乙女ゲームやったことないのに悪役令嬢だそうでスルーした所

宝子

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人間誰しも大小悪役代償悪役

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「ブライアン--ブライアン」
 そのとき、姉妹を連れて横を歩いていたブライアンが、呼び止められた。

 黒を基調とした礼装を着込んだノアであった。
「ちょうどよかった。お前の事だから、早めに来ると思っていたよ。今度の貴族会議に提出する例の件について--」
「ああ、あれか!」
 ブライアンはすぐに気がついた。

「ちょっと、いいか?」

 ノアはブライアンに話しかけながら、リヴィとメルの方に目配せを行った。
 ノアと視線が合ったので、リヴィは頷いて、軽く手を振った。メルはそんな様子を、笑いながら見ていた。

 ノアとブライアンは、聞かれたくない話でもあったのか、離れた柱の方に歩いて行って、そこで二人だけで話し始めた。

「なんだろう?」
 リヴィは首を傾げた。
「珍しい、リヴィ、貴族会議の事に興味なんてあるの?」
 メルが驚いて青い瞳を見開いた。
「うん……何話しているのかなって思って」
 メルは喜んでるようだった。農園以外の事に興味を持つなんて、いい傾向だ。
 
「そりゃ、魔道とか心理学とかは、やっとかなきゃいけない必修だからね。仕方ないよ」

 ブライアンの方だけを見つめながら、リヴィはそう言った。

「でも、邪魔しちゃ悪いから、行きましょう」

 メルは笑って、リヴィのモスリンの袖を引っ張った。

 リヴィは、メルと共に、溶かされた闇に光り輝く、ステンドグラスの展開の下を歩き始めた。

 ただ明るい光に充ち満ちる世界とは違う、厳粛な安らぎがあった。

 大人の男が何人も手を広げたよりも、遥かに大きなグラスの窓の下に来た。

 そこには、なめし革を着せられた子どもが、無邪気に笑う様子、その隣で、美しく整っている顔立ちの中、ただ寂しげな瞳だけが印象的な子どもが立っている様子があった。

 その子ども達のすぐ側には、いかにも物わかりの良さそうな、ごく普通の父親が立っている。

 そのまま歩を進めていくと、ただ、そこにはステンドグラスの風景に見とれる、何人もの男女がいた。展開されている物語は一つだけではない。天井を、空間を、飾り付けるのは数々の神話と民話であった。


 次に、巨大なガラス窓を彩ったのは、石を運ぶ苦役に喘ぐハロの姿だった。
 ハロが、その肉体の倍ぐらいある石を、仲間とともに紐を引っ張りながら苦悶の汗を顔中に浮かべている、その迫力が、光を通して感じられる。

(相当苦しんだんだろうね、ハロ……)

 リヴィが隣のメルに耳打ちをした。メルは肩をすくめて何も言わなかった。17歳にして、メルにとって世間とは相当、厳しくも苦しいものであるらしく、ハロにたやすく同情することは出来ないらしい。

(まあ、私は悲劇の悪役令嬢になる訳だから、神話か民話かしれない世界での苦しみに、浸るっていうのもおかしいのかもなあ)

 そんな気もする。だが同時に、この絵は人生には、理屈ではない苦役が待ち受けていると、そのことを示しているようにも感じられた。

 それから、リヴィとメルは、長い通路を歩いて行き、物語の最後の大ガラスを見上げた。

 それは、テキストにはない光景であった。

 父と、兄と、弟が、それぞれ手を繋ぎ、肩を組み合って、笑いあう光景だ。
 全員が、高価で、見るからに尊い衣装に身を包み、頬には幸福の明るさをさし、ただ互いの笑顔をその瞳にうつしていた。


 マリーベル教のテキストには、家族の和解の場面までは語られていない。しかし、民間伝承は様々に分岐しながらも数多くあり、その中でも広く知られ、愛されているのが、親子は互いに許し合い、兄弟も互いに許し合い、心を通じ合わせ、末永く仲良く暮らしたというものである。

 そのラストがいかに愛されているかは、テキストにないにも関わらず、大聖堂のステンドグラスを飾るという点からも、はっきりしているだろう。

 やがて広々とした廊下を渡っていくと、そこには、父、兄、弟の彫刻があった。マリーベルの使いと言われる、彼らのそれぞれの妻達の彫刻も並んでいた。

 テキストの補遺には、やがて兄弟には、マリーベルの分身とも言われる女性が付き添って、共に暮らしたという捕捉があるのである。

「いつも思うんだけどさ」

「ん、何よ?」

 メルが唐突に話し出したので、リヴィは従妹を振り返った。

「このマリーベルの彫刻、フロリーに似てない?」
「へ? あ、そういえば、そうだよね……」

 フロリーは美少女の部類に入る。
 それを言ったら、リヴィもメルも十分に美形に分類される。だが、リヴィはお水と言われてしまうようなケバケバしい美貌だし、メルの方も意地悪そうに見えて結構可愛いという表現が合うのだ。

