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第3章

光の巫女

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 「これは・・・なんてひどいことを・・・。」

 レナの口からこぼれ出た呟きは、この場にいる全員の心を代弁していた。

 ディラン達が来たことによって兵士は武装を解除し、今は地下牢の奥に全員拘束されている。不意打ちを防ぐためにスレープ草によって眠らせているので地下牢には小さな寝息が響いている。

 ちなみにディランとポートは兵士を縛り上げてからすぐにラルゴスのもとに行き、こちらに連れてこようとしていてここにはいない。

 「ルーナ。この人たちはおそらくこの毒草を調合した薬品を使われて精神を崩壊させられたのではないかと思います。」

 私たちは倉庫から持ち出した毒草の3種類と果実1つをルーナに渡す。

 「・・・なるほど。これは冒険者ギルドでも報告義務のある毒草ですね。果実のほうも同じく強力な幻覚作用があるものです。これを調合した薬品であれば、精神を崩壊させることも容易いでしょう。それと同じ確率で死に至りもするでしょうし。」

 ルーナの言葉を聞いて母親のそばに寄り添うレーンがまたも苦しそうな表情を深める。

 「おそらく、この毒草を用いて実験を行っていたのでしょう。エルフや他の種族に対して実験し、最終的には人にも使う予定があったのではないかと思います。」

 「その根拠は?」

 「これを使った薬品を用いて行うことの最悪の想定が、王族や位の高い貴族を傀儡とすることだからです。」

 私たちの言葉に納得できないという表情をルーナが見せる。

 「精神を崩壊させるような薬品を含ませられたとして、言うことを利かせるようにする効果は望めないと思うのですが?」

 「確かに普通に考えれば難しいでしょう。しかしもう少し効力を弱めることができれば、言葉を復唱させるくらいはできるようになるでしょう。」

 「なるほど。本当の意味で人形にすると?」

 ルーナの顔にも理解の色が浮かんだ。しかしまだリィーネやレナはわかっていないようだった。アイレインは相変わらず無表情で全く分からない。

 「例えば、王位を継ぐため、自身の名前を呼ばせるために王に含ませるとか。」

 例えを口にしたときにレナは驚き、リィーネが非常に不快そうに顔をゆがめる。

 「確証が出てくるまでは何とも言えませんが、これほど危険な実験を何の後ろ盾もなく行えるとは思えませんからね。」

 私たちが建てた予想はあくまで予想の範囲を出ることはないが、それでも考えておかなければいけないことだ。

 クライフ王子が王を惑わして王位を手にしようとしているのではないか。

 王が突然死んだ場合、王位の継承は長男になる。王が言葉を交わせないようになったとしてもそれは基本的に同じだ。

 王の不在は国としてとても不安定に陥るため、王の職務を全うできなくなった時点で次の王を早急に選定しなければならなくなる。そしてその王の職務の最後が時代の王の選出である。

 国民の意思なども考慮し、基本的に公平な選出を目指してはいるが、最後に決めるのは王となっている。そのため、次の王を選定できない状態になれば継承権1位から順に王選定の審議が官職の中で執り行われる。

 ただし、その審議は必要最低限のものであり、よほどの問題がなければ正妻の長男が王位を継ぐのである。

 では薬で言葉を口にできる状態であったならばどうだろうか。

 答えは、「名前は口にすることができるので王の職務を全うできる」となる。

 つまり、クライフ王子が薬品を使って王の精神を崩壊させ、言葉を復唱することができる状態にして自身の名を関係者の前で口にさせることができれば、クライフ王子が次代の王となることができるのである。

 あとは職務を全うした王を隠し、証拠が残らぬように処理すれば問題なく即位することができるということだ。

 ラルゴスは元々は侯爵であり、裕福な暮らしもしていたのだろう。権威も十分に備えていただろう。そんな彼が今の暮らしに満足できるわけもない。加えてエルフの奴隷を虐め抜いていたようなラルゴスならクライフ王子の策に参加し、危険な実験を進んで行うことだろう。

 すべてが終わればクライフ王子はレゼシア王国の王に、それを陰で支えたとしてラルゴスも爵位を戻されるかもしれない。

 見逃すにはあまりにも辻褄が合う話だ。

 「そんな卑劣な男を王に向かえることがあれば、我らエルフがこの国に牙をむくだろう。」

 「これはまだ仮説の段階なので何とも言えません。けれど、止めることができればと思います。現にラルゴスが所有する毒草を押収できる機会を得たのですから、つながりを調べることもできるでしょうし。」

