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五
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玄関を出ると、庁舎の正面にはシルバーグレーのワゴン車が止まっていた。昨日見た中の一台だろう。側面にはキツネとタヌキ、犬と猫が図案化されたイラストと、『理想の郷』というロゴが入っている。
「これも熊の変身ですか?」
町長は嬉しそうに
「飲み込みが早いですね。町内の移動はすべてそうなっています」
どこからどう見ても本物の車にしか見えなかった。ボディをさすってみたが、体毛のような感触ではなく、ちょっとひんやりしていて金属そのものだ。
「安心してください。大丈夫ですから」
車が笑いながら答えた。
「ひっ、車が喋った」
あわてて手を引っ込めた私に、車になった熊は笑いながら、
「驚かせて申し訳ない。変身しても、感覚はそのままだから、そうやって触られるとくすぐったくってね」
と声が笑っている。
「ごめんなさい。あの、人間に中に入られて痛くないですか?それにいっぱい乗っても重くないですか?疲れないですか?」
熊はガハガハと笑いながら、
「これくらいは全然。ただ、気温が高くなって道路が暑くなった時なんかは、照り返しがキツくてちょっと走り難さはあるけどな。やっぱりアスファルトよりも土や草が出ているところを走るのが、変身していても、していなくても気持ちいいね」
「現在、両議会で議論しているところです。他町から車で来た人達のことや歩く人達のことを考えると、アスファルトが必要ですし、路面の照り返しなど、小さな動物や子供達のことを考えると未舗装で整備した方が良いということになります。他にも、雨の日の泥はねのことや災害時にどうだとかね、埃の問題や生活の中での安全面を含めて議論しています。道路を土に戻すことで、時代物の映画やドラマの撮影の誘致ができるんじゃないかという意見もありますが、埃がたちやすくなることで健康被害を懸念する意見もあるので、どこで折り合いをつけるか、これからも充分な議論を要するでしょう」
町長が説明してくれる。
「まぁ、走る者にとっちゃぁ、早く決めてもらいたいものさ。早く乗っておくれ、そろそろ出発するよ」
車の中に入ると、ますます本物っぽい。エアコンも効いているようで、中はひんやりと涼しかった。
「変身って簡単に言うけど、凄いですね。どこから見ても本物にしか見えませんよ」
皓太もキョロキョロと周りを見渡し、カメラを向けている。
運転席には人が座っていた。
「運転手さんは人間ですか?」
「俺の自慢のひとつさ。運転手も含めて変身しているのさ。俺が走るんだから、本当ならいらないんだけどよ・でも、知らない人が無人で走っている車を見たら、ぶったまげちまうだろう?自動運転ったって一般化されるのはまだまだ先の話だろうしな。さぁ、そろそろ行くぜ」
熊が得意そうに答えた。
熊が変身したワゴン車は、当たり前だが音も立てずに静かに走り出し、上り坂をものともせずにグングン加速していく。静かで乗り心地も良い。いや、むしろこちらの方が数段快適だ。
『熊のままでいる時もこんな感じで走っているのかな?』
結構角度が急なカーブもスピードを緩めることなく走っていく。それでも乗っている私達には遠心力のGを感じることはなかった。驚異的なバランス感覚に加え、動体視力や嗅覚もズバ抜けて良いだろうし、なにしろワゴン車自身が状況を把握して走っているのだから、乗っている私達は安心して身体をあずけていられる。これぞまさしくエコ中のエコであり、究極の『自動運転』である。
「彼らの変身技術の向上で、人件費の削減にもなりましたし、CO2の削減にもかなり貢献してくれています。そして何より、交通事故がなくなりましたから」
町長も得意そうに答えた。
