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リーンは職人
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「アイリーン・ボガードは生粋の職人、そうなんだな?」
やっと気付いたか、と頷いたモーリが言っているような気がする。
「コンラン家の系譜でもレインの娘でもない、ザイモックの為政者でもない。アイリーンはただの職人なんだ。リーンは漆黒の絹糸を作るためだけにザイモックに行った。」
アイリーンの横に立つために必要なのは、俺がザイモックに行くことじゃない。
アイリーンがエリールに、この工房に戻って来れる環境を整える事、モーリはそう言いたいのだ。
「そして父は後継とウッドバーンに行った。エリールには俺がいる。この先はわからないが、悲願への道は整った。」
えっ?ちょっと待て!
サラッと凄いことを言わなかったか?
「モーリは…。」
「俺は違う。叔父とされている死んだ長兄の子供だ。」
「後継の最後の仕掛けだそうだ。もうひとりいたんだ、ナラだよ。ナラは後継の落とし胤。」
「はぁっ!?」
ハッハッハっとモーリは大声で笑った。
「俺だって蚊帳の外だったよ。知ったのはこの件が起きたからだ。
後継はな、エリール家には恩義を感じてくれて、エリールが窮地に陥らないようにすることを優先してくれた。自身がザイモックに帰れない事はエリールのために早々に受け入れてくれて、だからこそ後継はニルスの目の届かない市井に紛れ込まなければならなくなったそうだ。
エリール商会の農場に養子入りをして妻を娶った。
父とアイリスの結婚が流れ、次にアイリスが愛したのはエリールに根を張ったホセだ。アイリスは頑なにウッドバーン移住を拒んだ。
だから少し後継は無茶をしたんだな。
ウッドバーンの島民が信奉しているルバーン教は一夫多妻制度を認めている。
第二夫人は足繁くエリールに来ていたし、市井のしかも領民の結婚なんて国王に報告する義務なんて無い。
アイリスの存在は掴めても、他国の文化を尊重しないニルスには商人を装った第二夫人のことは想定すらしていなかったようだな。」
「…この策士め!」
「俺に怒るな!俺やお前がガキの頃には下地は既に整っていたんだ。文句なら墓の前で祖父と後継に言うんだな。」
そう言ってモーリは意地悪くニヤリと笑った。
しかし次の瞬間、モーリは見た事がない真面目な表情を見せた。
「俺には資格がない。」
言うか言わないか迷って、でも話す事に決めた、そんな雰囲気が伝わってくる。
母がアイリーンをあんなに嫌う理由がわからなかった。
そのうち周りの噂で知った。
いつ妹になるか妹でなくなるかわからない、15年も過ぎたのに、真実はわからないまま、この件について父は頑なに教えてはくれなかった。
「リーンは俺にとっては、好きだけど愛しちゃいけない存在だった。
俺とアイリーンの関係はどっちに転ぶかわからなかったんだ。
だから最後の最後で自身を戒めて生きてきた。
全部が露わになった時、それは終わりの合図だった。
母がアイリスやアイリーンを嫌うのは俺のためだった。誰もそんな事を望んでなんかいなかったのに、母はずっと俺のためにアイリーンを傷つけてきたんだ。
傷付けられているリーンを慰める事しかせずに、母を止める事も誤解を解く努力もせずに腫れ物に触らないように、母を遠ざけていたのは俺だ。」
そういってモーリはどこか寂しげに笑う。
…そうか。
アイリーンと初めて会った日の翌朝の、モーリとアイリーンとのやり取りを見て苛立ったあの気持ちを思い出す。
あの2人にしか出せない濃厚な距離感を。
多分アイリーンも同じだ。
どっちに転ぶかわからない。
好きだけど、愛しちゃいけない、だけど誰よりも大切な人。
…いやそれだけじゃない。
モーリには漏れなくフラン叔母上がついて来る。
…もう一生ついて回る。決して逃れられない。それは夫人だけではなく、母も私も。
庶子認定について語ったリーンの言葉を思い出した。
それはレインの娘でもモーリの妻でも同じ事になるだろう。
「人の心は変わる。」とも言った。
城にいる間、リーンは何もかも俺に心のうちを隠してはいなかった事に改めて気付かされる。それを聞き流してしまっていたのは俺だ。
なんて情けない男なんだろうか。
リーンは早々に乗り越えていて、モーリは…?乗り越えたのだろうか?これからなのだろうか。
どちらにせよ2人もまた「険しい道」を歩んでいたということだ。
重たくなった空気を変えたのはモーリの方だった。
「さあ、ホセとアイリスに会いに行こう。
お前が伝えなきゃいけない事はもうわかったようだしな。頼むよ、2人に可愛い娘を返してやってくれ。
…俺にも可愛い妹を返してくれよ。」
…それで良いのか?
