騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

krm

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║12║ほのぼの日常、時々ドキドキ

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昼食を終えたあと、グレンの提案で、家の近くの山を少しだけ歩くことになった。
「このあたりの地形を把握しておくのも、大切ですので」
なんて真面目な顔で言うけれど、昨日はずっと家の中で過ごしていたから、単純に気分転換させようとしてくれたのかもしれない。
冬の終わりが近づく山道は、歩いているだけで気持ちがよかった。風はまだ少し冷たいけれど、木漏れ日の暖かさがちょうどよくて、僕たちは特に会話もなく、静かな時間を楽しむ。
そんなときだった。
「……あっ、わっ、わああっ!?」
「殿下!」
飛びのいたその先には、ちいさな、でもよく見れば毒々しい色の――トカゲのような生き物がいた。
「何あれ、見たことないやつ!ていうか、こっち来ないで!マジで来ないで……!」
騒ぎながら後退する僕の腕を、グレンがあっさり引っ張って引き寄せる。そのまま、ひょいと抱き上げられた。
「へっ……ちょ、ちょっとグレン!?なにして……!?」
「動かれると危険ですので」
「危険って……ていうか、恥ずかしいから降ろしてっ!」
「あの生物、牙に微弱な毒を持っている可能性があります。噛まれれば腫れる程度ですが、殿下の肌にはよくないかと」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
そのまま抱えられて運ばれてしまい、顔から火が出そうだった。恥ずかしい、情けない、でも――
(……変なの。怖かったはずなのに、安心してる)
腕の中のグレンは無表情なのに、どこか楽しそうにも見えた。

家に戻ると、台所で夕食の支度に取りかかった。グレンは薪を割って火を起こし、炉のそばで火加減の調整を手伝ってくれている。
「グレンってさ、昔からああいう……山の生き物とか、平気だったの?」
刻んだ野菜を鍋に放り込みながらふと口にすると、グレンは湯気の向こうで穏やかに頷いた。
「さきほどの生物のことですね。はい。山育ちでしたから、小さな頃から馴染みがありました」
「山育ち、か……」
スープをかき混ぜる手を止め、そっと彼の横顔を盗み見る。橙色の火に照らされるその表情は、どこか遠い記憶を思い出しているようだった。
「グレンって、どんな子どもだったの?」
「……騎士の家に生まれて、剣以外の道は与えられませんでした。父が早くに亡くなったこともあり……気づいた頃には、他の道は考えられなくなっていました」
「そうだったんだ……」
切ないような、静かな想いが胸にじんわりと広がる。
「ですが、後悔はしていません。今、こうして殿下と過ごせていることが、私の選んだ結果ですから」
グレンはそう言って、僕の方を見た。
火の光のせいか、いつもより優しく見えるその瞳に見つめられて、思わず息が止まる。
(……ずるい。そんなふうに、真顔で言われたら……)
胸の奥が、ゆっくりと熱を帯びていく。口の中に言葉が浮かんでは消えて、結局なにも返せなかった。
鍋の中で、スープがふつふつと音を立てる。それはたぶん、僕の胸の鼓動に似ていた。

夕食のあとは、なんとなく会話も少なくなった。いつも通り片づけを終えて、グレンは静かに火の始末をし、僕は階段を上がって自室へ戻る。
ベッドに身を預けてからも、彼の言葉が胸の奥に残っていた。
(……剣以外の道は与えられなかった、って)
その声が、目を閉じるたびに頭の中で繰り返される。選べなかった人生。それでも、後悔していないと言えるなんて。
(……僕なら、そんなふうに言えるだろうか)
考えているうちに、廊下からかすかな足音が近づいてきた。
ほどなくして、扉が静かにノックされる。
「殿下、失礼いたします」
その声だけで、胸が跳ねた。
「……どうぞ」
扉がゆっくりと開き、ランタンのやわらかな光が部屋に差し込む。手に明かりを持ったグレンが、足音を忍ばせて近づいてきて、ベッドのそばで立ち止まった。
「……本日も、お疲れさまでした。楽しい一日でした」
その声音はいつも通り丁寧で静か――けれど、言葉の端にかすかな熱が宿っていた。目を逸らせなくて、僕は小さく頷く。
「こっちこそ……ありがとう。僕も、楽しかったよ」
グレンはわずかに目を細め、そして静かに片膝をついた。まるで祈りを捧げるような仕草で、穏やかな光の中、僕を見上げる。
「今夜も――よろしいですか?」
その問いは、いつもの形式ばったものなのに、どうしてだろう。胸の奥で音が跳ねる。
返事をする前に、彼の手がそっと僕の手に触れた。指先がかすめただけで、体の奥が微かに震える。
昨日よりも――ほんの少しだけ、鼓動の速さが増していた。
「……うん」
答えた瞬間、彼の顔が近づいてくる。
唇が触れたのはほんの一瞬――それなのに、昨日よりもずっと長く感じた。やわらかな熱が、触れた場所から静かに広がっていく。
(ちょ、ちょっと待って……このままだと、いずれ、もっと……)
頭の中が真っ白になっていくのに、不思議と嫌じゃない。むしろ胸の奥がふわりと甘く溶けていくようで、息をするのも惜しかった。
唇が離れたあとも、彼はそのまま僕を見ていた。近すぎる距離で、視線が絡まる。言葉が、出てこない。
「おやすみなさい、殿下」
「……お、おやすみ……グレン」
彼が立ち上がり、静かに扉を閉めて去っていった。残された空気に、まだ彼の気配が漂っている。
(やばい……明日、いつも通りにできる気がしない……)
けれど、胸の奥に残るのは不安よりも、あたたかい甘さだった。
――今夜のキスは、昨日より少しだけ長くて、眠れなくなるほどやさしかった。
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