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║18║真実の痛みと、ぬくもりと
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ガルドの案内で、塔の裏手に続く細い小道を進む。
鬱蒼とした森の奥に、ぽつぽつと木造の小屋が姿を現した。簡素ながらしっかりとした造りで、それぞれが距離を保つように点在している。
屋根の一部からは白い煙が立ち上り、かすかに人の声も聞こえた。間違いなく、誰かが暮らしている気配がある。
「ここが、今の俺の工房ってやつだ。工房っつっても、実際には避難所兼、情報交換の場みてぇなもんだがな」
「すごい……思ってたより、ずっと本格的」
思わず口をついて出た僕の声に、ガルドは「そりゃどうも」と肩をすくめて笑った。
扉を押して中に入ると、三人ほどの男女がこちらを振り向いた。
年齢も服装もまちまちだが、どの瞳にも緊張と、確かな意志の光が宿っている。
「紹介しよう。こちらがアストル殿下だ。――そして、こっちは……あんたらも噂くらいは聞いてるだろ。グレン。王国を離れた騎士様だ」
その言葉に、仲間たちの表情がはっと動いた。
「本当に……あの光の剣の」
「こっちに来てたんですね。噂は耳にしてましたけど……」
ガルドの仲間たちはどこか敬意を込めた目でグレンを見ると、すぐに僕にも向き直る。
「……アストル殿下。お会いできて光栄です」
年若い男が、少しかしこまったように頭を下げた。ほかの者たちも、静かに僕を見つめる。
「俺たちは、今の王政に異を唱える立場の者です。……王子でいらっしゃるあなたを前にして、こんなことを言うのは、おかしいかもしれませんが――」
その声には、どこか緊張と迷いを感じる。けれど、まっすぐだった。僕の返答を、真剣に待っているのがわかる。
僕は深く息を吸い込んで、一歩前に出た。
「僕は……王家に生まれただけで、何もしてきませんでした。でも今は、少しずつでも、この国を変えたいと思っています」
僕の言葉に、室内の空気が静かに熱を帯びた気がする。
「……殿下にそう言ってもらえるだけで、救われる気がします」
眼鏡をかけた中年の男が、小さくうなずきながら、棚の奥から分厚い束の紙を取り出した。
「……見せたいものがあります。これ、全部、王が出した命令書の写しです。俺たちが記録として集めてきました」
男から手渡された紙束は、思っていた以上に重たかった。ただの文書なのに、持った瞬間、胸の奥がひやりとする。
一枚目をめくると、整った筆跡で無機質な命令が並んでいた。
――年貢の増徴、特定地域の資源独占、徴兵年齢の引き下げ。
どれも、庶民の生活を直接痛めつけるような内容ばかりだった。一枚、また一枚とめくるごとに、背筋が冷たくなっていく。
「……これ、全部、本物……?」
つぶやいた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
「ええ。どれも実際に出された命令です。王都に保管された原本を、協力者を通じて写したものも含まれています」
男が静かにうなずく。
「これはほんの一部です。他にも、平民で魔力を持っている人は登録されて、監視もされています。都合よく使えるかどうか、見極めてるんだと思いますよ」
年配の女性が言ったその言葉に、僕の胸がずくりと痛んだ。
――それって、まるで……。
「……僕も、そうだったのかな……」
気づけば、ぽつりと口にしていた。
「殿下、気分が悪くなったなら、無理はされずに」
グレンがそっと僕の隣に寄って、小さく囁く。
その声に少し安心しながら、僕はそっと首を横に振った。
「大丈夫。……知っておかなきゃいけないことだから」
そう言ったものの、本当に大丈夫かと聞かれたら、自信はない。
実の父が、こんな命令を出していたなんて。
それでも、グレンが隣にいてくれるから、足元が崩れるような感覚にはならなかった。
「……それにしても」
眼鏡の男が、別の文書をすっと持ち上げた。
「殿下のお兄様方も、どうやら裏で動いておられたようです。ここ、それからこのあたり――民間への物資支援や、徴税の軽減措置などが見て取れます」
「え……兄さんたちが……?」
思わず声が漏れる。信じられない気持ちと一緒に、胸の奥にふっとあたたかい灯がともるのを感じた。
異端の王子だった僕は、城の中で、兄たちとゆっくり話す機会はほとんどなかった。でも――彼らは、国のことを本気で考えてくれていたのだ。
「表立っては動けない立場なのかもしれませんが、王の考えに染まってるわけじゃない。俺たちは、そう見ています」
その言葉に、僕はただ静かにうなずいた。
ふと、隣から視線を感じて振り向くと、グレンが僕をまっすぐに見つめていた。
深い瞳が、何かを伝えようとしている。
「……殿下。王都の状況を変えるには、きっと時間がかかるでしょう。けれど、味方は確実にいます。そして、私は――その未来に、殿下がいてほしいと願っています」
胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
その真剣な眼差しがまぶしくて、一度だけ視線を逸らしかけたけれど――すぐにまた、まっすぐに見つめ返す。
どうしようもなく、嬉しかった。
「おーおー、また始まりそうだな?」
不意に背後から投げかけられた陽気な声に、僕はビクリと肩を震わせた。
「ガ、ガルドさん……!」
振り返ると、ガルドが大きな体を揺らしながら、わざとらしく咳払いしている。
「色気より食い気ってことで、そろそろ昼飯の支度でもすっか?甘い空気も、腹が減ってちゃ堪能できねぇだろ?」
「ちょっと……何言ってるんですか……!」