熊が変身したワゴン車は、まもなく神社の奥にある温泉付きの高齢者施設に着いた。
目の前にある二階建ての建物は、まるで一流ホテルのように立派で頑丈そうな建物だった。
「これも何かが変身してるって言わないですよね?」
私が恐る恐る聞くと、
「ここまでは、まさか。ちゃんと町の予算を使って建てていますよ」
と笑いながら町長が答え、
「浮いた予算で、双方の意見を集約して、人間も動物達も楽しめるような建物にしました。昨日話したジイ様のためにキツネの娘が温泉を掘っていたんで、ジイ様の亡くなった後、身内がいないジイ様だったから、遺言どおり町のみんなでその土地を使わせてもらっています。町の指定災害避難所にもなってますし、希望があれば一般の方の宿泊もできます。デイサービスもここで行なっているので、大浴場や運動するための設備も充実していますし、総合病院としての機能も持たせています」
後ろを振り返ると、乗ってきたワゴン車があったところに、施設のネームの入ったユニホームを着た角刈りの大柄な男性がニコニコしながら立っていた。緩やかとはいえ施設まで延々と続く上り坂を、五十キロ以上のスピードで走っていたというのに、息ひとつ乱れていない。熊のパワーって凄い!と改めて思うと同時に、絶対に怒らせてはいけない相手だと思った。
「乗り心地、良かったろ?」
「ホント、最高っす!」
彼は皓太とグータッチをして、施設の中に颯爽と入って行った。彼の大きな背中が頼もしくもあり、誇らしくもあった。私達は彼の後を追うように施設の中に入った。
施設の中は、ますますステキだ。玄関を入ってすぐのところに広々としたロビーがあり、正面の壁が前面ガラスになっていて、木々に囲まれた庭を散策している人達が見える。大画面のテレビやリクライニング式の椅子やソファーが設置されていて、室内にいても陽だまりの中でくつろいでいるような錯覚を受ける。そのロビーから放射状に廊下が五本延びており、入居者の居室や管理棟の他、宿泊棟や温泉やプール、映画や娯楽等に使える多目的空間が設置されている。
床は入り口から全面バリアフリーなのは勿論だが、私が特に目を惹かれたのは、設備よりもお年寄りや障がいのある方一人ひとりに介護員が寄り添っていて、その間をさまざまな動物が歩いていたことだ。
「アニマルセラピーですか?」
「変身できない動物達の仕事として、ここに配置されている動物もおりますが、彼らのほとんどは、年老いて変身する力が衰えた動物達です。まぁ、自然の中で最後を迎えたいと言って、山に帰って行く動物達もいますが、それはそれで良いことだと思いますので、本人達の意志・選択に任せています。よく見てください。必ず二人もしくは二匹で動いているでしょう?人間も動物も介護は常にマンツーマンで行なうようにしています。入居されている方が年老いた動物のサポートをするというパターンもあります。ただ、ここで気をつけていることは、介護者が利用者の負担にならないようにサポートは必要最小限にしていることです。まぁ、人間のお年寄りにとっては、アニマルセラピーにもなっているでしょうね。動物達も最後まで仕事に向き合える歓びがあるようです。人間も動物も、誰かの役に立っているってことが生きる原動力なんですね」
皓太は持ってきたカメラでパシャパシャと施設の設備や利用している方たちのようすを撮っている。時には職員や利用者の方達に声をかけて、笑い合って交流を深めているようだ。
「本当に凄いです。失礼だとは思いますが、とても人口が三千五百人弱の町の建物だなんて思えません」
ひと通り施設の中を見て、私は感心した。自然の素材、イメージを大事にした設計で、利用している方、働いている方達がとっても楽しそうだ。見ている私までウキウキとしてくる。
「みんな楽しそうっすね。写真撮ってても、みんな満足してるって表情っすもんね」
