31 / 87
フェイのお渡り
しおりを挟む
湯浴みを済ませ、薄い単衣に羽織りを重ねられる。
さっき、真っ青な顔で、どこか忌々しげに、奥宮大夫が迎えに来た。
「皇太子殿下の御所望です。」
と。
作法もわからないまま、浴室へと放り込まれた。
数人の小姓に、無言で身体を洗われ、無言で支度を整えられる。
そして渡り廊下を歩いて連れてこられたのは豪華な寝所。
大きな寝台には布が幾重にも天井から垂れ下がっていた。
「ここでお待ちを。」
それだけ言うと、用は済んだとばかりにさっさと出て行く。
…怖い。これからどうなるのだろう。
カタカタと肩が震えてる。止めようと思っても思う程に止まらない。
あの優しい人をトコトン追い詰めた人だ。
何をされるのかわかったもんじゃない。
命だけは…と願うしかない。
「例えどんなに酷い事をされたとしても、私の気持ちは変わらない。」
そう約束してくれてはいるけれど…。
限度っていうものがあるだろう事も容易に想像できる。
…怖かった。
フェイに何をされるかもあるけれど、ジンシに嫌われてしまうかもしれないことが、ただ怖かった。
程なくして現れたのはフーシンと1人の男。
寝着姿の皇太子フェイだった。
「フーシンはそこへ。」
壁際にひとつ備え付けられた椅子にフーシンが座り込んだ。
まさか!フーシンの目の前で?と思ったが違った。
「無理を言って済まなかった、来てくれた事に礼を言う。重ねてすまないが一刻ほど付き合ってもらう。」
フェイ殿下は、私を寝台に腰かけさせてその前に椅子を自分で持ってきて座った。
「…そんなに怯えるな。」
「怯えてはいません。」
と強がるしか出来ない。
フェイからフッと笑みが溢れた。
えっ?ここ笑う所?
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「シェンが済まない。」
「えっ、シェン?」
誰だった?
「奥宮大夫だ。」
ああ。あの人か。
「別に何かされた訳ではありません。」
かなり怖そうな人だけど…と心の中だけで付け足した。
「明日には変わる。」
「はい、承知致しました。」
あれ?と思った。
本当に…何もしない?
しばらくの無言の後で、フェイ殿下が、
「ジンシは怒ったか?」
と聞いてきた。
いいえ、と答えた。殺され掛けた時でさえ、ジンシは怒ってはいなかった。
すると、「そうか。」とフェイは自嘲の息を溢した。
「どんなに手酷い事をしてもアイツを怒らせる事は出来なかった。」
フェイ殿下はまるでジンシを怒らせたかったかのような言い方をする。
「フキに会った、と聞いた。」
「はい。」
「世のことを何か言っていただろう?」
…迷った。
「戯言は要らぬ。」
「郭公、と。」
怒るかと思ったが、フェイはハハハっと笑い飛ばした。
「そうじゃ、郭公じゃ。」
何も言えず、黙っていた。
フェイの笑いのツボがわからない。
「話通りだな、リーエンは優しいな。」
誰が何を話したかわからない。フーシンか父か…。わからないからやはり黙っていた。
「腹に子は?」
「…未だわかりません。月の物は途絶えてはおります。」
一瞬迷ったけれど本当のことを言った。
嘘になるかもしれない、後から間違いでしたでは済みそうに思えなかった。
そうか、とフェイはただ頷いた。
「父はわかってはくれなかった、子を為せと。為すべきではないと何度も言ったのに。郭公の子を世継ぎに据え、更に子を為せと。
愚かじゃ。」
…郭公とはどういう意味?
