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散歩という名の徘徊
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私が王子宮に入ってから、殿下は公務を全て取り止めて、私の側にいた。
書類仕事だけは部屋に山のように持ち込まれたけれど。
机に向かって仕事を片付ける殿下の近くで、手芸をするのが私の日課になりつつあった。
初めに兄様から差し入れられた毛糸は1週間でなくなってしまったので、それからは殿下が糸や布をプレゼントしてくれている。
最初のベストが効いたのか、あれから話しながら手元を動かしていても何も言われなくなったから、あれはあれで良かったんだと思う。
ずっと部屋の中にいるとひたすら手と目を使って座っているだけなので、私の身体を心配した殿下は王子宮の中だけと条件はあるものの、部屋の外に出る事を許してくれた。
ならば、と王子宮の中を見て回った。
探しているのは「布」だ。
敷布、帳、幕、タペストリー。お城の中はまさに最高級の織物が集められていて、しかも建国以来の歴史的なものもあるに違いないと、ワクワクする。
どうせここを出たら2度と見る来ることは出来ないのだ。
せっかくだからこのチャンスを存分に楽しむことに決めた。
鍵の束をジャラジャラ言わせながら殿下の部下のアレンさんと護衛のペルーさんが付いてくる。
ペルーさんは涼しい顔をしているが、アレンさんは呆れ顔を隠そうとしない。
「普通のご令嬢は、そんな風に床に這いつくばって敷布を見つめたり撫でたりはしませんよ。」
ストレートに嫌味を言ってくるくらい、アレンさんには馴染んでくれたと思う。だから、
「そうですね。でも私、ご令嬢ではないのでご心配は無用ですよ。」
なんて返したりするようになった。
頬をスリスリしたいくらい気持ちの良い布もあった。流石にそれはペルーさんにやんわり止められたけれど。
「あっ、これ。ここにあるんだ。」
客間のひとつに見たことのあるエリール織のタペストリーが掛けられている。
これは工房が取引している牧場で働いているリリルナさんという人が仕事の合間に趣味で織ったものを母が薦めて売りに出したものだ。
趣味の範囲を超えて出来栄えが良かったので売りに出したのだけれども、こうやってお城の一角にある事をリリルナさんが知ったらきっと喜ぶだろう。
これを売ったお金でリリルナさん夫婦は自分の羊を買い、雇われている牧場で他の羊と一緒に育てている。そしてその毛を刈って父の工房に卸している。
山深いエリールは冬になると雪に閉ざされる。作物もあまり取れない。
だから女子供でも働く。ささやかだけれども収入を得ようと努力する。それで羊や織り機を買って更に収入を増やしていく。
そうやってエリールの女性たちは逞しく暮らしを立てている。
私が幼かった頃は貧しく暮らしていた人がお金に困らなくなったり、安い賃金で雇用されていた人が独立出来たり、少しずつエリールの人々の暮らしは豊かになって来た。
それを推してくれたのはレイン様とエリール商会だ。
だからエリールのみんなはヘタレ伯爵と詰りながらもレイン様が大好きだ。
リリルナさんのタペストリーを撫でていると、リリルナさんが頑張れって言ってくれている気がする。
そうやって金物屋のおかみさんの帳や粉屋のおばあちゃんの絨毯を見つけては撫で回して元気を貰っていった。
「さあ、今日も頑張ろう!」
みんなから元気を貰ってまた殿下の横で手仕事に励む。
「私の物も誰か買ってくれないかしら?」
私がここで作った物をどうやって売りに出せば良いか、本気で殿下に相談したら、思いっきり笑われてしまった。
「ねえ、リーン。このまま本当に婚約しちゃわない?」
「…しません。揶揄うのはやめて下さい、殿下。」
「どうして?そんなにエリールに帰りたい?」
「ええ、帰りたいです。こう見えて結構使える職人なんです。バーン織だってもっと改良したいし。」
そう、本当ならここにいたらいつまでもバーン織の作業は進まない…のに。
バーン織の要は刈った毛をどのように製糸するかに掛かっている。
製糸は私、染色は父、機織りは母の領分だ。
今はシーズンオフだから製糸作業は出来ないけれど、冬が終わりバーンの毛を刈り上げる頃にはエリールにいなければならない。
「じゃあ、城に工房を作ればいい?」
「殿下、仕事に飽きましたね?」
ジトっと睨んでやった。
面倒くさい絡み方をしてくるとき、殿下は仕事に飽きている事が多い。
「少し休みますか?お茶でも淹れますよ。」
そうでもしないとひたすら面倒な会話が続くから、ため息をひとつついて立ち上がる。
「兄様のお茶で良いですか?」