皓太が町長の後を追い、話しかける。
年齢の差はあっても、どことなく気が合うのだろうか。
『町長です』
っていう肩書きを感じさせない佐藤町長の人柄なんだろうか。私は、この二人の関係がちょっと羨ましく思った。
「お互いが利用しやすい、働きやすい環境を両議会で議論してできた施設です。人間も動物達も、その出来にとても満足しています。ですから、ここに来るとみんな元気になるんです。まさに『理想の郷』でしょう?」
と町長はニヤリと笑った。
次に訪れたのは学校だった。正門に『市街地区眷属学校』と書いてある。ということは、他にもこのような眷属学校があるのだろうか。
「町内には、この市街地区の他に二ヵ所の眷属学校があります。そして、町立の子育て支援センターの中に眷属こども園を設置しています。子育て支援センターの職員達は、保育士資格と同時に動物看護師の資格も取得しています。まさに子育てのプロ集団というわけです。それでは、ご案内しいたしましょう」
町長を先頭に、私達はキョロキョロと周りを眺めながら門をくぐった。
市街地区眷属学校は人間の小学校に併設されて建てられていた。渡り廊下でつながれており、先生が行きかう姿が見える。グラウンドや体育館は共有スペースらしい。看板がないと、ちょっと見では普通の小学校と変わらない造りになっている。
事実、昨日私達が人を探して街中をグルグルと回っていた時にもこの前を通ったのだが、全然気がつかなかった。っていうか、動物達が人間に変身して一緒に暮らしているなんて思いもしなかったから、いちいち看板なんて見ていないし。コレって記者失格?
「この眷族小学校は、小学校に併設されていた幼稚園をリフォームして利用していますが、他のところは小学校の空き教室を利用しています」
町長は私の心が読めるのだろうか。タイムリーに私の感じたことに答えてくれるなんて、まさに動物的感の持ち主。いや、動物達と日頃から接していると、そういう感が磨かれるのかもしれない。私がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、町長は私達に歩調を合わせながら話しを続けた。
「動物達は生まれて離乳期を過ぎると、眷属こども園で、変身や言葉の基礎を遊びながら覚えます。そして、生後半年が経って歯が生え変わったら、希望する動物達が入学し、本格的に変身や言葉の勉強をします。もちろん、変身できなくても、山菜取りなど、人間と関わる仕事がたくさんあるので、言葉や文字を学習します。たとえ喋れなかったり書けなかったりしても、こちらの言うことが理解できれば、コミュニケーションは仕草でとることができますからね。ここでは変身できるから偉い、できないから偉くないというのではなく、変身できてもできなくても平等に教育が受けられるということが大事なんです。それから、眷族学校は三歳で卒業します。その後、それぞれの適正に合った仕事に就いて暮らすことになるんです。人間の子供達も、小学生の時分から動物との交流があるので、変身したり人間の言葉を喋ったりしても、自然と受け入れるようになります。お互いを認め合って社会を作る基礎ができるのです」
「三年で眷属学校の学習が終わるとなると、人間の教育制度とかなり違いがありますが、大丈夫ですか?」
「そこは、まぁ、課題というか何というか・・・。小さい時は比較的動物の方の成長が早いんです。半年経つとだいたい一~二歳くらいの成長をするんですよ。だいたい掛ける五歳で考えると良いかもしれません。四歳ごろから次第に成長がゆっくりになって、五歳になるとほとんど人間の成長と変わりなくなります。それ以降は、人間に変身している限り、人間と同じように一歳ずつ年をとっていきます。ですが、人間の子供達からしたら、戸惑うことが多いかもしれませんね。入学した時は年下だった動物達が、半年経ったら同じくらいの年齢になり、その半年後には先輩になってしまうんですからね。でも、こればっかりは、私達もどうこうできるものではありませんから、人間の方が慣れていくしかないんですよね」
