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║19║一匙の安堵と、一刺の予兆
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「あ、ちょっと火強すぎかもー」
「承知しました」
ぐつぐつと煮立つ鍋の前で、僕とグレンは肩を並べて昼食を仕上げていた。少しでもみんなの役に立てたらと思って、食事の準備を任せてもらったのだ。
ありあわせの干し肉と野草を煮込んだスープに、黒パンを添えるだけの簡単な昼食だけど、森の空気のせいか、ちょっと特別に感じる。
「お、できたか?うまそうな匂いだな」
ガルドが鼻をひくつかせながらやってきて、鍋を覗き込んだ。
「まさか殿下が料理できるとはな。びっくりだぜ」
「……まあ、色々あって、できるようになっただけだけど」
そう答えながら肩をすくめると、年配の女性が目を丸くして声を上げた。
「王子さまなのに、すごいねぇ。本当に手慣れてるわ」
眼鏡の中年男性も感心したように頷き、若い男の仲間はスプーンを手にして、早く食べたそうにそわそわしている。
「それじゃ、いただきます」
木陰に敷いた布の上、みんなで囲む鍋。よそったスープからは、香草のさわやかな香りが立ちのぼっていた。
「……あ、うまっ」
「これ、どうやって味つけたんだ?」
「少しだけ……塩と、干しリンゴの煮汁があったので、それを」
「へぇ、うまいこと工夫するじゃねぇか。これを毎日食えるグレンは、ずいぶん幸せ者だな?」
ガルドのからかうような声に、スプーンを持つ手が一瞬止まる。
僕が何か言うより早く、グレンが淡々と応じた。
「はい。大変、恵まれております」
「えっ……」
思わず見上げると、彼はいつもの無表情のまま、さらりとスープを口に運んでいた。
それだけなのに、胸の奥がぐらりと揺れる。
「ちょ、ちょっと、グレン……!」
「本日のスープも大変美味です」
「~~~っ」
顔が熱くなるのをごまかすように、慌ててスープをかき混ぜた。笑い声がまだほんのりと残る空気の中、木々の間を風がひとすじ抜けていく。
――そのとき、耳に届いたのは、乾いた足音だった。
遠くから、駆け足でこちらへ向かってくる気配がした。ぱき、ぱき、と枝を踏みしめる音がだんだん近づいてきて、思わず顔を上げる。
木立の向こうから姿を見せたのは、偵察に出ていたという仲間の青年だった。
「すみません!報告です!」
荒い息を整える間もなく、その青年は険しい顔で叫ぶ。
「尾行されていた可能性があります。はじめは気づかなかったんですが、森を出たとき、妙に視線を感じて……それに、王都方面から兵の移動らしきものがあったって、別の仲間からも連絡が……!」
空気が一変した。
仲間たちも顔をこわばらせて集まってくる。ガルドが短く舌打ちして、腕を組んだ。
「チッ……やっぱり来やがったか。殿下を迎え入れた時点で、こうなる覚悟はしてたがな。さて、どう動くか……」
皆が緊迫した表情を浮かべる中で、僕はそっと、隣にいるグレンの手を握る。
彼は一瞬だけ驚いたようにこちらを見たけれど、すぐにやわらかく目を細めた。
「……ご安心を、殿下。どこへ逃れようと、私が必ずお守りします」
その静かな声に、胸の奥の不安が少しだけ溶けていく。けれど――。
「……僕も、もう逃げてばかりじゃいられない。何か、できることを見つけなきゃ」
小さくつぶやいた僕の手を、グレンはそっと強く握り返してくれた。
「状況を整理しましょう」
グレンがそう言うと、仲間が森の地図が描かれた布を広げて地面に置く。みんなで地図を囲み、簡易な作戦会議が始まった。
「報告された兵の移動は、こちらの街道沿いです。王都方面からの部隊なら、あっという間にこの森に到達する可能性があります」
青年が地図をのぞき込み、低い声で言った。
「移動か、迎撃か……選択肢は二つだな」
ガルドが腕を組んだまま唸るように言う。
「正面からぶつかるのは得策じゃねぇ。相手の数も実力も不明だ。下手すりゃ殿下を危険にさらすことになる」
「……となると、こちらの戦力で敵を迎え撃つのは、分が悪いですね」
眼鏡の中年男性が、地図の上を指でなぞりながら言う。
「いったん退いたほうがいいでしょう。隠れ場所は他にもあります」
「殿下を無事に逃がすのが最優先だな。派手な戦闘は避けたいが……追ってきたら、ぶっ飛ばす」
ガルドの物騒な言い回しに、つい苦笑しかけたが、皆の顔は真剣だった。グレンが視線をこちらに向ける。
「移動の準備を進めたほうが良さそうですね、殿下」
「……うん」
僕が頷いた、そのときだった。
――空気が、ざわりと揺れた気がした。
「誰か来ます!……速いっ、こっちにまっすぐ!」
