マスク ド キヨコ

居間一葉

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 私はツツジの茂みの、自分が入ってきた方を向いて、じっと座っていた。キヨコは必ずここを突き止めるだろう。まだだろうか。まだだろうか。私は顔を外に出して、辺りを見回した。
「キヨコ、私達、先に行くわよ」
 女性たちの足音が遠ざかっていく。私の胸は更に高鳴った。狙い通り、キヨコと二人きりになれたからである。
 その時、予想外にも背後から、素早く私の体に絡みつくものがあった。黒くぬめぬめとした、黒光りした手足が、いつの間にかがっちりと、私の全身に絡みついていた。
「つかまえた」
 キヨコだった。キヨコはそう言うと、しゅーっ、と私の耳の穴に息を吹きかけた。私は身震いした。
 私はもがいた。もちろん逃げたかったのではない。そうすることで、キヨコの輝く肌の感触を味わいたかったのだ。むしろ、もがく私を押さえようと、キヨコが強く抱きしめてきてくれることに、私は幸福を感じた。間近で見ると、キヨコの肌は、ただ黒く光るだけではなかった。太陽の光を受けて、小さく虹色に光っている。肌の組織一つ一つが、隙間なく、象嵌細工のようにきめ細かく埋め込まれている。キヨコの身体は、まるで高級な工芸品のようだった。
「いけない子ね。こんなおばさんを誘うなんて」
 キヨコが耳元で笑った。その言葉を聞いて、私は幸福を感じた。自分が好意を抱いていることが、キヨコに伝わっていることが、嬉しくてたまらなかった。
 キヨコはそう言うと、私の体を一度離した。私は夢うつつの状態で、ここからさらに離れようなどという気は、全く湧かなかった。ただ、取り返しのつかないことが始まろうとしているという予感はしていた。
 キヨコは私の目の前で、唯一残されていた胸元と、下半身にこびりついていた、白く半透明な布を剥がした。キヨコの身体に残されているのは、足元の蛇柄のハイヒールと、口元の白いマスクだけとなった。露わになったキヨコの胸元は、普通の女性のような柔らかい膨らみではなく、いくつも峰を連ねる連山のように、至る所で盛り上がる筋肉の塊であった。ただ、その頂の一点は、固く大きく尖っていた。
 気恥ずかしさで目線を下に向けると、そこでは大地から聳え立つ二つの幹が私を見下ろしていた。楠のような逞しさと、柳のような柔らかさを兼ね備えた、その左右の幹は、ちょうど私の顔の目の前で交差している。つるりとした裂け目が、生き物の口のように蠢きながら、私を見据えていた。
「ねえ。私、きれい?」
 キヨコは両腕を上にあげ、少し内側に折り曲げた。そして右足のつま先と膝を外に向け、全身の筋肉を強調するポーズをとりながら、私に尋ねた。

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