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仕返し
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俺がフィリア伯爵令嬢を初めてみたのは、秋の夜会の時だった。
国王陛下夫妻は外遊の最中で、代わりを王太子になったばかりのステファンが務めた。…初めて王の代理として主宰する事に緊張していたステファンに、じゃあ、俺も出てやるよ、と。
弱みを見せあえるくらい、そしてそれを助け合うくらいには、俺たちは仲が良かった。
元々俺たちはよく似ていた。趣味や嗜好はもちろん、考え方も行動も。
だけど好きになる人まで被るとは思っていなかった。
俺より先に王太子の婚約者選定が開始されたのは仕方がない事だと思っている。
それが国王の息子と王弟の息子の間にある差だから。
公爵か侯爵か他国の王族か、伯爵令嬢にお鉢が回るとも思っていなかった。
だが、レイチェルは残された。
筆頭候補だったといってもいい。
あの日の事は忘れない。
約束の時間になっても現れなかったステファン、ただの寝坊だと思ったからこそ起こしにいってやろうと思ったのに。
従兄弟以上兄弟未満、俺たちの間柄ではノックはただの合図で、了解を求めるものではない。
止めようとした侍従達にいつもとは違う雰囲気を感じなかった訳じゃない、けれど強く止められることもなかった。
明らかに事後の雰囲気を纏ったままのステファンとレイチェルが抱き合って眠っていた。
呼吸をすることも忘れてただ見入ってしまった。
朝陽が差し込むベッドで眠っているレイチェルが悲しいほど美しかった。
見せつけられたのだ、と察した。
あえて強く侍従達が俺が部屋に入るのを押し留めなかったのは、侍従達がそうしたかったからだ。
俺に引導を渡す為に。
王太子妃となるレイチェルとステファンの相談役の俺、この先一生どちらかが死ぬまで顔を合わせるのだ。
小さな芽でさえも、根っこの一欠片でも残さないようにしなければ、いつか蕾となり花が開いてしまうかもしれないから。
俺が王族として初めて飲み込まなければならなかった苦渋の試練だった。
そんな時に浮上したのがブリトーニャとの縁談だった。領土問題が絡むために、この縁談は断れない。シュタイン王が望んだのは「王族」との結婚だ。
次に与えられる試練だと思っていた。
準王族は山ほどいるけれど、王族となるとステファンと俺以外の結婚適齢期の男はいない。
レイチェルじゃなければ誰でも同じ事…。半ば諦めていた、俺だ、と。
飲み込む覚悟は…あった、はず。
ところが。
王妃がブリトーニャはステファンにと、と言い出した。
試練を与えられたのは俺じゃなくて、ステファンの方になった。
「俺がシュタインの後ろ盾を得るのが嫌なんだろう。それかステファンの妻が伯爵家の出なのに、エルが姫を娶るのが気に入らないのかもしれない…。
まあ、好きにさせるさ。」
と父は言い、静観する姿勢を表明した。
もしかしたら…ステファンはレイチェルと別れさせられるかもしれない。
その時俺は…。
だけど、ブリトーニャとの婚約が整っても、ブリトーニャが奥方の部屋に入っても、ステファンがレイチェルを手放す気配は全くなかった。
冗談じゃない!!ふざけるのもいい加減にしろ!!
「疲れたから、部屋に帰る。」
自分主催の夜会、自分の婚約者のお披露目なのに、早々とステフは部屋に戻るという。
「レーチェがひとりで待っているから。」
あの瞬間、ステフを殴りそうになったけど、俺は悪くないよな。
眠れなかった。
だから、ペタペタと足音を立てて歩いていくレイチェルの姿を見つけられて、そっと後を尾けることができた。
もしかしたら…説得できるかもしれない。
いつまでもこんな境遇に身を置かないで、さっさと俺のところに来れば良い、と説得できるかもしれない。
だから、レイチェルが手が届かない遠くにいこうとするのをすんでのところで止められた。
あの時は、俺の方が心臓が止まって死ぬかと思ったくらいだ。
…今しかない!このチャンスを掴み取れ!!
そんなに嫌なら…俺がっ!
レイチェルを抱き上げて棟を歩いていても誰も何も言わなかったのは、それがみんなの総意だったからだ。
誰もがレイチェルに、あんな状況に追いやられた令嬢に心を寄せていたから。
誰もがレイチェルの解放を望み、誰もがレイチェルの置かれた立場に心を痛めていたから。
レイチェルは誰からも城に残る事を求められてなんかいないのに、たったひとりその事に気付いていなかったのが、ステファンだった。
レイチェルの破瓜を装ったのは、あの日見てしまった事を無かったことにしたかっただけかもしれない…。
従兄弟に先を越された事を認めたくはなかっただけかもしれない…。
あの日俺の前で好きにしていいと言ったレイチェルは、まだステファンの事を想っていた。
ステファンを思っているからこそ、自分が城から出ていく事が何よりも必要だと思っていた。
だからこそ…思い留まれたんだ。
今じゃない!とそう思えたんだ。
これから「しばらく」の間、時間を掛けてレイチェルの側にいようと決めた。
そんなに長くは掛からないと思う。
ステファンは一途だし諦めも悪かった。
じゃあ,俺は?