 それに対して、フロリーは、優しげでふんわりした印象の中に、何とも言えない清楚さと気品を持っている。

 その、とんがったところのない優美な気品が、マリーベルの使い達に通じるものがあるのだ。特に、目元の印象がフロリーに似ていた。

「ていうか、王家の印象に似てるよねえ……なんだろう。目かな? やっぱり」
「言えてる。ひょっとしたら、王家の先祖の誰かがモデルなんじゃない? やっぱり、神様に似せて人を作るっていう神話が多いけれど、無神論者からしてみれば、王家とかそういう血筋の人に似せて、神様作るんじゃないのって感じだし」

(こらーっ!?)
 メルは慌ててリヴィの口を塞いで怒鳴った。
(リヴィ、お前、時々鋭い事を言うけれど、頼むから時と場所を考えて! ここって、そんなこと言っていい場所!?)
(ひゅひふぁへふ……)
 流石に、メルは、大聖堂内での飲食は控えようと思ったのだろう。口の中にスコーンや鉄拳をぶちこむ事はしなかった。



「リヴィ、メル、何を楽しそうな事をしているの?」
 そのとき、軽やかな足取りで、フロリーが近づいてきた。

 メルは即座に、リヴィから手を離して、男爵令嬢的に過不足のない笑みを、フロリーの方へと向けた。

「別に、楽しい訳じゃないんだけどね……」
 フロリーの脳天気さは知っているのに、リヴィの方が突っ込んでしまう。

「ステンドグラスを見ていたのよ。大聖堂に来たら、やっぱり一通りは見て置かないと」
 メルの方は全く悪びれずにそう答える。

「そうね。とても綺麗だから」
 フロリーは楽しそうだった。

 いつもふわふわと笑っているお姫様と、その能力の落差を考えて、リヴィもメルも思わず顔を見合わせてしまう。その後に、彫刻のマリーベルを見て、思わずくすっと笑った。

「どうしたの?」
 フロリーが首を傾げる。

「ううん。なんにも」

 どんな人間にも、思いも寄らない顔がある。そういうことなのかもしれないな、とリヴィ達は思った。そもそもが、女神様や、その天使でもない限り、裏表もなく完璧な女性なんていないのかもしれない。

 そう考えれば、フロリーストームは、まだまだ可愛い結果なのかもしれない。本人にも、魔力漏れなんて自分ではどうしようもない訳だし。

「リヴィ」

 フロリーは、何気ない仕草で、リヴィの隣に滑り込み、甘い愛くるしい笑顔を見せた。

「ステンドグラスの物語で一番好きなのは、これなの?」

「一番ってほどじゃないけど。何回来ても、飽きない程度には、みるものがあるからね。いくらでも見ていられる」

 リヴィはフロリーが腕を組んでくるのに任せて、一緒に歩き出した。

「二人とも、そろそろミサが始まるわよ」

 メルは、フロリーからわずかに距離を置いた位置から、声をかけた。何しろ優等生なので、時間通りに動くのがすっかり癖になっているのである。

 メルの後をついて、リヴィとフロリーは大聖堂の講堂の中に入っていった。
 フロリーはおっとりした様子ながらも、機嫌良く、リヴィにずっと何事か話しかけていあし、リヴィもそこは慣れでそつなく応対していた。

 講堂で、貴族に設けられた席に、リヴィとメルが座り、そのわずかに手前の黄金で縁取られた赤い椅子にフロリーが座った。
 そこはやはり、大貴族グランドンと、王族は区別されるのである。

 リヴィは、鞄に入れて持って来た「農業春夏秋冬」というテキストを読みたかったのだが、流石に遠慮した。隣でメルが、いかにも優等生というきりっとした表情で、神学のテキストを貪るように読んでいたからだ。

「……」
 ここで、農作業関係の本を読んだらメルに肘鉄入れられる。そう判断したリヴィは、大人しくうつむいて、レギュラーのテキストのページをせっせとめくり始めた。効率良いという程ではないが、気になる単語などはちゃんと頭に入っている。

 前方の席ではフロリーが、王族の関係者と、何事かひそひそと話していた。ぼんやりしているようでフロリーも、王家の人間ではあるから、こういう場所でのお作法的な活動は出来ない事はないらしい。

