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第4章

死闘の終わり。謀略の始まり。

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 「・・イ・・・ライ・・・ライム!」

 初めは遠くにぼやける様に聞こえた声が、意識がはっきりしていくにつれて鮮明になってきた。

 すすり泣く声が聞こえる。私を呼ぶ声がする。

 視界を開こうにも、なんだか思うようにいかない。魔力が尽きかけていて、体はおろか、見ることも難しいようだ。

 けれど、だんだんと回復はしてきているのだろう。おぼろげだった声ははっきりと聞こえるようになってきたし、もう少しすれば見えるようになるだろう。

 とりあえず、私は動かせるだけ動かして、泣き声が聞こえる方に触手をのばそうとする。

 私が触れる前に、向こうから手をつかんできた。

 「ライム!ああ、よかった。死んでしまったのかと・・・ライム。生きていてよかった。」

 ルーナの安堵した声。安心して、けれど心配と後悔を内に孕んだ声。反応を示したとはいえほとんど動かなくなってしまっている私たちを見て、完全に落ち着いたわけではないのだろう。

 けれど、その心配を拭い去ろうと思っても、声も出せなくなっている今の私たちではどうすることもできない。

 私たちはほぼ全てのことを魔力に頼っている。体を動かすのだって、周りを見るのだって、聞くのだってそうだ。私たちは魔力がなければ何もできない存在なのだ。

 人とは違うというのを見せつけられているようだ。彼らとは違う。私が愛する人たちとは、根本からして違うと。

 同時に、私たちが殺してきた者たちと一緒なのだと。お前は間違っていると指摘され、手招きされているようで怖い。

 (のーちゃん。落ち着いて。大丈夫だから。ゆっくり、目を開けてみて。)

 夢の中と同じように、美景に励まされながら、私はゆっくりと視界を広げていく。

 霞んで、ぼやけて、何があるのかわからなかったけれど、時間がたつにつれて、ぼやけていた像がだんだんと収束していく。

 顔があった。涙を流して、顔をしわくちゃにしたルーナの顔が、私の視界いっぱいに広がっていた。

 周りを見回すと、ディランを筆頭に、エレアナとリングルイの面々が私たちをぐるりと囲んでいて、その真ん中でルーナが私たちを抱き上げているようだった。

 「ルーナ。ライムは生きているんだな?」

 ディランは心配そうな声でルーナに問いかける。ルーナが影になっていて、私たちの様子がはっきりと見えないようだ。

 ルーナはディランに振り替えることなく私たちを見つめたまま小さくうなずく。

 「少し動きました。ほんの少しですが、けれど確かに、確かに動いてくれました。ライムは生きています。」

 ルーナがそう断言したことで、周りから安堵の息が漏れる。ルーナだけでなく、みんなにも心配をかけてしまったようだ。

 (のーちゃん。どう?)

 何とははっきりと言わず、ただ問うてくる美景に、私も何がとは聞き返さずに答えた。

 (よかった。みんなが生きていてくれて、心配してくれて。守って、良かったよ。)

 心の底からそう思えた。私はモンスターだ。人とは違う。ディランたちとは違う。モンスターと一緒にいるのが普通で、人と仲良くするのは間違っていて。けれど、ディランたちは私を仲間だと思ってくれている。元人間だってルーナには言ったけれど、それでも今はモンスターである私たちを受け入れてくれている。

 守ってよかった。死んでいなくてよかった。生きていてくれた。それだけで私は救われた気がした。

 「ルー・・ナ。」

 やっと声が出せるようになった。私たちが声を出したら、ルーナは途端に顔をほころばせる。

 「大丈夫ですか?痛いところはないですか?何かほしいものはありますか?」

 私の外見的には傷なんて見当たらない。違うところといえば、ルーナが広げる両手の平よりもやや大きいくらいの大きさしかないところだろうか。恐らくルーナには私たちの正確な状態がわからないに違いない。

