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ep.7 初期の黒木くん

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バンッッッ

「みんな久々~★…あれ?誰もいない。せっかく早く帰国したから寄ったのになー。」




「…」


「まあ、明日からまた久々通学だし、明日でいっかー!帰ろ帰ろー!」






ニューヨークから帰って来た書記の黒木が無人の生徒会室を突撃している頃、俺たちは校庭脇の草むしりをしていた。









今日は部活動は全部活休みで、委員会活動のない生徒もほとんど下校し、学園は静まり返っていた。











「ちょっと、こんな雑草抜くなんて私(わたくし)たちではなく美化委員か用務員の方の職務ではなくて?」


西園寺がいかにもお嬢様!!と言わんばかりのつばの広い帽子をめくりこちらを不満そうな顔で見ながら言った。




もう6月も終わりに差し掛かっていたので、15時を越すと結構暑い。





「会長…私も同意…です。」


タオルを首にかけ汗を流しながら、雪城も続けて異議を唱えた。







「俺も不満たらたらだが…美化委員数人が海外交流行ったから仕方ないだろう?来週には後任が決まるから少し我慢してくれないか?それに、他の美化委員と用務員の方々は来月の球技大会の準備で運動部と共にグラウンド整理に励んでいるからな。」





「ふぅ、それは分かってますわ。でもこんな広さわたくしたちだけでは及び無いのではなくて?」




確かに、土御門学園は文武両道を謳う運動部にも文化部にも特化した、とにかく敷地が馬鹿みたいにデカい学園だ。


いくら校庭の端とはいえ、たった3人では心もとない。





「ああ、だから助っ人呼んでおいたぞー」



「あら、そうでしたの?」






「ひーくんおっまたせ~!!!グラウンドの方人手余ったからお手伝い来たよ~ん!」
「みんなっ遅くなってごめんね、生活指導の先生と少しお話してて。」




息を切らしながら夏葵と桐生が駆け寄ってきた。





「悪いな、二人共!」




「げ、何でおっぱいも来んの?」


「日向ちーん、相変わらず辛辣しんらつだよぅ~」






この二人は揃うと口喧嘩しかしないな…。って、一方的に夏葵が吹っかけてるだけな気がするが…。





「もう、こんなに暑いのに口喧嘩なんかされたら余計暑苦しいですわ!」




「みんな仲良く…した方が早く終わります…よ?」





「そうだぞー!今日黒木が帰国予定だから、明日には登校してくると思うし、グダグダやってたらまたアイツに笑われるぞ~?」




「え~、あたし黒木苦手…」



夏葵が怪訝そうな顔で俺を見た。


どうやら本当に黒木が苦手らしい。
夏葵がこんなに嫌う程二人は接点あっただろうか…?






まーでも、黒木は少し難破っぽいからな。









黒木…もう日本着いたかな…






























1年の春、、





エスカレーター式の超一流学園に高等部から入学して、俺は浮いていた。




この学園はもちろん途中から入ってくる者も多いが、大体は親同士が仲がいいだの元々違うエスカレーター式の学校にいただの、パーティーで会っているだの、皆それぞれ多少の繋がりはある。




俺は出身はこちらにせよ、中学までは普通の男子校に通っていた…いや、通ったり通わなかったりしていた…のが正しいか?