「皆様--」

 そのとき、講堂の中心にある教壇の上に、大司祭の一人が現れ、一声を上げた。
 しん、と静まりかえってしまう講堂の中で、大司祭は、威厳に満ちつつも太った体の両腕を広げて、ライエルへの祈りを捧げ始めた。

 王族であろうとフロリーも、頭を下げて両手の指を組み、一緒に天の父に祈りを捧げ始める。当然ながら、フロリー以下の神の僕達は、きちんと膝をそろえて座り直し、一緒に祈りを唱和した。

 大司祭は、祈りを終えると、にっこりと笑い、臣民達への祝福の言葉を述べた。


「本日は春ミサ、マリーベル・シーズにようこそおいで下さりました。大聖堂一堂、歓迎いたします。そもそも、マリーベル・シーズとは、天の栄光が慈悲の雨となるこの季節に……」
 メルは、一言ごとに、頷きながら大まじめに聞いている。
 その隣で、リヴィも、興味のある事であるから、静かにして聞いていた。

 要するに、凍てついた冬の季節が終わってようやく、春が来ると、雪や氷も溶けて雨となる。その自然の摂理とは、そもそも神の摂理であり、というようなところから入ってくる訳である。

 ちゃんと目を開いていなさい、自然の呼吸に気をつけなさい、それは神の教えに気付いていく事ですよ、同様に、人の呼吸を大切にしなさい、自分の呼吸を乱さないように、相手の(家族や他人ふくみ)、呼吸を乱すような事をしてはいけないですよ。
 何をするにも、自然の調和がありまして、それは……と、言うような事を、軽い部分の神学を交えながらゆっくりと語り始めた。

 何故かというと、マリーベル・シーズには、当然ながら、無学な庶民や農民も大勢押しかけてくるため、普段のように大上段に構えた神学を説くと、学のないものたちが、ぽかーんとしてしまう事は重々承知なのである。

 呼吸がきちんと取れていない人の顔をごらんなさい。辛そうにしているでしょう。相手が深呼吸を取れるようになるためには、自分も自然の息吹に任せるだけではなく、自身で呼吸を整える必要がありますね……同じように、自然界では……

※ペンテコステ、シャブオット、まとめておく。
※丸パクはしない。へたすると迷惑がかかる。



 リヴィは思わず、自分が腹の底の方に力をこめて、深呼吸をしていた。
 確かに、自分の呼吸に気をつけると、なんとなく、姿勢がよくなったような気がする。

 同じように、メルも、息を深く吸ったり吐いたりしているようだ。

 フロリーはどうしているかな、とリヴィが大司祭から視線をそらした、その瞬間。

「きゃっ」

 大司祭の声以外、静まりかえった大聖堂の中で、小さい女の子の悲鳴が上がった。

 何事かと驚いて、まず、メルが立ち上がった。

 リヴィはメルとともに、注目を浴びている小さい女の子が、口を開けて見上げている、天井の方を向いた。

「へ---」



 大聖堂の天井には、満遍なく、天使の絵画がタイルで詰められている。
 そのタイル全体に、大きくヒビが入り始めていた。

「まさかっ--」
 メルが、鋭くフロリーの方を振り返った。

 魔道を心得ている二人が、集中してフロリーの体をよく見ると、彼女の全身から、微弱とは言いがたい魔力が漏れている事が、分かった。


 その時には大司祭も、異変に気がつき、動揺を隠せないでいた。大聖堂の講堂には、千人以上の臣民が詰めかけている。

 なんでいきなり、天井にヒビが入って崩落が始まっているのか、分からない。
 なんでだ!? なんでだ!?

 そんな動揺が、大司祭の補佐官司祭達にも広がる中、リヴィとメルは前の席に駆け出した。

「フロリー、あんた、何してるの!!」

「えっ……、あっ、私っ……!?」

 呆けていたのか、フロリーは、はっと目を見開いて、二人の顔を見上げ、そこに天井からタイルの砂がこぼれてきた。

「ぎゃーっ! ちょ、ちょっとあんたっ、一体、何考えているのよーっ!?」
 メルが大悲鳴を上げてしまう。

「な、何もっ、ただ、深呼吸しているうちに、学校の事とか考えていたら……」

「おまっ、ミサの最中に、考え事をするなーっ!!」
 リヴィですらも突っ込んだ。

「な、何も考えてないわ! 何も考えてません! ただ、なんで、リヴィの農園は許されたのに、私の養蚕ルームはだめなのかなって……」

「学校内に畑があったら、学生がトマト毟って食べられるけど、養蚕で蚕は食べられないでしょーっ!?」
 被害者、リヴィがそう叫んだ。実は校内で野菜を生やしても、結構、被害に遭うのである。育ち盛りの生徒達が、勝手に毟って喰って証拠隠滅するからだ。

 ちなみに、そういう生徒達は一様に「カラスとかが喰ってったんじゃねーの」と言い張っている。それもあって、リヴィは魔族を入れているのだ。自分が作った野菜を勝手に盗ってかれたら困るから!!