 「しばらく・・すれば・・・動けるように・・なります。」

 ゆっくりと、ルーナや周りのみんなにも聞こえるようにそう言うと、みんなが表情を綻ばせる。そんな中、ディランだけは、少し表情を厳しくして、周りを見回す。

 「なら、ルーナ。ライムを鞄の中に入れて、ここから離れるぞ。今回のことは、どうにも目立ち過ぎた。」

 ディランの言葉にルーナが苦い顔になり、言われたとおりに私たちを鞄の中に入れる。少し小さくなった私たちは変形する必要もなくすんなりと鞄の中に入り、ルーナは鞄の口を閉めた。

 それから早足に動き出すのがわかった。いつもよりも慌ただしく動いていることが鞄の揺れでわかる。

 私はだんだんと怖くなってきて、鞄の口の隙間からそっと外をのぞきこむ。

 ルーナの周りはポートやリーノでよく見えない。けれど、その間からちらちらと見えるのは、兵士たちの酷くおびえた姿だった。

 じっとこちらを見つめている兵士たちの目は、戦闘が終わった後のものとは思えない。本当はまだ戦闘が続いているのではないかと焦ったけれど、そうではなかった。

 その目はすべて私たちに向けられていた。

 なぜそんな視線を向けられているのかわからない。私たちがモンスターだから、それがばれたからそんな目で見るのだろうか。

 そういえば、私はドラゴンとの戦闘中に、意識を失っていた。戦闘の顛末はわからないけれど、戦闘が終了したということは、ドラゴンを倒したのか、退けたのだろう。

 確か美景がドラゴンを殺したと言っていた気がする。夢の中での話、意識がまだ覚醒していないときの話だからおぼろげにしかきいていなかったけれど、それが関係しているのだろうか。

 (美景。どうやってドラゴンを殺したの?)

 (能力と魔法で。ドラゴンの頭を吹き飛ばす魔法だったから、みんなその威力に驚いたんじゃないかな?)

 美景は平然とそういうけれど。あの強大なドラゴンの頭を吹き飛ばすほどの魔法なんて、ルーナでさえ使えなかったはずだ。そんなことをすれば、当然恐れられるに決まっているではないか。

 (だからこんなに魔力が減ってるんだね。それでもドラゴンの頭を吹き飛ばせるほどの魔法が使えるとは思わなかったけど。)

 (私が本気を出せばこんなもんだよ。でも、多分のーちゃんのほうがもっと凄いと思うんだけどね。今回のことでそれを痛感したよ。)

 なぜか美景が私を尊敬している。褒めてくれるのはうれしいけれど、私にはドラゴンの頭を吹き飛ばして仕留めるなんてことはできないのだし、むしろ戦闘の途中で意識を飛ばした役立たずだ。美景から尊敬される要素が一つも浮かばない。

 何が何だかわからず、ドラゴンに勝利したのにもかかわらずおびえられて気分の落ち着かない戦場から一足先に退散し、レゼシア王国への帰路についたのだった。




 「というのが、今回の顛末だ。いや、予想外だったな。まさかあのドラゴンを倒してしまうなんて。想定よりよほど厄介な相手じゃないのか?」

 報告を終えた男はワイングラスを片手口元をゆがめると、ワインの香りを楽しんでから一気に口に流し込む。

 男が飲むワインは最近開発した限りなく元に近いブドウで作った本物と変わらない味のワインだ。ブドウとにた果実であるウェアラでは、ワインに似た味にはなってもオリジナルとは程遠いものになる。甘さがきつすぎるのだ。ワイン独特の辛味を出すためにわざわざブドウと再現するなど、余程の余裕がないとできないことだが、その余裕が今のアース連合には腐るほどあるのだ。

