公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

メルネアの訪問

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 メルネア=ダスクウェルは栄えあるダスクウェル公爵家の長女である。

 王族の血が入り混じるダスクウェル公爵家は代々王族に最も近い立場であり、王族と親しい関係を築いてきた。王国内の四大公爵家の中でも一番の権力を持ち、その長女であるメルネアは正に、光ある未来を約束された高貴な女性なのである。

 そのやんごとなき方であらせられるメルネアは今、速いペースで走らせる馬車の中、ガタゴトと大きく揺れ動く中でそれにさえも気を留めることなく、窓の外に見える流れゆく街路を眺めていた。

 馬車はメルネアの指示の下、王都の貴族街に居を構えるベッセル子爵家の方に向けて駆けており、その速度はいつもとは違って段違いに速い。目の前に通行人が飛び出してこようものなら問答無用で跳ね飛ばしてしまうほどに速い。

 指示された御者も事故を起こさないように緊張した面持ちで馬を走らせてはいるが、できればもう少し速度を落として安全に奏功したい気持ちで一杯である。

 だが、それは御者の主であるメルネアには聞き入れてもらえない。

 少しでも速度を落とそうものなら急げと怒鳴られ、何度も続ければ役立たずの烙印を押され、最悪はクビになって路頭に迷うことになるだろう。それだけは御者も避けたかった。

 なぜ、メルネアが子爵家へとこれほど急いで向かっているのか。

 それはメルネアと、いつもそばに仕えている侍女の数名しか知りえぬことであった。

 「お嬢様。心配せずとも、エルーナ様は無事回復したと報告を受けていますよ。」

 メルネアの隣で同じように揺られる侍女頭のウェリンが優しく微笑みながら言うが、メルネアは窓の外から目を離すことなくフンと鼻を鳴らした。

 「そんなのこの目で見ないとわからないでしょう。あの子のことだからもしかしたら無理して治ったって言ってるだけかもしれないじゃない。」

 そう言った後に少しだけ俯いたメルネアの手は、膝上で握られて小さく震えていた。

 その手の上から覆うようにしてウェリンが手を置き、しっかりと握りしめて励ます。

 「過保護と評判のベッセル子爵が直々に筆を取って出した手紙に書いてあったのです。それに確認を取った騎士からも同様の報告をしました。お嬢様が心配するようなことにはなっていないでしょう。」

 「・・・まだ、わからないわ。」

 何度も励ましてみるが効果はなく、頑なに本人に会わないと気が晴れないというメルネアに、ウェリンは心の中で小さくため息を吐いた。

 (本当にお嬢様はエルーナ様が好きなのですから。エルーナ様が男性であれば結婚してしまいそうな勢いですね。)

 本来公爵家であるメルネアが子爵家の娘一人の安否を確認するために訪れるという事はあり得ない。逆はあっても公爵家が出向くと言うのはイレギュラーなのだ。

 しかし、エルーナが病の手から逃れたという旨の手紙と報告を受け取ってすぐに、メルネアは父であるダスクウェル公爵に許可をもぎ取って早々と訪問の準備を整えたのだ。

 その手際の良さは貴族の女性として賞賛すべきことではあるが、それが子爵の娘に会うためとなると、周りも微妙な表情をするしかない。

 エルーナとメルネアは年も同じで、同じ年に貴族学校に入学することが決まっているために、親同士で繋がりを作ろうと定期的に合わせていたのだが、それが功を奏し過ぎた結果、二人はただの友人よりももっと親しい間柄となった。いわゆる親友である。

 ただ、エルーナはメルネアと自分との立場の違いをよく理解し、それをきちんと守るよう常に心掛けていたために、どちらかというとメルネアがエルーナに対する思いの方が強く見えてしまう。今の状況がそれを如実に語っている。

 (お嬢様が暴走して、エルーナ様に迷惑をかけなければよいのですが。)