「なんで!? 蚕って、可愛いのよ! それに、吐いた糸を紡いだら、綺麗なお洋服が作れるし!!」

「野菜は即席でも食べられるけど、蚕は糸が服になるまで何段階あるわけ!? 純正蚕の学生服でも作る気か!!」
 
「リヴィはいっつも、野菜盗人に怒っている癖に! こういう時だけ、盗人を利用するの!? 公認するの!?」

「お、おおう……」

 いつもは大人しいフロリーだったが、流石に、人の掌に放り投げるほど大好きな蚕ちゃん。それを罵られれば顔を真っ赤にして反論してくる。

 その瞬間、天井が縦割りに大きくヒビ割れた。
 顔面蒼白になったリヴィとメルは、両側からフロリーの手を取った。

 養蚕農家も野菜農家もどうでもいい。

 とにかく、リヴィとメルは、フロリーの両手をそれぞれの手で引っ張って、大聖堂の外に出そうと走り出した。

 今こそ落ち着いて深呼吸するべきタイミングなんだろうが、全くそれどころではなかった。
 ぶっちゃけとんでもなく呼吸を振り乱しながら、鈍足のフロリーを両脇から抱えて、扉の方へまっしぐら。


 びっくりしたのは、王族席にいたノアと、そのすぐ後ろに座っていたブライアンも同じくである。

 だが、グランドン姉妹が、即座にフロリーを大聖堂の外に引っ張って行くのを見て、納得した。

「なるほど、そういうことか」
 ノアは思わず、王子様らしくなく、唇を歪めてしまう。

「大丈夫です。うちの妹達が、外へ連れだしたら、多分……」
「任せておく」

 ノアはそう言って、大司祭が必死に、興奮する人々を、なだめている側に駆け寄った。

 同じく、ブライアンも、ノアの後方から、講堂の壇上に走り出した。


 リヴィと同じ色合い、エメラルドグリーンの瞳に、魔力の光が灯る。

 魔道心理学の知識を総動員して、ブライアンはノアの後方から、心理魔道を撃ち放った。
王太子の援護射撃だ。ためらっている場合ではない--。

「ブライアン--ブライアン」

 そのとき、姉妹を連れて横を歩いていたブライアンが、呼び止められた。



 黒を基調とした礼装を着込んだノアであった。

「ちょうどよかった。お前の事だから、早めに来ると思っていたよ。今度の貴族会議に提出する例の件について--」

「ああ、あれか!」

 ブライアンはすぐに気がついた。



「ちょっと、いいか?」



 ノアはブライアンに話しかけながら、リヴィとメルの方に目配せを行った。

 ノアと視線が合ったので、リヴィは頷いて、軽く手を振った。メルはそんな様子を、笑いながら見ていた。



 ノアとブライアンは、聞かれたくない話でもあったのか、離れた柱の方に歩いて行って、そこで二人だけで話し始めた。



「なんだろう?」

 リヴィは首を傾げた。

「珍しい、リヴィ、貴族会議の事に興味なんてあるの?」

 メルが驚いて青い瞳を見開いた。

「うん……何話しているのかなって思って」

 メルは喜んでるようだった。農園以外の事に興味を持つなんて、いい傾向だ。



「そりゃ、魔道とか心理学とかは、やっとかなきゃいけない必修だからね。仕方ないよ」



 ブライアンの方だけを見つめながら、リヴィはそう言った。



「でも、邪魔しちゃ悪いから、行きましょう」



 メルは笑って、リヴィのモスリンの袖を引っ張った。



 リヴィは、メルと共に、溶かされた闇に光り輝く、ステンドグラスの展開の下を歩き始めた。



 ただ明るい光に充ち満ちる世界とは違う、厳粛な安らぎがあった。



 大人の男が何人も手を広げたよりも、遥かに大きなグラスの窓の下に来た。



 そこには、同じ洋服を着せられた子どもが、無邪気に笑う様子や、仲良く、時には喧嘩しながら成長していく様子がアルバムのように並んで射a。



 その子ども達のすぐ側には、いかにも物わかりの良さそうな、ごく普通の父親が立っている。



 そのまま歩を進めていくと、ただ、そこにはステンドグラスの風景に見とれる、何人もの男女がいた。展開されている物語は一つだけではない。天井を、空間を、飾り付けるのは数々の神話と民話であった。





