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八
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「ホント、ここの温泉ってサイコー。私の肌に合うわぁ」
肌をさすりながらスベスベ感を確認する。五歳くらいは若返った感じだ。記事についての悩みも、お湯に浸かっている間は忘れさせてくれる。
入浴を終えて部屋に戻った私は、ベッドの上で仰向けになり、町長が話してくれたこと、高齢者施設や眷属学校でのこと、町で働く人達や動物達のこと、奈々也くんの変身場面など、ここ二日間の出来事を思い出すに任せて振り返った。
「やっぱり記事にするべきなんだろうか」
考えれば考えるほど、その迷いは大きくなるばかりだ。
確かに、町長が言うように、この取り組みが全国に広がると、国全体が人間だけでなく、動物達にとっても住みやすい環境になるだろう。この町では誰もが楽しく過ごしており、幸せそうだ。
でも、何かが心に引っかかっていて、私はペンを進めることができなかった。それが何なのかがまだ掴めていないし、そのモヤモヤが記事にする文章を曇らせている。
そんな堂々巡りを頭の中で繰り返しているうちに、私はそのまま起き上がることなく、朝までの深い眠りに入っていった。
翌朝は、スマホのアラームを設定していたこともあり、睡眠不足気味ではあったが、何とか朝食のバイキングには間に合うことができた。しかもスッピンではなく!
なるほど、朝のバイキングの風景は、作業服を着ている人や背広姿の人達が次から次に入ってきて大盛況だ。しかも、朝から食べる量がみんなハンパない量だ。私が盛った量の優に四~五倍はあるだろう。細身のOL風の女性だって三倍くらいの量を平気で食べている。いったい華奢な身体のどこに入っていくんだろうかと不思議に思える光景だ。
「光恵さんも食べるんだろうな。皓太、貯金してないだろうし、もっともっと働かないとお金続かないだろうなぁ」
と、笑いがこみ上げてくる。私は細身のOL風の女性の横に座り、朝食に箸をつけて食べ始めた。
「へぇ、あんたそんだけで大丈夫なの?しっかり食べないと身体もたないよ。変身してると予想以上に体力使うんだから、朝からしっかり食べないとね、私みたいに」
OL風の女性は鶏足を骨のままバリバリと食べながら私に言った。
「私、変身してないんで、大丈夫です」
「へぇ~、あんた人間なの?」
「あなたは?」
「私はキツネさ。人間は変身しなくていいからイイね」
と言いながら、彼女は「いいね」が被ったことに自分でウケてニヤニヤしているが、私は聞き流すことにした。
「やっぱり、変身って大変なんですか?」
「動物の姿のままでいる時よりはね。かなり体力使うけど、いいことの方がたくさんあるよ。なんてったって、人間と対等に扱われるってトコが私は気に入ってるな。動物だから評価が落ちるんじゃなくて、人間と同じ土俵の上に立てるうえに、仕事ができるできないで評価してもらえるし。キツネの時は、病気やウイルス持ってないかってうるさいし、厄介者扱いする人間達が多いからね」
「人間と対等に・・・」
「こうなる前は、人間と動物って銃を向ける側と向けられる側の関係だったからね。山を歩いていても、いつもビクビクだったさ。それが仕事できると人間の上に立って、私の考えで人間を動かせるんだよ。それってスッゴク気持ちイイよね!」
なるほど、見るからにテキパキと仕事ができそうなタイプだ。女性は私と喋っている間にも鶏足を七本と串カツ十五本、どんぶり飯三杯をたいらげ、牛乳ジョッキ二杯を一気飲みして
「じゃあね」
と席を立って行った。まだ三分の一しか手をつけていなかった私は、彼女を呆然と見送るしかなかった。
次に横に座ってきたのは、昨日役場から理想の郷まで乗せてくれた男の人だった。
「昨日は乗せていただいてありがとうございました。あんな乗り心地の良い車は初めてでした。スッゴク静かだったし、とっても快適なドライブでした」
「そう言ってくれると嬉しいね。俺もこんな美しいお嬢さんを乗せるのはとっても嬉しいよ」