抗議の声を上げる僕をよそに、ガルドは愉快そうに笑いながら調理台へ向かっていく。
その背中を見送りながら、僕はどうにか顔の熱が引くのを待った。
鬱蒼とした森の奥に、ぽつぽつと木造の小屋が姿を現した。簡素ながらしっかりとした造りで、それぞれが距離を保つように点在している。
屋根の一部からは白い煙が立ち上り、かすかに人の声も聞こえた。間違いなく、誰かが暮らしている気配がある。
「ここが、今の俺の工房ってやつだ。工房っつっても、実際には避難所兼、情報交換の場みてぇなもんだがな」
「すごい……思ってたより、ずっと本格的」
思わず口をついて出た僕の声に、ガルドは「そりゃどうも」と肩をすくめて笑った。
扉を押して中に入ると、三人ほどの男女がこちらを振り向いた。
年齢も服装もまちまちだが、どの瞳にも緊張と、確かな意志の光が宿っている。
「紹介しよう。こちらがアストル殿下だ。――そして、こっちは……あんたらも噂くらいは聞いてるだろ。グレン。王国を離れた騎士様だ」
その言葉に、仲間たちの表情がはっと動いた。
「本当に……あの光の剣の」
「こっちに来てたんですね。噂は耳にしてましたけど……」
ガルドの仲間たちはどこか敬意を込めた目でグレンを見ると、すぐに僕にも向き直る。
「……アストル殿下。お会いできて光栄です」
年若い男が、少しかしこまったように頭を下げた。ほかの者たちも、静かに僕を見つめる。
「俺たちは、今の王政に異を唱える立場の者です。……王子でいらっしゃるあなたを前にして、こんなことを言うのは、おかしいかもしれませんが――」
その声には、どこか緊張と迷いを感じる。けれど、まっすぐだった。僕の返答を、真剣に待っているのがわかる。
僕は深く息を吸い込んで、一歩前に出た。
「僕は……王家に生まれただけで、何もしてきませんでした。でも今は、少しずつでも、この国を変えたいと思っています」
僕の言葉に、室内の空気が静かに熱を帯びた気がする。
「……殿下にそう言ってもらえるだけで、救われる気がします」
眼鏡をかけた中年の男が、小さくうなずきながら、棚の奥から分厚い束の紙を取り出した。
「……見せたいものがあります。これ、全部、王が出した命令書の写しです。俺たちが記録として集めてきました」
男から手渡された紙束は、思っていた以上に重たかった。ただの文書なのに、持った瞬間、胸の奥がひやりとする。
一枚目をめくると、整った筆跡で無機質な命令が並んでいた。
――年貢の増徴、特定地域の資源独占、徴兵年齢の引き下げ。
どれも、庶民の生活を直接痛めつけるような内容ばかりだった。一枚、また一枚とめくるごとに、背筋が冷たくなっていく。
「……これ、全部、本物……?」
つぶやいた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
「ええ。どれも実際に出された命令です。王都に保管された原本を、協力者を通じて写したものも含まれています」
男が静かにうなずく。
「これはほんの一部です。他にも、平民で魔力を持っている人は登録されて、監視もされています。都合よく使えるかどうか、見極めてるんだと思いますよ」
年配の女性が言ったその言葉に、僕の胸がずくりと痛んだ。
――それって、まるで……。
「……僕も、そうだったのかな……」
気づけば、ぽつりと口にしていた。
「殿下、気分が悪くなったなら、無理はされずに」
グレンがそっと僕の隣に寄って、小さく囁く。
その声に少し安心しながら、僕はそっと首を横に振った。
「大丈夫。……知っておかなきゃいけないことだから」
そう言ったものの、本当に大丈夫かと聞かれたら、自信はない。
実の父が、こんな命令を出していたなんて。
それでも、グレンが隣にいてくれるから、足元が崩れるような感覚にはならなかった。
「……それにしても」
眼鏡の男が、別の文書をすっと持ち上げた。
「殿下のお兄様方も、どうやら裏で動いておられたようです。ここ、それからこのあたり――民間への物資支援や、徴税の軽減措置などが見て取れます」
「え……兄さんたちが……?」
思わず声が漏れる。信じられない気持ちと一緒に、胸の奥にふっとあたたかい灯がともるのを感じた。
異端の王子だった僕は、城の中で、兄たちとゆっくり話す機会はほとんどなかった。でも――彼らは、国のことを本気で考えてくれていたのだ。
「表立っては動けない立場なのかもしれませんが、王の考えに染まってるわけじゃない。俺たちは、そう見ています」
その言葉に、僕はただ静かにうなずいた。
ふと、隣から視線を感じて振り向くと、グレンが僕をまっすぐに見つめていた。
深い瞳が、何かを伝えようとしている。
「……殿下。王都の状況を変えるには、きっと時間がかかるでしょう。けれど、味方は確実にいます。そして、私は――その未来に、殿下がいてほしいと願っています」
胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
その真剣な眼差しがまぶしくて、一度だけ視線を逸らしかけたけれど――すぐにまた、まっすぐに見つめ返す。
どうしようもなく、嬉しかった。
「おーおー、また始まりそうだな?」
不意に背後から投げかけられた陽気な声に、僕はビクリと肩を震わせた。
「ガ、ガルドさん……!」
振り返ると、ガルドが大きな体を揺らしながら、わざとらしく咳払いしている。
「色気より食い気ってことで、そろそろ昼飯の支度でもすっか?甘い空気も、腹が減ってちゃ堪能できねぇだろ?」
「ちょっと……何言ってるんですか……!」
抗議の声を上げる僕をよそに、ガルドは愉快そうに笑いながら調理台へ向かっていく。
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