい。この温泉で食事の担当をさせていただいております」
と答えながら、私の表情に気づいたようで、両手を振りながら慌てた口調になり、
「大丈夫ですよ。人間に変身している時は、体毛は抜けませんから。ご飯もちゃんと作った物で、決して化かしてるんじゃありませんので、安心して食べてください。ここの料理は、この温泉を創業した先々代の奥様が作っていらしたもので、あまりに美味しいと評判だったので、その作り方を私達が先代の奥様から教わったんです」
と爽やかに訂正したので、私は心を読まれたような気がして頬が火照ってしまい、思わず目を反らした。
「すみません。失礼だとは思っているんですが、慣れていないもので・・・」
「大丈夫ですよ。私は気にしてません。事実を知った方は、この町に住んでる人だって最初は皆さん驚かれましたからねぇ」
女の人は爽やかに微笑んで、片づけを続けた。
 そこへ皓太が入ってきた。彼はいつもと変わらない表情で、
「あっ、やっと起きてきましたね。完璧主義の先輩が寝坊だなんてめずらしいっすね。しかもスッピンだし」
彼は昨日の出来事をまったく気にしていないようだった。おそらく彼一人で酒一升は軽く空けていただろう。それでいて、次の日は朝から平然としたテンションでいつも活動を始めている。酒臭さもさせず、アルコールを短時間で完全に分解してみせるのだ。この男の底なし振りにはいつも感心させられるが、
『三十路を越えたら、そうはいかなくなるからね』
と、心の中で笑う。
「悪かったわね。これでも二日酔いと激闘を続けて、ようやくココまで辿り着けたんだから」
 皓太は大きな笑い声を上げると、私の前の席に腰を下ろした。
「先輩、昨日のこと認められないんでしょ。それでなかなか寝付けなかったから、地酒をチビチビと飲んで現在に至るってパターン。部屋にあった酒、あれ、口当たり良くって結構飲みやすかったっすからね」
とニヤリと笑う。
『図星だ・・・』
どこかで見ていたんだろうかというくらい的確に言い当てられてしまい、返す言葉が見つからない。
「先輩のそういうトコ、ダメなんだよなぁ。俺みたいに、『あっそう』って、深く考えずに受け入れちゃえばもっと気ぃ楽にして生きられるのに」
私は皓太の脛を思い切り蹴飛ばし、痛がる皓太を無視して朝食を完食した。
 奈々也くんのお母さんは、そんな私達を見て、優しい笑みを浮かべながら、暖かいコーヒーを淹れてくれた。
 コーヒーという飲み物は、淹れる人の性格がそのまま出るって言うけれど、彼女の淹れたコーヒーはとっても優しい味で私達を包み、食後の満足感をさらに満たしてくれた。
 皓太が急にマジメな顔になって話し始める。
「今日、この温泉に泊まってるの自分と先輩の二人だけだったんっすけど、朝の食堂の賑わい、凄かったっすよ。不思議に思って尋ねてみたんっすけど、みんな高齢者施設や役場の仕事をしている動物達だって言ってて。どうやら労働の対価に、食事や住居などが当てられてるらしいっす」
「給料は支払われてないの?」
「俺が聞いた話では、動物にお金は必要ないって言ってたっすよ。そのオッチャンは、猫に小判って言うべって、ガハガハ笑ってたっすけどね」
「ふぅ~ん、お互い両得ってやつなんだねぇ・・・。町長に取材申し込まなきゃね。もうちょっと詳しく話し聞かなきゃ」
「それなら、七時前にココに町長来てて、今日は庁舎にいるから都合の良い時に来てほしいって言ってたっすよ」
「アンタ、今朝何時に起きたの?」
「六時ちょっと前っす。公園をちょっと走ってみたけど、すっごく気持ち良かったっすよ」
「私も、アンタみたいに酒が強くて図太い性格だったらどんなに良かったか・・・」
 カラカラ笑っている皓太を横目に、私は改めて寝坊したことに対して、自己嫌悪に陥っていた。

 午前十時少し前、私達は町役場の町長室の応接セットに座っていた。
「いやぁ、昨日はお疲れだったでしょう。変身のパニックに、宴会での大騒ぎでしたからね。本来であれば、もっと気を遣わなければいけなかったのに、ついつい嬉しさが先にたってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」
