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第5章

待合室にて

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 城内に入ってまず最初に通されたのは、城に入ってすぐにある豪華な待合室だった。

 待合室はかなり広々とした造りとなっていて、5人と1匹が部屋の中に入っても空間に大分余裕がある。部屋の中心に置かれた大きな丸テーブルに10程も席が用意されていて、テーブルや椅子、部屋を飾る絵や花瓶に至るまで、質の高さを感じさせる物ばかりが置かれていた。

 以前はすぐに客間へと案内させれていたはずだけれど、今回は豪華な待合室に案内された。けれどそれを疑問に思う人はこの場には私たち以外無く、みんなそれぞれ椅子に座って寛いでいる。

 恐らく前回が異例だっただけで、普通は城に入ったら待合室に通されて、色々な手続きを踏まえてから用向きにあった部屋に通されるのかもしれない。

 しばらく待っていると、扉からノックが聞こえてきた。

 ディランが「どうぞ」と声をかけると、扉はゆっくりと開かれていく。完全に開かれた扉の向こうに立っていたのは意外な人物だった。

 「手間を省きに来ましたよ。ディラン様。」

 相変わらず余裕のある笑みを絶やさずに唐突に話しを進めるオーランド男爵は、すぐに待合室の中に入って空いている席に座る。後からついてきた従者に紅茶の準備をさせて、一息つく位に余裕のある堂々とした振る舞いに、初めて会った時のような困惑を覚える。

 「手間を省きに・・という事は、アナトリアとナティーシャを引き取りに来たという事でいいのか?」

 昔からオーランド男爵の事を知っているディランは特に動揺もなく確認すると、オーランド男爵は静かに頷いた。

 「まずは一息つきませんか?すぐに紅茶を用意させますよ。どうせあちらも準備には今少し時間がかかる事でしょうし。」

 話に入る前に従者に指示を出して紅茶の準備をさせる。いきなり突っ込んだ話をするよりはわかりやすい行動に内心ほっとしていたのに対し、逆にディランは少し意外そうな顔をしていた。

 「どういう風の吹き回しだ?無駄を嫌う其方らしくないな。」

 「別に無駄を嫌っているわけではありませんよ。結果的にそうなっているだけで、私自身はゆとりある人生を送りたいと常々思っています。」

 笑みを深めたオーランド男爵に対してディランは片眉を上げたのみで、用意された紅茶を見つめた後に静かにそれを口にした。

 ディランの行動を見てみんなも紅茶を口にし始めたけど、ルーナだけは首を傾げて戸惑う。

 ルーナの前に置かれたカップは二つ。それだけならば、またお得意の情報収集で、私たちがミニチュアサイズになって鞄の中に入っていると知っているからだとわかる。

 けれど、そのカップに注がれた紅茶の片方が明らかに色が違って見える。色が濃いとか薄いとかではなく、みんなが口にしている紅茶が茶色よりの赤なのに対して、色違いの方は薄い青紫色をしていたのだ。

 一見毒でも入っているのではないかと思えるそれは、ほぼ確実に私たちのために用意した紅茶だろうけれど、私たちだけがみんなと明らかに違う紅茶なのかわからない。

 「オーランド男爵。こちらの紅茶は他と比べてかなり趣が違うように見えますが、これは・・・ライムの?」

 ルーナが恐る恐る質問すると、オーランド男爵はルーナの後ろに控えたままの従者に目配せする。従者はすぐに荷物の中から細長い円筒を取り出し、それを茶葉の入ったガラス瓶と一緒にルーナの前に丁寧に並べた。

