地獄の沙汰は、

荷稲 まこと

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十五話 扉の先

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◇◇

◇◇◇

 都内、某所。アパートの一室。
 俺のかわいい恋人は、半分寝ぼけたまま服を着替えている。

あかり! 早くしないと遅刻するぞ!」
「無理ぃ……まだ寝たい……」
「夜更かしするからだ、馬鹿」
「しょうがねえじゃん。プログラミングの課題、今日が期限なんだよ」
「お前……タイピングは速いのに、なんでいっつもぎりぎりになるんだ?」
「それはおれにもわかんねー」

 むう、と唇を結んでも、彼の八重歯ははみ出している。

 鞄を背負い、ばたばたと玄関に向かう。
 時計を確認すると、時刻は八時前。
 今から行けば、役所に一番乗りだ。

「届け出にはちゃんと記入してくれたんだろうな?」
「したっての。それにしてもさ、施行されるその日に出すって張り切りすぎじゃねえ? いくら成人してても、おれらまだガクセーよ?」
「何年待ったと思ってんだ。今日出さずにいつ出す」
「でもさー、ちっとあっさりすぎるっつうか、地味っつうか……」

 ぶちぶちと文句を漏らす口を覆うように食み、黙らせる。

「……もー、キスしたら誤魔化されるって思ってるだろ?」
 
 そう言いつつも、とろんと蕩けている瞳。
 何度経験しても変わらない彼が愛おしい。

「……式は就職してからな」
「えっ! 嘘っ! ほんとか!?」
「俺は嘘はつかない」
「そうだな! そうだった、そうだった!」

 急に元気になった彼は俺の首元にある三本線のアザに口づけて、素早くスニーカーを履いた。

恭幸やすゆき! 早く行こうぜ!」
「はいよ」

 アパートの、少し重たい扉を押す。

 ぎい、
 ばたん。



 終

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