仲間の男の声が響いた瞬間、全員が一斉に顔を上げる。胸の奥に、冷たいものがひたひたと広がっていくのを感じた。
「承知しました」
ぐつぐつと煮立つ鍋の前で、僕とグレンは肩を並べて昼食を仕上げていた。少しでもみんなの役に立てたらと思って、食事の準備を任せてもらったのだ。
ありあわせの干し肉と野草を煮込んだスープに、黒パンを添えるだけの簡単な昼食だけど、森の空気のせいか、ちょっと特別に感じる。
「お、できたか?うまそうな匂いだな」
ガルドが鼻をひくつかせながらやってきて、鍋を覗き込んだ。
「まさか殿下が料理できるとはな。びっくりだぜ」
「……まあ、色々あって、できるようになっただけだけど」
そう答えながら肩をすくめると、年配の女性が目を丸くして声を上げた。
「王子さまなのに、すごいねぇ。本当に手慣れてるわ」
眼鏡の中年男性も感心したように頷き、若い男の仲間はスプーンを手にして、早く食べたそうにそわそわしている。
「それじゃ、いただきます」
木陰に敷いた布の上、みんなで囲む鍋。よそったスープからは、香草のさわやかな香りが立ちのぼっていた。
「……あ、うまっ」
「これ、どうやって味つけたんだ?」
「少しだけ……塩と、干しリンゴの煮汁があったので、それを」
「へぇ、うまいこと工夫するじゃねぇか。これを毎日食えるグレンは、ずいぶん幸せ者だな?」
ガルドのからかうような声に、スプーンを持つ手が一瞬止まる。
僕が何か言うより早く、グレンが淡々と応じた。
「はい。大変、恵まれております」
「えっ……」
思わず見上げると、彼はいつもの無表情のまま、さらりとスープを口に運んでいた。
それだけなのに、胸の奥がぐらりと揺れる。
「ちょ、ちょっと、グレン……!」
「本日のスープも大変美味です」
「~~~っ」
顔が熱くなるのをごまかすように、慌ててスープをかき混ぜた。笑い声がまだほんのりと残る空気の中、木々の間を風がひとすじ抜けていく。
――そのとき、耳に届いたのは、乾いた足音だった。
遠くから、駆け足でこちらへ向かってくる気配がした。ぱき、ぱき、と枝を踏みしめる音がだんだん近づいてきて、思わず顔を上げる。
木立の向こうから姿を見せたのは、偵察に出ていたという仲間の青年だった。
「すみません!報告です!」
荒い息を整える間もなく、その青年は険しい顔で叫ぶ。
「尾行されていた可能性があります。はじめは気づかなかったんですが、森を出たとき、妙に視線を感じて……それに、王都方面から兵の移動らしきものがあったって、別の仲間からも連絡が……!」
空気が一変した。
仲間たちも顔をこわばらせて集まってくる。ガルドが短く舌打ちして、腕を組んだ。
「チッ……やっぱり来やがったか。殿下を迎え入れた時点で、こうなる覚悟はしてたがな。さて、どう動くか……」
皆が緊迫した表情を浮かべる中で、僕はそっと、隣にいるグレンの手を握る。
彼は一瞬だけ驚いたようにこちらを見たけれど、すぐにやわらかく目を細めた。
「……ご安心を、殿下。どこへ逃れようと、私が必ずお守りします」
その静かな声に、胸の奥の不安が少しだけ溶けていく。けれど――。
「……僕も、もう逃げてばかりじゃいられない。何か、できることを見つけなきゃ」
小さくつぶやいた僕の手を、グレンはそっと強く握り返してくれた。
「状況を整理しましょう」
グレンがそう言うと、仲間が森の地図が描かれた布を広げて地面に置く。みんなで地図を囲み、簡易な作戦会議が始まった。
「報告された兵の移動は、こちらの街道沿いです。王都方面からの部隊なら、あっという間にこの森に到達する可能性があります」
青年が地図をのぞき込み、低い声で言った。
「移動か、迎撃か……選択肢は二つだな」
ガルドが腕を組んだまま唸るように言う。
「正面からぶつかるのは得策じゃねぇ。相手の数も実力も不明だ。下手すりゃ殿下を危険にさらすことになる」
「……となると、こちらの戦力で敵を迎え撃つのは、分が悪いですね」
眼鏡の中年男性が、地図の上を指でなぞりながら言う。
「いったん退いたほうがいいでしょう。隠れ場所は他にもあります」
「殿下を無事に逃がすのが最優先だな。派手な戦闘は避けたいが……追ってきたら、ぶっ飛ばす」
ガルドの物騒な言い回しに、つい苦笑しかけたが、皆の顔は真剣だった。グレンが視線をこちらに向ける。
「移動の準備を進めたほうが良さそうですね、殿下」
「……うん」
僕が頷いた、そのときだった。
――空気が、ざわりと揺れた気がした。
「誰か来ます!……速いっ、こっちにまっすぐ!」
仲間の男の声が響いた瞬間、全員が一斉に顔を上げる。胸の奥に、冷たいものがひたひたと広がっていくのを感じた。
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