 「・・・これは?」

 「円筒の中にはライムに用意した紅茶の茶葉の元が入っています。ルーナ嬢ならばそれが何かは元を見ればわかるでしょう。」

 オーランド男爵が手で円筒を示して確認するように促す。ルーナはゆっくりと円筒を開けて中身を確認すると、小さく息を飲んで中に入っているものを凝視する。

 円筒の中に入っていたのは一輪の紫の花びらをした花だった。

 「これは・・ソティスの1年目ですか。それも随分と状態がいい。こんなものをどこで。」

 あまり感情を揺らすことが無いルーナが明らかに動揺して、僅かに声が震えている。

 「知人に栽培している人がいまして。少々譲り受けたのですよ。今のライムには必要でしょう?」

 「知人・・・その方は人間ですか?」

 ルーナの返しにオーランド男爵は肩を竦めるだけで明言しない。けれど、それが答えのようなもので、ルーナはため息を吐きながら手にした時よりもより丁寧に机に戻す。

 「ライム。このソティスという花は、まだあまり研究できていない薬草の一つでもあるのですが、その効果は研究者の間では広く伝えられています。目にすることがまずないので伝聞となりますが、曰く、口にすれば一流の魔導士でも下手をすれば死に瀕するほどの魔力を補給できると。」

 ルーナの言葉とその意味を理解して、私よりも美景の方がその特異性に驚いた。

 魔力は原則として、空気中の魔力が流れ込んで得られる自然回復以外に魔力を補給することができない。ゲームなどにあるMPポーションのようなものは存在しないのだ。

 その理由は、外の魔力が自分の魔力として変化し、定着するには時間がかかり、変化するまでの間に取り込もうとした魔力が外に抜け出てしまうからだ。

 けれど、ルーナの言う通りならば、このソティスという花は例外的に魔力が自分のものになりやすい性質を持つか、ある程度外に抜け出ても問題ないほどに魔力を内包しているという事になる。

 量によっては魔導士でさえも危ういほどの補給ができるならば、恐らく後者だと思う。

 それを紅茶にしたものを出したという事は、つまり私たちの魔力不足を補うために特別に用意してくれたという事で。

 私たちは鞄から這い出して机の上に乗り、のっそりとした動きで私たちに用意されたカップに近づく。

 (大きさ的に、紅茶っていうより風呂だよね。)

 (浸かった方が効果があったりしてね。)

 別に試そうとは思わないけれど、ルーナの口ぶりならこのソティスという花はとても貴重なもののはずだ。なら、それで沸かすお風呂なんてまず贅沢というかもったいな過ぎてできないだろう。研究者だってそんなこと試したことはないと思う。

 あほな事を考えていると、ふと奇妙な視線を感じて、私たちはカップから視線を上げる。

 興味津々といった表情のオーランド男爵と目が合った。

 「お風呂として使っていただいても結構ですよ。」

 どうやら奇人には私たちが考えていた馬鹿な思考は手に取るようにわかってしまうらしく、私たちは少し恥ずかしい思いをしつつゆっくりとカップを傾けて飲み干した。

 「おや、残念ですね。お風呂として使った場合にどんな効果を得られるのかを知りたかったのですが。」

 それほど残念そうに見えない顔でオーランド男爵は肩をすくめる。
 
 「ナティーシャとアナトリアに関しては、こちらで手を回して防備を固めているところです。秘密裏に行なっていることですが、まあハルフリートは気づいているでしょうね。」

 オーランド男爵は話を最初のディランの質問に戻す。目だけは私たちがコクコクと紅茶を飲んでいるところから離さないけれど。

 「ではすぐに引き取ることはないと?」

 「ええ。しばらくこちらに滞在しなくてはならなくなったので。二人を守ることを考えても私から離れた場所にいるよりは確実なので。ただし、二人には宿から出ないようにしてもらいますが。もっとも、ハルフリートも、ナティーシャやアナトリアもそのような迂闊な行動はしないと思いますが。」

 皇王からも王国の上層部は信用に値しないと言い含められているはずなので、安易に外に出ることはしないだろうと言う。

 毎度のことながらどこからそんな情報を得ているのかわからない。どこからか魔法で盗み聞きしているのかもしれない。この世界では結構あり得そうな話だ。

 「オーランド男爵が王都に滞在するなど滅多にないことだと思いますが、どのような御用向きで?」

 探るような視線を向けてポートが聞くけれど、余裕の表情を崩さずにオーランド男爵はそれに答える。

 「部下には任せられない案件が舞い込んだだけの事ですよ。私自身が出向かなければ解決が難しい問題。最近ではめっきり少なくなっていたので、状況はともかく気持ちが高ぶってしまいますね。」

