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白魔法と黒魔法
魔法と愛
しおりを挟む南グリーンピアトへ移動の話を受けてから2週間。
セシレーヌは誰にもその事を話すことなく、普通に仕事をしていた。
荷物もまとめていつでも南グリーンピアトに送れる準備もして、なんとなくスッキリした気持ちに向かっていた。
これでいい…。
あの人とは見分も違う、真逆の力を持っている自分なんて相応しくない。
愛する人の命を奪った自分なんて忘れてくれればいい。
そう思って吹っ切ろうとしていた。
季節は秋になろうとしている。
夜になると涼しくなり、上着が欲しいくらいになって来た。
セシレーヌも秋物の服装に変わり、茶色いブラウスに紺色のスラックスに黒い靴姿。
今日は久しぶりに早く帰れたことから、家でゆっくりと過ごそうと思っていた。
木枯らしが吹いてきてちょっと寒さを感じる中、急ぎ足で家に帰って来たセシレーヌ。
国立病院から歩いて10分ほどの場所にある、南向きの3LDKの眺めの良いマンション。
このマンションは国立病院の独身医師が、寮代わりに使っているマンションである。
1年前まではセシレーヌの他に、もう一人内科医師が住んでいたが、結婚して別の場所へと引っ越してしまい今はセシレーヌ一人だけになってしまった。
オートロックのマンションは、部屋番号と暗証番号を押さないとドアは開かない。
来客は部屋番号を押して、住人が扉を開けてくれない限り中には入れなくなっている。
セシレーヌは、最上階の7階に住んでいる。
最上階は1部屋しかなく、隣近所を気にする事がなく気楽に暮らせる。
窓を開けると海が見渡せ、城下町の夜景も綺麗に視ることが出来て環境もよく、セシレーヌもお気に入りにの場所である。
部屋が3つもある為、寝室と仕事部屋と物置に分けてある。
リビングにはクリーム色のフカフカのソファーが置いてあり、ガラスの丸い形をしたテーブルが置いてある。
壁にそってテレビ台とその上にちょっと大きめのテレビが置いてある。
そしてその横には、低めの棚があり、その上には写真が飾ってある。
両親と写っている幼い頃のセシレーヌは、長い髪を2つに分けて結っていて可愛い白いワンピースを着て、父親に抱っこされ母親も一緒に幸せそうに笑っている。
そしてその横には、母親と2人で写っているセシレーヌがいる。
成人式の写真のようで、マスクと眼帯姿のセシレーヌがロイヤルブルーのイブニングドレスに身を包んで綺麗な姿で写っている。
帰ってきたセシレーヌは鞄を部屋に置いて、一息ついた。
リビングに向かいキッチンにある冷蔵庫を見て、夕食を作り始めたセシレーヌ。
今夜はお肉を焼くようだ。美味しそうな柔らかいステーキ用のお肉を取り出し、フライパンで上手に焼き始めたセシレーヌ。
焼いているすきに、レタスを取り出してサラダを作り始めた。
以外に手際が良いセシレーヌ。
お肉は2枚あり、セシレーヌ一人で食べきれないように見える。
暫くして。
美味しそうに焼きあがったお肉と、みずみずしいレタスのサラダが食卓に並んだ。
主食はロールパン。
食卓に座って、手を合わせたセシレーヌ。
ピンポーン。
チャイムが鳴り、セシレーヌは立ち上がりモニターを見に行った。
モニターを見ると…
誰も映って言いなかった。
「え? …」
チャイムが鳴ったのに、誰も映っていない事にびっくりしたセシレーヌだが、もしかしたら誰かが間違えて押したのかもしれないと思った。
そのまま食卓に戻ろうとしたセシレーヌ。
ピンポーン。
またチャイムが鳴り、ビクッとして振り向いたセシレーヌ。
モニターには誰も映っていない…
でもチャイムが鳴った。
もしかして玄関に直接来ているの?
ちょっとドキドキしながら、セシレーヌは玄関の様子を見に行った。
リビングから玄関への廊下を歩いて来たセシレーヌ。
コンコン。
直接ドアをノックする音がして、驚いて目を見開いたセシレーヌ。
「まさか、ここまで直接入って来たの? 」
驚いて息を呑んだセシレーヌ。
コンコン。
再びノックの音がした。
そして…
「セシレーヌさん。…いらっしゃいますよね? 」
聞き覚えのある声に、セシレーヌは驚いて茫然となった。
「セシレーヌさん、ここを開けて頂けませんか? どうしても、お話があるのです」
聞き覚えのある声…丁寧な優しい口調…。
その相手ジュニアールに間違いない。
でも、どうしてここが判ったのだろうか?