 次に、巨大なガラス窓を彩ったのは、石を運ぶ苦役に喘ぐハロの姿だった。

 ハロが、その肉体の倍ぐらいある石を、仲間とともに紐を引っ張りながら苦悶の汗を顔中に浮かべている、その迫力が、光を通して感じられる。



(相当苦しんだんだろうね、ハロ……)



 リヴィが隣のメルに耳打ちをした。メルは肩をすくめて何も言わなかった。17歳にして、メルにとって世間とは相当、厳しくも苦しいものであるらしく、ハロにたやすく同情することは出来ないらしい。



(まあ、私は悲劇の悪役令嬢になる訳だから、神話か民話かしれない世界での苦しみに、浸るっていうのもおかしいのかもなあ)

 メルが唐突に話し出したので、リヴィは従妹を振り返った。



「このマリーベルの彫刻、フロリーに似てない?」

「へ? あ、そういえば、そうだよね……」



 フロリーは美少女の部類に入る。

 それを言ったら、リヴィもメルも十分に美形に分類される。だが、リヴィはお水と言われてしまうようなケバケバしい美貌だし、メルの方も意地悪そうに見えて結構可愛いという表現が合うのだ。



 それに対して、フロリーは、優しげでふんわりした印象の中に、何とも言えない清楚さと気品を持っている。



 その、とんがったところのない優美な気品が、マリーベルの使い達に通じるものがあるのだ。特に、目元の印象がフロリーに似ていた。



「ていうか、王家の印象に似てるよねえ……なんだろう。目かな? やっぱり」

「言えてる。ひょっとしたら、王家の先祖の誰かがモデルなんじゃない? やっぱり、神様に似せて人を作るっていう神話が多いけれど、無神論者からしてみれば、王家とかそういう血筋の人に似せて、神様作るんじゃないのって感じだし」



(こらーっ!?)

 メルは慌ててリヴィの口を塞いで怒鳴った。

(リヴィ、お前、時々鋭い事を言うけれど、頼むから時と場所を考えて! ここって、そんなこと言っていい場所!?)

(ひゅひふぁへふ……)

 流石に、メルは、大聖堂内での飲食は控えようと思ったのだろう。口の中にスコーンや鉄拳をぶちこむ事はしなかった。







「リヴィ、メル、何を楽しそうな事をしているの?」

 そのとき、軽やかな足取りで、フロリーが近づいてきた。



 メルは即座に、リヴィから手を離して、男爵令嬢的に過不足のない笑みを、フロリーの方へと向けた。



「別に、楽しい訳じゃないんだけどね……」

 フロリーの脳天気さは知っているのに、リヴィの方が突っ込んでしまう。



「ステンドグラスを見ていたのよ。大聖堂に来たら、やっぱり一通りは見て置かないと」

 メルの方は全く悪びれずにそう答える。



「そうね。とても綺麗だから」

 フロリーは楽しそうだった。



 いつもふわふわと笑っているお姫様と、その能力の落差を考えて、リヴィもメルも思わず顔を見合わせてしまう。その後に、彫刻のマリーベルを見て、思わずくすっと笑った。



「どうしたの?」

 フロリーが首を傾げる。



「ううん。なんにも」



 どんな人間にも、思いも寄らない顔がある。そういうことなのかもしれないな、とリヴィ達は思った。そもそもが、女神様や、その天使でもない限り、裏表もなく完璧な女性なんていないのかもしれない。



 そう考えれば、フロリーストームは、まだまだ可愛い結果なのかもしれない。本人にも、魔力漏れなんて自分ではどうしようもない訳だし。



「リヴィ」



 フロリーは、何気ない仕草で、リヴィの隣に滑り込み、甘い愛くるしい笑顔を見せた。



「ステンドグラスの物語で一番好きなのは、これなの?」



「一番ってほどじゃないけど。何回来ても、飽きない程度には、みるものがあるからね。いくらでも見ていられる」



 リヴィはフロリーが腕を組んでくるのに任せて、一緒に歩き出した。



「二人とも、そろそろミサが始まるわよ」



 メルは、フロリーからわずかに距離を置いた位置から、声をかけた。何しろ優等生なので、時間通りに動くのがすっかり癖になっているのである。



 メルの後をついて、リヴィとフロリーは大聖堂の講堂の中に入っていった。

 フロリーはおっとりした様子ながらも、機嫌良く、リヴィにずっと何事か話しかけていあし、リヴィもそこは慣れでそつなく応対していた。



 講堂で、貴族に設けられた席に、リヴィとメルが座り、そのわずかに手前の黄金で縁取られた赤い椅子にフロリーが座った。

 そこはやはり、大貴族グランドンと、王族は区別されるのである。



 リヴィは、鞄に入れて持って来た「農業春夏秋冬」というテキストを読みたかったのだが、流石に遠慮した。隣でメルが、いかにも優等生というきりっとした表情で、神学のテキストを貪るように読んでいたからだ。



