政略結婚は不幸の種 知らない間に織物職人は第二王子の婚約者になっていました

枝豆

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婚約者として

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「なぜモーリは、アイリーンのことをリーンと親しげに呼ぶのだ。」
朝食後、私は早速編み物を始めた私にそう殿下が聞いてくる。
殿下の機嫌はまだあまり良くない。

「別に兄様だけではありません。エリールで私のことは皆がリーンと呼びます。」
「…俺だけか?」
アイリーンと呼ぶのが、という意味ならそうだ、と答える。
「…面白くない。」
「では殿下もリーンとお呼びになればよろしいのではないでしょうか。」
「そうしよう。そして殿下、は嫌だ。アリと呼んで欲しい。」
「出来ません、殿下。不敬に過ぎます。」
「婚約者なんだから構わない。」
いや、まだです。と心の中だけで訂正しておく。
口に出すと面倒そうだ。
「…アリ殿下。」
「アリ!だ!」
不毛なやり取りについため息が漏れ、殿下の顔がまだ少し険しくなる。

「モーリを兄様と呼ぶのは何故?」
昨日まで他人だったのでは?と聞かれてそれは少し違うと答えた。
「モーリウス様のことはずっと兄様と呼んでいました。これはレイン様のご希望でした。レイン様は私を兄様と同等に扱って下さいましたし、幼い頃からそう呼ぶようにと言われて育ちました。だからモーリウス様を兄様と呼ぶようになりました。」
本当の兄ではなかったけれど、小さい頃から一緒にいる事が多かった。
レイン様は父母の工房に仕事で赴くことが度々あったし、母親のフラン様が不在ということもあって、兄様は我が家に滞在されることもある。
コンラン伯爵令嬢として扱われる時、とかく口撃されやすい私を庇ってくれる優しい人だ。
兄ではない人を兄と呼ぶ事に不自然さを感じるよりも前に、モーリウス様は兄様で落ち着いてしまったのだ。

「レインがリーンを我が子だと主張していたからか?」
「そうかもしれません。とにかく一緒にいることが多かったので。
でもこれはもうあだ名のようなものです。」
「では、俺のこともあだ名と思いアリと呼んでくれないか?」

なぜ呼び方にそこまで拘るのかわからない。
あだ名呼びも愛称呼びも呼び捨て呼びも、平民の私には垣根が高過ぎることをなかなか理解してもらえない。
「では、アリ様で。」
「アリ!」
…もうどうでもいい、心が折れた。
「…アリ。」
うん、それで良い、とやっと微笑まれた。
どっと疲れる。

呼び名なんてホントどうだっていいじゃん。
どうせすぐに…なのだし。

「リーンはモーリが婚約しろと言ったら納得するんだな。」
「違いますよ。婚約したフリをしろと言われたから、納得するんです。」
「フリでは終わらせないつもりなんだけど。」
「昨日のお話と違います。どうかお間違いのない様にお願い致します。」

こんな会話がずっと続く。
殿下の機嫌は一向に良くはならない。
レイン様とはまた違う意味で面倒くさい。
まともに相手をする気にもなれなくて、失礼にならない程度に返事をしながら私はひたすらに編み物を続けた。

「なぜ俺の方を見ない?」
「編み物してますから。」
「こちらを見て欲しいんだけど。」
…仕方ないと視線を向ける。
けれど手は休めない。別に手元を見なくても編める。

「なぜ見ないで編み続けられる?」
「身体が覚えていますので、見なくてもこれくらいなら編めます。」

今度は殿下がため息をついた。
「きちんと話がしたい。」
このままでも大丈夫だと言おうと思ってやめた。どちらかが終わらせないと延々に続くような気がする。
殿下はどうやら細かい事に拘る人のようだから、諦めることにする。

かぎ針と毛糸をカゴに戻して座りなおした。
「これでよろしいですか?」
まったく面倒なお方だと呆れてしまう。

「これからのことなんだけど。」

私の周りには、カレンさん、リンダさん、女性近衛のペルーさんが付いて、コンラン伯爵家からあと2人ほど人が追加される予定だという。

これはモーリ兄様からの強い意向で、王家の侍女や侍従だけではダメなんだそうだ。
しかし急に決められた輿入れで、伯爵家からの人選は王家の許可がまだ取れていない。
しばらく不便をかけると謝られたけれど、正直こんなに要らない気がする。
そう言っても、
「これでも少ないからダメだ。」と却下された。
…逃げたりなんかしないんだけどな。

それからここでの私の立場があくまでも
「第二王子の婚約者」である事を念押しされた
「しばらくは宙ぶらりんで不自由させるけれど、リーンは俺の婚約者だから、それは忘れないで。とりあえずそのつもりでここで過ごして欲しい。」
と殿下には頭まで下げられた。

頭を下げる必要はない。レイン様が合意していないということは、私はまだ婚約者じゃない、これは偽装。
そんな事を言ったら、
「言うと思った。」
と苦笑いされた。

「人質じゃないよ、婚約者だ。」
コンラン伯爵家に謀反の疑いが掛かった状態で私が変な事をすると、今後レイン様が譲歩する事になったりと良いことばかりでもないらしい。
やっぱり人質じゃないか。
納得してなさそうな雰囲気を察したのか、殿下がため息をついた。

「ひとつお尋ねしてよろしいですか?」
言いたくなかったけれど、大切な事だ。
「なんだ?」
思い切って聞いてみることにした。

「殿下はなぜこの結婚をお認めになられたのですか?第二王子ともあろう高貴な身分のお方が、しがない地方の領民でしかない平民の娘と、政略結婚させられる。殿下が嫌だとおっしゃっていただければ、私はすぐにでもここから放り出されるかと思うのですが?」

「俺が嫌だと言ったら、誰か別の奴に話しが行くだけだ。陛下はリーンを絶対に離さない。陛下の妾妃でもなるかい?
これだけは言える。
俺よりリーンを大切に守ることが出来る男はいない。
何より避けたいのは叔母上の手の者に嫁がされる事だな。」

「フラン様、ですか。」
そうだった。もしフラン様の取り巻きにでも引き渡されたら、私は殺されてもおかしくない。それくらいフラン様は私を嫌っている。
「…わかりました。諦めました、もう良いです。」
「叔母上と聞いて納得するんだな。
こちらもひとつ聞いて良いか?なぜ叔母上はそれほど其方を嫌うのだ?」
「…わかりません。」
「本当に?言いたくない?言えない?どっち?」
両方だ。
俯いて黙り込んだ。
知っているくせに。
あえて私の口から語らせようとしているなら本当に人が悪いと思う。
「さあ、フラン様のお気持ちを私に聞くのは間違ってます。是非フラン様に聞いてください。」
この話はもう終わりにしたい。

「そのうち話してくれると、君を守りやすくなるから助かるけどね。
ところでリーン。とりあえず婚約者として振る舞ってくれるよね。」

…これだから貴族の駆け引きは嫌いだ。
否、と言えない雰囲気に持ち込まれてしまった。
仕方ないけれど、諦めて頷くしかなかった。
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