お世辞とわかっていても、褒められるのは嬉しい。思わず頬が赤くなってしまう。
「変身って体力使うし、大変なんですってね。それに、運転席に人が乗っている車に変身して走るのって、ものすごく大変なんじゃないですか?」
「いやいや、もう慣れっこになっちまったからな。そうでもないよ。それに、こんなに美味い料理を毎日腹いっぱい食えるんだから、もっともっと頑張らなきゃって思うよ。ホント」
「不満とかってないんですか?」
「今までが大変だったからなぁ。別に人を襲ったことなんてないけど、ちょっと山から下りて姿見られるとハンターにしつこく追われちまってたからさ。それ考えたら今は天国だよ。人間の爺さんや婆さん達に毎日感謝されてさ」
「野性の生活に戻りたいって思うことありませんか?」
熊の男は少し考えて
「俺はあんまし思わねぇなぁ。こうなる前って、山ん中の食べ物ってちょびっとしかなかったからなぁ。いつも腹ペコで山をうろついていたさ。その辛さ考えると、もう野生には戻りたくねぇなぁ」
と、五〇〇グラムはあるステーキを一口で平らげてしまった。そして、遠くを見つめる目をしながらしみじみと答えた。
「やっぱり、動物のみなさんはこの町が好きなんですね。みなさん町の取り組みに満足しているって答えてくれます」
「そうでもないよ。今まで好き勝手にしてきた人間達に手を貸すのはご免だって、違う山に移って行ったヤツも結構いるよ。まぁ、こんな風になってから動物達は飢えることもなくなったから、多くのヤツらは満足してるって言うけどな。俺達動物にとって飢えることが一番の辛いことだからさ。お嬢さん、今日も暑くなりそうだから、今のうちにしっかり食べとかないとダメだよ」
そう言うと熊が変身した男性は、ガハガハと笑いながら大股でお代わりをしに席を立って行った。
「みんな、大食い選手権に出たら、超有名になれそう・・・」
私は、彼の後姿を見送りながら、大きく一息ついて呟いた。
「そうさ、彼らの中にも変身している者はいるよ」
反対側に座っていた理想の郷のユニホームを着た女性が答えた。彼女も私の三倍はあろうかという量を平らげようとしている。
「でもね、あんまり多く食べちゃって、いつも勝ってばっかりいたら、怪しまれるといけないんでね、適当なところで負けるようにしているらしいよ。美味しい物が出た時なんかは、ついつい食べ過ぎちゃいそうになるらしくて、人間に勝たせるのにひと苦労するんだって言ってたよ」
「わざと負けてるんですか?」
「人間の嫉妬は恐ろしいからね」
「詳しいんですね。ひょっとして大食い選手権に出たことがあるんですか?」
「友達がね、出てるんだ。三年ぐらい前かな、始めて大食い選手権に出た時に、いきなりダントツで優勝しちゃってさ。その時みんなから『帝王』って呼ばれてた人のメンツをつぶしちゃったんだね。それから執拗に付きまとわれるようになってね。どんな訓練してるのかだとか、普段はどんな生活してるのだとかを探るために、盗聴器やカメラを留守の時にアパートに仕掛けられたり、執拗に付きまとわれたりしたんだって。私らって目や耳や鼻イイからさ、どんなに小さな音や臭いや変化なんかでもわかっちゃうし、すぐに気付いちゃうから全然無駄なんだけどね。嫌がらせも凄かったみたいだし、驚いて変身解けそうになったことも何回かあったらしいよ。それからは、いつも三番か四番になるようにしてるって言ってたよ」
「大変なんですね・・・」
「私らは都会に紛れていても、戸籍とかないからさ。まぁ、そのスジに頼めば作れないことはないんだけど、料金メッチャ高いから普通に暮らしている者には手が届かないんだよね。だから困ったってかえって怪しまれちゃうからさ、ヘタに警察に通報したり役所や病院に行ったりするわけにもいかないんだよね。目立っちゃうってことは自分の首を絞めちゃうことになるからね。走ることや飛び跳ねることなんかもそうだけど、ただでさえ人間よりもできちゃうことが多いから、目立たないように暮らすって本当に大変なんだよ」
「じゃあ、この町だけでなく、他の町でも生活している動物がいるんですか?」
彼女は平然と、