聞きたいけれど、答えを聞くのが怖くて、その言葉を飲み込んだ。
少なくてもモーリは気持ちを抑えて乗り越えようとしているのだから、知らないフリをしてやる方が良いような気がする。
それに最大の敵が自ら身を引こうとしているのに、塩を送る余裕は今の俺にはない。
「ああ、わかった。モーリがそれを許してくれるなら。」
全部片付けて、アイリーンに会いに行こう。
やっと気付いたか、と頷いたモーリが言っているような気がする。
「コンラン家の系譜でもレインの娘でもない、ザイモックの為政者でもない。アイリーンはただの職人なんだ。リーンは漆黒の絹糸を作るためだけにザイモックに行った。」
アイリーンの横に立つために必要なのは、俺がザイモックに行くことじゃない。
アイリーンがエリールに、この工房に戻って来れる環境を整える事、モーリはそう言いたいのだ。
「そして父は後継とウッドバーンに行った。エリールには俺がいる。この先はわからないが、悲願への道は整った。」
えっ?ちょっと待て!
サラッと凄いことを言わなかったか?
「モーリは…。」
「俺は違う。叔父とされている死んだ長兄の子供だ。」
「後継の最後の仕掛けだそうだ。もうひとりいたんだ、ナラだよ。ナラは後継の落とし胤。」
「はぁっ!?」
ハッハッハっとモーリは大声で笑った。
「俺だって蚊帳の外だったよ。知ったのはこの件が起きたからだ。
後継はな、エリール家には恩義を感じてくれて、エリールが窮地に陥らないようにすることを優先してくれた。自身がザイモックに帰れない事はエリールのために早々に受け入れてくれて、だからこそ後継はニルスの目の届かない市井に紛れ込まなければならなくなったそうだ。
エリール商会の農場に養子入りをして妻を娶った。
父とアイリスの結婚が流れ、次にアイリスが愛したのはエリールに根を張ったホセだ。アイリスは頑なにウッドバーン移住を拒んだ。
だから少し後継は無茶をしたんだな。
ウッドバーンの島民が信奉しているルバーン教は一夫多妻制度を認めている。
第二夫人は足繁くエリールに来ていたし、市井のしかも領民の結婚なんて国王に報告する義務なんて無い。
アイリスの存在は掴めても、他国の文化を尊重しないニルスには商人を装った第二夫人のことは想定すらしていなかったようだな。」
「…この策士め!」
「俺に怒るな!俺やお前がガキの頃には下地は既に整っていたんだ。文句なら墓の前で祖父と後継に言うんだな。」
そう言ってモーリは意地悪くニヤリと笑った。
しかし次の瞬間、モーリは見た事がない真面目な表情を見せた。
「俺には資格がない。」
言うか言わないか迷って、でも話す事に決めた、そんな雰囲気が伝わってくる。
母がアイリーンをあんなに嫌う理由がわからなかった。
そのうち周りの噂で知った。
いつ妹になるか妹でなくなるかわからない、15年も過ぎたのに、真実はわからないまま、この件について父は頑なに教えてはくれなかった。
「リーンは俺にとっては、好きだけど愛しちゃいけない存在だった。
俺とアイリーンの関係はどっちに転ぶかわからなかったんだ。
だから最後の最後で自身を戒めて生きてきた。
全部が露わになった時、それは終わりの合図だった。
母がアイリスやアイリーンを嫌うのは俺のためだった。誰もそんな事を望んでなんかいなかったのに、母はずっと俺のためにアイリーンを傷つけてきたんだ。
傷付けられているリーンを慰める事しかせずに、母を止める事も誤解を解く努力もせずに腫れ物に触らないように、母を遠ざけていたのは俺だ。」
そういってモーリはどこか寂しげに笑う。
…そうか。
アイリーンと初めて会った日の翌朝の、モーリとアイリーンとのやり取りを見て苛立ったあの気持ちを思い出す。
あの2人にしか出せない濃厚な距離感を。
多分アイリーンも同じだ。
どっちに転ぶかわからない。
好きだけど、愛しちゃいけない、だけど誰よりも大切な人。
…いやそれだけじゃない。
モーリには漏れなくフラン叔母上がついて来る。
…もう一生ついて回る。決して逃れられない。それは夫人だけではなく、母も私も。
庶子認定について語ったリーンの言葉を思い出した。
それはレインの娘でもモーリの妻でも同じ事になるだろう。
「人の心は変わる。」とも言った。
城にいる間、リーンは何もかも俺に心のうちを隠してはいなかった事に改めて気付かされる。それを聞き流してしまっていたのは俺だ。
なんて情けない男なんだろうか。
リーンは早々に乗り越えていて、モーリは…?乗り越えたのだろうか?これからなのだろうか。
どちらにせよ2人もまた「険しい道」を歩んでいたということだ。
重たくなった空気を変えたのはモーリの方だった。
「さあ、ホセとアイリスに会いに行こう。
お前が伝えなきゃいけない事はもうわかったようだしな。頼むよ、2人に可愛い娘を返してやってくれ。
…俺にも可愛い妹を返してくれよ。」
…それで良いのか?
聞きたいけれど、答えを聞くのが怖くて、その言葉を飲み込んだ。
少なくてもモーリは気持ちを抑えて乗り越えようとしているのだから、知らないフリをしてやる方が良いような気がする。
それに最大の敵が自ら身を引こうとしているのに、塩を送る余裕は今の俺にはない。
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