「……」

 ここで、農作業関係の本を読んだらメルに肘鉄入れられる。そう判断したリヴィは、大人しくうつむいて、レギュラーのテキストのページをせっせとめくり始めた。効率良いという程ではないが、気になる単語などはちゃんと頭に入っている。



 前方の席ではフロリーが、王族の関係者と、何事かひそひそと話していた。ぼんやりしているようでフロリーも、王家の人間ではあるから、こういう場所でのお作法的な活動は出来ない事はないらしい。



「皆様--」



 そのとき、講堂の中心にある教壇の上に、大司祭の一人が現れ、一声を上げた。

 しん、と静まりかえってしまう講堂の中で、大司祭は、威厳に満ちつつも太った体の両腕を広げて、ライエルへの祈りを捧げ始めた。



 王族であろうとフロリーも、頭を下げて両手の指を組み、一緒に天の父に祈りを捧げ始める。当然ながら、フロリー以下の神の僕達は、きちんと膝をそろえて座り直し、一緒に祈りを唱和した。



 大司祭は、祈りを終えると、にっこりと笑い、臣民達への祝福の言葉を述べた。





「本日は春ミサ、マリーベル・シーズにようこそおいで下さりました。大聖堂一堂、歓迎いたします。そもそも、マリーベル・シーズとは、天の栄光が慈悲の雨となるこの季節に……」

 メルは、一言ごとに、頷きながら大まじめに聞いている。

 その隣で、リヴィも、興味のある事であるから、静かにして聞いていた。



 要するに、凍てついた冬の季節が終わってようやく、春が来ると、雪や氷も溶けて雨となる。その自然の摂理とは、そもそも神の摂理であり、というようなところから入ってくる訳である。



 ちゃんと目を開いていなさい、自然の呼吸に気をつけなさい、それは神の教えに気付いていく事ですよ、同様に、人の呼吸を大切にしなさい、自分の呼吸を乱さないように、相手の(家族や他人ふくみ)、呼吸を乱すような事をしてはいけないですよ。

 何をするにも、自然の調和がありまして、それは……と、言うような事を、軽い部分の神学を交えながらゆっくりと語り始めた。



 何故かというと、マリーベル・シーズには、当然ながら、無学な庶民や農民も大勢押しかけてくるため、普段のように大上段に構えた神学を説くと、学のないものたちが、ぽかーんとしてしまう事は重々承知なのである。



 呼吸がきちんと取れていない人の顔をごらんなさい。辛そうにしているでしょう。相手が深呼吸を取れるようになるためには、自分も自然の息吹に任せるだけではなく、自身で呼吸を整える必要がありますね……同じように、自然界では……



 自然の声、春の息吹を聞きつける頃、クインドルガ王国一帯では、種なしパンを作って晩餐会を開く風習がある。



 それは、女神の愛児であり、永遠の生命の象徴であるライエルが、弟子達に示した言葉に表れているそうだ。



「種なしパンのように純粋でなければならない」

「悪意の種、邪悪の種を入れてはならない」

「常に、清らかな真実の種を取り入れて、古いパン種は綺麗にとりのぞきなさい」



 そのような事を、たとえ話で上手に示していた。



 そしてまた、子羊を屠るのもマドンナ・シーズの特徴であった。子羊はライエルのシンボルの一つである。実に、ライエルには様々な象徴や美しい名前が飾られている。



 それは、クインドルガに訪れる春の悪しき風を避けるための儀式でもある。古代、クインドルガでは、春の時期に病疫が何度も流行したという記録がある。それは、ライエルの神話の中でも、避けられない苦難として語られていた。