 オーランド男爵の物言いに不穏な空気を感じ取ったディランが追求しようと身構えると、オーランド男爵はディランが口を開く前に話を続けた。

 「ディラン様にも関係のあることですよ。心当たりはありませんか?」

 「私に?・・・王位争いの件か?」

 ディランに関係のあることで一番に思い浮かぶのは王位争いに関することだけれど、オーランド男爵は軽く首を振って否定する。

 「大枠では間違いとも言えませんが、本質からは少しずれていますね。ディラン様も関わっていて、尚且つ王国の政にはほぼ不干渉を貫いてきた私が直接動くには不十分です。」

 オーランド男爵は王国の貴族で、少なくない両津を運営しているにもかかわらず、基本的に王国に縛られてはいない。政治にも関わらなければ軍事にもほとんど口を出さず、また国王もそれをよしとしているという特殊過ぎる立場にある。

 これを問題視する貴族も少なくないけれど、いるだけで王国にとってプラスとなるオーランド男爵を非難することもできず、関わらないとは言っても必要最低限の義務は全うしているので表立って議論されることもない。

 そんなオーランド男爵が自身の領地を出て城に出向く必要がある問題というのはいったい何なのだろうか。王位争いも間違いではないとは言っているあたり、それに関係することだとは思うけれど。

 けれどそれ以上はディランやリーノが聞いてもはぐらかされるばかりで答えてはくれなかった。

 「すぐに詳細を話すことになるとは思いますが、今はそれよりもドラゴン討伐に関する報告を最優先に考えてもらいたいのですよ。」

 そう言って話を打ち切ると、今度は予想される話し合いの内容について話し出した。

 「ドラゴン討伐に関してはまだ国王を含めて王国全体が何もわかっていない状況です。王都の民はディラン様が帰還したことでとりあえず勝利したという事だけは伝わっていますが、その内訳については何も知りません。」

 「その言い方では、オーランド男爵はすべてを知っているようだな。」

 オーランド男爵は静かに微笑むだけで明言こそしないけれど、それでも否定もしないところをみれば明らかだ。

 「国王も、他の王族の方々も、軍部の方々も、貴族たちも、誰も今の時点では真相を知らない。そして、真相を知られることは今後の治世を考えればできれば避けておきたい。なので、ディラン様には今回の討伐の詳細をこの文面の通りに報告していただきたい。」

 オーランド男爵が目配せすると控えていた従者がさっと動いてディランの前に一枚の紙を広げる。そこにはつらつらと長い文章が書かれていて、その内容はディランが皇国のアスラ騎士団長と協力し、数々の英雄の尽力によって辛くも勝利を収めたという、実際とは全く異なる報告だった。

 「私に嘘の報告をしろというのか?」

 「その通りです。」

 すぐに首を縦に振って肯定するオーランド男爵をディランンはじっと見据えて真意を確かめようとする。

 「確かにこのように報告すれば、少なくとも今回の件でライムの正体が知られることは避けられるかもしれない。しかし」

 「戦場にいた人間の口を封じることなど造作もありません。それに、皇国側も情報規制が敷かれることでしょう。私たちが何も話さなければ、真実は容易に造れます。」

 先程とは違う楽しそうないやらしい笑みを浮かべてオーランド男爵は言い切った。

 あの場には数千もの人がいて、それも騎士や兵士以外にも傭兵や冒険者が大勢いたのにもかかわらず簡単に口を塞げるというのはにわかには信じられない。

 「ディラン様。あなたにとって大事なことは、真実を伝えることですか?」

 試すような質問に、けれどもディランは即座に否定した。

 「わかった。其方ができるというのなら、それを信じて報告を捻じ曲げるとしよう。ただ、この台本は少し改変させてもらう。」

 「そう言うと思って、別の物も用意していますよ。」

 予想していたというようにすぐに従者に出させた文章を読んで、ディランは深くため息を吐いた。

 どうやらディランの考えは丸っとお見通しだったようだ。
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