マスク ド キヨコ

居間一葉

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 彼女は最初、友人の方を一瞥した。その後で、怯えながらも目をくぎ付けにしている、私をまっすぐ見た。そして、マスクをした顔でもはっきりわかるほど、にこり、と微笑むと、ゆっくりとこちらへ向けて近づいて来たのであった。
「キヨコ、ご飯前においたはやめてちょうだいよ」
「そうよ、可愛そうに、あんなに怯えてるじゃない」
 後ろの女性たちが、やいのやいのと盛り上がっている。それに全く意を介さず、キヨコと呼ばれた女性は私にどんどん近づいてくる。近づきながら、そのマスクがもぞ、もぞ、と何度も蠢いている。内側から何かの力で押されているようだ。
 私はたまらなくなり、立ち上がった。
「おい、どこ行くんだよ」
 間抜けな友人の声を無視して、私は駆け出した。松の木の、地表にはみ出たごつごつした根を飛び越えて、その先のツツジの茂みの中へと身体を隠し、更に匍匐前進でもう一つ隣の茂みへと移動した。そこで息を止め、様子を伺った。
 今だから断言できるが、この時、私は、キヨコから逃げ出したかったのではなかった。むろん、微笑みながら近づいてくる女ボディビルダーの姿は、小学生の男子だった私には十分な畏怖を与えたが、私はそれによって逃げたつもりはない。
 私は、彼女は絶対に、自分の隠れているこの場所を突き止めるに違いないと思っていた。そして、そうすることによって、彼女と二人きりになれる状況を作ろうとしたのだった。
 これは、私からキヨコに対する、デートの誘いだったのである。
 茂みに隠れてからは、あたりの詳しい状況はわからなくなった。離れたところで友人の声がした。何か、キヨコに対して、不愉快な単語を口にしたようだ(詳細は思い出したくもないが、あえて言うなら、『ゴ』で始まる単語だったように思う)。
 その後、パン、と風船が破裂するような音がした。そして、鶏卵が押しつぶされるときのような音が、それに続いた。
「あーあー」
「また散らかして」
 他の女性たちの呆れ声が聞こえる。何が起きているのかは分からないが、私は、友人に対して何の感情も持たなかった。何かひどい目に遭っているのだとすれば、ちょうどよい報いだと思った。

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