もう絶対忘れない!

緋向

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7 互いの想い人

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イチョウの葉っぱが大分散り、上着がないときつい寒さになってきた11月半ば。
相も変わらず、うちの出版社はのんびりとしている。
涼子の勤める鏑木(かぶらぎ)出版社は、お世辞にも有名とは言えないが、それなりに利益をあげている。涼子は小さい頃からこの鏑木出版社の小説が大好きだったので、今ここで働くことができて、最高に幸せなのだ。
出掛ける準備をしていると、高野(たかの)編集長に話しかけられた。
「染井くん。石橋(いしばし)先生の原稿は回収できたかい?」
「いま回収に向かうところです!」
「おぉそうか。気をつけて行ってらっしゃい」
高野編集長は、今年で53になる古株で、一昨年から編集長になった。カーネル・サンダースのような風貌で親しみやすく、また、大の甘いもの好きから、出張の度にロールケーキやカヌレなどを買ってきてくれるので、皆からとても好かれている。

のほほんとしゃべるので、うっかり寝てしまいそうになるが。

「ではいってきます!」
ペコッと編集長に頭を下げて、小走りで部屋を出ていくと、後ろから編集長の「がんばるんだよ~」という抜けた声がして、ふっと、ふきだしてしまった。

***

出版社から出た涼子は、にやけそうになるのを止められなかった。挙句の果てに、鼻歌までもれでる始末である。
なぜなら・・・

───やっと石橋先生に会えるんだもんね!!

石橋 清(いしばし せい)。
鏑木出版社の作家であり、涼子の担当作家。
そして、
涼子の片思いの相手だ。

涼子は、愛しの人の元へとスキップで向かった。

***

ぶーーん!
マンションの405号室のチャイムを鳴らす。石橋先生の部屋だ。
ちなみに、ここのチャイムは壊れており、蜂が飛んできたような変な音がする。
涼子も最初こそ驚いて、大爆笑したが、担当を1年もすれば慣れたものだ。
「はい」
少しだるそうな、低い声が聞こえ、キィ・・・と、控えめにドアが開いた。

ああっ・・・!

「涼子ちゃんか。おはよう」

石橋さん今日もかっこいい!!

涼子は、目の前で優しそうな笑みを自分に向ける男に、うっとりと見とれた。

この優しい笑顔とか、色素の薄いサラサラの髪とか・・・朝から見れるなんて幸せすぎる・・・!

「お、おはようございます!先生!原稿を回収しに来ました!」
「うん。出来てるよ」
石橋は、ちょっと待ってねと涼子に言い、部屋に戻ると、数分して、茶色の封筒に入った原稿を持ってきた。
「はい、今月の分。これで大丈夫かな?」
涼子はそれをしっかり受け取り、原稿が規定の枚数であることを確認した。
「はい!バッチリです。詳しくは社に戻って確認しますが、送信して頂いた話はどれも面白かったし、修整なしでいけると思いますよ!」
「そっか~・・・よかったぁ・・・」
ふにゃっと顔を緩め、安堵する石橋に、胸がきゅんっと鳴った。

───わあああ!先生、可愛いっ!

「涼子ちゃんどうしたの?顔、赤いけど・・・」
「へっ!?いや、なんでもないです!」

先生が可愛くて悶えてました!なんて恥ずかしい事言えるかぁ!

「そ、それでは先生!次回作も楽しみにしてます!」
恥ずかしさを誤魔化すためにさっさと立ち去ろうとすると、手首を軽く掴まれた。驚いて振り向くと、石橋の少し照れたような表情が目に映る。
「待って涼子ちゃん。せっかく来たんだし、ちょっとお茶してかない?もてなすよ」

ええ!?先生のおうち!?仕事以外で入っていいの!?・・・いやダメでしょ!!

はい喜んで!!と言いかけた自分を、理性が寸前で待ったをかけた。

「いえ!先生お構いなく!私に気を使わず、先生はゆっくりと休んでください!」
涼子からしたら願ってもみない言葉だったが、一応社会人。礼儀を尽くさねばならぬのが大人というものだ。
「気なんて使ってないよ。次の〆切まで時間あるし、少し話し相手になってくれないかな?ずっと家にこもって執筆してたから、人と話したい気分なんだ。ダメ・・・かな?」

