政略結婚は不幸の種 知らない間に織物職人は第二王子の婚約者になっていました

枝豆

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オマケ

客人が諦めた日

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エリールでの飲食を伴う宴はと決まっている。
実はこれが始まったのはさほど昔の事ではない。

始まりは大体40年程の昔、ただの市井の養蚕農家の男の結婚式、会食の最中に新婦が突然倒れた事が原因だった。

異国育ちの新婦はエリールの食事が口に合わずなかなか食指が動かなかったが、新婦のために作られた郷土の料理を一口だけ食べた。その料理に痺れ毒が盛り込まれたのだ。

賢明な事に新婦は直ぐに異変に気付き、飲み込まずに吐き出した。
そして直ぐに皆に知らせないと!と考えた。しかし、毒の回りは早く、口内の舌は痺れて思うように喋ることができず、皆に異変を知らせる事が出来ない。
そこで新婦は思い切った行動を取る。
思いっきり派手に皿やグラスを薙ぎ倒し、倒れてみせる演技をする事で、皆の食事の手を無理やり止めたのだ。

披露宴はその場で中止となった。

後からの調べで、盛られた毒は南方の蛇毒で、北国のエリールでは到底手に入れる事は出来ない物である事、盛られたのは新婦の皿だけだった事は判った。
粘膜に触れた程度では痺れるだけですむが、虫歯や口内炎、僅かでも口の中に傷があれば、新婦は間違いなく死んでいたらしい。しかし幸いな事に新婦に傷の類はなく、幼い頃よりこの男に嫁ぐべく育てられた娘だった為、毒を飲み込むような愚は起こさなかった。

新婦を狙いに定める者なんかひとりしかいない、と皆が犯人をある人物に絞り込んだ。
養蚕農家の男に異様に固執するその男…。
しかし足り得る確証はない。なにせその男は遠く離れた王都にいるのだから。

それから、領主の指示でエリールの宴は全ての食事を大皿に盛り、皆の目の前で取り分け共有し、時にカトラリーやグラスの類まで共用するようになった。

それがエリール式の宴の始まり。



アリストリアが、離宮に滞在していた客人、かつて己の仕事を理由に俺との面会を拒んだ男とサシ飲みをしながら聞いた話だ。

その客人は、誰一人として名前を言わなかった。毒を盛られた新婦の名前も、毒を盛ったと噂された者の名前も。
ただ、40年程の昔という時期、市井の養蚕農家の男、異国より嫁いだ花嫁、という幾つかのワードでアリストリアは察した。

おそらくアイリーンの祖父と祖母の結婚式で、2人の結婚を阻止したかった者、ザイモックから来た花嫁を葬りたかった者の仕業。
それは、身内だ。おそらくは祖父…もしくは曽祖父の差金。

「王族の貴方の披露宴では到底受け入れ難く無理な事かもしれませんが、エリール育ちのアイリスもアイリーンも、おそらくエリール式の宴に拘るでしょう。その時はどうかその気持ちを汲んで頂きたい。」

普段は何ひとつ希望めいた事は言わない男が、結婚式についてひとつだけ出した遠回しな要望らしきものだった。

「相分かった。そのように言われたらそうしましょう。叶わない時は十分に気をつける事に致します。」

客人が拘る理由がわからないほど愚かではない。2人がエリール式に拘るのは、エリール育ちだからじゃない、そうしなければならないと思うそれ相応の理由がある、と客は言いたかったのだ。

そして、客人はふうとひとつため息をついた。

「…なので周りの者はなるべく2人を側に置いた。何よりも愛する者と殺したいほど憎む者とが共にいる事によって、憎まれていた者は護られた。」

話は飛躍しているようにも聞こえるが、客人の頭の中では繋がっていて、その繋がりを俺は簡単に理解した。

変わらず客人は名を言わない。誰と誰を指すのかを言わない。ただわかる。リーンとモーリの事だ。
リーンの皿に毒を盛ったとして、それをモーリが食さないとは限らない。なのでフラン叔母は諦めた、少なくても毒では…。

かの人は周囲からの蔑みの眼差しに耐えきれず、兄の元に逃げ込んだ。
離れて暮らす事は、互いにとって平穏な事だ。それから実際しばらくの間、皆の周りは表面上は平穏だった。
しかし均衡はまたによって崩された。

「悔しいが、私では愛する人を守りきれない。どなたかに託すしかない。悔しいがずっとそうだった。誰かに頼らなければならなかった。
かのお人は…損得ではなく感情で人を平気で害そうとなさる…恐ろしい人だ。」 

悔しいが…。二回もそう言った客人は、また一杯酒を煽った。頼った誰かとは…やはり名は言わない。それは想う人のかつての恋人…だろうか?
きっとそう。

だからレインはリーンを庶子にしたがり、ホセは否定したくても出来なかった。
市井の子供が死んだとて大した事にはならないが、領主の子となれば…夫の子となれば…。
ナラを隠すためだけじゃない、幾重にも繋がれていた後継者になり得る者の命綱だった。

現在リーンはホセの子となった。城の中でリーンを護れる者は…。
客人の願いは、式の宴の形式じゃないのだ。

「お約束しますよ。」
そう言って客人の空いたグラスを酒を注ぎ入れた。
客人が伸ばした手をそっと留めて、そのグラスの酒を一気に飲み干して、微笑んでみせる。

今更、叔母がリーンに何か出来るとは思えないが、念には念を入れる事は悪い事ではないし、そう伝えたとして長年積み重ねられた客人の不安は容易には取り除けない。

…でも、これで伝わるだろうか。
「エリール式」しかと受け継いだ。ホセに代わりモーリに代わり、自分を盾にして愛する人を護ってみせる。その決意をグラスを共有する事で表明してみせた。

空いたグラスに今度は客人自ら手酌をし、グラスを持って微笑んで、また一気に飲み干した。

「潔く諦めるのが父親の役割りなんでしょうかね。」

言葉少なに弱々しく微笑む男の言葉が、目の前の酒を呑みすぎたせいではない事を俺は祈った。
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2021.08.19 枝豆

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