夏葵も女子校に通っていたが、夏葵は誰とでも話せるし、学園に入ってからもすぐ輪の中心になっていた。





俺はコミュ障をこじらせているからそんな訳にいかない…。




言い訳みたいに聞こえるが、これは育ち方の問題で仕方ないことなのだ。。























「ちょっとアナタ…そろそろ仁聖を落ち着かせてあげたら?」


心配そうな顔をして話しを切り出す母…



「なあに!色んな国に行けて楽しいだろ!仁聖!」



そんな母を他所に何故か自慢げな父…





父は有名なアーティストで、世界各国を回っている。



俺は中学二年生になるまで常に色んな国に連れ回され、アシスタントと称してこき使われ、学校にもろくに通えず友達も出来る訳が無かった。




「でも、そろそろ仁聖も進路を決めていかないといけないし…土御門に行かせるお爺様のご意思は変わらないわよ?」




「え!待って!土御門ってあの土御門学園?!!俺、あんなエスカレーター式の学園馴染める訳ないし、そんなの初耳だよ!!!!」




「はははっ!こういうのは突然言われた方が驚きと希望に満ち溢れるだろ?!人生はエンターテインメントだからな!!!」



…だから何で父は全部自慢げなんだ……





「そんな!あんまりだよ!俺、日本こっちでも友達…って言えるの夏葵くらいだし、夏葵とも今じゃ年に1、2回会うくらいじゃないか!!!」




「大丈夫!夏葵ちゃんも土御門行くわよ?」


「え?!夏葵も?でももうアイツエスカレーター式の女子校通ってるじゃ…」「爺さんがな!日向さんに話したら、日向さんもノリノリで高等部から入学させるって言ってたそうだぞ!」





みんな勝手すぎる…!



夏葵を巻き込んでしまったことに申し訳無さを感じながらも、今は保身のことを心配してしまう自分が本当に情けない。





「とにかく!今年からアシスタントはもういいから、土御門への入学試験に向けて頑張れよ!」




強引に連れ回した挙句もういい、だとか、なんて勝手な父親だろう…




「そんな、あんな偏差値の高いところ突然行ける訳な…」



弱気な俺をいつもは陽気な父が鋭い眼光で睨みつける。


「うっ…」


俺は余りの恐怖に喉まで出た言葉を飲み込んだ。



父は普段怒らない。

だが、お爺さんの言葉に逆らった時だけはその場を牽制けんせいするような目で俺を見る。


言葉が無くとも伝わる恐怖…

こんなふざけた也だが、父の威厳たるやをしかと思い知らされる。



流石、人に観せる、人を魅せる能力に長けているだけはある。。。

いつもこの瞬間だけは、恐ろしく感じるはずの父から目が離せない…





「…っ!分かったよ!入学試験まで1年ちょっと頑張るよ…」


「さっすが俺の自慢の息子!応援するからなー!頑張れよ!」


父はいつもの陽気な表情に戻った。







こうして俺は怒涛の試験勉強を乗り越え、何とか土御門学園への入学を果たした。





夏葵、入試試験の方はかなりギリギリだったみたいだが、普段の行いやスポーツでの活躍が評価されたらしい。






入学式当日、校門前で夏葵と待ち合わせクラス分け表を見に行った。



良かった…!!!夏葵と同じクラスだ!



一先ずは安心したが、いくら頼みの綱とはいえ夏葵は女子…

ずっと行動を共にすることは出来ない。




これから卒業までずっとこの学園にいることになる。大学に上がるなら尚関わりは長い。


父のアシスタントも無くなると言うことはこのクラスメイトたちとずっと付き合いをしていかないといけないのだ。





そんなことを考えながら講堂での式を終え自分の教室に移動する。



最初は夏葵が隣に居てくれたが、知り合いの多い夏葵はすぐさまクラスメイトに囲まれる。





ここで俺が独占したら夏葵の人間関係をダメにしてしまう。


そう思い俺は少し夏葵と距離をとることにした。




かと言って周りはもうグループが出来ているし、誰かに話しかける勇気も能力も無い。




入学して二ヶ月、未だにクラスに馴染めない俺は弁当を持ち普段人が滅多に来ない資料室に向かっていた。


最近はここでぼっち飯を堪能している。


一人は孤独だが、誰にも気を使わず過ごせるので少しは気が抜ける。






しかし、この日は朝から胃の調子が悪かった。





思い返せば入学試験までは、擦れて指から血が出るほど勉学に励み、母による立ち振る舞いや作法の指導であまり寝ていなかった。

更にこの孤立した状況。夏葵に悟られまいと常に平然を装っているプレッシャー。そして極度のストレス…



既に限界だった俺は、こんなことを考えれば考える程酷い胃痛に襲われその場に倒れ込んだ。





「…いってぇ。。」





幸い誰も見ていない。



何とか資料室に入り、5限はサボってここで治まるのを待とう。と掌で胃を掴み必死に痛みを堪えていた時…








ガラッ




「あれ?お前も午後はサボり?」





見覚えのある黒髪短髪メガネの男子生徒が勢いよく扉を開け、俺を見つけ驚いた顔をしそう言った。






「ちが…う!いってぇ。。。」




「うわ!お前顔真っ青じゃん!今先生呼んで」「やめろ!!!!!」




俺は痛みに耐えながら声を振り絞って叫んだ。




男子生徒はまた驚いた顔をしたが、何かを察したような顔をし静かに資料室から出て行った。








「あー、アイツ確か同じクラスの奴だったかな…クラスの中心にいたような…資料室なんかでぼっち飯してしかも腹抑えてもがき苦しんでるなんて良い笑いものだよな…。教室戻りずら…」