「そうだよ。いっぱいいるよ。特に都会はね。ほとんどの人が地方から集まってきてるし、他人には無関心だから紛れ込むにはちょうどイイんだよね。変身場面を見られないように、かなり気を遣わなければならないけどね」
「あなたも都会で暮らしたことがあるんですか?」
「一年くらいね。でも、周りにバレないように気を遣うのが大変すぎて、この町に移ってきたんだ。この町は、他んトコで住んでた動物達にも、外国から来た動物達にも寛大だからね」
「あなたとその友達は・・・」
「私らはアライグマさ」
「アライグマ?」
「そっ。他の町じゃ『特定外来生物』で駆除の対象なんだってさ。私らだって必死で生きているのに『害獣』扱いだよ。それに、駆除ってナニ?私らだってちゃんとした命なのにさ。私らから言わせれば、人間こそ『特定外来生物』だし、しかも超が付くほどの『危険外来種』じゃないかって言いたいね。私らをどんどん捕まえては殺したり他所に売り飛ばしたりするし、動物の住処をどんどんなくしちまっているのは人間の方じゃないか。私らの食べ物を根こそぎ奪っておいて、お腹が減ってどうしようもないから里に出て畑のモノをちょっと食べただけなのに、いつも人間に狙われてさ、ホント、頭にきちゃうよ。足跡や姿なんか見られようモンなら、みんなバットとか網とか凶器持ちながら、寄ってたかって捕まえようとしてさ。こっちも捕まったら大変だと思うし怖いから爪なんか立てて威嚇したら『何て強暴な動物だ!』だってさ、まったく。生態系を乱をしているのはどっちだっつーの!それにひきかえ、ここは天国だよ。働き口もあるし、しっかり働けば、こうして腹いっぱい美味しい物を食べることもできる」
「この取り組みは、そういう動物達にとっても役に立っているんですね」
「そうだよ。命を狙われることもないからね。最も、これだけ美味しい物を腹いっぱい食べられたら、畑のモノを食べようなんて思わないけどね」
彼女の食べっぷりに圧倒されている私を見て、爽やかな笑顔を返してきた。
「私ね、真由美っていうんだ。よろしく」
「真由美さん・・・ですか」
私のリアクションに、彼女は首をかしげて、
「変?」
と聞いてきた。私は慌てて、
「い、いえ。今まで知り合った方が産まれた順番にちなんだ名前だったので。それに、外国の名前なのかなって思っていたので、日本的な名前だったから、つい・・・、すみません」
「そうそう、そこんトコ気に入ってるんだ、私。お婆ちゃんはアメリカで生まれたらしいんだけど、私は生粋の日本生まれの日本育ちだからね」
快活そうな彼女にはピッタリの名前だと思った。彼女と話すと爽やかな気持ちになる。きっと仕事でも、利用者の方に元気を振りまいているのだと思う。
「じゃあね」
と言って、彼女は食器置き場に消えて行った。私の悩んでいる心の中にも爽やかな風を運んでくれた。
その後も二~三人に話しを聞いたが、みんなそれぞれ不満(といっても、大きな不満ではないらしく、みんな笑いながらグチをこぼすといった感じ)を口にしながらも、現状では満足しているようだ。
肌をさすりながらスベスベ感を確認する。五歳くらいは若返った感じだ。記事についての悩みも、お湯に浸かっている間は忘れさせてくれる。
入浴を終えて部屋に戻った私は、ベッドの上で仰向けになり、町長が話してくれたこと、高齢者施設や眷属学校でのこと、町で働く人達や動物達のこと、奈々也くんの変身場面など、ここ二日間の出来事を思い出すに任せて振り返った。
「やっぱり記事にするべきなんだろうか」
考えれば考えるほど、その迷いは大きくなるばかりだ。
確かに、町長が言うように、この取り組みが全国に広がると、国全体が人間だけでなく、動物達にとっても住みやすい環境になるだろう。この町では誰もが楽しく過ごしており、幸せそうだ。
でも、何かが心に引っかかっていて、私はペンを進めることができなかった。それが何なのかがまだ掴めていないし、そのモヤモヤが記事にする文章を曇らせている。
そんな堂々巡りを頭の中で繰り返しているうちに、私はそのまま起き上がることなく、朝までの深い眠りに入っていった。
翌朝は、スマホのアラームを設定していたこともあり、睡眠不足気味ではあったが、何とか朝食のバイキングには間に合うことができた。しかもスッピンではなく!