 その春の悪しき風(病疫)を避けるために、新しい子羊を屠り、その血をドアに塗る事で、女神やその使い達の守護を得ていた--と、テキストは語っていた。





 リヴィは思わず、自分が腹の底の方に力をこめて、深呼吸をしていた。

 確かに、自分の呼吸に気をつけると、なんとなく、姿勢がよくなったような気がする。



 同じように、メルも、息を深く吸ったり吐いたりしているようだ。



 フロリーはどうしているかな、とリヴィが大司祭から視線をそらした、その瞬間。



「きゃっ」



 大司祭の声以外、静まりかえった大聖堂の中で、小さい女の子の悲鳴が上がった。



 何事かと驚いて、まず、メルが立ち上がった。



 リヴィはメルとともに、注目を浴びている小さい女の子が、口を開けて見上げている、天井の方を向いた。



「へ---」







 大聖堂の天井には、満遍なく、天使の絵画がタイルで詰められている。

 そのタイル全体に、大きくヒビが入り始めていた。



「まさかっ--」

 メルが、鋭くフロリーの方を振り返った。



 魔道を心得ている二人が、集中してフロリーの体をよく見ると、彼女の全身から、微弱とは言いがたい魔力が漏れている事が、分かった。





 その時には大司祭も、異変に気がつき、動揺を隠せないでいた。大聖堂の講堂には、千人以上の臣民が詰めかけている。



 なんでいきなり、天井にヒビが入って崩落が始まっているのか、分からない。

 なんでだ!? なんでだ!?



 そんな動揺が、大司祭の補佐官司祭達にも広がる中、リヴィとメルは前の席に駆け出した。



「フロリー、あんた、何してるの!!」



「えっ……、あっ、私っ……!?」



 呆けていたのか、フロリーは、はっと目を見開いて、二人の顔を見上げ、そこに天井からタイルの砂がこぼれてきた。



「ぎゃーっ! ちょ、ちょっとあんたっ、一体、何考えているのよーっ!?」

 メルが大悲鳴を上げてしまう。



「な、何もっ、ただ、深呼吸しているうちに、学校の事とか考えていたら……」



「おまっ、ミサの最中に、考え事をするなーっ!!」

 リヴィですらも突っ込んだ。



「な、何も考えてないわ! 何も考えてません! ただ、なんで、リヴィの農園は許されたのに、私の養蚕ルームはだめなのかなって……」



「学校内に畑があったら、学生がトマト毟って食べられるけど、養蚕で蚕は食べられないでしょーっ!?」

 被害者、リヴィがそう叫んだ。実は校内で野菜を生やしても、結構、被害に遭うのである。育ち盛りの生徒達が、勝手に毟って喰って証拠隠滅するからだ。



 ちなみに、そういう生徒達は一様に「カラスとかが喰ってったんじゃねーの」と言い張っている。それもあって、リヴィは魔族を入れているのだ。自分が作った野菜を勝手に盗ってかれたら困るから!!



「なんで!? 蚕って、可愛いのよ! それに、吐いた糸を紡いだら、綺麗なお洋服が作れるし!!」



「野菜は即席でも食べられるけど、蚕は糸が服になるまで何段階あるわけ!? 純正蚕の学生服でも作る気か!!」



「リヴィはいっつも、野菜盗人に怒っている癖に! こういう時だけ、盗人を利用するの!? 公認するの!?」



「お、おおう……」



 いつもは大人しいフロリーだったが、流石に、人の掌に放り投げるほど大好きな蚕ちゃん。それを罵られれば顔を真っ赤にして反論してくる。



 その瞬間、天井が縦割りに大きくヒビ割れた。

 顔面蒼白になったリヴィとメルは、両側からフロリーの手を取った。



 養蚕農家も野菜農家もどうでもいい。



 とにかく、リヴィとメルは、フロリーの両手をそれぞれの手で引っ張って、大聖堂の外に出そうと走り出した。



 今こそ落ち着いて深呼吸するべきタイミングなんだろうが、全くそれどころではなかった。

 ぶっちゃけとんでもなく呼吸を振り乱しながら、鈍足のフロリーを両脇から抱えて、扉の方へまっしぐら。





 びっくりしたのは、王族席にいたノアと、そのすぐ後ろに座っていたブライアンも同じくである。



 だが、グランドン姉妹が、即座にフロリーを大聖堂の外に引っ張って行くのを見て、納得した。



「なるほど、そういうことか」

 ノアは思わず、王子様らしくなく、唇を歪めてしまう。



「大丈夫です。うちの妹達が、外へ連れだしたら、多分……」

「任せておく」



 ノアはそう言って、大司祭が必死に、興奮する人々を、なだめている側に駆け寄った。



 同じく、ブライアンも、ノアの後方から、講堂の壇上に走り出した。





 リヴィと同じ色合い、エメラルドグリーンの瞳に、魔力の光が灯る。



 魔道心理学の知識を総動員して、ブライアンはノアの後方から、心理魔道を撃ち放った。

王太子の援護射撃だ。ためらっている場合ではない--。







 魔力の発源は、闇からいづる光に例えられる。

 万民に見えるほどでもないが、 先天的な魔力が少しでもあれば、十分に可視化される勢いだ。



 可視化された光闇の力が、ほとばしる波のように広がり、講堂全体の空間を覆い尽くす。



 それはほとんど、瞬きするほど時間であっただろうか。



「鎮まれ!」



 ブライアンは、鋭い声を飛ばした。



 混乱を起こしかけていた民衆の瞳が、虹彩が広がったかと思うと、光が弾けて飛んだ。



(くっ)