町長は、昨日と変わらない笑顔と眼力で私達を迎え入れてくれた。
「まだ信じられないって顔していますね。無理もありません。科学の進んだこの二十一世紀に、動物が人間に変身するっていう、最も非科学的な話をしているんですから。もっとも、私が知った時は、一週間ほど寝込んでしまったほどのショックを受けましたけどね」
 若い女性職員が冷たい麦茶を運んできた。細くて小柄な女性で、後ろにまとめた髪とピンク縁の眼鏡が良く似合っている。古風な感じで清潔感の漂うなかなかの美人だ。本人は気づいていないのかもしれないが、おそらく眼鏡を外したらもっと人目を引くほどの美貌だろう。ジル・スチュアートかヴィヴィアンウエストウッドか、ローラ・メルシエかもしれない。彼女から漂ってくるほんのりとしたバニラの香りが外見の印象とぴったりマッチして、清楚さを一層引き立たせている。
 皓太はというと、口を半開きにしながら彼女に見とれており、呼吸をするのを忘れてしまったようだ。目がハートになっているのが傍で見ていても分かるくらい単純な男だ。
『こういう娘がタイプだったんだ』
確かに今まで皓太の周りにいた女の子とは違うタイプだ。皓太自身もチャラチャラして見えるから、私の知る限り、集まってくる女性は茶髪で派手なイメージの娘が多かった。であれば、見向きもしないのはうなずける。私は皓太に対して、バイセクシャルを疑っていたことを心の中で謝った。
「実は、この娘もタヌキなんです。昨日の、ほら、奈々也の家の三番目の姉です。三番目だからミツエ、七番目だからナナヤってね」
町長の紹介に、彼女は、
「光恵と申します。昨日は弟の奈々也が大変お世話になりました」
と深々とお辞儀をした。
「お世話だなんて、とんでもないです。ただ熱中症みたいだったので、水を少し飲ませただけですから」
「昨日は『理想の郷』で大きなイベントがあって、町中のみんなが施設の方に行っていましたから。お二人に助けていただかなかったら、奈々也は炎天下の中でしばらく倒れたままだったでしょうから、おそらく助からなかったでしょう。本当にありがとうございました」
と、言って再び深々とお辞儀をした。
「ところで、奈々也くんの家の人によく会うんっすけど、ご家族って何人いらっしゃるんっすか?」
頬を赤らめながら皓太が尋ねる。完全に公私混同している質問だ。
「父と母、兄弟は奈々也が一番下ですから、九人家族です」
「大家族っすね」
「それでも、人間に変身するようになってから、産まれる子どもの数は少なくなったらしいですよ。私も詳しくは知らないのですが、他の動物も変身するようになって、天敵がいなくなったので襲われることがなくなり、安心して子供を育てられるようになったからかもしれません。以前は、一度に七匹くらい産まれてくるのが当たり前だったらしいのですが、最近はどの家庭でも一~二匹ずつしか産まれなくなっているようです」
町長も話に参加する。
「それに、人間に変身する動物達の寿命が長くなってるようなんです。野生のタヌキは長くて八年くらいと言われているんですが、長い時間人間になっているからか、成長が遅いんですよ。それに、ほとんどのタヌキが十歳を越えても若々しいんです。三十歳、四十歳を越える者も年々増えてきています。タヌキやキツネだけでなく、他の動物達も同じなんです。これは私の推測ですがね、人間になっている間は、人間の時間で成長し、老化するんじゃないかって思ってるんです」
「じゃあ、光恵さんは、今・・・」
「五歳です。もう良い年齢なんですけど、見た感じはたぶん・・・、大きさは、まだ子ダヌキぐらいにしか見えないでしょうね。人間になっている時は、二十四~五歳ぐらいに見えると思いますけど」
 どうも町長やこの町の人と話をすると、私の常識とのギャップについていけなくなってしまう。年齢の基準が、頭の中でガラガラと音を立てて崩壊していく。
「変身の七不思議ってとこっすね」
「そうそう」
「じゃあ、光恵さんは二十四歳っていうことにしときましょう。俺と五歳違いか・・・。ちょうど良いじゃないっすか!」
 何がちょうど良いのかわからないが、戸惑っている光恵さんを前にして皓太と町長は面白そうに笑い合っている。私は、納得していようがしていまいが、とりあえず受け入れてしまう彼らの性格が、本当に羨ましく思った。