なるほど、朝のバイキングの風景は、作業服を着ている人や背広姿の人達が次から次に入ってきて大盛況だ。しかも、朝から食べる量がみんなハンパない量だ。私が盛った量の優に四~五倍はあるだろう。細身のOL風の女性だって三倍くらいの量を平気で食べている。いったい華奢な身体のどこに入っていくんだろうかと不思議に思える光景だ。
「光恵さんも食べるんだろうな。皓太、貯金してないだろうし、もっともっと働かないとお金続かないだろうなぁ」
と、笑いがこみ上げてくる。私は細身のOL風の女性の横に座り、朝食に箸をつけて食べ始めた。
「へぇ、あんたそんだけで大丈夫なの?しっかり食べないと身体もたないよ。変身してると予想以上に体力使うんだから、朝からしっかり食べないとね、私みたいに」
OL風の女性は鶏足を骨のままバリバリと食べながら私に言った。
「私、変身してないんで、大丈夫です」
「へぇ~、あんた人間なの?」
「あなたは?」
「私はキツネさ。人間は変身しなくていいからイイね」
と言いながら、彼女は「いいね」が被ったことに自分でウケてニヤニヤしているが、私は聞き流すことにした。
「やっぱり、変身って大変なんですか?」
「動物の姿のままでいる時よりはね。かなり体力使うけど、いいことの方がたくさんあるよ。なんてったって、人間と対等に扱われるってトコが私は気に入ってるな。動物だから評価が落ちるんじゃなくて、人間と同じ土俵の上に立てるうえに、仕事ができるできないで評価してもらえるし。キツネの時は、病気やウイルス持ってないかってうるさいし、厄介者扱いする人間達が多いからね」
「人間と対等に・・・」
「こうなる前は、人間と動物って銃を向ける側と向けられる側の関係だったからね。山を歩いていても、いつもビクビクだったさ。それが仕事できると人間の上に立って、私の考えで人間を動かせるんだよ。それってスッゴク気持ちイイよね!」
なるほど、見るからにテキパキと仕事ができそうなタイプだ。女性は私と喋っている間にも鶏足を七本と串カツ十五本、どんぶり飯三杯をたいらげ、牛乳ジョッキ二杯を一気飲みして
「じゃあね」
と席を立って行った。まだ三分の一しか手をつけていなかった私は、彼女を呆然と見送るしかなかった。
次に横に座ってきたのは、昨日役場から理想の郷まで乗せてくれた男の人だった。
「昨日は乗せていただいてありがとうございました。あんな乗り心地の良い車は初めてでした。スッゴク静かだったし、とっても快適なドライブでした」
「そう言ってくれると嬉しいね。俺もこんな美しいお嬢さんを乗せるのはとっても嬉しいよ」
お世辞とわかっていても、褒められるのは嬉しい。思わず頬が赤くなってしまう。
「変身って体力使うし、大変なんですってね。それに、運転席に人が乗っている車に変身して走るのって、ものすごく大変なんじゃないですか?」
「いやいや、もう慣れっこになっちまったからな。そうでもないよ。それに、こんなに美味い料理を毎日腹いっぱい食えるんだから、もっともっと頑張らなきゃって思うよ。ホント」
「不満とかってないんですか?」
「今までが大変だったからなぁ。別に人を襲ったことなんてないけど、ちょっと山から下りて姿見られるとハンターにしつこく追われちまってたからさ。それ考えたら今は天国だよ。人間の爺さんや婆さん達に毎日感謝されてさ」
「野性の生活に戻りたいって思うことありませんか?」
熊の男は少し考えて
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と、五〇〇グラムはあるステーキを一口で平らげてしまった。そして、遠くを見つめる目をしながらしみじみと答えた。
「やっぱり、動物のみなさんはこの町が好きなんですね。みなさん町の取り組みに満足しているって答えてくれます」
「そうでもないよ。今まで好き勝手にしてきた人間達に手を貸すのはご免だって、違う山に移って行ったヤツも結構いるよ。まぁ、こんな風になってから動物達は飢えることもなくなったから、多くのヤツらは満足してるって言うけどな。俺達動物にとって飢えることが一番の辛いことだからさ。お嬢さん、今日も暑くなりそうだから、今のうちにしっかり食べとかないとダメだよ」
そう言うと熊が変身した男性は、ガハガハと笑いながら大股でお代わりをしに席を立って行った。
「みんな、大食い選手権に出たら、超有名になれそう・・・」
私は、彼の後姿を見送りながら、大きく一息ついて呟いた。
「そうさ、彼らの中にも変身している者はいるよ」
反対側に座っていた理想の郷のユニホームを着た女性が答えた。彼女も私の三倍はあろうかという量を平らげようとしている。