「成長のスピードが速いとなると、カリキュラムも大変でしょうね。動物の子供達は、学習にちゃんとついていけているのでしょうか?」
「彼らの飲み込みの良さは本当に素晴らしいですよ。本能というか、それこそ動物的な感というか、教えている元教員の皆さんが『スポンジのような吸収力だ』と口を揃えて言います。動物の子供達にしたら変身できる歓び、たとえ変身できなくても、人間と通じ合える歓びが学習意欲を駆り立てているんでしょうね。もちろん、家庭での親御さん達の努力も大きいんでしょうけどね。彼らは一度覚えたモノは、細部までほとんど忘れることはありません。記憶の面では人間は動物の足元にも及びません。応用の面では人間の方が優れていますが、聴覚や視力、嗅覚などの感覚が人間よりも優れていますから、相手の感情を読むのにも長けています。例えば、こちらがイライラしていたり怒っていたりすると、心臓の鼓動や血流が早くなったり、呼吸が荒くなったり、体温が高くなったりするので、事前にわかるそうなんです。相手の喜怒哀楽を察知できるから空気を読むのが上手い。空気を読むのが上手いから、応用する技術を上手く補えているんです。ですから、テレビ番組じゃないですけど、人間もボーっとしては生きていられないですね」
「動物達の優秀さと比較されて、いじけたり反発したりする子供はいないんですか?特に思春期なんかは敏感な時期ですけれど」
「同じような年の取り方をしていれば、あったかもしれませんね。幸い成長のスピードが違いますから、教師も親も周りも、比べようがないですからね。そこは学習のスピードが違うことの良い面かもしれません。就職してからは、ある面、競争社会で生きていくことになるわけですけど、そこも、成長が早い分、小さい時の姿を人間の方が覚えているんです。親目線で親しみを持って接する大人がほとんどですよ。お互い得意不得意がありますから、補い合って働くよう心がけていますので、今のところ問題はないと思っています」
チャイムが鳴り、両方の校舎からグラウンドに子供達が一斉に出てきた。鬼ごっこや遊具で遊ぶさまは、誰が動物で誰が人間かなんて全然わからない。みんな素敵な笑顔をしている。
その中に奈々也くんの姿があった。奈々也くんも私達に気づいたようで、飛び上がりながら両手を振ってくれている。変身できない動物達も楽しそうに間を走り回っている。一年後には奈々也くんはどのくらい成長しているんだろうか。
私は奈々也くんに手を振り返しながら、この人間と動物達との関係がいつまでも続きますようにと祈らずにはいられなかった。
「これも熊の変身ですか?」
町長は嬉しそうに
「飲み込みが早いですね。町内の移動はすべてそうなっています」
どこからどう見ても本物の車にしか見えなかった。ボディをさすってみたが、体毛のような感触ではなく、ちょっとひんやりしていて金属そのものだ。
「安心してください。大丈夫ですから」
車が笑いながら答えた。
「ひっ、車が喋った」
あわてて手を引っ込めた私に、車になった熊は笑いながら、
「驚かせて申し訳ない。変身しても、感覚はそのままだから、そうやって触られるとくすぐったくってね」
と声が笑っている。
「ごめんなさい。あの、人間に中に入られて痛くないですか?それにいっぱい乗っても重くないですか?疲れないですか?」
熊はガハガハと笑いながら、
「これくらいは全然。ただ、気温が高くなって道路が暑くなった時なんかは、照り返しがキツくてちょっと走り難さはあるけどな。やっぱりアスファルトよりも土や草が出ているところを走るのが、変身していても、していなくても気持ちいいね」