「変身って、女の人だけじゃなくて、色々な物に、例えば置物とか男の人とかにもなれるんっすか?」
「いいえ、私はできません。頑張れば置物くらいにはなれるのかもしれないですけど。それに女性は女性、男性は男性にしか変身できないんです」
「お婆さんとか、赤ちゃんとかには?」
「年齢相応にしか変身できないんです」
「美人になったり、ブスになったりとか、顔や体形も自由に変身できたりもするんっすか?」
「いいえ、どの動物も人間に変身する時は同じ人にしかなれません。昔話のように変幻自在というわけではないんです。そうできたら、いろんな人をビックリさせて、楽しめるんでしょうけど」
と、優しい笑みを皓太に向ける。皓太はいよいよ鼻の下を長くさせて、
「じゃぁ、光恵さんは、他の人じゃなくて光恵さんにしかなれないんっすね!」
「はい。私が他の人に変身はできせんし、他の動物が私に変身することもできません」
「そうか・・・。光恵さんは光恵さんだけなんっすね!」
興奮して身を乗り出しながら、好奇心丸出しでワケのわからない質問する皓太の太モモをつねりながら、
「ごめんなさい、失礼なことばかり尋ねてしまって・・・」
と謝る私に光恵さんは、
「いえ、構いません。楽しかったです」
と言って、ニッコリと優しい笑顔を私達に向けると、深々とお辞儀をして町長室を出て行った。
 すべてにおいて、百パーセント人間の私よりも変身している彼女の方が数段女性らしい。悔しいけれど、ここまでの大差をつけられると逆に好感が持ててしまう。
 町長は光恵さんの後姿を見送りながら、
「変身って実に不思議なんですよ。私達も、どのようなメカニズムになっているんだろうって、レントゲンやMRIで、変身する前とした後の画像を撮ってみたんですが、人間の骨格や内臓等の位置や構造までもが同じになっているんです。ですから、車に変身した時は、まぁ、喋れるんですから、全部が全部同じではないでしょうけど、ほぼ同じになっているんでしょうね。動物達に聞くと、強くイメージして念じると、意識はそのままで、身体が人間に変化していくんだそうです。車など、人間以外になるには、コツと体力がかなり必要であるらしくて、すべての動物ができるものではないようですし、変身する物の構造を細部まで理解していなければならないそうです。車に変身できるのは、今のところ熊と猪の二種族だけです。これを解明していくには、おそらく原子物理学や量子力学の世界になってしまうんでしょうし、そうなると私ら一般人にはついていけない領域になってしまいます。第六感とか動物的感とかのような超自然的な何かが働くんでしょうね。私も詳しいことはわかりませんが、サイコキネシス(念動力)の一種らしいです。自分の身体を作っている細胞の構造を組み替えて・・・。ひょっとしたら変身した人間の姿って、今生は動物に生まれてきたかもしれないけど、魂そのもののカタチ、いわゆる本質なのかもしれませんね。こんなこと、たとえその筋の専門家がいたとしても、町外の人には絶対聞けませんから、たぶんこうじゃないかっていう私らの憶測の域を超えない話なんですけどね。彼らが言うには、人間にもその能力が備わっているらしいんですよ。道成寺の清姫なんて代表的な例でしょうね。あっ、そうそう、海外で末期の癌が全身に転移していて医者もお手上げした子供が、対戦ゲームをイメージして次々に敵をやっつけて、いなくなった時に全身の癌が消えていたっていう例もありましたね。すべては集中と念じることだそうです。彼らは自然と共に暮らしてきて超純粋だからできるんですよね。私達はどうも猜疑心が強いし、雑念が多いから、変身する能力があっても使えないんでしょうね」
と説明してくれた。
 そして、私達の方へ視線を戻して、
