国を割る姫  避けていた宿命が向こうから飛び込んで来るなんて想定外!

枝豆

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郭公の暮らし

ソニア

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リーエン様のお披露目の宴で、リーエン様が余興で琴を演奏し始めた。
伴に笛を吹くのは、大柄ではあるが美しい女形だった。

ベタベタと娼婦のようにフェイ様に張り付いていたスーチーを自席へと戻したフェイ様は、私を視線と指先だけで側へと寄せた。
衆目の前ではこのようなことはかつては無かったことだ。

「ユエ、チェンを連れてここを出よ。宮に戻って部屋から出るな。」
真っ直ぐにリーエン様を見つめ続けるフェイ様から小声でそう告げられた。

「フェイ様?何か粗相でも?」
スーチーを睨みつけていたのがまずかったのか、それともまた大夫に何かしてしまったのか…。

しかしフェイ様は
「…違う。もう言わせるな!
…ユエは悪くない、大丈夫だから、早く行け!」

いつもとは違う冷たい声音に、何かを察した。

「では後ほど…。」
その言葉にフェイ様からの返答はなく、前を見据えたままなのが哀しい。

「チェン、行きますよ。」
何もわからずあたふたするチェンに苛立ちながら、顔はにこやかに、声だけを鋭く尖らせた。
「行くと言ったら行くのです、さあ急いで!」

礼儀もなにもあったものじゃない。
既にお手付きとなったリーエン様に不興を買うのは覚悟して、小走りに宮へと戻った。

その後、正殿から火が起きた。
その火事でフェイ様は火傷を負ったと聞いた。

火事から一夜明けて、怒涛の日々が始まる。
正妃アナン様、奥宮大夫と次々に知らされる訃報。
帝が崩御し、重臣達が後を追って逝く。

フェイ様を苦しめていた者達が揃って消えた。

…なにがあった?
只事ではないのは、奥の宮にいても肌で感じる。
怖くて怖くて、チェンと共に部屋に篭り震えていた。

「ユエ様、いったいどうなってしまうのでしょう。」
まだ幼いチェン、私を姉と慕ってくれる可愛らしい存在が怯えて縋り付いてくる。

私はチェンを抱きしめる。
震えているのはチェンなのか、私なのか…。
それでも、
「私にもわかりません。でもフェイ様は部屋にいろと仰りました。だからここにいれば大事にはなりません。」
と笑顔で励まし続けた。

数日して「フェイ様」のお渡りがあった。
火傷をされた「フェイ様」は包帯に包まれて、更に頭巾を深く被り、目元すら見えない。
隣にはフーシン殿がついていて、宰相の姿はない。

「この先我はリーエンだけしか要らない。もうここへは来ない。…この意味がわかるか?」
「…はい、理解したと思います。」
「ソニア様はいかが致す?国に帰っても良いのだぞ。」

ソニア…か。いつもよりも固く小さな声。
ようやく事態を知った。
ただならぬ事が起きた事を知った。

ソニアは一瞬で腹を決めなくてならないと悟った。
そして、ソニアは賭けに出ることにした。

「嫁いで5年は耐えよ、子が出来なくば自由にして下さるというお約束を反故になされるおつもりですか?」

外交面での政略結婚である、早々に離縁するのは双方都合が悪い。今更国にも帰れない。ただ5年子がいなければ国の者もリュウジュの者も納得してくれるだろう、5年後、お滑り願いを出して、どこぞの離宮で過ごさせてくれる、そういう約束ではなかったか、と。

…嘘だった。
そんな約束はフェイ様とはしていない。

ただ骨を埋める覚悟で嫁いだ私に「昼は来るが夜は来ない、ソニア殿とは真の夫婦になる事は出来ない。許してくれ。」
と頭を下げられただけだ。

子が為せないであろう事も、何か大きな悩みを抱えている事も理解していた。
いつかお心を話してくだされば…と願っていたが、その日はとうとう来なかった。

異国人である事を蔑まれている中で、フェイ様は私にユエというリュウジュの名をコッソリ付けてくれた、優しい主人だった。
こっそりと、しかし絶え間なく降り注ぐ優しさに諦めも踏ん切りもがつかないまま、日々が流れていた。