チラリとフーシンを見た。
聞こえているのかいないのか、ただ前を向いて座っていた。
「フーシンには証言してもらわねばならぬ。ジンシにも、我を傀儡としている者にも。」
動いた私の視線を見てフェイはそう告げた。
それからしばらく山荘での暮らしの事を聞かれた。
あそこがまだ皇族の土地だった頃は頻繁に狩りに行ったようだ。
滝のことも、自生している植物の事も詳しかった。
「狩りも乗馬も俺は向かなかったらしい。」
それでも通ったんだ、とどこか懐かしそう顔をしてそう言っていた。
「コケモモの季節までいられませんでした。」
と言えば、
「コケモモ、か。あそこのは酸っぱい。」
「そうなんですか。」
「ああ、食べられたもんじゃ無い。」
と笑う。
最後に
「朝までここに居てくれ。明日もまた頼む。」
そう言い残してフェイは部屋を後にした。
残されたフーシンが小さな瓶を差し出した。
「朝、胎内にこれを付けてくれ。
医師が破瓜を確認する。」
「少し良いか?」
はいと答えた。
「リーエンに礼を言わなくてはならない、ありがとう。」
「フーシン殿に礼を言われる様な事はしておりません。」
それは違う、とフーシンは言った。
「ジンシは常に諦めていた。何もかもを。」
「昔から?」
どうやらあの時期だけじゃなかったらしい。
「ああ。皇子なのに常に臣下であろうとしていた。母殿の教えでもあったが、元よりの気質でもあったと思う。
ジンシはフェイが欲しがればなんでも譲ってきた。馬も武具も。とうとう皇太子の立場までも。
そのジンシにようやく譲れないものが出来た。リーエン様です。」
「あの日、出来上がった台本に唯一フェイ殿下が干渉したのが、ジンシを使いに出した事だ。フェイ付きの影が後に教えてくれた。
フェイ殿下はジンシを護ろうとしたんだ。」
「でも襲われた。」
「草だ。」
「草?」
草とは市井に住み着いた隠密のことだと教えてくれた。
「「帝の命令」と偽って草を消し掛けたヤツがいる。」
「…誰?」
「…まだわからない。」
「リーエン殿の懐妊が公布されたら自ずと炙り出される。
どうか御身を大切にしてくれ。」
フーシンが部屋を出てひとりにされる。
大きな寝台に手足を広げて寝転がった。
「あー、疲れた。」
緊張感の切れない1日に、私は余程疲れていたようで、そのままコトリと眠りについた。
さっき、真っ青な顔で、どこか忌々しげに、奥宮大夫が迎えに来た。
「皇太子殿下の御所望です。」
と。
作法もわからないまま、浴室へと放り込まれた。
数人の小姓に、無言で身体を洗われ、無言で支度を整えられる。
そして渡り廊下を歩いて連れてこられたのは豪華な寝所。
大きな寝台には布が幾重にも天井から垂れ下がっていた。
「ここでお待ちを。」
それだけ言うと、用は済んだとばかりにさっさと出て行く。
…怖い。これからどうなるのだろう。
カタカタと肩が震えてる。止めようと思っても思う程に止まらない。
あの優しい人をトコトン追い詰めた人だ。
何をされるのかわかったもんじゃない。
命だけは…と願うしかない。
「例えどんなに酷い事をされたとしても、私の気持ちは変わらない。」
そう約束してくれてはいるけれど…。
限度っていうものがあるだろう事も容易に想像できる。
…怖かった。
フェイに何をされるかもあるけれど、ジンシに嫌われてしまうかもしれないことが、ただ怖かった。
程なくして現れたのはフーシンと1人の男。
寝着姿の皇太子フェイだった。
「フーシンはそこへ。」
壁際にひとつ備え付けられた椅子にフーシンが座り込んだ。
まさか!フーシンの目の前で?と思ったが違った。
「無理を言って済まなかった、来てくれた事に礼を言う。重ねてすまないが一刻ほど付き合ってもらう。」
フェイ殿下は、私を寝台に腰かけさせてその前に椅子を自分で持ってきて座った。
「…そんなに怯えるな。」
「怯えてはいません。」
と強がるしか出来ない。
フェイからフッと笑みが溢れた。
えっ?ここ笑う所?
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「シェンが済まない。」
「えっ、シェン?」
誰だった?