ただ、似たもの同士の男が2人いた,それだけの話…。
国王陛下夫妻は外遊の最中で、代わりを王太子になったばかりのステファンが務めた。…初めて王の代理として主宰する事に緊張していたステファンに、じゃあ、俺も出てやるよ、と。
弱みを見せあえるくらい、そしてそれを助け合うくらいには、俺たちは仲が良かった。
元々俺たちはよく似ていた。趣味や嗜好はもちろん、考え方も行動も。
だけど好きになる人まで被るとは思っていなかった。
俺より先に王太子の婚約者選定が開始されたのは仕方がない事だと思っている。
それが国王の息子と王弟の息子の間にある差だから。
公爵か侯爵か他国の王族か、伯爵令嬢にお鉢が回るとも思っていなかった。
だが、レイチェルは残された。
筆頭候補だったといってもいい。
あの日の事は忘れない。
約束の時間になっても現れなかったステファン、ただの寝坊だと思ったからこそ起こしにいってやろうと思ったのに。
従兄弟以上兄弟未満、俺たちの間柄ではノックはただの合図で、了解を求めるものではない。
止めようとした侍従達にいつもとは違う雰囲気を感じなかった訳じゃない、けれど強く止められることもなかった。
明らかに事後の雰囲気を纏ったままのステファンとレイチェルが抱き合って眠っていた。
呼吸をすることも忘れてただ見入ってしまった。
朝陽が差し込むベッドで眠っているレイチェルが悲しいほど美しかった。
見せつけられたのだ、と察した。
あえて強く侍従達が俺が部屋に入るのを押し留めなかったのは、侍従達がそうしたかったからだ。
俺に引導を渡す為に。
王太子妃となるレイチェルとステファンの相談役の俺、この先一生どちらかが死ぬまで顔を合わせるのだ。
小さな芽でさえも、根っこの一欠片でも残さないようにしなければ、いつか蕾となり花が開いてしまうかもしれないから。
俺が王族として初めて飲み込まなければならなかった苦渋の試練だった。
そんな時に浮上したのがブリトーニャとの縁談だった。領土問題が絡むために、この縁談は断れない。シュタイン王が望んだのは「王族」との結婚だ。
次に与えられる試練だと思っていた。
準王族は山ほどいるけれど、王族となるとステファンと俺以外の結婚適齢期の男はいない。
レイチェルじゃなければ誰でも同じ事…。半ば諦めていた、俺だ、と。
飲み込む覚悟は…あった、はず。
ところが。
王妃がブリトーニャはステファンにと、と言い出した。
試練を与えられたのは俺じゃなくて、ステファンの方になった。
「俺がシュタインの後ろ盾を得るのが嫌なんだろう。それかステファンの妻が伯爵家の出なのに、エルが姫を娶るのが気に入らないのかもしれない…。
まあ、好きにさせるさ。」
と父は言い、静観する姿勢を表明した。
もしかしたら…ステファンはレイチェルと別れさせられるかもしれない。
その時俺は…。
だけど、ブリトーニャとの婚約が整っても、ブリトーニャが奥方の部屋に入っても、ステファンがレイチェルを手放す気配は全くなかった。
冗談じゃない!!ふざけるのもいい加減にしろ!!
「疲れたから、部屋に帰る。」
自分主催の夜会、自分の婚約者のお披露目なのに、早々とステフは部屋に戻るという。
「レーチェがひとりで待っているから。」
あの瞬間、ステフを殴りそうになったけど、俺は悪くないよな。
眠れなかった。
だから、ペタペタと足音を立てて歩いていくレイチェルの姿を見つけられて、そっと後を尾けることができた。
もしかしたら…説得できるかもしれない。
いつまでもこんな境遇に身を置かないで、さっさと俺のところに来れば良い、と説得できるかもしれない。
だから、レイチェルが手が届かない遠くにいこうとするのをすんでのところで止められた。
あの時は、俺の方が心臓が止まって死ぬかと思ったくらいだ。
…今しかない!このチャンスを掴み取れ!!
そんなに嫌なら…俺がっ!
レイチェルを抱き上げて棟を歩いていても誰も何も言わなかったのは、それがみんなの総意だったからだ。
誰もがレイチェルに、あんな状況に追いやられた令嬢に心を寄せていたから。
誰もがレイチェルの解放を望み、誰もがレイチェルの置かれた立場に心を痛めていたから。
レイチェルは誰からも城に残る事を求められてなんかいないのに、たったひとりその事に気付いていなかったのが、ステファンだった。
レイチェルの破瓜を装ったのは、あの日見てしまった事を無かったことにしたかっただけかもしれない…。
従兄弟に先を越された事を認めたくはなかっただけかもしれない…。
あの日俺の前で好きにしていいと言ったレイチェルは、まだステファンの事を想っていた。
ステファンを思っているからこそ、自分が城から出ていく事が何よりも必要だと思っていた。
だからこそ…思い留まれたんだ。
今じゃない!とそう思えたんだ。
これから「しばらく」の間、時間を掛けてレイチェルの側にいようと決めた。
そんなに長くは掛からないと思う。
ステファンは一途だし諦めも悪かった。
じゃあ,俺は?
ただ、似たもの同士の男が2人いた,それだけの話…。
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