「現在、両議会で議論しているところです。他町から車で来た人達のことや歩く人達のことを考えると、アスファルトが必要ですし、路面の照り返しなど、小さな動物や子供達のことを考えると未舗装で整備した方が良いということになります。他にも、雨の日の泥はねのことや災害時にどうだとかね、埃の問題や生活の中での安全面を含めて議論しています。道路を土に戻すことで、時代物の映画やドラマの撮影の誘致ができるんじゃないかという意見もありますが、埃がたちやすくなることで健康被害を懸念する意見もあるので、どこで折り合いをつけるか、これからも充分な議論を要するでしょう」
町長が説明してくれる。
「まぁ、走る者にとっちゃぁ、早く決めてもらいたいものさ。早く乗っておくれ、そろそろ出発するよ」
車の中に入ると、ますます本物っぽい。エアコンも効いているようで、中はひんやりと涼しかった。
「変身って簡単に言うけど、凄いですね。どこから見ても本物にしか見えませんよ」
皓太もキョロキョロと周りを見渡し、カメラを向けている。
運転席には人が座っていた。
「運転手さんは人間ですか?」
「俺の自慢のひとつさ。運転手も含めて変身しているのさ。俺が走るんだから、本当ならいらないんだけどよ・でも、知らない人が無人で走っている車を見たら、ぶったまげちまうだろう?自動運転ったって一般化されるのはまだまだ先の話だろうしな。さぁ、そろそろ行くぜ」
熊が得意そうに答えた。
熊が変身したワゴン車は、当たり前だが音も立てずに静かに走り出し、上り坂をものともせずにグングン加速していく。静かで乗り心地も良い。いや、むしろこちらの方が数段快適だ。
『熊のままでいる時もこんな感じで走っているのかな?』
結構角度が急なカーブもスピードを緩めることなく走っていく。それでも乗っている私達には遠心力のGを感じることはなかった。驚異的なバランス感覚に加え、動体視力や嗅覚もズバ抜けて良いだろうし、なにしろワゴン車自身が状況を把握して走っているのだから、乗っている私達は安心して身体をあずけていられる。これぞまさしくエコ中のエコであり、究極の『自動運転』である。
「彼らの変身技術の向上で、人件費の削減にもなりましたし、CO2の削減にもかなり貢献してくれています。そして何より、交通事故がなくなりましたから」
町長も得意そうに答えた。
熊が変身したワゴン車は、まもなく神社の奥にある温泉付きの高齢者施設に着いた。
目の前にある二階建ての建物は、まるで一流ホテルのように立派で頑丈そうな建物だった。
「これも何かが変身してるって言わないですよね?」
私が恐る恐る聞くと、
「ここまでは、まさか。ちゃんと町の予算を使って建てていますよ」
と笑いながら町長が答え、
「浮いた予算で、双方の意見を集約して、人間も動物達も楽しめるような建物にしました。昨日話したジイ様のためにキツネの娘が温泉を掘っていたんで、ジイ様の亡くなった後、身内がいないジイ様だったから、遺言どおり町のみんなでその土地を使わせてもらっています。町の指定災害避難所にもなってますし、希望があれば一般の方の宿泊もできます。デイサービスもここで行なっているので、大浴場や運動するための設備も充実していますし、総合病院としての機能も持たせています」
後ろを振り返ると、乗ってきたワゴン車があったところに、施設のネームの入ったユニホームを着た角刈りの大柄な男性がニコニコしながら立っていた。緩やかとはいえ施設まで延々と続く上り坂を、五十キロ以上のスピードで走っていたというのに、息ひとつ乱れていない。熊のパワーって凄い!と改めて思うと同時に、絶対に怒らせてはいけない相手だと思った。
「乗り心地、良かったろ?」
「ホント、最高っす!」
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施設の中は、ますますステキだ。玄関を入ってすぐのところに広々としたロビーがあり、正面の壁が前面ガラスになっていて、木々に囲まれた庭を散策している人達が見える。大画面のテレビやリクライニング式の椅子やソファーが設置されていて、室内にいても陽だまりの中でくつろいでいるような錯覚を受ける。そのロビーから放射状に廊下が五本延びており、入居者の居室や管理棟の他、宿泊棟や温泉やプール、映画や娯楽等に使える多目的空間が設置されている。
床は入り口から全面バリアフリーなのは勿論だが、私が特に目を惹かれたのは、設備よりもお年寄りや障がいのある方一人ひとりに介護員が寄り添っていて、その間をさまざまな動物が歩いていたことだ。
「アニマルセラピーですか?」
「変身できない動物達の仕事として、ここに配置されている動物もおりますが、彼らのほとんどは、年老いて変身する力が衰えた動物達です。まぁ、自然の中で最後を迎えたいと言って、山に帰って行く動物達もいますが、それはそれで良いことだと思いますので、本人達の意志・選択に任せています。よく見てください。必ず二人もしくは二匹で動いているでしょう?人間も動物も介護は常にマンツーマンで行なうようにしています。入居されている方が年老いた動物のサポートをするというパターンもあります。ただ、ここで気をつけていることは、介護者が利用者の負担にならないようにサポートは必要最小限にしていることです。まぁ、人間のお年寄りにとっては、アニマルセラピーにもなっているでしょうね。動物達も最後まで仕事に向き合える歓びがあるようです。人間も動物も、誰かの役に立っているってことが生きる原動力なんですね」
皓太は持ってきたカメラでパシャパシャと施設の設備や利用している方たちのようすを撮っている。時には職員や利用者の方達に声をかけて、笑い合って交流を深めているようだ。
「本当に凄いです。失礼だとは思いますが、とても人口が三千五百人弱の町の建物だなんて思えません」
ひと通り施設の中を見て、私は感心した。自然の素材、イメージを大事にした設計で、利用している方、働いている方達がとっても楽しそうだ。見ている私までウキウキとしてくる。
「みんな楽しそうっすね。写真撮ってても、みんな満足してるって表情っすもんね」
皓太が町長の後を追い、話しかける。
年齢の差はあっても、どことなく気が合うのだろうか。
『町長です』
っていう肩書きを感じさせない佐藤町長の人柄なんだろうか。私は、この二人の関係がちょっと羨ましく思った。
「お互いが利用しやすい、働きやすい環境を両議会で議論してできた施設です。人間も動物達も、その出来にとても満足しています。ですから、ここに来るとみんな元気になるんです。まさに『理想の郷』でしょう?」
と町長はニヤリと笑った。
次に訪れたのは学校だった。正門に『市街地区眷属学校』と書いてある。ということは、他にもこのような眷属学校があるのだろうか。
「町内には、この市街地区の他に二ヵ所の眷属学校があります。そして、町立の子育て支援センターの中に眷属こども園を設置しています。子育て支援センターの職員達は、保育士資格と同時に動物看護師の資格も取得しています。まさに子育てのプロ集団というわけです。それでは、ご案内しいたしましょう」
町長を先頭に、私達はキョロキョロと周りを眺めながら門をくぐった。
市街地区眷属学校は人間の小学校に併設されて建てられていた。渡り廊下でつながれており、先生が行きかう姿が見える。グラウンドや体育館は共有スペースらしい。看板がないと、ちょっと見では普通の小学校と変わらない造りになっている。
事実、昨日私達が人を探して街中をグルグルと回っていた時にもこの前を通ったのだが、全然気がつかなかった。っていうか、動物達が人間に変身して一緒に暮らしているなんて思いもしなかったから、いちいち看板なんて見ていないし。コレって記者失格?
「この眷族小学校は、小学校に併設されていた幼稚園をリフォームして利用していますが、他のところは小学校の空き教室を利用しています」
町長は私の心が読めるのだろうか。タイムリーに私の感じたことに答えてくれるなんて、まさに動物的感の持ち主。いや、動物達と日頃から接していると、そういう感が磨かれるのかもしれない。私がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、町長は私達に歩調を合わせながら話しを続けた。
「動物達は生まれて離乳期を過ぎると、眷属こども園で、変身や言葉の基礎を遊びながら覚えます。そして、生後半年が経って歯が生え変わったら、希望する動物達が入学し、本格的に変身や言葉の勉強をします。もちろん、変身できなくても、山菜取りなど、人間と関わる仕事がたくさんあるので、言葉や文字を学習します。たとえ喋れなかったり書けなかったりしても、こちらの言うことが理解できれば、コミュニケーションは仕草でとることができますからね。ここでは変身できるから偉い、できないから偉くないというのではなく、変身できてもできなくても平等に教育が受けられるということが大事なんです。それから、眷族学校は三歳で卒業します。その後、それぞれの適正に合った仕事に就いて暮らすことになるんです。人間の子供達も、小学生の時分から動物との交流があるので、変身したり人間の言葉を喋ったりしても、自然と受け入れるようになります。お互いを認め合って社会を作る基礎ができるのです」
「三年で眷属学校の学習が終わるとなると、人間の教育制度とかなり違いがありますが、大丈夫ですか?」
「そこは、まぁ、課題というか何というか・・・。小さい時は比較的動物の方の成長が早いんです。半年経つとだいたい一~二歳くらいの成長をするんですよ。だいたい掛ける五歳で考えると良いかもしれません。四歳ごろから次第に成長がゆっくりになって、五歳になるとほとんど人間の成長と変わりなくなります。それ以降は、人間に変身している限り、人間と同じように一歳ずつ年をとっていきます。ですが、人間の子供達からしたら、戸惑うことが多いかもしれませんね。入学した時は年下だった動物達が、半年経ったら同じくらいの年齢になり、その半年後には先輩になってしまうんですからね。でも、こればっかりは、私達もどうこうできるものではありませんから、人間の方が慣れていくしかないんですよね」
「成長のスピードが速いとなると、カリキュラムも大変でしょうね。動物の子供達は、学習にちゃんとついていけているのでしょうか?」
「彼らの飲み込みの良さは本当に素晴らしいですよ。本能というか、それこそ動物的な感というか、教えている元教員の皆さんが『スポンジのような吸収力だ』と口を揃えて言います。動物の子供達にしたら変身できる歓び、たとえ変身できなくても、人間と通じ合える歓びが学習意欲を駆り立てているんでしょうね。もちろん、家庭での親御さん達の努力も大きいんでしょうけどね。彼らは一度覚えたモノは、細部までほとんど忘れることはありません。記憶の面では人間は動物の足元にも及びません。応用の面では人間の方が優れていますが、聴覚や視力、嗅覚などの感覚が人間よりも優れていますから、相手の感情を読むのにも長けています。例えば、こちらがイライラしていたり怒っていたりすると、心臓の鼓動や血流が早くなったり、呼吸が荒くなったり、体温が高くなったりするので、事前にわかるそうなんです。相手の喜怒哀楽を察知できるから空気を読むのが上手い。空気を読むのが上手いから、応用する技術を上手く補えているんです。ですから、テレビ番組じゃないですけど、人間もボーっとしては生きていられないですね」
「動物達の優秀さと比較されて、いじけたり反発したりする子供はいないんですか?特に思春期なんかは敏感な時期ですけれど」
「同じような年の取り方をしていれば、あったかもしれませんね。幸い成長のスピードが違いますから、教師も親も周りも、比べようがないですからね。そこは学習のスピードが違うことの良い面かもしれません。就職してからは、ある面、競争社会で生きていくことになるわけですけど、そこも、成長が早い分、小さい時の姿を人間の方が覚えているんです。親目線で親しみを持って接する大人がほとんどですよ。お互い得意不得意がありますから、補い合って働くよう心がけていますので、今のところ問題はないと思っています」
チャイムが鳴り、両方の校舎からグラウンドに子供達が一斉に出てきた。鬼ごっこや遊具で遊ぶさまは、誰が動物で誰が人間かなんて全然わからない。みんな素敵な笑顔をしている。
その中に奈々也くんの姿があった。奈々也くんも私達に気づいたようで、飛び上がりながら両手を振ってくれている。変身できない動物達も楽しそうに間を走り回っている。一年後には奈々也くんはどのくらい成長しているんだろうか。
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