「奥宮大夫だ。」
ああ。あの人か。
「別に何かされた訳ではありません。」
かなり怖そうな人だけど…と心の中だけで付け足した。
「明日には変わる。」
「はい、承知致しました。」
あれ?と思った。
本当に…何もしない?
しばらくの無言の後で、フェイ殿下が、
「ジンシは怒ったか?」
と聞いてきた。
いいえ、と答えた。殺され掛けた時でさえ、ジンシは怒ってはいなかった。
すると、「そうか。」とフェイは自嘲の息を溢した。
「どんなに手酷い事をしてもアイツを怒らせる事は出来なかった。」
フェイ殿下はまるでジンシを怒らせたかったかのような言い方をする。
「フキに会った、と聞いた。」
「はい。」
「世のことを何か言っていただろう?」
…迷った。
「戯言は要らぬ。」
「郭公、と。」
怒るかと思ったが、フェイはハハハっと笑い飛ばした。
「そうじゃ、郭公じゃ。」
何も言えず、黙っていた。
フェイの笑いのツボがわからない。
「話通りだな、リーエンは優しいな。」
誰が何を話したかわからない。フーシンか父か…。わからないからやはり黙っていた。
「腹に子は?」
「…未だわかりません。月の物は途絶えてはおります。」
一瞬迷ったけれど本当のことを言った。
嘘になるかもしれない、後から間違いでしたでは済みそうに思えなかった。
そうか、とフェイはただ頷いた。
「父はわかってはくれなかった、子を為せと。為すべきではないと何度も言ったのに。郭公の子を世継ぎに据え、更に子を為せと。
愚かじゃ。」
…郭公とはどういう意味?
チラリとフーシンを見た。
聞こえているのかいないのか、ただ前を向いて座っていた。
「フーシンには証言してもらわねばならぬ。ジンシにも、我を傀儡としている者にも。」
動いた私の視線を見てフェイはそう告げた。
それからしばらく山荘での暮らしの事を聞かれた。
あそこがまだ皇族の土地だった頃は頻繁に狩りに行ったようだ。
滝のことも、自生している植物の事も詳しかった。
「狩りも乗馬も俺は向かなかったらしい。」
それでも通ったんだ、とどこか懐かしそう顔をしてそう言っていた。
「コケモモの季節までいられませんでした。」
と言えば、
「コケモモ、か。あそこのは酸っぱい。」
「そうなんですか。」
「ああ、食べられたもんじゃ無い。」
と笑う。
最後に
「朝までここに居てくれ。明日もまた頼む。」
そう言い残してフェイは部屋を後にした。
残されたフーシンが小さな瓶を差し出した。
「朝、胎内にこれを付けてくれ。
医師が破瓜を確認する。」
「少し良いか?」
はいと答えた。
「リーエンに礼を言わなくてはならない、ありがとう。」
「フーシン殿に礼を言われる様な事はしておりません。」
それは違う、とフーシンは言った。
「ジンシは常に諦めていた。何もかもを。」
「昔から?」
どうやらあの時期だけじゃなかったらしい。
「ああ。皇子なのに常に臣下であろうとしていた。母殿の教えでもあったが、元よりの気質でもあったと思う。
ジンシはフェイが欲しがればなんでも譲ってきた。馬も武具も。とうとう皇太子の立場までも。
そのジンシにようやく譲れないものが出来た。リーエン様です。」
「あの日、出来上がった台本に唯一フェイ殿下が干渉したのが、ジンシを使いに出した事だ。フェイ付きの影が後に教えてくれた。
フェイ殿下はジンシを護ろうとしたんだ。」
「でも襲われた。」
「草だ。」
「草?」
草とは市井に住み着いた隠密のことだと教えてくれた。
「「帝の命令」と偽って草を消し掛けたヤツがいる。」
「…誰?」
「…まだわからない。」
「リーエン殿の懐妊が公布されたら自ずと炙り出される。
どうか御身を大切にしてくれ。」
フーシンが部屋を出てひとりにされる。
大きな寝台に手足を広げて寝転がった。
「あー、疲れた。」
緊張感の切れない1日に、私は余程疲れていたようで、そのままコトリと眠りについた。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる