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第4章

提案の結末

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 「お戯れが過ぎます皇后様。」

 「わたくしは本気ですよ、ディラン王子。アスラと陛下のお話を聞いていて、わたくしは是非にと思い、この場に同席させてもらったのです。陛下はこの国と縁を結んでもらえればいいと思っていたようですけれど、わたくしは王族に迎えるほうが良いと考えたのです。これほどの容姿ですもの。たったそれだけでも多くの人の目を引き付けるのに、その上魔法の才にも教養にも人脈にも恵まれているのですもの。何の問題もありませんわ。」

 笑顔でそういうフェレーナ様は本気で私たちを取りに来ていることがわかる。

 おそらく養女として迎えられても、しばらくの間はフェレーナ様の言う通り、みんなと一緒に冒険が続けられるだろうと思う。けれど、必ずどこかで私たちは皇国に帰らなければいけなくなるはずだ。王国側であるエレアナとは別れなければならない。

 特に今、皇国はどこかの国から攻撃を受けていると言っていた。つまり、近いうちに戦争が起きる可能性が高いということ。その際に王族が他国で冒険なんてしていられるわけがない。必ず呼び出され、皇国のトップとしての働きを求められる。

 いや、ちょっと待ってほしい。そもそも私たちは養女になれるのだろうか?

 だってスライムですよ?今はまだばれてないかもしれないけれど、養女として迎えられれば今まで隠してうやむやにしてきたことが詳らかになっていくことは明らかだ。

 どう考えても養女になるなんてことはできない。養女になった瞬間にバッドエンドまっしくらな未来しか見えない。

 けれど、この提案を私から断ることは難しい。

 フェレーナ様は提案であると言っているけれど、王族の、それも正妃である皇后陛下の提案を私たちが断ることはそう容易なことではないはずなのだ。

 それなりの覚悟と理由がなければ無事に済むはずがない。

 けれど、私たちには手札と情報が圧倒的に足りない。フェレーナ様が引いてくれる理由。この状況を打破するための情報が全く足りていない。

 私たちはルーナを見る。ルーナは私たちの視線に気づき、心を静めるために深呼吸した。

 私たちには打てる手がわからないけれど、ルーナやディランならこの提案をうまくかわせるかもしれない。

 「お言葉ですが、皇后様。ライムを養女にするということは、そう簡単なことではないかと思います。」

 ルーナは慎重に言葉を切り出す。ルーナの発言にフェレーナ様が注目した。

 「どうしてかしら?いくら王国の貴族の娘だからと言って、こちら側に子となることは王国との友好関係を見てもそれほど難しいことではないはずですよ。」

 「はい。確かに貴族の娘としてこちらに来ることはそれほど難しいことではないでしょう。しかし、王の娘としてなら、話はまた違ってくるのではないでしょうか?」

 ルーナの言葉にフェレーナ様の表情が少し曇った。

 「エスカートの庇護を受けているライム。そのエスカートは我がレゼシア王国の者です。その部分を考慮すれば、この国の養女となることが難しいことはお分かりになりますでしょう。それも、王族の子となればなおの事。」

 ルーナの言い分では、エスカートの庇護を受けている私たちは王の娘と同じ扱いであり、王の娘を他国の王族の娘にするということは、貴族の子を向かわせるということに比べて、慎重に考えるべき事案であるということらしい。

 ここで私たちはエスカートの庇護というものがどれだけの影響力を持つのか初めて知った。

 それに、エスカートは他国に渡ることができないと言っていたから、エスカートの庇護を維持するにはレゼシア王国に帰属していなければいけない。少なくとも他国の者の養女とはできないはずだ。

 つまり、私たちが自らエスカートの庇護を捨ててアスタリア皇国の子となると言い出さない限り、おいそれと迎えることができないということだ。

 「それではこの国に嫁いでもらえば・・・」

 「ライムはまだ10になったばかりです。まだ結婚することはできませんし、婚約するにしても相手がいないのではないですか?そもそもそれはこの場で決められることではなく、王と直接話し合う事柄であると考えます。」

 ルーナはにこりと微笑んでそう言えば、フェレーナ様は少し目を細めてルーナを見つめ、やがてはぁとため息をついて前のめりになりつつあった体を元に戻した。

 「貴方の言う通りですね。モルフォル男爵令嬢。ならば、もう少し考え、こちら側が落ち着いてから、改めて話し合いの場を設けることにしましょう。」

 フェレーナ様はそれから一言も話さなくなり、アーデル皇も場を落ち着けるために少し話題を振って、会食は終了した。

 「申し訳ありませんでした。」

 城から馬車を出してもらい、ポートとレナが待つ宿に向かう道中。馬車の中は私たちとルーナとディランの3人だけとなったので、御者に聞かれない程度の小声で、私たちは二人に謝罪した。

 私たちが謝った理由を瞬時に理解した二人は、軽く私たちの頭にチョップして、微笑んで見せた。

 「あの時は本当に肝が冷えました。まさかエレア様から指輪を受け取っていたなんて。今度からはそんな重要なことはすぐに報告してくださいね。」

 ルーナがチョップを当てた部分を撫でながらそう言う。私たちは頭を下げて「わかりました。」と言った。

 「だが、そのおかげでライムを連れ去られずに済んだ。もしもエスカートの庇護程の理由がなければ、会食後にすぐ引き離されていたとしてもおかしくなかったからな。」

 ディランの言葉に私たちは小さく息をのんだ。やはりあの場で断ることはそう簡単なことではなかったらしい。

 「俺もあまり冷静でいられなかったからな。いざとなればと用意していた策を講じなければいけなくなるところだった。」

 「何かあの状況から抜け出せる策があったのですか?」

 私たちがほうと感心してディランを見るが、ディランは少し苦い顔をして首を振った。

 「抜け出せるには抜け出せるが、リスクが高く、あまり使いたくない策だったからな。ルーナが冷静に返答してくれて助かったくらいだ。」

 ディランの表情と言葉から、あまり褒められた手段ではなさそうだ。

 何となく聞かない方がいい気がしたので、話題を逸らすべく、私たちはエスカートについて聞いてみることにした。

 「エスカートというのはどういった存在なのですか?本人からは首輪をつけられた狂犬というようなことを言われました。エレアを知るものからは恨まれているとも。けれど、ルーナは先ほどエレア様と言っていました。それにエスカートの庇護を受けるということが王の子と同等の扱いを受けるということも。どうにも、全てがつながらないように思えるのです。」

 私たちの言葉を聞いて、ルーナとディランが少し暗い顔をした。特に、「恨まれている」と言う部分に反応していた。私たちの聞いた言葉全てが当てはまっているのだと確認できた。

 「それをこの場で話すのは、あまり良くありません。まずは宿に帰り、一息ついてから、改めて説明することにしましょう。エレア様の庇護を受けているライムには、これから先絶対に知っておかないといけないといけない大切なお話ですから。」

 想像していた通り、かなり重い話になりそうだ。それに、あまり他に聞かせられるような話でもないらしい。

 それからすぐに街の中央辺りにある宿屋に辿り着き、ポートとレナに迎えられ、同じ宿に泊まったリングルイとともに部屋に入った。
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