「うん、頼むよ。あのお茶はスッキリとしてて飲みやすい。」
こんな感じで、気安く会話が出来るくらいには殿下と打ち解けてもきた。
思ったよりもお城の暮らしは辛くは無い。
書類仕事だけは部屋に山のように持ち込まれたけれど。
机に向かって仕事を片付ける殿下の近くで、手芸をするのが私の日課になりつつあった。
初めに兄様から差し入れられた毛糸は1週間でなくなってしまったので、それからは殿下が糸や布をプレゼントしてくれている。
最初のベストが効いたのか、あれから話しながら手元を動かしていても何も言われなくなったから、あれはあれで良かったんだと思う。
ずっと部屋の中にいるとひたすら手と目を使って座っているだけなので、私の身体を心配した殿下は王子宮の中だけと条件はあるものの、部屋の外に出る事を許してくれた。
ならば、と王子宮の中を見て回った。
探しているのは「布」だ。
敷布、帳、幕、タペストリー。お城の中はまさに最高級の織物が集められていて、しかも建国以来の歴史的なものもあるに違いないと、ワクワクする。
どうせここを出たら2度と見る来ることは出来ないのだ。
せっかくだからこのチャンスを存分に楽しむことに決めた。
鍵の束をジャラジャラ言わせながら殿下の部下のアレンさんと護衛のペルーさんが付いてくる。
ペルーさんは涼しい顔をしているが、アレンさんは呆れ顔を隠そうとしない。
「普通のご令嬢は、そんな風に床に這いつくばって敷布を見つめたり撫でたりはしませんよ。」
ストレートに嫌味を言ってくるくらい、アレンさんには馴染んでくれたと思う。だから、
「そうですね。でも私、ご令嬢ではないのでご心配は無用ですよ。」
なんて返したりするようになった。
頬をスリスリしたいくらい気持ちの良い布もあった。流石にそれはペルーさんにやんわり止められたけれど。
「あっ、これ。ここにあるんだ。」
客間のひとつに見たことのあるエリール織のタペストリーが掛けられている。
これは工房が取引している牧場で働いているリリルナさんという人が仕事の合間に趣味で織ったものを母が薦めて売りに出したものだ。
趣味の範囲を超えて出来栄えが良かったので売りに出したのだけれども、こうやってお城の一角にある事をリリルナさんが知ったらきっと喜ぶだろう。
これを売ったお金でリリルナさん夫婦は自分の羊を買い、雇われている牧場で他の羊と一緒に育てている。そしてその毛を刈って父の工房に卸している。
山深いエリールは冬になると雪に閉ざされる。作物もあまり取れない。
だから女子供でも働く。ささやかだけれども収入を得ようと努力する。それで羊や織り機を買って更に収入を増やしていく。
そうやってエリールの女性たちは逞しく暮らしを立てている。
私が幼かった頃は貧しく暮らしていた人がお金に困らなくなったり、安い賃金で雇用されていた人が独立出来たり、少しずつエリールの人々の暮らしは豊かになって来た。
それを推してくれたのはレイン様とエリール商会だ。
だからエリールのみんなはヘタレ伯爵と詰りながらもレイン様が大好きだ。
リリルナさんのタペストリーを撫でていると、リリルナさんが頑張れって言ってくれている気がする。
そうやって金物屋のおかみさんの帳や粉屋のおばあちゃんの絨毯を見つけては撫で回して元気を貰っていった。
「さあ、今日も頑張ろう!」
みんなから元気を貰ってまた殿下の横で手仕事に励む。
「私の物も誰か買ってくれないかしら?」
私がここで作った物をどうやって売りに出せば良いか、本気で殿下に相談したら、思いっきり笑われてしまった。
「ねえ、リーン。このまま本当に婚約しちゃわない?」
「…しません。揶揄うのはやめて下さい、殿下。」
「どうして?そんなにエリールに帰りたい?」
「ええ、帰りたいです。こう見えて結構使える職人なんです。バーン織だってもっと改良したいし。」
そう、本当ならここにいたらいつまでもバーン織の作業は進まない…のに。
バーン織の要は刈った毛をどのように製糸するかに掛かっている。
製糸は私、染色は父、機織りは母の領分だ。
今はシーズンオフだから製糸作業は出来ないけれど、冬が終わりバーンの毛を刈り上げる頃にはエリールにいなければならない。
「じゃあ、城に工房を作ればいい?」
「殿下、仕事に飽きましたね?」
ジトっと睨んでやった。
面倒くさい絡み方をしてくるとき、殿下は仕事に飽きている事が多い。
「少し休みますか?お茶でも淹れますよ。」
そうでもしないとひたすら面倒な会話が続くから、ため息をひとつついて立ち上がる。
「兄様のお茶で良いですか?」
「うん、頼むよ。あのお茶はスッキリとしてて飲みやすい。」
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