「でもね、あんまり多く食べちゃって、いつも勝ってばっかりいたら、怪しまれるといけないんでね、適当なところで負けるようにしているらしいよ。美味しい物が出た時なんかは、ついつい食べ過ぎちゃいそうになるらしくて、人間に勝たせるのにひと苦労するんだって言ってたよ」
「わざと負けてるんですか?」
「人間の嫉妬は恐ろしいからね」
「詳しいんですね。ひょっとして大食い選手権に出たことがあるんですか?」
「友達がね、出てるんだ。三年ぐらい前かな、始めて大食い選手権に出た時に、いきなりダントツで優勝しちゃってさ。その時みんなから『帝王』って呼ばれてた人のメンツをつぶしちゃったんだね。それから執拗に付きまとわれるようになってね。どんな訓練してるのかだとか、普段はどんな生活してるのだとかを探るために、盗聴器やカメラを留守の時にアパートに仕掛けられたり、執拗に付きまとわれたりしたんだって。私らって目や耳や鼻イイからさ、どんなに小さな音や臭いや変化なんかでもわかっちゃうし、すぐに気付いちゃうから全然無駄なんだけどね。嫌がらせも凄かったみたいだし、驚いて変身解けそうになったことも何回かあったらしいよ。それからは、いつも三番か四番になるようにしてるって言ってたよ」
「大変なんですね・・・」
「私らは都会に紛れていても、戸籍とかないからさ。まぁ、そのスジに頼めば作れないことはないんだけど、料金メッチャ高いから普通に暮らしている者には手が届かないんだよね。だから困ったってかえって怪しまれちゃうからさ、ヘタに警察に通報したり役所や病院に行ったりするわけにもいかないんだよね。目立っちゃうってことは自分の首を絞めちゃうことになるからね。走ることや飛び跳ねることなんかもそうだけど、ただでさえ人間よりもできちゃうことが多いから、目立たないように暮らすって本当に大変なんだよ」
「じゃあ、この町だけでなく、他の町でも生活している動物がいるんですか?」
彼女は平然と、
「そうだよ。いっぱいいるよ。特に都会はね。ほとんどの人が地方から集まってきてるし、他人には無関心だから紛れ込むにはちょうどイイんだよね。変身場面を見られないように、かなり気を遣わなければならないけどね」
「あなたも都会で暮らしたことがあるんですか?」
「一年くらいね。でも、周りにバレないように気を遣うのが大変すぎて、この町に移ってきたんだ。この町は、他んトコで住んでた動物達にも、外国から来た動物達にも寛大だからね」
「あなたとその友達は・・・」
「私らはアライグマさ」
「アライグマ?」
「そっ。他の町じゃ『特定外来生物』で駆除の対象なんだってさ。私らだって必死で生きているのに『害獣』扱いだよ。それに、駆除ってナニ?私らだってちゃんとした命なのにさ。私らから言わせれば、人間こそ『特定外来生物』だし、しかも超が付くほどの『危険外来種』じゃないかって言いたいね。私らをどんどん捕まえては殺したり他所に売り飛ばしたりするし、動物の住処をどんどんなくしちまっているのは人間の方じゃないか。私らの食べ物を根こそぎ奪っておいて、お腹が減ってどうしようもないから里に出て畑のモノをちょっと食べただけなのに、いつも人間に狙われてさ、ホント、頭にきちゃうよ。足跡や姿なんか見られようモンなら、みんなバットとか網とか凶器持ちながら、寄ってたかって捕まえようとしてさ。こっちも捕まったら大変だと思うし怖いから爪なんか立てて威嚇したら『何て強暴な動物だ!』だってさ、まったく。生態系を乱をしているのはどっちだっつーの!それにひきかえ、ここは天国だよ。働き口もあるし、しっかり働けば、こうして腹いっぱい美味しい物を食べることもできる」
「この取り組みは、そういう動物達にとっても役に立っているんですね」
「そうだよ。命を狙われることもないからね。最も、これだけ美味しい物を腹いっぱい食べられたら、畑のモノを食べようなんて思わないけどね」
彼女の食べっぷりに圧倒されている私を見て、爽やかな笑顔を返してきた。
「私ね、真由美っていうんだ。よろしく」
「真由美さん・・・ですか」
私のリアクションに、彼女は首をかしげて、
「変?」
と聞いてきた。私は慌てて、
「い、いえ。今まで知り合った方が産まれた順番にちなんだ名前だったので。それに、外国の名前なのかなって思っていたので、日本的な名前だったから、つい・・・、すみません」
「そうそう、そこんトコ気に入ってるんだ、私。お婆ちゃんはアメリカで生まれたらしいんだけど、私は生粋の日本生まれの日本育ちだからね」
快活そうな彼女にはピッタリの名前だと思った。彼女と話すと爽やかな気持ちになる。きっと仕事でも、利用者の方に元気を振りまいているのだと思う。
「じゃあね」
と言って、彼女は食器置き場に消えて行った。私の悩んでいる心の中にも爽やかな風を運んでくれた。
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