 貴族学校に通うようになれば、そこから広がる人脈を駆使して、自身の派閥を作り始めるようになる。その時にメルネアよりもむしろエルーナが派閥関係で苦労しそうな未来が見えた気がして、ウェリンはあと少しで着くであろうベッセル家の方を見て密かに願った。

 (エルーナ様。これからも大変でしょうが、どうかお嬢様を支えてくださいませ。そしてできれば、お嬢様が暴走した際には止めていただければと思います。)

 

 「あとどれくらいでメルネア様は到着するかしら?」

 エルーナが自室で侍女に服を着替えさせられながら、テレサに尋ねる。

 「エルーナ様。手をこちらに。・・・そうですね、恐らく支度が整って暫くしてからでしょう。昼食の少し前に着くという事ですから、それぐらいかと。」

 「そう。なら少しは確認の時間がとれるかしら?」

 メルネアがベッセル家を訪れるという報を聞いてからは、家の者総出で公爵令嬢を迎えるに相応しい準備を整えるのに走り回っていた。文字通り走っていた者はいないが、同じくらい早歩きで動いていたのだから間違いでもないだろう。

 ただ、やはり物理的な限界というものはあるもので、食材を買うにも質の良いものがあまりそろわず、料理にかけられる時間もあまりなく、主要な場所の掃除と迎えるための模様替えはほとんど仕上がってはいるが、確認できる程余裕なく進めたために、たまに絵が少し傾いているのが見えたりする。

 エルーナ自身はそれ程念入りにする必要を感じないし、普段通りでも良いとは思うのだが、エルーナの記憶、そして周りの両親を含めた全員がこれではいけないと考えており、安易に言い出せずに面倒だと思いながら従っていた。

 「エルーナ様の支度が整いましたらアルテを残して私どもも確認の方に回りたく思います。」

 「そうね。人手は多い方がいいわ。私は待っているから、準備と確認をしっかりね。」

 「恐れ入ります。・・・ドレスはこれで問題ないですね。それでは失礼します。」

 テレサと2人の侍女が部屋を退出し、残ったのはエルーナとアルテの二人となった。

 エルーナは静かにドレスのスカート部分がしわにならないように椅子に座り、近くの丸テーブルに置いておいた本を手に取った。

 「エルーナ様は余裕があるのですね。私はもう緊張してしまって。」

 アルテは侍女の中でもまだ若く、13歳である。侍女として男爵家から出されたアルテはまだこの子爵家に仕えて2年ほどだが、その間に何度かメルネアと遊ぶエルーナの傍についていた。

 緊張はするかもしれないがそれを口にするほどでもないだろう。そう思ってエルーナが首を傾げる。

 「これ程急な訪問はありませんでしたが、今までにも家にメルネア様がいらっしゃることはあったでしょう?お忍びではありましたけど、今日とあまり変わらないではないですか。」

 日取りはもっと余裕はあったが、お忍びで遊びに来ることもあった。公爵家にこちらから出向くこともあった。それと同じだとエルーナが言うと、アルテは苦笑いになる。

 「確かにそうですが、流石に本を読んでゆったりされるエルーナ様ほどの余裕はありませんよ。公爵様のご令嬢ですから、もしも何か失敗してしまえば、私なんかすぐに首を切られてしまいますし。」

 アルテも貴族とはいえ下位の男爵。それも今は侍女として働いているのだ。公爵令嬢であるメルネアが一言いえば、極刑に処されることも無くはない。ほとんどない事例ではあるが。

 「心配し過ぎですよ、アルテ。メルネア様はそのようにほんの少しの失敗で命を取るような方ではありません。」

 微笑みながら言う事でアルテも多少は気を楽にしたように笑う。

 そうしているうちにテレサが部屋に戻ってきた。

 「メルネア様がお着きになりました。玄関ホールに向かいましょう。」

 「わかりました。」

 エルーナは侍女たちを引き連れて玄関ホールへと向かう。そこには既に両親も揃っていて、最後にエルーナが両親の間に収まってじっと玄関の戸が開かれるのを待った。

 すぐに、玄関口に待機していた騎士によって扉が開かれた。
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