乙女ゲームやったことないのに悪役令嬢だそうでスルーした所

宝子

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16 フローレンス姫の内実

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 そういう訳で、コンスタンツェ・マリー・フローレンスは、自分がドラモンド王家の人間だと自覚する前は、田舎で「フロリー・バーンズ」として生まれて生きていくのだと天然で思い込んでいた。

 フロリーの養育を任せられた大刀自コンスタンツェは、事情をほぼ把握していたが、それを軽率に口外するような事はせず、大きな農家の大家族の一人として育てた。
 コンスタンツェは皺深い老婆で、一部では100歳を越えていると噂されるほどだったが、矍鑠として頭もはっきりしており、正直なところいつもびくびくしていたエマよりは、明らかに貞操というものを知ったジョージと言ったような性格であった。
 
 フロリーは女ジョージの指導の下、農家の仕事の手伝いの他に、ひととおりの勉強や運動を教わった。
 その頃、フロリーは、コンスタンツェの孫夫婦に世話されていたため、彼らが自分の両親だと思いよく懐いていた。
 巨大な家屋の中には1ダース以上の家族が住み込んでおり、他に通いで手伝いや仕事に来る人間も多く、非常に賑やかな環境で、フロリーは孤独を感じる事もなく、素直な明るい少女として育っていった。


 それでもフロリーの中には、涙っぽいけど非常に優しく、愛情深いキスをしてくれる女性のイメージが残っていた。それが誰なのかは分からないけれど、フロリーは夢の中などで、優しいキスをしてくれる女性の事を思い出すと、本当に心が温かくなり、色々な事についての勇気がわいてくるのであった。


 もう一つ、フロリーが気にしている事があった。
 自分が、勉強で失敗したり、養蚕の手伝いでうっかりミスをしてしまった際に、他の子ども達のように怒られる事があまりなかったのだ。
 かわりに、「かわいそうに、フロリー」と、みんながため息をつくのだった。

 かわいそうに、フロリー……。お前は何も知らないから……。

 それがどういう意味か、本当に「何も知らない」フロリーは、訳が分からなかった。

(私、なんにも可哀想なんかじゃないのになー)

 本当にそう思っていて、フロリーは下らない失敗に挫けるような事もなく、明るく健全にすくすくと育っていった。



 そんなある日、質素に見えて明らかに上等な身形をしたご婦人が、大刀自の家にやってきた。
 フロリーは何もきかされなかったが、そのご婦人は、滞在している間、ずっと、フロリーの仕事ぶりや勉強ぶりを見ていて、何度か勉強の方は見てくれた。
 そして、コンスタンツェに言われた通りに、フロリーがお茶を入れてあげると非常に喜んだ。


 ご婦人は、三度ばかり、短期の滞在を繰り返し、その後、フロリーに転機が訪れた。

 大刀自コンスタンツェの口から、自分の出生の秘密を伝えられたのである。
 フロリーは愕然として、声も出なかった。
 何しろ、自分の事は「フロリー・バーンズ」、大刀自のひ孫だと信じて疑ってなかったからだ。

 そしてコンスタンツェの口から、もうすぐ王室から迎えが来る事、王立学院に編入することになること、自分はいずれ、国王になるジェイムズ・マシュー・ノアの妻……将来王妃になる存在だと教えられた。

 その晩は、フロリーは、頭が混乱して、興奮仕切って眠る事も出来なかった。怒っていいのか泣いていいのか、笑っていいのかも分からなかった。

 たった一つ、分かっていたのは、夢の中で優しいキスをしてくれていた女性が、エマであるだろうこと、自分の母親であるだろうことだった。
 それが、フロリーの衝撃を緩和した。次の日には、フロリーは立ち直っていた。

(本当のママの事を知っている人達に、会いに行くんだ)

 フロリーは衝撃の事実をそういうふうにとらえなおした。



 それから間もなく、コンスタンツェの言った通り、王室から迎えの馬車が来た。

 フロリーは僻地から、王都クエンティンに向かい、そのまま、王城の中に迎え入れられた。
 先代国王の娘ではなく、あくまで、王太子の婚約者として。
 そして、彼とともに、机を並べて王立学院で教育を受ける事になったのである。



 それは今考えて見れば、そんなに簡単な話ではなかったのだが、フロリーは持ち前の明るく、細かい事は気にしない気質で乗り切ったのだった。


 ノアは一つ年上の面倒見の良い少年で、フロリーに対しては非常に優しかった。
 ちょうど、リヴィにとってのブライアンのように、保護者のように兄のように彼女に接した。
 だから、最初は不安だったフロリーも、ノアと一緒に行動していたため、すぐに学院生活に慣れた。

 ノアの方は、どうやら、保護者の位置におさまりかえる気はなかったのだが、フロリーが余りに無邪気な信頼をノアに寄せてしまったため、ノアは野望を行動に移す事が出来なかった。その幼い恥じらいや意地っ張りを、ヘンリーとアイラは微笑ましく見守っていたし、ジョージは時々ヘンリーに文句を言った。ジェシカの方は、最初のうちは複雑な表情を見せたが、何も知らない子ども達のの笑い声を聞いているうちに、次第に自分もにこやかな笑顔を取り戻し、元々のデリケートな優しさで家族に接するようになった。


 学院生活では楽しい事も悲しい事も、嬉しい事もトラブルも、たくさんあった。何しろ、フロリーが実はフローレンス姫であることが、時間がたつごとに色々な人に知られて、それこそ千差万別といったような反応を受けたからだ。


 その中で、フロリーには、ノア以外にもグランドン兄妹や様々な友達が出来た。元来、賑やかな家庭でのびのび育てられていたフロリーは、おっとりと控えめな部分と人なつこい部分が同居している性格。人見知りする時は人見知りするのだが、好意を感じた人間にはすんなりと好意をアピールする方ではあった。


 その顕著な例が、アメリア・グランドンとの蚕事件である。

「お父様がそう言ったから……」
 と、そういう理由で無闇に懐いたグランドン姉妹。

 この場合の「お父様」とは、実は、先代国王と現国王双方の事をさす。
 フロリーは、実にリヴィに負けない天然砲で、最初っから、「ジョージお父様」と「ヘンリーお父様」と、そのように、お父様の使い分けを行った。これには、ジェシカもアイラもツッコミを入れられなかった。
 血縁関係は十分にある上に、法律上に照らし合わせても、伯母と甥が結婚するんだからそういう仕組みになってしまうのである。

 そして、ただ「お父様」と言ったら、お父様二人の事をさす。

 無論そこは、ジェシカお母様とアイラお母様とエマお母様の使い分けも自由自在で、三位一体となると「お母様がそう言った」という文法を使ってしまうのだ。


 そういう訳で、「お父様がそう言った~」と親密状態を迫られた場合の、グランドン姉妹のプレッシャーは大変なものだった。要するに、「現国王」のみならず、バックに「先代国王」の指示とサポートが入った上での「友達になりなさい」だったのである。

 子犬のように無邪気で可愛げたっぷりの態度で寄りつかれたものの、その後ろに、百獣の王ライオンが二匹も三匹も控えていたようなもんで、リヴィがその場で硬直してしまったのは無理もない。当時のリヴィはまだまだへたれもいいところだった。

 そこで、メルが出たのである。
 メルの方はゲームシステムも理解していたし、フローレンスが本来は優しく魅力溢れる美少女だということはよく知っていたため、親はともかく本人はそんなに問題ないと思ったのだろう。

「私はアメリア・グランドンよ。フローレンス、あなたの好きなものは何? 私はスコーンとか甘い物が好きなの。それから甘めの物語も大好きよ。後ね、趣味は、読書とスポーツとそれからね……」

 そんな感じでメルはひっきりなしに「好きなこと」や「好きなもの」などで、マイナス要素は一切入れずにフローレンスに話しかけたのである。
 この年代の女の子にとっておしゃべりはまだご褒美の段階だ。


 最初は、両親からの言いつけで迫っていったフロリーだが、これは当然嬉しいに決まっている。
 両親が選んだ友達だと言うことは、きっと悪い人じゃないんだろうと素直に考える性格であったし、学院生活ではまだノア以外に友達もいない段階だったので、好きなものの話をたくさんされたから、にっこり笑ってお返事を返した。何しろメルの凄まじいマシンガントークには情報量で負けてしまったが、終始楽しい気持ちで笑顔で過ごした。

「それじゃ、明日、私が一番好きなもの持ってくるわね」

 フロリーはそういう訳で、彼女にとっての実家であるバーンズ家から連れてきた、蚕の幼虫の水槽から、一番艶のいいものを選び出し、ふかふかの綿で毛布を作ってくるみ、王室御用達の外商から買い取った東洋の極上の袱紗に入れて、翌日学校に持っていった。

 そして、上機嫌丸出しの可愛い笑顔でメルに接近。

 メルが何だろうと、笑顔を向けてくれたその瞬間に、蚕をぽーん。

 メルの目玉ポポポポーン!!!!

 後は、メルによる、ガラス窓が割れるレベルの大絶叫事件が起こったと、そういう訳なのであった。



 何の悪気もなかったフロリーには、何がなんだか分からない事件であった。
 フロリーは何しろ養蚕農家の出身で、周囲にも、蚕が苦手な人間がいなかったため、何でそこでメルが絶叫してしまったのか、子ども故に想像出来なかったのである。

 それで、しおらしく謝る事は出来たものの、心から悪かったと思う事が出来ず、リヴィから見ると言い訳のような事を繰り返してしまい、ちょっとした誤解の種が出来てしまったのだった。

 その後は、リヴィがフロリーの相手をしてくれるようになったが、リヴィは自分の農園カフェの夢についてまっしぐらなものだから、接点があるようなないような微妙な関係であった。

 リヴィも、養蚕にまるっきり興味がない訳ではなく、農家の生活については興味を持っていたので、そういう会話は出来たが、どことなくフロリー本人の事について上の空であることを、彼女は感じ取っていた。

 リヴィは、メルがフロリーに対してあんまりと言えばあんまりな態度を取っているので、従姉であり親友として、間を取り持つためにそういう行動を取っていたのである。

 それはリヴィの優しさであり、メルを庇いたいし、フロリーの事も傷付けたくないという思いやりであることも、フロリーは感じとっていた。

 だが、内心では、なかなか胸の内を明かしてはくれないリヴィよりも、露骨に逃げ回るメルの方と話したいと思っていた。

 もしも時間を巻き戻す事が出来るなら、善意のつもりで、メル自身に蚕を放り投げてしまうほんの一分前に戻りたいのだ。

「ねえ、アメリアは、蚕って好き?」

 もしも、そう一言かけていたら、ここまで関係がこじれることなんてなかったはずなのに。

 そうしていたら、今頃は、メルとどんな関係になっていただろう。

(私、アメリアの事が好きなんだわ。ずっと好きだった。メルの事が好きなのに、もう、最初の時みたいに、話し合う事は出来ないのかな……)

 これが、フローレンスの学院生活の中で最も楽しかった事で悲しかった事で嬉しかった事なのである。
 彼女はノアよりも、メルの方が好きと言っていいくらいだった。婚約者の立場として決して言う事は出来ないが。

 そう、「婚約者がいる」からには「決して言えない」、そういう意味での「好き」であって、それが、天然であれど、十分に理解出来ていたのである。
 そういう意味では、フローレンスは、ただおっとりしていて可愛いだけのお姫様ではなかった。

  
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