騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

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║17║息をひそめて、寄り添う夜

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塔の中に夜が降りた。
風の音すら遠く、火のはぜる音だけが時折耳に届く。ガルドは早めに休むと言って上の階へ引き上げ、塔の下層には僕とグレンだけが残された。
小さな焚き火のそば、敷いてもらった毛布に腰を下ろす。粗末だけれど、外の冷気をしのげるだけで、なんだか安心する。
「……あたたかいね」
「……火は正直です。手を伸ばせば応えてくれる。時に暴れることもありますが、扱い方を知っていれば恐れることはありません」
グレンはそう言って、ゆっくりと僕の肩に毛布をかけ直してくれた。指先が一瞬だけ首筋に触れ、くすぐったさに小さく身をすくめる。
「……ねえ、グレン」
「はい」
「さっき……王の犬じゃなくて、殿下の剣でありたいって言ってくれたこと、嬉しかった」
僕は焚き火を見つめながら、ぽつりと呟くように言った。あの言葉が、心にずっと残っていたから。
「そんな風に言ってもらったの、初めてだった。誰も……僕自身でさえ、僕の力を希望だなんて思えてなかったから」
グレンはすぐに答えなかった。でも、その沈黙が苦ではなくて、むしろ心地よい。やがて、静かに彼の声が返ってくる。
「私は――殿下の力だけを見て、そう思ったわけではありません」
「……え?」
「その力をどう使うか。どう悩んで、どう立とうとするか。殿下の在り方が、私にとっては希望なんです」
心臓が、跳ねた。顔に血がのぼるのが分かる。焚き火の熱のせいだけじゃない。
「っ、そうやって、また……」
「また?」
「……まっすぐ、そういうこと言うんだから……っ」
どうしてそんなに臆せず、優しくて真摯な言葉をくれるのか。たまらなくなって、僕は思わず両手で顔を覆った。こんなに赤くなってる顔なんて、見られたくなかったから。見上げるのも、目を合わせるのも、今はちょっとだけ無理。
そんな僕の手の上に、ふわりと重なるもう一つの手。掴むでも、引くでもなく――ただ、そっと包むように、優しい体温だけを重ねてくる。
「殿下」
低くて、柔らかくて、耳の奥に響くその声が、心を撫でる。ほんの少しくすぐったくて、だけど不思議と安心するその響きが……すごく好きだ。そっと手の隙間からグレンを見上げる。
「……ん、なあに?」
その瞬間、視線がぴたりと重なった。グレンの瞳はまっすぐで、どこまでも深くて――その中に、確かに僕だけが映っている。
「今夜のキスも……いいですか?」
一瞬、時間が止まったように、焚き火の音も、風の気配も、遠くなった。
僕は小さくうなずく。たぶん、顔はひどく赤くなっていて、それでも、目をそらさなかった。
グレンが、そっと顔を近づけてくる。僕の唇に、静かに、優しく――触れた。
それは、まるで誓いのようなキスだった。甘くて、静かで、でも確かで。僕の胸の奥に、あたたかな光が灯る。
「……おやすみなさい、殿下」
そう言って身を引こうとしたグレンの袖を、僕は思わず、そっとつかんでいた。
「……もう一回」
自分でも、声が震えているのがわかる。
なぜ、こんなことを言ってしまったのか。今、この心の中にある熱は、言葉にならない。
唇が離れた瞬間、胸の奥がぽっかりと寂しくなった。もっと触れていたかった。もっと、感じていたかった。
さっきのキスが温かくて、優しくて、嬉しくて――足りなかった。
一度だけじゃ、足りない。そんな気持ちが、胸の奥から溢れてきて、袖を引いた指先に伝わっていた。
グレンが驚いたように目を瞬く。でもすぐに、ふっと優しい表情を浮かべて、もう一度僕の顔を覗き込んだ。
「……殿下の命令とあらば」
冗談めかしたその言葉に、くすぐったさと嬉しさが同時に込み上げてくる。けれど返事をするより早く、彼の手が僕の頬に触れて、もう一度、唇が重なった。
今度のキスは、さっきよりも深く、長く――。互いを知ろうとするような、そんなキスだった。
僕の胸の奥で、何かが静かに、でも確かに変わっていく。怖かったはずのすべてが、少しだけ、遠のいていく。この人となら、逃げるだけじゃなく、生きられるかもしれない。
唇が離れると、グレンはそっと僕の髪に触れた。
「おやすみなさい、殿下」
「……おやすみ、グレン」
心の中まであたたかくなったような気がして、僕は彼の腕に、自然と身体を預けた。


朝日が、塔の窓から差し込んでくる。まだまぶたの裏は温かくて、夢の中にいたような気がするのに、肌に触れるぬくもりがあまりに確かだった。
背後から腕が回されていて、しっかりと抱きしめられている。グレンの胸にぴたりと背中を預けた体勢のまま、布団の中でふたり、静かに眠っていた。
「……ん、朝……?」
寝ぼけた声を出すと、耳元に低く落ち着いた声が返ってきた。
「おはようございます、殿下。よく眠れましたか」
体がふわりとあたたかくなる。その声音だけで、胸の奥がじんわりする。
眠気を引きずったまま振り向こうとした瞬間――額に、そっとやわらかい感触が落ちた。
「……!」
驚いて目を見開いた僕に、さらにもう一度、今度は頬に触れるようなキスが落ちる。
くすぐったいような、苦しいような、でも悪くない。というか……
「……朝も、してくれるんだ」
ぽそっと呟くと、ほんのわずか間を置いて、静かな声が返ってきた。
「はい。もし許されるなら、毎朝でも」
胸が、きゅっと締めつけられる。心臓の音が、自分でもうるさいくらいだ。
こんなふうに、大事にされるなんて、まだどうしても慣れない。
もう少しこうしていたかったけれど、窓から差し込む朝の光は確実に強くなっていた。いつまでも夢の続きに浸ってはいられない──現実が、ゆっくりと僕たちを引き戻していく。
ふたりで布団を抜け出し、そっと身支度を整えていると、上の階から足音が聞こえてきた。
「……おーい、もう起きてんのか?」
重たい足取りとともに階段を下りてきたガルドは、まだ焚き火の名残が残る台のそばで伸びをしながら、大きな声で言う。
「なーんか塔ん中が甘ったるいな。寝汗かいたぞ」
僕はびくっと肩を揺らし、思わずグレンをちらりと見た。彼は、まるで何も感じていないかのように、淡々とベルトを締めている。その落ち着きに、なんだかひとりで赤面しているのが恥ずかしくなってくる。
僕たちが焚き火のそばまで行くと、ガルドはにやりと笑いながら、カップをひとつ持ち上げた。
「ま、仲がいいのは何よりだ。昨日はよく眠れたみたいだな、殿下」
「そ、そんなに大きな声で言わなくても……」
もごもごと抗議すると、ガルドはおかしそうに笑う。
「悪ぃ悪ぃ。でもな――あんたらみてぇな若ぇのが、ちゃんと笑って暮らせる国になってほしいんだよ。だからこそ、この国を頼めるのは、おまえらみたいな連中だって思っちまう。……信じてるぜ」
その言葉には、冗談の気配はなかった。
まっすぐに向けられたその目を、グレンもまた真正面から受け止める。深くうなずいたその横顔が、どこまでも頼もしく見えた。
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