地獄の沙汰は、

荷稲 まこと

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四話 あの世もハイテク時代

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「善悪を分けるって……裁判は?」
「お、現代っ子にしちゃよく知ってんじゃねえの。たしかに、ちっと前までは一人ずつ裁判をしてたんだが……如何せん数が多くてなあ。判決を待つ人が一向に途切れず、七王様がキレちまってよ。『すとらいきする!』とか言い出して」
「七王? 裁判って閻魔がするんじゃねえの?」
「閻魔様が一番有名ってだけで、本来は十王様の内、閻魔様を含めた七王様が四十九日かけて審理を行うんだってよ。おれもここに来てから知ったんだけど」

 そんなにいるなんて知らなかった。
 当たり前かもしれないけど、奥が深い……
 しかし、仏みたいな超越した存在でも過剰労働は嫌なんだな。
 掛け軸で見た厳つい顔の閻魔が泣き出す様を想像して、危うく笑いそうになった。

「そんで、現世の技術を駆使して今の門を作ったわけだ。白が天道、人道に、黒がその他四道……悪道に繋がっていて、中で最終的な判決を下される。朱殷しゅあんは判決すっ飛ばして、大叫喚地獄へ直通だ」

 ……専門用語が多すぎて、さっぱり意味がわからない。
 それが顔に出ていたのだろう、アケビは呆れた顔をして「ざっくり言やあ、天国、地獄、大地獄ってこった。意味はちとずれるけど」と解説してくれた。
 なるほど、と頷くと、彼は話を続ける。

「死んだ人はとりあえず自分の人生振り返って、白か黒かの前に並ぶ。ここは別に間違ってても問題ない。『閻魔のげえと』を通る時に嘘さえつかなきゃな」
「閻魔のゲートって、扉の前にあった?」
「そう、それ。あそこを通る時に尋問されて、その答えで白か黒か決定する」
「じゃあさっき、ブザーが鳴ったのは……」
「嘘ついた奴だな。そいつらは問答無用で朱殷に連行されて、舌を引っこ抜かれる」

 俺が恐怖を感じたわけだ。肌でその事実を感じ取ったんだろう。

「そうか……。じゃあ俺は、黒の扉の前に並べばいいんだな」
「そのことなんだけどよぉ……」

 今まで饒舌に語っていたのに、急にもごもごと口を閉ざしたアケビは、じぃっと俺の全身を上から下まで何度も往復して見た。
 嘗め回されるような視線に、思わず顔に熱が集中する。
 ……熱いって感覚もあるんだな。これも死にたてだからか?
 しばらく沈黙が続いた後、アケビはふすっと鼻息を漏らした。

「やっぱ、未練が残りまくりなんだよなぁ……でも現世への扉も通れなかったし」
「未練って……だから、そんなのないって」

 俺は自ら望んでここに来たのだから、そんなものはないはずだ。

「だってよ、普通門に辿り着くまでの間に、綺麗さっぱり魂だけの形になるんだよ。あんたもあれは見えただろ? げえとに並んでる積み木みてえなの」
「あの丸とか四角とかの?」
「それそれ。あの形になれてない奴は未練があって、怨霊になっちまってんだよ。あんたははっきりくっきり人そのままなのに、未練はないって言う。んあー、わかんねえ」

 アケビは後ろに手をついて、大口を開けたまま天を仰いだ。
 綺麗さっぱり、か。
 あのガラクタの山は、門に着く過程に人々が落とした現世の物なのだろう。
 特に大事にしていた物とか、棺桶や墓に一緒に入れた物かもしれない。
 時代がめちゃくちゃなのも、納得だ。
 そして、手放せない人が怨霊になるのか……

「考えても埒が明かねえや。閻魔様に問い合わせしよ」

 そう言って、アケビは座ったまま体をモニターの方に移動させ、キーボードとマウスのような物をどこからか取り出した。
 マウスのような物の左上を彼が押すと、画面がPCのような……って、まんまPCとマウスだわ。
 あの世も技術進んでんな……

「んーっと、めえる、めえる……これか。え、ん、ま、さー、さー……さってどこだ?」

 アケビは両手の人差し指を立てて、キーボードの上で視線を滑らせている。
 その打ち方をしている人を実際見るのは初めてだ。
 いつまでも『さ』が見つけられないアケビに痺れを切らし、彼の隣に移動する。

「俺が打とうか?」
「ほんとか! 助かる。おれ、これ苦手なんだよ。滅多に使わねえし」

 半泣きのアケビは晴れやかに笑って、俺に場所を譲った。
 その顔を見て、胸がきゅっと軽く締めつけられる。
 ……いや、これはかわいいだろ。反射だ、反射。
 そう謎の言い訳をしつつ、キーボードに手を置く。

「さ、は……ってこれかな入力かよ。ローマ字に変えてもいいか?」
「ろうま……? なんでもいいぞ。後で戻してくれたら」
「了解」

 ローマ字入力に変更し、改めて文章を打ち始める。
 ええっと、普通のビジネスっぽい文章でいいのだろうか。
 閻魔様、いつもお世話になって……

「ち、ち、ち、ちっと待て!」

 軽快に打ち進めていたのに、アケビに腕を掴まれてしまった。

「どうした?」
「なんだそのけしからん指の動きは! あんた、同じ人間か!?」

 興奮しているのか、アケビは頬を紅潮させている。きゅん。
 ……仕方ない、これもどう見たってかわいい。

「おい、ここに入れてくれ!」
「は? ちょ、おい!」

 心中でかわいいという衝動と密かに戦っていると、アケビが俺の片腕の下をくぐり、俺の真ん前に背を向けて座った。
 いや。いやいやいや、流石にこれはまずい……!

「何やってんだ!」
「自分で打ってる気になりたいんだ! 頼む、このまま続けてくれ!」
「い、いや、その……画面見にくいし!」

 必死で言い訳を考え、アケビを追い出そうと腕を上げる。
 しかし、彼も一向に引いてくれず、むう、と唸るばかりだ。
 更には、ぽすりと俺の胸に頭を預けてきたものだから堪らない。

「どうだ! これで見えるだろう!」
「そうだけど、そうだけど……!」
「なあ、どうしても駄目か?」

 アケビは九十度上体を捻ると、俺の胸に手を当てて、上目遣いで俺を見た。

「頼む。お願いじゃ」

 そこで語尾が古風になるのはズルすぎる~~~~!!

「……わかった。その代わり、あんまり動くなよ。擽ったいから。あと、なんて打てばいいか教えてくれ」
「応とも!」

 にぱぁ、と笑って、アケビは前を向き直した。
 腕の震えをどうにか抑え、キーボードに手を置く。
 こんなの、生前でもしたことないぞ。

 心臓が止まっていて本当によかった。
 相手は死んでる、俺も死んでる、ここはあの世、煩悩を消せ……
 そんな独自の念仏を、心の中で唱えた。
 ……心臓が動いてないのに、何がきゅんとしているんだろう。
 魂か?
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