「さて、本題に入りましょうか。昨日も申し上げたように、私達の町で起きている不思議なことというのは、動物が人間に変身して一緒に暮らしているということです。私達の町は、十五年程前に人口が四千人を割り、その後も毎年少しずつ減り続けています。その上、高校を卒業した若者は近隣の市や都会に出て就職し、過疎・高齢化の歯止めが効かず、住民のおよそ四〇%が六十五歳を越えたお年寄りです。二十一%を超えると超高齢社会と言いますが、我が町はそれをはるかに越える厳しさです。これでは、介護をする若者が足りず、退職年齢間近の職員が高齢者施設の現場で働き、仕事を終えて家に帰ってからは年老いた父母の介護をするという、老老介護の世帯が珍しくなくなりました。福祉政策だけでなく、市街地区にある商店の存続もそうです。町全体の政策が進まなくなってしまいます。大ピンチですよ。みんな疲れ果ててしまってね」
「それで、昨日お話しされた出来事があったんですね」
「そうです。私達の町は、とにかく人手が欲しかった。まさしく猫の手も借りたい状況だったのです。そこで、変身できる動物達の助けを借りることにしたんです。当時の町議会は本当に大変でしたよ。『人生の最後に来て動物にお守りされてたまるか』とか『獣の作ったモノが食えるか』などと反対する人が多くってね。まさに紛糾に次ぐ紛糾という状態でした。でも、その反対派もそれ以上に良い案が出ないんですよ。だから不満を抑えていても渋々了承するしかなかったんです。ですから、当時はしかめっ面して町を歩いている人が本当に多かった。『喰われてしまうんじゃないか』っていう恐怖心もあったでしょうね。動物達も同じでした。人間をひどく怖がっていてね。『何であいつら親の敵の面倒を見なきゃなんねぇんだ』『いい顔していたって結局俺達が騙されて馬鹿を見るんだ』ってね。そこを、私とキツネの娘達が双方の説得に回りました」
 町長は、麦茶で口を湿らせた。今日も気温が徐々に上昇し始めている。麦茶のコップについた水滴が、コースターから漏れ出している。町長はそっとハンカチでそれを拭った。
「まず、動物達には働く対価としてお金ではなく、食事と安心して暮らせる場所を提供することにしました。彼らに、『お金をもらったって何の役にも立たない』って言われましてね。食事は、あなた達が泊まった温泉の食堂をはじめ、町にある食堂や居酒屋等で食べたいだけ食べられるようにしました。ペットだった動物は、住み慣れた家に人間と一緒に住んだり、野生の動物は、キツネの娘のように人間と一緒に住む者もいたし、山や公園に巣を作って暮らす者もいたりね。ただ、動物だってこの町から出て羽を伸ばしたいって思う時があります。そのような時のために、町では基金を設置していましてね。役場に事前に申請すると、基金から旅行に必要な分の現金が支給されます。他の自治体に行って、お金がないために何もできず、楽しめないで帰って来ることのないようにね。日頃の彼らの勤勉振りをみていると、それぐらいはしないと申し訳ないくらいです。次に、動物達の学校を作りました。人間の言葉を覚えるためと変身が上手にできるようになるためです。それと、この町と他の自治体との違いも教えています。コレを知らないで他の所に行くと大変なことになりますから。もちろん、お金の使い方もです。変身できない者達が町外へ出る時は、人間が付き添うか、変身している者が同行します。そうするとペットを連れているように見えるので、ジロジロ見られる心配がありません。まぁ、街中に現れると周りがパニックになってしまう、熊や猪、鹿などの大型の動物達にはご遠慮してもらっていますが。そして、学校には当時から変身できない動物達も、希望があれば積極的に入学させています。そうやって少しずつ人間との距離が近くなるように働きかけたんです。一方、人間達には、一人の生活が不安な方や部屋が空いている方で同居を希望する方、動物に話し方や文字、料理や日常作法を教えてくれる方を募集しました。これには退職された塾や学校の先生方が力を貸してくれました。教えることにかけては元プロの方達ですから、教え方が上手というか、教わる動物達も呑み込みが早くて、お互いに良い相乗効果が生まれました。なにせ、動物達にはお金がかかりませんから運営する経費も安く上がります。高齢者や独居の方と一緒に住んで生活してもらうことで、その方達の見守りにもなります。食事も動物達が山菜やら木の実やら、川魚などを毎日採って来てくれるので、人間がわざわざ山に入らなくても良い。