 男はボトルからワイングラスに再びワインを注ぎ、つまみとして出しているチーズをひとかけらつまんで口に放り込む。

 「しかも仲間にはレゼシア王国の王子様に、天才魔導士。元特殊部隊員に、エルフの師を持つ大商会の娘さんまでいる。ほかにも特殊なつれがいるようだが、なんにしろ、これ以上あれを野放しにしておくと、あいつらに取り込まれたら相当厄介なことになるぞ。最悪計画がパーだ。」

 男は向かいに座る女性にワイングラスを突きつける。

 女性は無表情に男を見ながら、自分のワイングラスを手に取って優雅に口づける。

 「まだスライムはアース連合の内情を知らない。私たち全員が受けている使命もね。女神に反抗し、落とされたあれは私たちが言わなければ知る由もない。ジョーの動きにさえ注意していればそれでいい。」

 冷静な態度をとる女性に男はイラつきを見せる。

 荒っぽくグラスを机に置いてから、腕を組み足を机の上に乗せる。

 「今は俺たちの方が勢力は小さいんだぞ。クライフのバカを利用したとしても、今更王位につけられるわけもねえ。レゼシアから手を広げていく手法が使えなくなった今、水面下でしか動けなくなった俺らには打つ手がなくなってきてるんだぞ?今は表立って連合が争えねえってジョーがひよってるから無事にすんでるが、あいつはやるときはとことんやる男だ。向こうに動かれてからじゃ遅いってのに、ずいぶんと悠長じゃねえか。」

 男のイラつきにも動じず、女性は軽食として用意したカルパッチョに目を落とす。

 「最近、面白い子と出会ってね。その子のおかげでずいぶんとこちらが動きやすくなったのよ。」

 女性の言葉に男は興味深そうに目を細める。

 「ほう。お前がそんなことを言うのは珍しいな。何に関しても興味の薄いお前がそこまで評価するってことは、かなり有能なんだな?」

 男が笑ってそう言うと、女性は緩く首を振った。

 「有能なんてものじゃないは。あれは化け物よ。人の皮をかぶった悪魔。もしくは神の類かしら。なんにしろ、彼女を敵に回せば、アース連合くらいあっという間に落とされるでしょうね。」

 真顔でそう言い切った女性は、妙に確信めいていた。男は顔が引きつり、思わず腕を組みなおす。

 「おいおい。冗談でもたちが悪いぞ。そんな女が本当にいたとして、そんなやつを手駒にするのはリスクがでかすぎるぞ。大丈夫なんだろうな?」

 「ええ。彼女の目的ははっきりとしているから、彼女の邪魔さえしなければとても心強い味方になるわ。そうよね?」

 女性が男の後ろの方に目を向けてニコリとほほ笑む。男はいきなり背後から発せられた気配に慌てて席を離れ、腰の短剣を手に取ろうとする。

 しかし短剣は鞘に収まっていない。驚愕した顔で男は先ほどまで座っていた椅子の後方に佇む少女を見た。

 綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、恐ろしく整っている顔立ちは美醜の感覚が鈍いものでもたちまち虜にするだろう程美しい。全てのプロポーションが完璧な比率に収まっており、まるで神に作られたような完全さがそこにあった。

 その少女の手には似つかわしくない毒々しい色の光を放つ紫の短剣が握られている。男の腰にさげていた短剣だった。

 「いつから、そこにいた?」

 「つい先ほど。あなたが苛立って机に足を乗せた辺りから。」

 男は気配に敏感な方であり、常に周囲に気を巡らせている。酔っている時ですら敵の察知を怠ったことはないのに、今回は少女が自発的に気配を発するまで全く気付くことができなかった。

 人間とは思えない技と外見をした少女。これが女性の言っていた協力者だろうか。

 男が女性に問うよりも先に、女性はそっと微笑んだ。男がこれまでに見たことがない、無表情以外の女性の表情だった。

 「よく来てくれましたね。あなたも席について、一緒にこれからの計画について話しましょう。日代美景。」

 少女、日代美景は無表情に、男が座っていた席に座ったのだった。
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