そんなことをボソボソ呟いていると、男子生徒が息を切らし何やら手にして戻ってきた。





「え…なん…」「お前さ、成瀬…だよな?胃が痛いんだろ?大丈夫かよ。」



そう言って男子生徒は心配そうに俺に胃薬と水を渡してきた。





「どうして胃が痛いって…うっ」「まあとりあえず飲めっ!」



無理矢理薬を口に入れられ、水を流し込まれる…




しばらくそのまま動けずにかがみ込んでいたが、少しずつ胃痛が和らいできて徐に顔を上げた。



目の前にはまだ男子生徒がいた。



「あ、ありがとう…」


「おお、もう大丈夫か?」


「ああ、何とか…」


「てかさー、何で一人こんな所で胃押さえて倒れてたん?」



男子生徒は心配と好奇心が混ざったような顔で俺の顔を覗き込んできた。




「あーいや…クラスにも馴染めないし、ここに入学するのに血反吐吐くほど努力したから、極度の寝不足と過労とストレスで胃が溶けそうになって…」




いつもならすぐに目を逸らして黙り込んでしまう俺だが、何故かその時は目を見て返事が出来た。




不思議とこいつなら誰にも言わないだろうという気持ちが湧いたのだ。

会ったばかりなのに何でだろう…





少し沈黙が続く…



しまった、やっぱり引かれたか?


思わず溢れた言葉に後悔が募る。







「…ぶは!!!お前、意外と繊細なんだな!!!クラスの女子たちは突然現れた沈黙の王子やら、男子たちは高等部から来たのに学力10位以内に入ってるしあの目は絶対俺たちを見下してる!やら騒いでたのに、当本人メンタル豆腐じゃん!!!ダメだ…ぶふっごめん笑い止まらん!」





…??!!!




突然吹き出し笑われていることにも驚いたが、クラスメイトたちにそうな風に思われていたことに更に驚きを隠せなかった。




「俺の評価どんなだよ…」


何だか拍子抜けしてポロッと言葉が溢れた。




「ちょ、お前ほんと面白いな!てか実際見下してる感じなん?」



「え!いや!とんでもない!!!どうしたら輪に入れるか話題を考えながら見つめてたら逃げるようにみんなどこか行くし…だからって、元々コミュ障だから目が合ったらつい逸らしちゃうって言うか…」



「ヤバい俺、お前ツボかもしれないわ!!」





未だに腹を抱えながら笑う男子生徒は俺の正面に座り直した。






「俺、黒木くろき たすく!分かってると思うけど同じクラス!ここには幼等部からいて家は代々書道家の家系!よろしく!」



そう言い、黒木は手を差し出す。



少しキョドりながらその手を掴み小さな声で「よろしく」と呟いた。




「出た、コミュ障!」



そう言い黒木はまたゲラゲラ笑った。








結局5.6限は一緒にサボった。





話していると黒木の人となりがよく分かる。



明るくて気さくで言動は少しチャラいが…意外と芯が強い印象を抱いた。

クラスの中心にいるのも納得だ。





それに、黒木も俺と同様、幼少期は親に連れ回され海外を飛び回ってたそうだ。




だから自然と心を許せる気がしたんだろうか…?