畑で獲れた野菜と市場からの仕入れ分を合わせると、人間と動物達が食べる物は充分豪華で、しかも安く確保できました。それを動物達が山に住む仲間達にも持って帰ることで、変身できない動物達も食べ物に困ることがなくなりました。それで、この町の地域に住む動物達は、獲物を狩る必要がなくなったので、種が違っても、みんな同じ場所にいても襲ったりせずに、仲良く暮らすことができているんです。普通に考えると、天敵がいなくなれば増え続けると思うのが一般的ですが、不思議なことに発情期というようなはっきりした時期が曖昧になり、出産も年一回程度になりましてね。それからは、さっきのタヌキの例ではないですが、一回の出産で七~八匹産まれていたのが、一~二匹へと動物達の体質が変わりました。狩られる不安がなくなったので、少数の出産でも良くなったのでしょう。噂を聞いた他の自治体の山に住む動物達が移って来たり、自然の中で人間の手を借りたくないという動物達が、他の自治体が管轄する山に移り住んだりということはありましたね。ですが、動物との協力体制ができてからは、最初のうちは動物の数がどっと増えましたが、三年を過ぎた頃からは安定してきました。」
町長は麦茶を口に少量含み、話しを続けた。
「この取り組みを始めて十三年が過ぎますが、今のところ良い方向に回っていると思います。人口、もっとも動物達は人口とは言わないですが、町民の数と動物達の数が変身できない頭数も含めても、ほぼ同じような数でここ数年は推移しています。変身ですが、これは凄いですよ。熊や猪などの力やスピードのある動物は、車や耕運機などにも変身してもらっています。昨日の高齢者施設のバンも熊達の変身です。長距離は無理ですが、町内の移動なら彼らが頑張ってくれています。ガソリン代がかからないので、町の財政も大助かりです。それに、動物達の中には夜行性の者達もいますから、日中と夜間、薄暮時を交代で勤務することで仕事の効率が上がります。人間だけで交代して行なっていた時は、職員の体調管理の問題や残業などの問題がありましたが、動物達の特性を活かすことで、その問題が解消されました。議会も、人間の議員が行なう町議会の他に、動物達の代表が行なう眷属議会という組織を作りました。その二議会で町の政策決定が話し合われます。国政の衆参両院をイメージしていただければわかりやすいかと思います。両議会での可決が得られないと、政策が決まらないので、行政職員も動物達の意見を取り入れながら提案します。ですから、政策が、どちらか一方の利益になるものにならないよう慎重に議論して進めます。この町の理事者、つまり町長と副町長、教育長、会計管理者は人間が務めることにしています。というのも、国や県をはじめ、他の自治体との連携等もありますし、町外へ出張する頻度も高いですからね。万が一、食事の量の多さなどから怪しまれたり、変身場面を見られたりしたら大変ですから。その代わりではないですが、町の運営をチェックする監査委員を人間と動物両者から選任しています。財政面も人件費の他、動物達を含めた保障関係等の政策に当てています。ガソリン等の燃料費は、町外へ行く時の分ぐらいなので、他の自治体と比べて、かなり削減できていますよ。二酸化炭素も排出されませんから環境にも優しいですしね。動物に勉強や仕事を教えることで、お年寄りが生活にハリが出て、心身共に健康で元気になったことで、医療費や介護、福祉等に支出する額が少なくなりました。動物達と作った作物を出荷することで、農家の収入も増え、その他の事業でも収入が伸びました。つまり、動物達と力を合わせたことで、過疎化と少子・高齢化の問題が一気に解消されただけでなく、町全体が豊かで健康になったんですよ」
 町長は、今までの取り組みに関する資料を広げながら説明してくれた。
「実際に現場を見てもらった方が理解しやすいですよね。それでは、行きましょうか。あっ、それと写真もOKですから。どんどん撮ってください」
と言って、町長は席を立ち、町長室を後にした。頭の整理もつかないままではあったが、私達もその後を追った。
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