──あう・・・先生、その顔は反則です・・・。
まるで仔犬のような愛らしい表情で見つめられたら、涼子に断れる訳が無い。

「先生がそうなさりたいのなら・・・お言葉に甘えて・・・」
「いいの?ありがとう。じゃ、上がって上がって」
にぱっと嬉しそうに笑う石橋に、心がほっこりする。

───仕事以外で先生の家入るの初めてだなぁ。
涼子は、内心ガッツポーズをきめこみながら、石橋の家へと足を踏み入れた。

***

「先せーい、こっち片付け終わりましたよ」

お茶をしに先生の家へお邪魔した私は

「ありがとう涼子ちゃん・・・。俺1人じゃ絶対終わらなかったよ・・・」

何故か先生の部屋の掃除をしていた。

数十分前、先生の部屋に入ってみると、あちらこちらにカップラーメンやら、レトルト食品やらのゴミが散乱しており、綺麗好きの血が騒いだ私は、
『せんせーーー!!何ですかこのゴミ屋敷は!食べ終わった物くらいちゃんと片付けて下さいよ!?』
『え・・・あ、ごめん。徹夜続いてて・・・』
『徹夜でもなんでも掃除くらいするべきでしょう!?先生!片付けますよ!!』
と、先生を怒鳴りつけて掃除を開始した。
そして、今に至る。
「ごめんね。俺の部屋の掃除なんかにつき合わせちゃって。これから他の仕事だってあるのに・・・」
「いえ!こっちもすみません生意気言っちゃって・・・。私もともと掃除すきですし、問題ないですよ。それに・・・」
───夫婦みたいで楽しかったし。
ふふふっ、と思わずにやけてしまう。
「それに?」
不思議そうに首を傾げる石橋の声で、はっと我に返る。
「あ、い、いえ!!何でもないです!」
───な、なに恥ずかしいこと考えてるの私!
「そう?なら良かったけど・・・あ、綺麗になったことだしお茶淹れるね。そこのソファーで座っててくれる?」
「は、はい!わざわざありがとうございます」
涼子は指定された淡いブルーのソファーに腰掛けた。
そして、石橋の淹れたアールグレイの紅茶と市販のバームクーヘンを美味しく頂き、それはそれは楽しいひとときを過ごしたのであった。

***

「ただいま~っと・・・」
玄関のドアをあけ、家に入るとコンソメのいい香りが鼻をかすめた。うっかりよだれが垂れかける。
リビングの扉を開き、その香りを、体全体にめぐり渡らせるかのように吸い込むと、キッチンで料理中の孝哉の隣りに立ち、鍋の中身をひょいっとのぞき込んだ。
「ただいま孝哉さん。今日のご飯はなに?」
初めの頃は、孝哉に近づくことさえ警戒していたというのに、今は隣りにたつのも平気だ。慣れたもんだなぁと、涼子は我ながら思った。
「ん。おかえり。今日のめしはポトフとコーンサラダに煮込みハンバーグ」
お玉を持っていない方の左手で、孝哉は、涼子の髪をさらっとすき、優しくなでる。
これは、おかえりの挨拶みたいなもので、涼子は最初こそ抵抗していたものの、なでられた時に感じる懐かしさに抗えず、今ではこれが当たり前となっていた。
「わー!美味しそう!さすが孝哉さん。変態な事以外は完璧だよね」
思ったとおりのことを言うと、スープの味見をしていた孝哉が、目をまん丸にして、再びこちらを向いた。
「変態だと!?失礼な・・・俺のどこが変態だ!!」
「え、だって私のむ、胸とか触ったりするし、それ以上のこともしたりするし、ふつうに考えて、彼氏でもない人がそういうことするのはおかしいと思う」
何の気なしにそう言うと、孝哉の表情が少し、暗くなった気がした。
「俺がお前にそういうことすんのはだな・・・」
「うん?」
「お前を愛してるからだ」
「・・・」
大真面目な顔でそんなことを言われ、軽く言葉を失った。
───サラッと言っちゃうんだね。こういうこと。
恥ずかしいを通り越して、涼子は半ば呆れてしまった。外国人ですかあなたは。
「はいはい。ありがとう。あ、私とりあえず着替えてくるね」
くるっと方向転換し、リビングの扉を開ける。
「メシもうできてるから、冷めないうちに早く着替えてこいよ」
涼子は、はーいと返事をしつつ、これから食べる美味しいご飯を想像して、鼻歌まじりに2階にある自分の部屋へと向かった。

涼子の居なくなったリビング。
しん・・・と静まった部屋で、孝哉は、自分の左手を見つめた。
「彼氏でもない人・・・か」
先ほど涼子に言われた言葉。言われた瞬間、心臓がガラスの破片で軽く刺された気分だった。
孝哉は、見つめていた左手にそっとキスをして自分以外誰もいない部屋で、呟く。

「愛してるよ・・・涼子」






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