「お約束まであと3年半ございます。
それまでに子が為せなければ、潔くここを去りましょう。」

悲しみと恐怖で震える身体と堪えきれない涙を、慈悲を願う女のそれに見せかけて、目の前の男に縋り付いてみせた。

こんな猿芝居が通用するとは思えなかった。
しかし出来ることはなんでもやらなくては、未来さきは来ない。

しかし、「フェイ様」は
「そうだったな、好きにいたせ。」
とだけ言葉を掛けて去っていった。

はあ…。
ひとりにされて、詰めていた息を大きく吐き出した。
…乗り切った?
いや、これだけでは終わりには出来ない。

それからなるべく側女のリーエン様との時間を設けた。
リーエン様を通してなるべく情報を集め、気持ちを伝えなければ!
3年半、限られた時間の中でやり遂げなくてはならない。
どうか生きていて欲しい、願いはそれだけだ。
叶うならばもう一度、一目会いたい。
その為にならどんなことでもすると覚悟を決めた。

「まるでお人が変わってしまったかのようです。ユエ、と呼んでくださらなくなりました。」
そう秘密を教えてから、身構えていたリーエン様の角が無くなった気がする。

「琴を私にも教えてくださらないかしら?嫁いで来た時に琴が弾けない事をフェイ様はとても残念にされていたから。」

「いつかもう一度あの優しい鳥を愛でたいものですわ。」

会話の端々に思いを乗せた。匂わせるが確信を突いてはいけない。難しい匙加減で薄氷の上に立つ事を覚悟して。

どうか帝となる「フェイ様」にも伝わってくれと願うしかない。
帝の思いひとつで命さえもどうとでもされてしまう。
けれどもリーエン様は本質的に善良で嘘が付けない優しいお方だと、そう思った。


そうして3年半の月日が流れた。
リーエン様は皇子と皇女をお産みになったが、私には子は出来なかった。
それもそのはず、帝は宣言の通りにただの一度もお渡りはなさらなかったし、親しげに声を掛けてくださる事も、優しくユエと呼びかけられる事もなかったのだから。

宮を出ると決まった時、久しぶりに帝が私の宮にお越しになった。
「どこか行きたい所はあるか?」
「…はい。美しく優しい鳥を愛でられる所へ居を構えたいと思います。」

「…そうか。わかった。身分を捨てて貰うことになるが、それでも構わないか?」
優しく聞かれた。
その声音に3年半が報われているのを知った。
「…はい。仰せのままに。」
込み上げてくる涙を止める事が出来ない。

そうして私はソニアからユエとなった。
新しい住まいはバイセンシャンの小さな山荘だという。
今は管理人がひとり、そこを守っているらしい。

お別れの日、用意された衣服は女官が着るような質素なもので、見送りはリーエン様ただ1人であった。
皇后が宮を出るというのにも関わらず、ひっそりとしたものである。
それらの放つ意味が重いことをソニアは十分に理解していた。

リーエン様は良く使い込んだ美しい琴を私に持たせてくれた。

「もう二度とお目に掛かれる日はないでしょう。どうかこの琴を私と思ってお持ち下さい。
この琴ならば、きっと鳥も美しく鳴いて下さる、そう思います。」
「帝とリーエン様の御慈悲に心より感謝申し上げます。」

この言葉に嘘はない。
お2人の慈悲がなければこんな猿芝居がまかり通るはずがない。

「…ひとつだけお聞かせ願いますか?なぜあの時全てを晒さずに黙ってここに残られたのですか?」
「でなければもうあの鳥を愛でる日は来なかったでしょう?」
「…そうですね。よくぞ耐えて下さいました。」

ありがとうとリーエン様は頭を下げてくださった。

私は琴ひとつ抱えて、喜びに満ちて、都落ちの旅路を歩んで行く。
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