でも聞けば聞くほど自分と黒木の違いを思い知らされる。






黒木はそんな環境でもちゃんと楽しんでいたのだ。



最初は知らない人知らない土地、親に振り回されていることに困惑したり落ち込んだりしていたらしいが、そんな事で悩んでも結局環境は変わらないから、だったら自分から楽しみに行った方が良い!と思ったらしい。



俺には到底思い付かないことで、人のせいばかりにしていた自分の卑屈さに嫌気がさす。






塞ぎ込んだ俺に気付いたのか、黒木はふざけながら俺の肩に手を置いた。







「なー、成瀬。来年一緒に生徒会入らないか?」





「え?!俺が??!!」



突飛推しも無いことを言われ、かなり間抜けな顔をしてしまったに違いない。





「そう!俺、成瀬といるの楽しいし。それに、成瀬のが親に振り回された期間は長いけど、同胞同士、これから青春取り戻さないと人生損じゃ無いか?!生徒会長とかやってさ!学園変えてくとかも何かカッコよくね?」




「た、確かに…!」



書記か会計くらいの裏方仕事なら俺にもやれるかもしれない…






「後、成瀬のコミュ障も治ると思う!」



「ほ、ほんとか?!」





「話してて思ったんだけど、人と話すのが苦手なのは、自分に自信が無いのが原因だと思うんだ。生徒会に入れば、自分が望まなくても生徒たちの手本になる存在として絶対前に出ないといけないし、威厳も見せていかないといけない。成瀬にはこれくらい強制的な方が合ってるんじゃないかな?」




「そ、そうだな!俺、来年は生徒会に入って自分を変えたい!!!」



「よっしゃ!!!これから2人で生徒会目指して頑張ろうな!!取り戻せ俺らの青春!導け全校生徒!!!」



「「おー!!!」」



2人で盛大に拳を掲げた。





ガラッ


大きな声にたまたま通りかかった教師が扉を開けた。



「こら!お前ら!授業中に何やってる!!!」








結局二人して教師に捕まり教室に戻された。




不思議な組み合わせと、教師に連れ戻されるというかなり目立つ行為に、6限の残り少しの時間はクラスメイトたちの好奇の視線に晒された。




6限が終わると、黒木は自然に俺の席に来て、コミュ障などということは伏せ、みんなが思ってるような奴じゃない、努力家で良い奴だ、と俺の肩に手を置き二人で生徒会を目指す!とまで公言した。



俺は恥ずかしくなりいたたまれなさに包まれたが、ここでまた俯いてはずっと変われないと思い、「至らないが頑張るので応援して欲しい。」と気付いたら宣言していた。






それからはクラスの中心的存在…とまではいかなかったが、口数は少ないが努力家で良い奴。くらいには評価は上がり、クラスに馴染んでいくことができた。








この時の俺は黒木が生徒会長、俺が役員で黒木の補佐として、黒木となら学園を導いていける!俺は本当に変わっていける!!!と、謎の自信に心躍らせていた。

































「どうしたの?ひーくん手止まってるけど!」





「あ!ううん、ちょっと考え事してて。」






夏葵は俺の顔が余程腑抜けていたのか、じとーっとした目でこちらを見て「ふーん」とまた草むしりをし始めた。











懐かしいことを思い出した。







そう、俺はてっきり、になるものだとばかり思って疑わなかった。






2年になってすぐ生徒会選挙があった際、あろうことか黒木は俺を生徒会長として推薦したのだ。





慌てて黒木に詰め寄ったが「俺は自分が生徒会長になるとは一言も言ってない」とピシャリと言い放ち自分は書記という立場に収まった。









話しが違う!!!!





しかも、生徒会役員になった黒木は、今度は親の手伝いでは無く、自分自信からよく海外を飛び回るようになってしまったのだ。




お陰で書記の仕事はほぼ丸投げだし、一緒にみんなを導こうと約束したあの言葉は何だったのだろう。






今思い返せば、1時間ちょっと話したくらいの相手にあれだけ尊敬や忠誠を誓えるのは異常だ。


黒木には教祖的力あるな…いや、でも結果的に騙されたに近い形だからやり手悪徳業者のが合っているか…?






でも確かに黒木から言質を取れてなかったし、今こうして頑張れているのも生徒会長という絶対逃れられない立場になれたからだ。


…と、心の中で自分を説得したり、でも納得出来ない気持ちになったり…







そんなことを悶々と考えていると、また夏葵や西園寺たちに冷めた目で見られていることに気付き、草むしりを再開した。
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