そう驚くよりも、ここまでやって来たジュニアールの行動に予想外で驚いていたセシレーヌ。
「セシレーヌさん、開けてくれるまで今日は帰りません。何時間でも、待たせてもらいます」
「はぁ? なにを言っているの? どうして? …」
呆れてしまったセシレーヌだが、瞳は何だか辛そうで…。
玄関まで歩み寄り、ドアノブに手をかけたセシレーヌだが開ける事に躊躇していた。
ここを開けてしまったら…
せっかく決めた決意が揺れ動いてしまうだろう…。
だけど、この寒空の下ここまで来てくれたのに開けないままでいる事は心が苦しい…。
そうしたらいいのだろう…。
セシレーヌはそっと胸に手をあてた。
断っても引き下がらないジュニアール…。
メイシスの心臓が移植されている事で、錯覚しているのだろうか?
だとしたらもうここで目を覚ましてもらう方がいい…
私は、どんなに逆立ちしても王妃様にはなれないのだから!
意を決してセシレーヌはドアノブに手をかけた。
ゆっくりと鍵を開けて、玄関のドアを開けたセシレーヌ。
玄関が開くと、そこには凛々しい姿で立っているジュニアールがいた。
秋に因んだシックなスーツ姿のジュニアール。
それに比べて…
その辺で売っているごく普通のラフな格好をしている自分を見て、セシレーヌはやっぱりこの人とは住む世界が違うと思った。
「やっと会えましたね、セシレーヌさん」
変わらない優しい声のジュニアール。
ようやく会えた喜びと、セシレーヌを想う愛しさが込みあがったジュニアールの目が潤んでいるのを見ると、セシレーヌはそっと視線を落とした。
「突然訪ねて来てすみません。このマンションが病院の寮であることは知っていましたので、様子を見ていたのです。今日は、貴女が帰ってくる姿が見えたので追いかけてきました。途中で見失ってしまったのですが、家に戻ったのは間違いないと思ったので、尋ねてきました。部屋番号は直感でした。偶然、マンションの人が帰ってこられたようで、自動ドアが開いたのでその隙に入って来てしまったのです」
丁寧に事のいきさつを語るジュニアールに、セシレーヌは小さく笑った。
直感でここまで来られるなんで、すごいとしか言えない…。
「どうぞ…」
セシレーヌはジュニアールを部屋の中に招いた。
丁寧に靴を脱いで、脱いだ靴をそろえてジュニアールは部屋の中に入ってきた。
リビングにやって来たジュニアールは、食卓に並んでいる美味しそうなお肉を見た。
「申し訳ございません、お食事の時間でしたね? 」
「いいえ大丈夫です…」
ジュニアールはセシレーヌを見つめた。
そして、部屋を見渡すと何となく荷物が少なくなっているように感じた。
「どこかに行かれるのですか? 」
尋ねられ、セシレーヌはそっと頷いた。
「何故ですか? 貴女は国立病院の、優秀な医師ですよ。どこに行くと言うのですか? 」
「別に…関係ないでしょう? 」
相変わらず突っぱねるように、不愛想に言い放つセシレーヌをジュニアールはじっと見つめた…。
「セシレーヌさん。…貴女に、どんなに避けられても嫌われても。私の気持ちが、変わる事はありません。貴女に、どんな力があろうとも。その事は問題ではありません」
あっそ…
セシレーヌはムスっとして、テーブルの上にある煙草を手に取った。
「…どうして、私なの? 」
煙草に火をつけ、一口吸ったセシレーヌはギロっとした目をしてジュニアールを見た。
「私なんかより、いい女はいくらでもいる。あんたくらいの人なら、貴族だってほっとかない。…あんたはきっと、勘違いしているだけだよ。…私が、王妃様の心臓をもらっているから。…亡くなった王妃様が恋しくて、それで勘違いしているだけ! …私は…王妃様じゃない。…王妃様になれやしないから…」
もう一度タバコを吸おうとしたセシレーヌ。
ジュニアールはその手を止めた。
ん? とジュニアールを見たセシレーヌ。
黙ったままジュニアールは、セシレーヌの手から煙草を取り上げた。
そして灰皿でタバコをもみ消した。
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