 反動が右手にかかり、ブライアンは腕をだらしなく宙に放り出す。恐ろしい勢いで消費された魔力の、鈍痛が肘まで響いた。



 ブライアンは、そのまま、魔法剣を使い、その刃に思念を合わせていく。ブライアンの魔力とそれを支配する術式が魔法剣に仕掛けられた。まさか、人民を殺すつもりなどはない。単純に、天井から落ちてくるかもしれないタイルや岩石を、抜き身の剣で切り捨て、王太子であるノアを、いざといった時身を挺して庇うためである。



 いくら世界の中心はグランドン家と思い込んでいるとはいえ、こういう時に、王太子の護衛も出来ないようでは、それこそ公爵家嫡男として勤まらない。



 そのノアとブライアン、そして大司祭達のいる壇上からは、無感動な目で黙ってこちらを見上げる、無数の人々がいた。



 千人を超える人々は身じろぎもせず、それどころか瞬き一つせず、ブライアンの方を向いていた。

 洗脳魔術--。



 心理学を利用した魔道の中でも、ごく一部の高魔力のものにしか使えない、特殊魔法である。何しろ、個人の人格をまるごと催眠状態において支配下にしてしまうのだ。簡単に、一般人が手を出せるようなものではない。



 その魔道を、講堂に集まっている千人以上の人々に一挙にかけたのだ。負担が来て、当たり前だった。





 ブライアンの様子を横目で確認し、ノアは大司祭の側へと駆け寄る。

 大司祭は、洗脳魔道が一人残らず意識を拾って封印術をかけたのを見計らい、ノアを振り返った。



「流石、公爵家……。判断力に育ちが出ますな」



「避難誘導、お願い出来ますか?」



 感心した様子の大司祭に、ノアが早速、声をかけた。



「無論!」

 恰幅のよい体に温和な顔立ちに似合わず、覇気の強い一声を上げて、大司祭は補佐官達を呼んだ。



「安全第一に」

 ノアは当然の事なのだが、一応、念を押しておいた。



 大司祭は無言で頷き、補佐官達の中で洗脳魔道を使えるものを探し、手分けして誘導を開始した。

 その動きを目視するノア。大丈夫だ、と確認してから、大聖堂全体の状況を確認した。



 天井のひび割れの亀裂が増して行き、タペストリと燭台に飾られた壁まで及んで行く。パラパラと音を立てながら、小石や砂が天井から降ってきていた。それでも、大司祭を始めとして、人々はしんと静まりかえり、十名前後の補佐官の魔法に従って、背後の大きな扉の方へ向かって行く。



 講堂が崩れ落ちそうな状況において、千人の人々が無言の無表情で、大司祭のの指示に従い一列に並んで移動する光景は、全くのところ異様であった。



 しかし、その異様さに飲まれている訳にはいかない。せっかく、ブライアンの作ってくれたチャンスなのである。



 ノアは自分の魔力を確かめた。意識を体の中心に集中し、自分の中に眠る可能性を実感する。ドラモンド王家は、元々、遺伝的に多大な魔力を持ち、更にそれを巧みな技術として磨き上げ、それを子孫に絶やさない事によって地位と権力を手に入れた。当然ながら、王太子であるノアの魔力は国内でも断絶トップクラスに当たる。

 その豊潤な魔力は、十分に体内に宿っていた。



 ノアは、その高潔な魔力をやはり自分の両手のブレスレットに移動させていく。もしもの際には、腕を払うと同時に落石を弾けるだろう。



 その上、ノアにはグランドン次期公爵のブライアンという切り札がある。



 そうしている間に、洗脳魔道レベルの数人の補佐官達が駆けつけて、大司祭の指示を仰いだ。高魔力の貴族出身の高級な青い僧衣をまとっている。大司祭は、青の上に白と黄金のフード付マントだ。



「--しっ、静かに、こちらです!!」



 大司祭に教わった通り、手際よく、無言のままに人々は退出していく。

 機械的な足取りからは音すらも聞こえないようだった。



 そうしているうちに、天井から小石がこぼれおちてきた。

 ブライアンは、気合いのみで弾き飛ばしながら、洗脳魔道のすさまじさを今更ながら確かめた。

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