 リィーネの厳しい表情に私たちも真面目に返すと、「お前たちに行っても仕方のないことだしな」と表情を緩めた。

 「・・・ルーナ。この人たちを治すことはできないのでしょうか?」

 私たちの言葉にレーンが僅かばかりの光にすがるように私たちの方を向いた。

 「私からも頼みます!何でもします!どうかお母様を助けてください!」

 レーンの必死の懇願にルーナは難しい顔をする。

 「この毒草が使われて生きている人間を見るのは私も初めてです。通常はギルド主導で駆除されていますし、これらの毒草に関する研究も禁止されています。おまけに効き目が強すぎるのでそのまま死んでしまう人が多いのです。調べれば何かわかるかもしれませんが、それもかなり時間がかかるでしょう。」

 ルーナの言葉から、それが日単位ではなく年単位の話であること悟った私たちは苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。

 「・・・それでも・・可能性はありますよね?」

 すがるような、泣き出しそうな声に私は胸を締め付けられる。

 (・・・方法が、ないわけじゃない。)

 「・・・方法がないわけではありません。」

 ルーナの声と美景の声が重なり、私はルーナの方を向いた。

 「ライムは光魔法の才能が突出しており、とりわけ癒しの力に秀でています。数居る魔術師の中でライム以上の光魔法を行使できるものは歴史を紐解いても限られるでしょう。」

 (その私たちが全力で魔法を使って毒草の効果を打ち消し、かつ精神を修復することができれば、彼らを助けることはできるかもしれない。)

 美景とルーナの言葉に希望の光が見えた気がした。

 「じゃ、じゃあ!」

 期待を込めた声に、けれども暗い表情でルーナが答える。

 「ただし、精神を強制的に修復した場合、記憶の一部が欠損してしまう恐れがあります。」

 ルーナの言葉に絶句する私とレーン。

 レナも悲痛な表情を浮かべ、リィーネには心当たりがあるのかそっと目を閉じて俯いている。

 「・・どれくらい忘れてしまいますか?」

 「人によります。崩壊が激しい場合、修復したときの反動で全てを忘れてしまうこともあるでしょう。私が知っている限りでは、数人がかりで一人の精神を元の状態に戻したとき、大切な人の記憶すらほとんど忘れてしまったこともあると聞きます。」

 ルーナの答えはあまりにも非情な話であり、レーンの母親やここにつながれた奴隷たちの状態を見る限り、最悪の場合がいくらでも起きるだろうと思われた。

 元気にはなるだろう。笑顔を見せることもできるようになるだろう。

 けれど、すべてを忘れてしまうかもしれない。

 辛くとも毎日扉越しに娘に会いに行き、レーンを外に連れ出した母親。顔を見ることもなく、記憶にあるものは連れ出したときに見た一度きり。子供を産んだ時の記憶すら、彼女には朧気かもしれない。

 記憶が消える。

 レーンが消える。

 「そんな・・・せっかく・・・せっかく会えたのに・・・。」

 涙を流し、雫が母親の肌に零れ落ちる。反応の無い唸るだけの母親に、それでも頬に顔をよせ、体にうずめ、それでも拭いきれない涙。

 ひとしきり泣き崩れ、まだ嗚咽も収まらぬまま、それでも母の姿おみて口元を引き結び、私たちに向かって頭を下げた。

 「あなたが何者なのかは知らない。けれどあなたに力があるのなら、その力を、私の、お母様に、私の、お母さんに、どうか、助けてください!」

 レーンの願いに、私は答えられなかった。これは私には荷が重すぎる。できない。私じゃ助けられないかもしれない。

 私だけだったら。きっと救ってあげられなかったと思う。

 けれど、私には美景がいる。頼もしい、私の親友がいる。

 (今回は本当にサポートしかできなけど、お願いしてもいい?)

 (のーちゃんは自分を過小評価しすぎだと思うけどな。)

 (私は美景よりも物覚え悪いよ。・・・お願い。)

 (任されました。今回は私が何とかしてあげる。)

 私たちの雰囲気が一変する。

 それはいつも一緒にいたルーナにも見せたことのない空気。

 いつもは私が表にいるから、まるで別人が表れたかのように感じるだろう。

 (のーちゃん。私が表に出るよ。)

 姿かたちは変わらず。けれど纏う空気は全く別。

 冷たいような、温かいような、暗いような、明るいような。すべてが含まれ、すべて違うような空気。何物にも染まらず、何物も取り込む彼女。

 私は体を動かすだけ。表層にいる美景を、私は静かに見守り、願うだけとなった。
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